第六話:嘘も方便
竜牙会の事務所には、誰も戻っていなかった。
キャサリンは、初めて見るセイヤの事務所に当初はドキドキしていたみたいだが、何もない部屋を見て呆気に取られていた。一体どんな想像をしていたのだろう。
誰もいないのも仕方がなかった。一番隊はダンジョンに監視に、二番隊から五番隊は東地区の整備へと朝から出かけている。
「マイラ…… あれ、どこ行ったんだ?」
ナミがつぶやくと、キャサリンが不安な目を向けてくる。ここから離れて、キャサリンをどこかに匿うほうがいいか、それとも連れて行くべきか思案する。
ロシズ卿が戻ってくる可能性がないとは言えない。もし、キャサリンがダンジョンにいないと知ると、必ず戻ってくるはずだ。その時は、おそらく戦闘になるだろうとナミは思った。
「キャサリン。悪いけど、ちょっとまた移動するど。安全な場所に避難させるから、ついて来ておくれよ」
「はい。わかりました……申し訳ありません、ナミさん。足手まといなら、放り出してくださってかまいません。私のせいでみなさんにご迷惑をかけするわけにはいきません」
キャサリンは、そう言ったもののナミの手をしっかりと握っている。しかも、わずかに震えているのがわかった。
「心配いらんど! セイヤが戻ってくるまでキャサリンに何かあったらおいらが叱られちまうよ」
ナミは、手を引きながらダンジョンへと走った。本来であれば、ダンジョンとは反対側に逃げた方が、もしもの時でも時間稼ぎになると思ったが、勇者ベルの家に匿ってもらうほうが安全だと気づいたのだ。
最悪の場合、冒険者ギルド内に設置している転送陣で地上三階層のオアシスまで飛んでいける。ロシズ卿たちがダンジョンから出て来た時は、ダンジョンのオアシスに送るというわけだ。
しかも、オアシスにある商店に物資を運ぶための転送陣があることをを知っている者は、オーガスト家の者とセイヤとナミくらいだ。なにしろ、転送陣を設置したのはセイヤ本人なのだ。
「初めからそうしとけばよかったど……」
ナミは、走りながらそう呟いたのだった。
しばらく走った二人は、冒険者ギルドへとたどり着いた。途中、キャサリンの息が上がり、走れなくなり徒歩となった。
途中で、ロシズ卿と鉢合わせの危険性もあって北側へと遠回りしたのもあり、一刻ほどの時間がかかっている。
ギルドの裏庭へと出ると、ちょうど竜牙会の若衆の一人が裏手に回って来るのが見えた。
「おっ、姐さん! おつかれさまっす!」
若い男が、ナミに気づき頭を下げる。キャサリンも、男へ会釈を返すと、いやらしい笑顔になった。
「これはかなりの上玉じゃねぇですかっ! 店で働かせる女ですか?」
「おいっ、勘違いするんじゃないど。この子はキャサリンだよ。セイヤの情婦だど!」
「ってことは、兄貴のコレっすか?」
小指を立てて上目遣いに見た男の頭をナミの張り手が飛ぶ。バシンっと大きな音がしたので、キャサリンもビックリして見ていたが、殴られた男もキョトンとしている。
「まったく、お前は下品だど! そんなことよりお前なにサボってるの?」
「サボってないっす! ちょっと小便しようと思って……」
ズボンの腰紐をほどきながら歩いていたのはそのせいだったのか。
「勇者ベルの庭で小便しようっていい度胸しとるど」
「いやあ、そんな……」
「バカっ! 褒めてねぇど! もういい、さっさとしてこいよ。遠くでしろよ」
キャサリンは顔を赤くしながら二人のやりとりを見ていたが、ふと何かに気づいたようにナミの袖を引っ張った。
ナミも、物音に気付いたようだ。長い耳をピンと伸ばして建物の方へ耳をすます。
「馬の蹄の音だ。やつら出てきやがった。やっぱり気づかれたみたいだど。キャサリン、すぐに中へ」
裏口からナミたちは急いでギルドへ入った。
◆
「まぁ、あなたがエヴァンス伯の御令嬢キャサリン様ですか」
マーガレットに、事の顛末を説明してキャサリンを匿ってもらうよう頼み込んだナミを押しのけ、マーガレットはキャサリンに満面の笑みで言った。癒しの微笑みだ。
「エヴァンス伯爵のお嬢様は美しいと評判でしたが、本当にお綺麗でビックリしました」
「その……今は爵位を剥奪されましたので元伯爵です。あの、マーガレットさんのほうが肌も綺麗だし、目もぱっちりしてて私なんかより美人です」
キャサリンとマーガレットはお互いに初対面だが、お互いに有名人だけのことはあり、貴族同士の礼をしたのち、すぐに打ち解けていた。
ナミは、そんな二人を見ていたが気が気じゃない。
なにしろ、二人ともセイヤの女だ。お互いにそんなことは知らないはずだ。勘が鋭い女たちだ、自分以外にも愛人がいることは気付いているだろう。だが、目の前の令嬢が恋敵とは夢にも思っていないはずだ。
「のんびりおしゃべりしている暇はないど。とりあえず、隠れるところへ!」
ナミは急かすようにマーガレットに言うと、こくんと頷いてキャサリンをこちらへと案内した。
転送陣があるのは、建物の裏手にある倉庫の奥だ。紹介から届いた物資を倉庫に一度下ろすと、そこから転送陣でダンジョン内に配送している。
倉庫なので、椅子もテーブルもないので木箱に布をかけて、キャサリンを座らせた。
「もし、ロシズの野郎がキャサリンを訪ねてきても、絶対に知らないと言うんだど」
「もちろんです。家の者にも言いませんから安心してください!」
マーガレットは、キャサリンの手を握ると大丈夫だからと声をかけた。
「あの男はしつこいんだど。しかも、意外とカンがいいから気をつけるんだど」
「し、しつこい殿方なのですか! あぁどうしましょう。私ちゃんと嘘をつけるでしょうか……もし、嘘だとバレてしまって無理やり襲われでもしたら……あぁっ、この身を捧げてでもお守りしなければ……お着替えした方がいいかしら……」
身悶えするマーガレットを無視し、ナミはキャサリンに後で迎えにくるかと言うと外へと出る。
裏庭に出ると、小便から戻った若衆に、竜牙会の組員に招集をかけるように指示を出す。
ロシズたちは、どうやら西地区へと移動を始めたようだった。
ナミは全速力で竜牙会の事務所へと戻った。途中、ロシズ卿たちを追い抜かすために道を離れ、畑の小道を取って先回りする。途中、東地区の周辺を警備していた若衆を捕まえ、東地区で働いている男どもも召集するように伝えても、ロシズ卿たちが早駆けしていなかったため、十分に先に戻ることができた。
それからしばらくして、竜牙会の事務所前には見た目イカツイ男たちが集まり始めている。
上半身裸の男もいるが、気が利いたものは防具と武器を身につけて集まっていた。
「それぞれの隊長は集まってくれ」
ナミは、事務所内に隊長たちを集めると、ロシズ卿の話を一通り説明した。
「もしかしたら騎士たちと一戦交えることになるかもしれないど。おいらたちでセイヤが戻るまではキャサリンも町も守るんだから、気を緩めずに配置につくんだど!」
「「応!」」
ナミの言葉に隊長たちが一斉に応える。
セイヤがアルーナに旅立ってから、今はナミに逆らうものは誰もいない。言い訳も口答えも許されない雰囲気だ。
初めこそ、こんな女の子供に従えってのか!と息巻いていた奴らも、コテンパンに 伸されてからはナミをセイヤの代理として認識されていた。
もちろん、セイヤが出立する時にナミを代理とするから絶対服従を指示していたことも大きい。
マイラ隊と一番隊から五番隊までの総勢三十名は、街の裏路地に配置についていた。
もし先頭になった時に左右からと背後から襲うためだ。
マイラ隊だけは事務所前でロシズを迎えて、ダンジョンに行ったの一点張りを通させることにした。
「伯爵と一戦交えるとなると、竜牙会の存続も危ういかもしれんど。できることなら何事もなく帰ってもらいたいんだけど、しつこそうだもんなぁ」
ナミは独り言ちると、太ももにナイフと腰の短剣に手をやる。セイヤならどうするだろう? きっと、キャサリンを差し出すようなことはしないはず。だからといって、殺しちゃっていいのか。
正義はどっちにあるのだろう。エヴァンス伯爵が罪に問われて亡くなり、キャサリンは無一文になった。貴族の娘さんが無一文で街で一人で生活なんてできるのだろうか。
それなら、ロシズ卿の元に行く方が幸せなのかもしれない。セイヤ、どうしたらいいの?
ナミが苦渋の選択に答えを出す前に、外が騒がしくなってきた。
外に出ると、案の定奴等が事務所前でマイラに詰め寄っていた。
「騒がしいど! お前ら、ダンジョンに行ったんじゃないのか? もう尻尾巻いて逃げてきたのかい」
「おい、女。いい度胸してるじゃねぇか。よくも騙してくれたな」
馬の上のロシズは顔を真っ赤にして怒り狂っているのが、遠目でもわかった。
「よくも騙してくれたな。俺の部下が二人もアースドラゴンに殺されたんだ。許さんぞ!」
「地下一層の階層主に殺されたのなら、そいつはどこで戦っても死んでるど。部下が弱いのはおいらたちのせいじゃねえよ」
しゃあしゃあとナミは言ってのけると、騎士の数を指差して声に出して数え始めた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……ほんとだ、ちょっと少なくなってら!」
「なにを笑ってやがる。さあ、キャサリンを出せ。匿っているのはわかってるんだ」
ロシズは剣を抜き、ナミに切っ先を向けると顎で部下にしゃくる。見てこいという合図なのだろう。
騎士の一人が前に出ると、事務所の扉まで進み出てきた。
「また中を見るのかよ。何度見ても中には誰もいないど?」
「お前があの女を匿っているのは知ってんだぞ! なぁ!」
ロシズが振り向くと、一人の兵士が頷いていた。
「その男がキャサリンを見たのか? 本当にキャサリンだったのか?」
ナミは言い返すと、ロシズは後ろの兵士を振り返り見る。
「確かに、この先の建物の中で女の声がしていました。この女の声ともう一人の女の声です」
「声って、お前キャサリンの声を覚えてる? おいらと一緒にいたのがキャサリンだとなぜ言い切れるの? 見たのかな? 見てないよね?」
兵士は、狼狽えて下を向いた。どうなんだとロシズ卿が怒鳴ると、「見て確認したわけじゃありません」と兵士は答え、頭を下げた。
「なぁ、いい加減にしてくれないかな? せっかくダンジョンにいること教えても、信じてくれねぇんじゃ、今度から本当のことなんて教えないど!」
「ほ、本当だろうな! 本当に、あの女はダンジョンにいるんだろうな!」
「もういいよ、どうせ何を言っても信じないんだろ!」
真っ赤な顔をしたロシズは、フンと鼻息を吐くと「戻るぞ」と声をかけ馬首を返した。
<つづく>
<登場人物紹介>
★キャサリン・エヴァンス
エヴァンス元伯爵の一人娘。十七歳と若くて美人。栗色の髪に茶色の瞳が白い肌によく似合う。求婚が絶えず断り続けていたが、その中の一人にロシズ卿というストーカー気質で自己中な男につけ狙われている。
セイヤの愛人。
★ナミ 兎人族
セイヤの相棒で、長い耳は遠くの音を聞き分けることができるチート級の聴覚を持っている。
足も速く、ヴァンパイア並みに素早い動きを見せる。
セイヤと同じ屋根の下に住んでいるが、ひとつも手を出してこないので悶々とすることもあるが、今の関係性を壊したくないので踏み込んでアピールすることはしない。
キャサリンを守るために奔走している。
★マイラ 竜牙会マイラ隊の隊長
東地区を牛耳っていた悪華組が放火を起こした事件で、セイヤに合流し東地区の制圧に加勢してから、竜牙会に入った。
大きな体だが走るのも速く、腕力もある。密かにナミのファン。
★マーガレット・オーガスト
勇者ベルの娘で、三姉妹の長女。普段は、冒険者ギルドで字の読めない冒険者のために、ダンジョン攻略法などの書物を読み聞かせている。
★ロシズ卿
キャサリンを手に入れたいだけの男。王都で文官をしていて伯爵。
エヴァンス伯爵に罪を被せ、殺す悪いヤツ。根に持つタイプ。





