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東方剣録伝 〜幻想郷最強剣士の物語〜   作者: 黒井黒
第三章 消された歴史
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四十一話 とある妖怪姉妹の物語 前


妖怪の山……それは、幻想郷内で一番妖怪が活動する区域の呼称。元々その山は妖怪のものでは無かったが、高度が高く、空気中に含まれる妖力の濃度が平地よりも高い為に野良の妖怪が発生しやすく、自然と妖怪の数が増えていき、人里の人間からそう呼ばれ始めた頃には、山全体に大きな勢力が出来ていた。


三大勢力と呼ばれる、鬼、天狗、河童の三つの種族は仲間で固まり、それぞれ山の覇権を日々争っていた。


だが、当然三つの勢力以外にも妖怪は大勢いた。その他の種族は大体が三勢力に庇護を求め、安全を確保することでその子孫を残してきた。けれど、もちろん従わずに反抗する者もいた。


その者がどうなったかは、もはや言うまでもない。


極めて危険な山に、どの勢力にも属さず、種族も関係なく、弱い者同士が集まって暮らしている場所があった。


これから話す物語は、そこに住んでいた二人の妖怪の物語です。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ちゅんちゅんと、雀が鳴いている。


その綺麗な鳴き声で私は目覚めた。


そして、隣にいる緑髪の妹を軽く揺する。


「こいし、起きなさい?朝よ」


「えぇ……お姉ちゃんもうちょっといいでしょ?」


そう言って、布団を被り直す……が、それは私の手で引き剥がされる。


「そう言って、あなたは何時間も寝るからダメ」


「もぉ〜!お姉ちゃんのケチ!」


「ケチで結構です」


こいしが頬を膨らませて文句を言ってくるが、軽くあしらって、布団を畳んで外に出る。少し傾斜になっている山の下を見ると、何ヶ所も煙があがっていた。


「ここも随分と大きくなりましたね……」


私達姉妹が住んでいる山。その麓の近くにある小さな多種混合集落に何年も前から身を寄せている。初めは、さほど大きくもなかった集落だったけど、段々と人が集まり、今では大きいとは言えないがそれらしい村を形成していた。


私達の家は、そんな村の少し高い奥の方にある人気の少ないボロ屋に二人で住んでいる。


「今日は、楽だといいですね……」


私がこっそりと呟くと、まだ眠たそうに目を擦りながらこいしが家から出てきた。


「お姉ちゃん…おはよう」


「おはようございます、こいし………」


(やっぱり読めないか……)


いつもの事だけど、やっぱり読めない。


私達姉妹の種族は悟り妖怪と言われている。今となっては二人しかいない絶滅寸前の種族だけど……。


悟り妖怪の特性はなんといっても、相手の心が読めるという事だ。


私とこいしは、第三の目(サードアイ)という瞳を持っている。この瞳で相手を見るだけでその人の心の声や考えている事が誰であろうと自分に伝わってしまう。しかも、この瞳は常に開かれて、自分で制御することが出来ない。


私が唯一心が読めないのはこいしだけ、一方のこいしも私の心が読めていない。同じ種族同士では心が読みあえないみたい。


「こいし……とりあえず朝ごはん食べますか?」


「うん!食べる〜!」


こいしは朝ごはんと聞くと、目を輝かして、せっせと準備しています。


「さて、今日の朝ごはんは玉子焼きです」


私は外に飼っている卵を産む専用の鶏から朝一番の新鮮な卵を頂戴します。卵の生産の為に飼っている鶏なのであまり思い入れはありませんが、何故かこいしは毎日ニコニコしながらお世話をしています。しかも、名前までつけて……『さとこ』と。私の名前と自分の名前を組み合わせたと言っていましたが……彼女に名付けを任せると大変な事になりそうです。


そうして、適切に処理した卵を焼いて、しばらくしてひっくり返すとすぐに玉子焼きの完成です。


「こいし〜、出来ましたよ!」


「は〜い!今行くよ!」


鶏と戯れていたこいしが走って、席に着いた。私も一緒に席について、同時に手を合わせて……。


「「いただきます!」」


そうして、朝食を食べる。これが毎日変わらない古明地家の朝の過ごし方です。


朝食を食べたらここからは、二人とも別行動です。


「こいし、今日はどこに行くの?」


「今日は村を一周してまわってくる!」


それをする意味は私には分かりませんが、こいしがそうしたいと言っているのなら何も文句は言いません。


「暗くなる前に帰ってきてね」


「分かってるよ!暗くなる前にはちゃんと帰ってくる!……お姉ちゃんはどうするの?」


少し迷ったけど、こいしみたいに外で何がするというのが好きじゃない私はこう答えた。


「私は、ここで本でも読んでるわ。こいしは遊んできなさい」


はーい、という元気な返事と共に早速駆け足でどこかに行ってしまった。こいしが行ってしまった事に、少し寂しさを感じるものの部屋にある本を手に取ると、すぐに夢中になって読みふけってしまえるのが私のいい所だと自負しています。


「今日のお話は、悲劇の姉妹とそれを助ける悪人の話ですか……」


基本、本は貰い物なので自分の趣味に合わないものもあるけれど今日の話は面白そうだと、ウキウキして本の1ページ目を開いた。


それからハマるのは早かった。なんとも、悲劇的内容であり感動的でもある。三百ページ以上ある小説が、みるみるうちに端にある数を増やしていく。そして、夢中でなって字を追っていく内に残りのページはあと僅かになっていた。


本の物語も終盤、これまでいい事がなかった悲劇の姉妹が最後に救われる……そんなお約束なハッピーエンドはこのシナリオには描かれていなかった。まさにバットエンドというのに相応しい最後である。だけど、これはこれで普通のハッピーエンドとは違う、面白味のある物語だった。


私は、満足して本を閉じた。


けれど、満足している私の気分を急激に落とすであろう音が聞こえてきた。何かが、この家に石をぶつけている音だ。


軽くため息をつきながら、ドアを開けて外に出る。


するとそこには案の定、いつもの妖怪がいた。


「おぉ、出てきたな!相変わらず気味が悪りぃ顔してんなぁ!」


私の顔を見ていの一番にそう言う。そして、一人の言葉に周りの妖怪が次々に同調した言葉を発する。それに気分を良くしたリーダーの妖怪は再び私を罵る。


「悟り妖怪だかなんだか知らないけどさ、人の心を読むってどうなのかねぇ〜!ほんっとに気色悪いよな〜!」


それにまた周りの連中が同調する。


この妖怪達は、この妖怪村の中でも位が高い種族の跡取り息子達だ。妖怪の世界でも階級や種族の血統は存在する。鬼や天狗が最上位に位置するが、そのヒエラルキーの中間に位置するのが化け狸や化け狐といった未だ無駄に数の多い古参妖怪達だ。この妖怪達は鬼や天狗に力が劣る為、山の覇権を奪われ落ちぶれたが、この弱者が集まった村では最上位に値する地位を持っている。


そして、現在罵られている私達……悟り妖怪はというと。


「力は弱いし、能力も使えない。おまけに、あと二人で絶滅ときた……こんな笑える話無いよな!」


そう言って、ケラケラと馬鹿にしたような気味の悪い笑みを浮かべてる。


能力というのは戦闘に特化してないと、意味が無いと言われている。妖怪が蔓延るこの世界において、いざ戦いになってすぐに効果を出せる能力が絶対的に有利で格が高い。


その点、私達の心が読める能力は下の下。


相手の心が読めても、直接攻撃ができる訳じゃない。けれど、その欠点を補えるようなパワーやスピードも無い。


無い無いづくしの私達悟り妖怪は、この村の中では差別の対象。今や、上級階級の妖怪のストレスの捌け口になってる。それも、これも今に始まった事じゃない。村のリーダーが変わったこの数十年間この状態が続いている。


この妖怪達の心の声が聞こえてくる。


彼女に振られただの、親がうるさいだの、実に下らない理由の為にわざわざこんな所まで、毎日欠かさず来ているんだからご苦労様でした、と労ってあげたいくらいだ。


私が黙っていると、リーダー格の化け狸は近くまで寄ってくる。そして、その汚い手で私の顎を少し持ち上げ、視線を合わせる。


「このクソ妖怪が……なんか言ったらどうだ?」


あまりに威圧的な態度に流石の私も少々腹が立つ。


「それでは一つ言ってあげましょう。貴方の後ろに構えている方々は貴方のことをクソチビタヌキだとか………あっ、あそこにいる方は貴方の恋人を取ったとかなんとか……」


「はぁ!?お前!」


そう言って、私から手を離し、仲間の胸ぐらをつかみながら問いただしている。掴まれた妖怪は、必死に首を振り、弁解している。


私の言っていることは、ブラフ、嘘八百、なんにも本当の事は言っていない。だけど、この妖怪は私の能力を知っているからこそ妄言を信じ、仲間を疑う。所詮、力で従えてる仲間なんてそんな程度の揺らぎで信頼関係が崩れる。


益々、この妖怪達が哀れになってくる。


まぁ、だからといってそんな嘘も長くは続かず………。


仲間と和解したのか、リーダー格の妖怪が再び私の所にやってくる。


「おいッ!なに嘘言ってんだよッ!お前俺らの事、舐めてんのか!」


激昂した妖怪は固く拳を握り、腕を後ろに引いて、勢いよく私の顔を殴りつけた………。


そう彼は思っているだろう。私からみたら、ただ呆然と立ち尽くしているようにしか見えない。


妖怪の私でも殴られれば痛いし、正直に殴られる訳にはいかない。私の妖術は幻惑系に特化しているので、怒りで乱れた精神に入り込み、幻覚を見せることは容易かった。お陰で、殴られずに済んでいる訳だけど……。


周りの妖怪からしたら、急に静かになったリーダーを見て、私が何かしたと思うだろう。実際に、リーダーの仲間が二人こちらに近づいてきていた。


「お前、何をした!」


「いえ、何もしていませんよ」


「嘘つくな!お前が何かしたに決まってるだろ!今すぐ辞めなければ、痛い目を見るぞ!」


どうぞご勝手に………そう言いたい所だけど。


人の精神構造は案外難しいもので、私が一度に潜り込める精神は二人が限界。


でも相手は三人。しかも、二人は落ち着いていて、瞬間的に精神に入ることが出来ない。


完全に分が悪いのを悟った私はリーダーの精神支配を解いて、解放してやる。


今まで、自身の妄想の中で私をボコボコにしていたであろうリーダーの男は満足げにいった。


「これに懲りたら、二度と俺に歯向かうんじゃねぇ………ぞ?」


リーダーの男からしたら、さっきまでボロ雑巾の様になっていた私が傷一つなく、平然と立っているように見えているだろう。


一瞬戸惑っているが、仲間の一人がリーダーの耳元で事の事実を伝えると、顔を真っ赤にして、私に襲いかかって来た。


「キャ!?」


「このクソアマァァッ!!この俺を一度ならず二度までも騙しやがってぇぇッ!!」


押されて倒された私の体に馬乗りの状態で、拳を連打してくる。必死にガードするけれど、非力な女の力では抑えることが出来ない。それを見ていた周りの仲間が、気味の悪い笑顔を見せながら寄ってくる。


「や、やめなさいッ!離してッ!」


仲間が、私の四肢を押さえつけて全く身動きが取れなくなる。一旦手を止めたリーダーの男がニタ〜と一段と気色の悪い笑みを見せる。


そして、吐息がかかるぐらいまで顔を近づけると、私の耳元で言った。


「お前は、村の中でも中々の上玉だ。悟り妖怪なんかじゃなければ、かわいがってあげたのになぁ」


「今初めて、悟り妖怪であることを感謝したわッ!このケダモノッ!」


「いつまでその減らず口が叩けるか……楽しみでしょうがねぇよ!」


男の手が滑るように、私の服の下に入ってくる。地肌で感じる生暖かい感触に物凄い嫌悪感で、身体中に虫唾が走る。鳥肌が止まらない。無抵抗な私の体を犯し始める男の手に、恐怖がどんどんと心を蝕み、支配していく。


これら、私に起こる屈辱的行為を想像して堪らなくなった私は叫んだ。


「助けてぇぇッ!」


「助けなんて来るわけねぇだろ!お前は俺に犯されば……」


妖怪の言葉をそこで詰まる。恐怖で目をつぶっていた私は恐る恐る目を開ける。まさに鬼の形相で、怒り狂ったいる頭に角を生やした私の友人が妖怪の肩を掴んでいた。


「犯されれば……なんだって?」


「い、いえ……なんでもありません!」


「なんでもありません……じゃねぇだろッ!」


大きな手で妖怪の頭を鷲掴みにすると、グルグルと振り回して、地面に叩きつけた。リーダーの顔面が血だらけなのを見て、その仲間達は私から手を離して、後ずさる。


「お前ら……覚悟は出来たんだよな?私の友達に手出しといて生きて帰れると思ってねぇよな?」


恐怖に染まる妖怪の顔。泡を吹いて失神している者までいた。


リーダー格の男はさっきの一撃で完全にのびているのか、それとも死んでいるか、全く動かない。叩きつけられた地面には、妖怪の顔型の穴が出来ていた。


私は乱れた服を着直すと、ゆっくりと立ち上がった。


「大丈夫か?さとり」


「はい。勇儀こそ、なんでここにいるんですか?」


「まぁ……なんというか……たまたまだ!たまたま」


「………そういうことにしてあげます」


鬼の四天王である私の友人の勇儀が本来、ここを彷徨いているいるはずはないだけど。そんな、ツッコミをしたくなるが、今回は助かった。


「さぁ〜て、この糞共をどうするか」


今にも殺しそうな勇儀の目を見て、私は慌てて懇願する。


「どうか殺さないであげてください」


それを聞いた、勇儀は目を丸くして驚いた声を出す。


「はぁ!?お前にこんな事した連中だぞ!?そんな甘い事言っていいのか?」


「はい。この人達にも、家族はいるでしょうから」


「…………天使かお前は」


甘過ぎる、お人好し、と勇儀の愚痴でありながら、思われて悪い気分にならない愚痴が聞こえてくる。本当に私を心配してくれているのが分かる。


既に怯えきっている妖怪達を見て、勇儀は深くため息をついた。


「やめだ、やめ!お前ら、この超絶美少女が天使で助かったな!私の気分が変わらない内に家帰って泣きながらママに抱きついてこい。さも無い、今も怒りでお前らの顔面をぐちゃぐちゃにしそうだ」


勇儀はのびているリーダー格の男の襟を持って、仲間の方に捨てるように投げる。仲間は落ちているリーダーを背負うと、気絶している仲間を引きずって、逃げるように消えていった。


腰に手を当てた勇儀は、私に背中を見せながら言った。


「いつか、ここでアイツらを殺さなかったのを後悔するぞ」


「その時は、その時です」


勇儀が、もう一度大きなため息を吐く。私に呆れているのか、やれやれという風に手と首を振る。それと同時に、慌てたこいしが走ってこっちに向かってきていた。


「お姉ちゃんッ!何かあったの!?」


「どうして?」


「さっき血だらけの人が山を下ってたから……」


それを聞いた私と勇儀は顔を見合わせて、くすりと笑う。その笑い声は段々と大きくなっていき、最後には私と勇儀は大笑いしていた。


「なんなの……!もう怒ったから!」


「ご、ごめんよこいし。あいつらは気にしなくていいからな。でも、またあいつらに会ったら大声で私に言え。すぐに駆けつけてやるよ!」


「う、うん。分かった!」


訳の分からないこいしは、とりあえず返事をしているように見える。多分勇儀の心をずっと覗いていると思うけど、無駄だ。勇儀の性格上、嘘は口にしないし、表情や言動に裏表がない。……悟り妖怪からは本当に心が読みずらい人物だ。


だからこそ、私達と友人になれた訳で……。


私達姉妹の唯一、心を許せる人だ。


「勇儀、ありがとうございます。何から何まで貴方に頼り切ってわるいですが……」


「いいってことよ!気にすんな!そもそも、この村で差別なんて本当は許されないからな……村の管理人としてなんか策を練らないとな」


「重ね重ね……ありがとうございます」


この村は元々力が弱い妖怪の為に、鬼である勇儀が内緒で作った村だ。勿論、勇儀自体が管理している訳じゃない。勇儀が管理しては、中立性に欠けるという事で勇儀が選んだ統率力のある妖怪が今の村全体を取り仕切っている。たまにこうして、お忍びで見に来ては、私の所に来ている。


「それじゃ、私は行くな」


「はい!ありがとうございました」


「礼はいいって言ってるだろう?それじゃ」


そう言って、勇儀は去ってしまった。残された私とこいしはそれを見送った。


「お姉ちゃんは、なんでそんなに汚れているの?」


「…………勇儀と相撲をしていたのよ」


「へぇ〜、お姉ちゃん結構命知らずだね」


こういうとき、お互いに心が読めなくて良かったと思う。でも、私は自分が一番嫌いである嘘を妹につくことに罪悪感で、胸が締め付けられる思いだった。



それから数日間、勇儀のお陰であの連中が来ることは無かった。



だけど、ある日いつも通り家で本を読んでいたら、コンコンとドアの戸が叩かれた音がした。勿論、ここに来客する人は勇儀か悪意のある悪い奴しかいない。


私は、淡い期待を持って家の戸を開ける。


「こんにちわ〜」


「………」


そこに居たのは、まだ傷が治りきっていないのか少し顔がむくんだあの化け狸がいた。それに、数人の仲間も……。


「何か御用ですか?」


「いや〜、お庭の方に立派な鶏を見つけて見に来たんですよ」


気持ち悪い敬語で妖怪はそう言った。


だが、鶏小屋は家の裏手。普通にここに来たなら見えるはずがない。たまたま見つけたように言っているけど、勿論嘘。元から鶏に用があったらしい。


「嘘はいいですから、本当の事を言ってください」


「あなたの妹が自慢げに話してたので、見てみたくなった……これは本当ですよ」


…………嘘は言っていない。


こいしは元々明るい性格だから、根暗な私より友達が多いのは知っていたけど………まさか、会話を盗み聞きされてるなんて夢にも思ってないでしょうね。


「見たいなら勝手に見ればいいでしょ」


私が呆れたように言う。


「それじゃ意味ねぇんだよ……」


「えっ?」


聞こえるか聞こえないかの微妙な声で、言った言葉を私は聞き逃さなかった。リーダーは首で仲間に何らかの指示を出した。すると、駆け足で家の裏手にまわり始めた。


最初は、何をするか分からなかったが、リーダーの心の声が聞こえてきた。


「…………!?やめなさい!」


「おっと、行かせねぇぜ」


止めようとする私は羽交い締めにされる。逃げよう必死に藻掻くけど、力で劣る私では抜け出せない。

そうしている間に、庭から鶏を取ってきた妖怪が戻ってくる。


「そんな事して何が楽しいのよ!」


「楽しいねぇ……お前には一生分からねぇだろうけどな!」


しっかり拘束されて、ただただ見ていることしか出来ない私を嘲笑うかのようにゆっくりと妖怪はポケットから小さいナイフを取り出す。


「ま、待って!それはこいしが………!」


「知ってる……やれ」


振り上げられたナイフは、『さとこ』の首を狩るのに十分過ぎるくらいだった。ナイフは血で濡れ、悲痛な鳴き声をあげて『さとこ』は無残にも白い羽根を赤く染めた。


倒れた『さとこ』を見て、大笑いする妖怪達。


それに、私は確かな感情が芽生えた。


自分の心の中にどす黒く、全身を包み込む寒気。


それは…………殺意。


全部、勇儀の言う通りだった。彼女はあの時、私を心配してくれて言ってくれたのだ。


勇儀はこうなることを分かっていた。


でも、それを自分の正義感の為に拒否したのは私。


実に愚かで滑稽な自分の判断を呪った。人の優しさを仇で返すこのクズ達は、今すぐにでも死んだ方がいい。いや、死ぬべきだ。ここで殺さないと、私以外にも報われない者が出る。


なら、処罰するのは誰か……。


ゴミは……ゴミ箱に……。


クズは………殺す………。


渦のような真っ黒な感情に正常な私の理性は吸い込まれ、完全に闇が支配した。


うざったらしく、気に食わない笑い声をあげる妖怪。いつまでも笑っていた妖怪達だったが、ひときは大きな笑い声をあげていたリーダーが急に静かになった。


仲間の妖怪はその不気味さに気づき、笑うのをやめ、まださとりを拘束しているリーダーに詰め寄る。


「ど……どうしたんですか?」


問いかけても、何の返事もない。まるで、生気の抜けた抜け殻のようだ。


「おい!お前がまた何かしたのかッ!」


狂ったような怒号を飛ばしながら、さとりを指さして近づいていく。奇妙な事に、さとりも化け狸も一向に動く気配がない。虫唾が走る走るような悪寒に襲われながらも、その恐怖を拳に乗せて拘束されているさとりに放つ。


勿論、拘束されているさとりには何も出来ない。無情にも妖怪の拳はさとりの整った顔面へ………。


確かに当たった感触はある。完全に顔面を捉えたはず。


なのに、妖怪の顔は驚きで歪んでしまっていた。


「な、なんで……!?」


妖怪から放たれた拳は、さとりを拘束していた人物の顔面が止めていた。

幾ら、妖怪でも妖力強化無しに攻撃を喰らえば痛いし、傷も残る。実際に、化け狸の妖怪の鼻は押し潰されたような形になり、大量の血が息をする度に吹き出ていた。


「どいてくださいッ!」


妖怪の仲間が無理矢理リーダーを突き飛ばす。再びがら空きとなったさとりの顔面をもう一度渾身の力を込めて殴る。


鈍い音と共に、気持ち悪い肉の感触が妖怪の恐怖心を一段と煽る。


そして、呟く。


「なんでなんだよ………」


妖怪の拳はリーダーの顔面を殴っていた。


歯が欠け、鼻が折れ、さっきまで普通に接していたリーダーの顔が自分の手によって見るのも躊躇われる顔面に大変身してしまった。それを見た、妖怪達の脚が笑い出す。


そして、震える唇を動かしながらこそこそと話し合う。


「どうする……これ」


「とりあえず、荷物まとめてここから出るしかねぇだろ!このままじゃ、俺達リーダーの親に殺されちまう……」


他の妖怪も、頷いて肯定の意を示す。


皆の総意がまとまった所で、息を合わせたように一斉に別々に逃げ出す妖怪。


もう、後ろは振り返らない。


ただひたすらに、逃げて……逃げて……逃げて……逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…逃げて…。


そして、遂に自分の家に着いた。


安堵で、吸っていた空気を大きく吐き出す。走って乱れた呼吸を直すように、歩きながら自分の家のドアを開けようとドアノブに手を掛け、引く。



「…………え?」



真っ先に目に入ったのは、人の顔だろうか?


ぐしゃぐしゃに潰れた鼻、ボロボロにかけた歯………まるでさっき見たような。


その顔が目の前にある。


そして、密かに感じる胸の痛み。妖怪は不思議に思い、顔を下げて、痛みの感じる所を見る。


「…………え?」


そこには、銀色に輝くナイフが根元までしっかりと心臓を突き刺していた。

妖怪は刺された衝撃で、訳もわからず後ろに倒れる。倒れる瞬間はまるで、スローモーションのように遅く感じられた。その時見えたのは…………。


自分の家ではなく、さっきまで仲間と作戦を練っていた森と返り血を浴びたリーダーと………周りで血を流しながら倒れている仲間達だった。


意識が朦朧とする中、最後に見たのは嬉しそうに笑う少女の姿だった。



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