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第五話:女ごころ

 


 おいらは兎人族の中では一番可愛いと思ってるんだけど、セイヤの周りの女たちって美人が多いから、だんだん自分の容姿に自信がなくなってくる。

 なんてったって、セイヤの愛人のカトリーナは西地区(バーン)最大の酒場の女主人なんだけど、獅子人族だもんで肉感的。胸もおいらより一回りは大きい。

 もちろん、おいらもその辺の町娘の貧相な胸に比べたら大きいって自覚はあるど。でも、カトリーナは全体的にムチムチとした体つきで男の視線を集めるっていうか、おいらには真似できない色気ってものがある。


 そのカトリーナは腕っ節も強い。そりゃ、冒険者やならず者が集まる酒場だから、うまく男をあしらうこともできるし、尻でも触ろうものなら頭蓋骨が陥没するくらいぶちのめす腕力を持っている。

 とても、勝てる相手ではない。勝てるとしたら可愛さくらいかな……


「ねぇ、ナミちゃん、昼間っからうちに来て珍しいね。それに、さっきから私のことジロジロ見てどうしたの?」


 寝間着姿のカトリーナが、カップに温めたミルクを持ってやってきた。

 今朝方まで営業していたらしく、まだ眠って数刻しか経ってないとぼやいている。


「あっ、うん……ごめん。ちょっと考え事してたど。起こしちゃったみたいで悪かった」

「いいよ、ナミちゃんが来たってことは、そろそろ彼が帰って来る頃なんだよね?」


 カトリーナは、ナミにもミルクを渡すとテーブルの向かい側に座った。

 眠ってしばらくして起こされたといっても、すでに昼過ぎ。睡眠時間が取れなかったというわけではない。


「この前、手紙が届いたど。今日、帰ってくる予定だって。だから、今夜はみんなでアンダルシアで帰還パーティでもしたいなって思って、カトリーナに言いに来たど」

「ずいぶん、長く感じたけど九日間だっけ? ナミちゃんもその間、野郎どものお守り大変だったね」

「そうだど! あいつらニヤニヤして、締まりのない顔してるから聞いてるのか聞いてないのかわからんし、元々不真面目な奴らの集まりだから、目を離すと何しでかすかわからんど」


 そういうと、ミルクの入ったカップを一気に(あお)った。ふぅーと一息吐くと、カップをドンとテーブルに下ろす。


「不真面目かどうかはともかく、今は一生懸命に町の人の手伝いしたり、見回りしてるみたいじゃない。野郎どもがニヤニヤ見てるのも、ナミちゃんが可愛いからよ。デレデレしてるって感じじゃないのかな?」

「なぁにがっ! とんでもないど! あいつらの視線はおいらの胸か尻しか追ってないど」

「あらまあ、そうなの? でも、男所帯の中に女がいるのって、そういうところも慣れなくちゃね」


 カトリーナは、寝ていたからか綺麗な金髪の髪が、あっちこっちに跳ねている。

 ほつれ毛が無造作に垂れているのも女の色気全開だ。

 こんな色気、おいらにもあったらなぁ。


 酒場アンダルシアの三階がカトリーナの住居になっている。最近、建てられただけに立派な石造りで内装も質素だけど重厚感があって、お金がかかっていた。その金はセイヤが出資したんだけど、店のデザインも建物もカトリーナが考えたみたい。

 寝室と台所と今おいらがいる食卓がわりのテーブルがある部屋がある。

 トイレと風呂場はこじんまりだが、家の中にあるので、それなりにお金をかかってる。


「いつ来ても綺麗に片付いているど。おいらの部屋と大違いだわ」

 部屋を見回して、ナミが言うと、

「ナミちゃんって、どこに住んでるんだっけ?」

「セイヤの家の空き部屋をひとつ借りてるんだど」

「へぇ、セイヤと一つ屋根の下なんて素敵ね。よかったね、ナミちゃん」


 カトリーナは、意味深な一言を放つと、ウフッと笑った。

 なんだよ、何がよかったんだよ。


「ナミちゃん、セイヤとは長いんでしょ。セイヤとはどうなの?」

「なっ、何を聞いてるど! どうもなにも、相棒だど。相棒っ!」


 サラッととんでもないことを言ってくる獅子女だわ。何を勘違いしてるんだか。

 おいらは、相棒。いつも一緒に行動して、セイヤを助けるのが役目だと思ってる。

 情報屋として雇ってもらってから今まで、そんな男と女の関係なんてなかった。

 そりゃ、たしかにお風呂に一緒にも入ることあるし、裸を見られたこともあるけど、チラッとも胸を見てこないし、時々セイヤの腕におっぱいを押し付けてみたりするけど、無反応すぎて虚しくなることもある。

 カトリーナくらい色気があったらっていつも思ってるんだけど、おいらチビだし……


「ナミちゃん? 遠い目をしてどうしちゃったの……」


 カトリーナが、目の前で手を振っている。

 考え事を始めたもんだから、きっと虚ろな目をして呆けていたんだと思う。


「ごめん、ごめん。セイヤとおいらはそういう関係じゃないから! それにセイヤはおいらのことを女と見てないし」

「そんなことないと思うけどなぁ。朝から晩まで一緒にいるのって貴重よ。私なんて月に数回少しの時間だけが二人きりになれるくらいなんだから。うらやましいわ」


 カトリーナは本気で羨ましがっているようで、目を覗き込んでくる。きっと、おいらとセイヤがデキてるんじゃないかって思ってる顔だわ。ゲスの勘ぐりってもんだど。


「羨ましがられることなんてないやいっ! おいらからしたら、カトリーナの方がよっぽどうらやましいど」

「あら、いったい私のどこが羨ましいのかしら。抱いてもらえるところ?」

「あわわわっ、違う、そうじゃないど! カトリーナのことを何かとセイヤが気にかけてるからだど。今だって、アンダルシアに踊り子を紹介するからってアルーナまで行ってるし、そういうところだど」


 いくら女同士二人だけでも、いきなりそんなこと言われたらおいらも困っちまう。だいたい、セイヤに抱かれるとかありえないわ。だって、今までさんざん裸でセイヤの寝室に行っても、風邪を引くから裸でウロウロするなって言われて追い出されたり、朝起こす時に布団に入り込んで抱きついたりしても、寝苦しいとか言われるし……まったくそんな雰囲気にもならないんだから。


「セイヤのことだから、愛人を二、三人連れて帰って来たりして……」


 意地悪いことを言うなよ、おいらもそんな気がしてるんだからさ。

 踊り子を連れて帰るって言ってたから、きっと女は連れて帰ってるだろうけど、まさか愛人をさらに増やすとか……。

 その踊り子ってのも、レイラってダークエルフだろ。

 以前チラッと見たときは、可愛い顔した若いエルフだった。おいらより年下だったはず。

 なんだかんだって、男って若い女が好きだし、カトリーナだってまだ二十一歳だったはず。

 おいらよりひとつ年下なんて、信じられないくらいの色気でいやになるど。


 セイヤの愛人は、カトリーナの他に、娼婦ギルドのギルド長をしているアン、没落貴族になってしまったけど可愛くて若いキャサリン。それに、勇者ベルの娘マーガレットがいる。

 マーガレットは愛人じゃないみたいだけど。セイヤが勇者ベルに娘を頼むって言われたから、何かと面倒を見てるって感じ。その他の女たちも、どの娘もおいらとは全然違うタイプばかり。

 でも、セイヤはよく抱っこしてくれるし、なんだかんだって一緒に風呂に入る仲だ。高望みはしないことにしてる。

 でも、これ以上愛人が増えるのって絶対に嫌だ……


「愛人なんて連れて帰って来たら、ぶっとばしてやるど!」

「あらあら、そんな威勢のいいこと言っていても、いざ愛人を連れて帰って来たらオロオロするんじゃないかな!」


 もう、この女イヤだ。さっさと、切り上げて帰った方が良さそうな気がして来た。


「とりあえず、セイヤが戻ったらアンダルシアでパーと祝うから!」


 立ち上がると、カトリーナに向かって言った。立ち上がっても、座っているカトリーナとあまり身長が変わらないってどうなのさ。

 おいらとカトリーナだと身長差もかなりあるもんな。

 そもそも獅子人族ってやつは、デイモンのおっさんもだけど筋肉モリモリで背も一般の人より頭ひとつ大きいから目立つ。

 しかも、カトリーナみたいな美しい女性は目立ってしょうがない。

 初めから勝負にならないんだど。勝負する気ないけどさ。


 部屋のドアを開けたナミに、カトリーナが声をかける。


「いい酒をたくさん仕入れてるから、何人来てもいいよ」

「うん。あっ、セイヤが戻って来たらカトリーナが会いたがっていたって言っておくど」

「ありがとう、ナミちゃん。でも、どうせ店に来るんだから会えるんだけどね。ナミちゃんもいっぱい甘えなさいね」


 ぬぉ! 甘えるとかできるわけないど! 意地悪で言ってるのではないのがわかるだけに反応に困る。

 顔が火照って、手で頬を隠すとカトリーナは、照れちゃって可愛いわねって言って来るもんだから一層赤面する。


「おいらとセイヤはそんなんじゃないどっ!」


 ◆


 カトリーナの家を出てから、竜牙会の事務所に戻ることにした。

 建物と建物の間の隙間を通り、路地裏に出ると人通りのない道を歩く。大通りを歩くと町の人たちが、やたら挨拶して来るようになった。

「竜牙会の姐さん」なんて言われるようになって久しい。

 おいらが姐さんなんて言われるなんて、困るど。

 姐さんキャラじゃなく妹キャラなのにな。セイヤの妹分としてずっと近くにいられたらいい。

 わざわざ自分で関係性を悪くするなんて考えられないし、そんなの愚の骨頂だど。



「いっけなーい! キャサリンを地下部屋に閉じ込めたままだった!」


 飲み物も食べ物もあるし、まだ数刻しか経ってないけど、あんな空気が淀んでるところに押し込められたらお嬢様だったキャサリンには厳しいんじゃないかな。早く行って出してあげないと。

 もう、あいつらも戻ってこないだろうし。


 いけ好かない王都のバカ貴族をダンジョンに押しやってやった。

 いくら騎士を連れていたとしても、あいつら程度だったら地上三階層までだと三日以上かかるはず。

 もしかしたら、魔物に全滅にされるってことも期待してる。あんな権力で庶民をどうにかしようって思うようなクズは、死んでくれていいど。

 キャサリンもとんだ男に絡まれたもんだ。


 地下部屋に行くと、ベッドに腰を下ろしてキャサリンはこちらを見ていた。

 手には本を持っているので、本を読んで過ごしていたみたい。


「足音で驚かしちゃったか? もう大丈夫だど」

「ナミさん……あの、どうなりました? ロシズ卿と争いになりませんでしたか?」

「大丈夫だど。奴らはキャサリンがダンジョンに入ったと思って、今頃はせっせと魔物と戦ってるはず」


 安堵の表情を浮かべたキャサリンの手を引いて、地下部屋から出た。

 木の板を()めて、敷物を戻す。

 その時、外で物音が聞こえたような気がした。

 耳を立てて物音を探る……息を潜める何者かが入り口横にいる気配がある。


「キャサリン、ちょっとそこの後ろに隠れてて」


 ナミは、居間に置かれた椅子の影を指差すと、キャサリンは、急いで椅子の裏に入り込む。しゃがみこんで姿を隠すのを見届けると、外に向かって声をかけた。


「おい、そこで隠れてるやつ。女の子の家を盗み聞きか? 悪趣味にもほどがあるど!」


 出てこいよと声をかけると、走り去る音が聞こえた。ブーツの音だが、金具の音は混じっていない。騎士や兵士の類ではない。

 そっと、ドアを開けて外を覗く。通りには誰もいなかった。


「キャサリン、もう出て来ていいど」

「はい……誰だったんですか?」

「わからない。でも、キャサリンがここにいることがバレたかもしれない」


 誰かわからないけど、もしロシズ卿の手の者なら面倒なことになる。すぐに、組の者に監視するように指示しないと。


「キャサリン、ごめん、ちょっと急ぐから、ついて来て」

「はいっ……」


 大丈夫だからとなだめると、キャサリンの手を引き通りを走った。

 竜牙会の事務所に誰かいてくれたらいいんだけど。


<つづく>




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