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プロローグ:翡翠魚の髪飾り

 ミオンが殺された事件から冬を一つすぎたある日のこと。

 セイヤ・サルバトーレはニブルのはずれにある豪華な家の二階に案内された。

 この家の主人は町の名士で、伯爵の位を賜っている。

 人望も厚い。エヴァンス家は長年領主の側近として仕えており、今は王都で文官をしていた。その、エヴァンスの邸宅には、数人の侍女(メイド)、がこの屋敷には住んでいる。


 家主の一人娘であるキャサリン・エヴァンスは、王都から見合いの話がひっきりなしに来るほどの美しい女だ。我先にと贈り物が届けられ、毎日ように文が届けられている。

 晩餐会、舞踏会など国家行事にも招待され、キャサリンと踊りたいと申し出る男たちが列を成すほどだ。


 この女が俺の情婦になって、もう一年になる。

 散策でクリープヒルに来ていたキャサリンに俺が話しかけた。

 マルシェに並ぶ髪飾りを選んでいたこの女の横顔が美しく、俺は思わず見とれてしまったのだ。

 キャサリンは、店先に並べられた髪飾りを選びきれず、悩んでいる様子だったので、俺が話しかけ、そして一つを選んで差し出した。

 珍しい翡翠魚の鱗を加工した小さな花の髪飾りだった。


「君にはこれが似合う」


 いきなり話しかけられ、キャサリンは驚いた顔をして俺を見たが俺が差し出した髪飾りを見てにこりと微笑み、そして手にとった。


「なんてきれいな緑の石なの。とても珍しい色ですね。こんなに透き通るような緑の宝石は見たことがないわ」


 しなやかな白い指に、俺は目を奪われた。綺麗な手だ。

 彼女は指先につまんだ飾りを太陽に透かしている。半透明の飾りを通した淡い光は美しく光っていた。

 そして、彼女のその優雅な所作と美しい言葉遣いからお嬢様であることは明白だった。


「それは石ではない。これは翡翠魚の鱗から作られたものだ」

「まぁ、そのようなお魚がいるのですね」

「こいつは、ルーセン国の雪深い山の池だけで取れる貴重なものだ。値は張るが、君が身につけると遠くから来た魚たちも幸せだろう」


 お魚なのね、そう答えたキャサリンは髪飾りを気に入ったようだ。

 これをいただこうかしら、と近くにいた侍女へ振り返ると金を払うように言った。

 俺は金を払おうとしている召使いを制止した。


「すまないが、それは俺が見つけたものだ」

「えっ、あ、ご、ごめんなさい。私てっきり……」


 女は一歩後ずさり、申し訳なさそうな顔をして、丁寧に頭を下げる。

 高い身分のお嬢様だが、見ず知らずの町人の男に丁寧に応対する姿に俺は心を奪われた。


「いいんだ。これは俺からキミに贈らせてほしい」


 俺の申し出に、キャサリンは大きく目を見開き、手をパタパタと振って言った。


「そんなの申し訳ないです。見ず知らずの方に贈っていただく理由もありません」


 自分の意見ははっきり言うこともできるようだ。いい女だ。

 お嬢様だと高価なものを贈られることに慣れ、遠慮することが少ないが、この女は違う。

 俺は、髪飾りを手のひらに置きキャサリンの胸の前に差し出して、見せた。


「この翡翠魚の鱗には、俺の故郷では『魔法の欠片(かけら)』といって、災難から身を守ると言われている」

「魔法の欠片? ……そんな言い伝えがある物なのですね」


 女は魔法や女神の神話が好きだ。特に恋愛に関する話はどの女も聞きたいものらしい。キャサリンも御多分に漏れず乗って来た。


「ああ、災難から身を守るお守りにもなるが、魔法の欠片は身につけた者にある効果をもたらすと言われている」

「身につけるとどんな効果なのでしょうか」


 キャサリンは大きな瞳を輝かせる。美しい女だと思った。

 外見も美しいが、俺が話をしている時にしっかり俺の目を見る瞳に俺は惹かれた。


「この魔法の欠片(かけら)は、いざという時に冷静沈着に行動でき、またどん底に落ちた時もグッと堪える忍耐力を付与してくれるらしい」


 キャサリンは、俺の話を熱心に聞き、そして俺からの贈り物を受け取ってくれた。

 翡翠の緑がかった鱗は厚みがあり、翡翠石と良く似ている。

 それを花の形に加工したドワーフ職人の素晴らしい技術によって光を通して輝いていた。

 その場でキャサリンに髪飾りを付けてやると、少女のようにはしゃいだ。

 若い女だが、おそらく二十歳にはなっていないだろう。純真無垢の言葉が似合う女だった。


 その後、何度かクリープヒルのマルシェが出ているときに、会話するようになった。

 キャサリンの家の者が付き添いで来ていたが、俺はみんなにもご馳走をしてもてなした。

 三度目に会ったときには、キャサリンと別れの際は口づけするほど親密な関係になった。


 キャサリンの母親は病気で亡くなったそうだが、父親は王都にいる。

 このエヴァンス邸には、キャサリンと侍女しかいないのだ。男の執事も王都でエヴァンス伯爵の側に仕えているため、男性は一人も住んでいない。

 だから、俺は時々だが男でが必要な時は手伝うこともあった。侍女たちは、俺とキャサリンの逢引には一切口を出さず、何も言わずに通してくれた。


 裕福な暮らしをしているキャサリンだが、一人でいるのは本当はさみしいのだろう。

 何度か、ナミを通じて手紙を送って来ることもあった。決まって、体の心配と自分は大丈夫だという強がりが書いてあったが、きっと寂しいのだろうと思い、できるだけ会いに行っていた。

 俺が来た夜は何度も泊まっていけとせがんできたが、抱きしめるだけでも彼女はそれ以上を求めてこなかった。


 キャサリンは毎月きっちりと金を渡してくれている。

 裕福だからか金銭感覚が庶民とは大きく違う。

 アンのような高級娼婦が月に稼ぐ金をポンと俺に差し出していた。

 もちろん、その代価はキャサリンとの情事だ。

 情事といっても、体の関係は必要なかった。俺はこの女には生娘のままでいさせるつもりで一度も抱いたことはない。

 キャサリンは、将来どこかの貴族へ嫁ぐ時が来るはずだ。

 その時、彼女が生娘であることは大きな有利性をもたらすはずだ。


 彼女の額に口づけをして抱きしめと、それだけで心が満たされるのだとキャサリンは言った。

 この娘は、まだ男を知らないが、女の喜びは知っている。

 出会った時はまだ少女だと思っていたが、近頃は美しさに色気が合わさって、誰もが認める美女となった。

 以前よりも見合いや求婚が増えて困ると愚痴をこぼすこともあった。

 見ているだけで癒される美しさだ。

 俺はキャサリンがいつか俺の元から離れるときまで、この女が俺といる時は心満ち足りるように精一杯のことをしてやりたい。



「ねぇ、セイヤさん。今日は泊まって欲しいの」


 俺の腕に頭を乗せ、顔を近づけて甘く囁く。特に理由はないがもっとそばにいたいのだと言うと、恥ずかしそうにシーツにくるまった。


「悪いが俺は帰らなければならない。だが会いたくなったらいつでも来てやる」


 キャサリンの栗色で長い髪を手ですくい、乱れを直してやるとフワッと心地よい香りがした。髪の感触は柔らかく、いつまでも触っていたいと思うほどに滑らかだ。


「美しい髪だ」

「ありがとう。セイヤさんに髪を触ってもらうの私とても好きなの。心地いいわ」


「今度は一緒に食事をしよう。俺が何かご馳走する」

「ほんとですか?うれしいです。楽しみにしていますね」


 俺の胸に頬をつけ、幸せそうに微笑むキャサリンを強く抱きしめた後、体を離した。

 帰らなければならない。このまま居心地がいいと眠ってしまいそうだ。

 すでに明け方だ。

 流石に侍女たちも寝ている。

 俺が来ている日は気を使って部屋に寄りつかない。


 キャサリンは室内着を身につけると、入り口まで見送ってくれた。

 もう一度抱き合い口づけを交わすと、名残惜しいのかなかなか唇を離そうとはしない。

 舌を絡ませ、何度も何度もお互いの感触を確かめ合った。


 屋敷を出てみると、遠くの山の空がかすかに赤紫に染まっている。

 太陽が顔を出す時間だ。

 ニブルの北側、王都へと続く大通り沿いにある街の名士、貴族が住むこの地域は馬車が頻繁に使われるため道が整備されていて石ひとつない。

 道の両側には、街路樹まで等間隔に植えられている。肌寒いからと、キャサリンに外に出ないようにと告げると、俺は屋敷を後にした。


 大通りの先を見ると、いくつか西地区(バース)には灯りが灯っている。

 職人たちの朝は早い。あの灯りは職人の家からだろう。

 だが、いつもより少し騒がしい。

 俺は何事があったのか胸騒ぎがし、急いで戻ることにした。


いつも読んでいただきありがとうございます。

第二章からぐっとファンタジー色が強くなって来ます。

それと濡れ場も多くなります。ぜひ引き続き宜しくお願い致します。


<登場人物>

セイヤ(主人公)・・女たらし。24歳。性愛秘技を駆使し女に貢がせている

キャサリン・・・・・17歳。エヴァンス家の令嬢。その美しさに王都圏内にも名が知られている

ナミ・・・・・・・・セイヤの相棒。背は低いが巨乳。聴覚と逃げ足はAクラス

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