三十二話 可愛い猫さん
「いや〜、清々しい朝だな!」
俺は久しぶりに晴れている空に大きく身体を伸ばす。そんな調子のいい和也の後ろで、どんよりしている麗奈とルーミア。その顔は晴れている空と対照的に曇りに満ちている。それもそのはず、今日は二人にとっては最悪の日。
「なんで私が……」
「私、一応大妖怪なんですけど……」
「今更文句を言っても聞かないから。さっさと行ってこい」
今日の二人の任務。
麗奈は小傘ちゃんの店で一日職業体験として働く。そして、稼いでくる。願わくば、暇な時だけでもいいからお店で働いて欲しいと思っている。まぁ、麗奈だから期待はしてない。
ルーミアは一日神社の掃除&整頓。俺が判断して、サボっている様子が少しでも確認できたら今日の夕食は無しだ。それと、来るとは思えないけど参拝客が来たらあまり関わるなと言ってある。
俺はルーミアに箒を渡して、境内を指差す。
「まず、境内の掃除をしろ。それが終わったら居間の掃除と整頓。それも終わったら今度は……」
「待って待って!?そんなにやったら私死んじゃう!?」
慌てて服にすがりついてくるルーミアを俺は冷静に引き剥がし、肩をがっしり掴んで語り掛ける。
「は?お前、大妖怪なんだろ?それぐらいで死ぬ訳ないだろ?だからやれ」
「鬼!和也は鬼より鬼だ!このロリコン〜!変態〜!」
「は!?ロ、ロリコンじゃないし!?ってか早く仕事しろ!」
そう言うとルーミアは頬を膨らませながら、渋々境内を掃除し始める。一応ちゃんとしているみたいで良かった。
「さて、麗奈も……あれ?どこ行った?」
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「全くこんな事やってられないわよ!なんで私が……」
和也がルーミアと話している隙に逃げ出した。博麗神社からは大分離れているし追いつかれることはないと思うけど。
「一応結界でも張っておきましょうか」
私は一枚の札を取り出すと、適当に地面に投げてその場を後にする。すると、薄い膜のようなものがこの近辺を円状に取り囲むようにして広がっていく。
「これでアイツも来れないはず。今日は一旦アリスの家にでも……」
結界を張り、安心しきった麗奈は念の為に霊力を灯し、博麗神社の様子を盗み見る。
『遠眼』
霊力を介して、普通では見えないはずの遠い所を観るという技術。妖怪なんかでは千里眼なんて能力を持った奴もいるって噂だけど、それの下位互換程度には見える。
『遠眼』で見た神社には和也はおらず、ガチギレの和也が迷うこと無く真っ直ぐこちらに向かってくるのが見えた。
「は?なんでアイツ私の場所がわかんのよ!?……ま、まさか!?霊力辿ってきたんじゃないでしょね!?」
和也にそんな芸当出来るとも思っていなかった私は慌てふためく。霊力を辿るなんて早々出来るもんじゃない。結界を張ったせいか?結界は多くの霊力を必要とするし、それ以外考えられない。
「取り敢えずここは逃げましょう!……え?」
「どこに行くんだ〜?麗奈?」
麗奈が振り返るとそこには仁王立ち…空に浮いてるから仁王浮きかな。一目見るだけで分かるぐらい怒っている和也がそこにはいた。ありえない。
怒っている和也を見ながら、私は静かに思考を巡らせる。
和也がここにいるという事は、つまりあの結界を超えてきたということ。流石に、今の和也が私の張った結界を破壊出来るとは到底思えない。
ということは、他の誰かが……でも、この近くに大きな力の反応はない。じゃあ、一体どうやって……。
「アンタ、一つ聞いていい?」
「なんだ?そんな怖い顔して」
「重要な事なのよ。それで、どうやって私の仕掛けた結界を通り抜けたの」
私が珍しく真剣に聞くと和也はきょとんとした顔で、こちらを見つめてきた。私の中の不確定な要素を確実にする為の証拠はこれで揃う。
「は?結界?そんなもんあったか?」
「……やはり、そういう事ね」
今の言葉で私は確信した。
「取り敢えず、今は大人しく捕まってあげるわ」
「そうだ!早く仕事にいけ!小傘ちゃんが待ってるだろ」
私は一人優越感に浸りつつ、小傘が待っている店に向かう。その内、アイツに試したいことを考えながら。
麗奈が小傘ちゃんの店『小傘庵』に向かって、何時間か経過した。俺は博麗神社でルーミアの監視をしていた。ルーミアは目を離すと、すぐにサボる。その度に鉄拳制裁を加えているが懲りる様子がないので今は縄で縛って、天井にぶら下げている。
「ちょっと!?もういい加減下ろしてよ!?女の子にこんな扱いないんじゃないの!」
「知るか!真面目に働かないのがダメなんだろ!」
天井に吊り下げられたルーミアはミノムシの様に、ぶらぶらと揺れている。俺はその下で紅魔館から貰った紅茶を飲んでいた。紅魔館の紅茶は茶葉が良いのかすごく美味しい。レミリアに聞くところによると、紅魔館の庭で育てている自家製らしい。今度また、貰いに行こう。
俺は紅茶を飲み干して、立ち上がる。
「さて、俺は麗奈の様子でも見てるくるか」
麗奈の様子が気になるので、コップを片付けて、玄関に向かう。
「え?まさかこのままにしていくの?ねぇ!下ろしてくれないの?」
和也は振り返ると、にっこり笑顔でサムズアップしながら言った。
「大丈夫。お前は『大妖怪』なんだろ?」
そのまま、ガラガラと戸を開けて博麗神社を後にする。そして、神社の中から怒号が聴こえてくる。
「もう絶対に許さないから!!!」
そんな声を無視して、俺は人里に向かう。ここからでも、神社の軋む音が聞こえるが壊したら壊したで、ルーミアにはそれなりに罰を受けてもらおう。
人里に着くと、魔璃さんに出会った。
「こんにちは、魔璃さん」
「こんにちは。聞きましたよ和也さん、麗奈さんを働きに出してるんですよね」
「まぁそうですけど、なんで魔璃さんが知ってるんですか?」
「里で噂になってますよ。博麗の巫女をパシる悪魔がいるって」
「あはは……」
誰だよそんな噂流した奴。絶対突き止めてやるからな覚悟しとけよ。俺が何をするかだって?そんなの言えるわけないだろ?俺が復讐に燃えていると、魔璃さんがお土産に買ってあったのか、お団子を一つ俺にくれた。
「小傘さんの店は大繁盛ですよ!私もさっき行ってきたんですが、行列で買うのも苦労しました」
「へぇ、なんでそんな突然」
「麗奈さんが働いているからに決まっているじゃないですか」
魔璃さんは当たり前に決めつけているけど、麗奈が働いているぐらいでそんな店が繁盛する訳……。
「……ホントだ」
「だから言ったじゃないですか」
小傘庵の前には、店内に入り切らない人が長い行列を作っていた。揃いも揃って、頻りに前を覗いて何かを見ようと頑張っているように見える。俺達は最後尾にいるが、店内の様子は一切見えない。
「どういう事だ?小傘ちゃんの頑張りが評価されたのか?お団子をみんなそんな食べたいの?今ブームなの?」
「皆さんのお目当ては小傘さんでも、お団子でもありませんよ。確かにあそこのお団子は美味しいですが、今のこの状況を作ったのは…紛れもなく麗奈さんです」
「え?なんで?どうして麗奈が働いているとお客さんが来るんだ?」
俺の質問に魔璃さんは、呆れ顔にやれやれと首を振りながら。
「いいですか和也さん?人は皆美しいものに目を奪われしそして、それに触れたくもなるでしょう?それと同じです。みんなは美しい麗奈さんを見にここまで来てるんですよ」
麗奈ってそんなに人里で人気あったの?でもでも、俺が来た当時は『鬼』なんて言われて、恐れられていて誰も近寄らないとか言ってたじゃん。それに、そんな人気ならなんで参拝客が全然…というか全く来ないの!?おかしくない!?
魔璃さんはお土産に買っていた最後のお団子を食べると、「仕事があるので」と言って、人里の中心部に戻って行った。
「和也さんが見ている麗奈さんと、私達から見えている麗奈さん。それは何の違いがあるんでしょうね…ふふっ」
魔璃さんは去り際に何か言ったような気がするけど、俺にはなんて言っているのか分からなかった。まぁ取り敢えず、最後尾に並んで順番が来るのを待つとしよう。
「それにしても、すごく長い行列だな。これじゃあ、おじいちゃんが過労死しそうだ」
そんな事より一番気になるのは……。
「なんでみんな、ニヤニヤしながら帰ってるんだ?」
来る人来る人、みんな笑顔というかなんというか。少しニヤケに近い笑いを浮かべながら、帰路についている。少し気持ち悪いけど、みんなをそんなにしてしまう程の何かがあそこにはあるんだろうか。
俺は、少し緊張しながら自分の順番が来るのを待つ。
並び始めて何分が経過したんだろう。遂に俺の番が来た!小傘ちゃんの声が、俺を店内に誘導する。ワクワクしながら、店内に入るとそこには……。
「……うぉぉ!」
「和也さんじゃないですか!いらっしゃい!」
「は!?アンタなんで来てるのよ!?」
いつも小傘ちゃんが着ているフリフリの制服に身を包み、そして頭に猫耳型のカチューシャを付けた麗奈がお盆を片手に接客していた。
「小傘ちゃん、これは?」
「どうですか?可愛いですか?似合ってるでしょう!今日の為に準備したんです!」
小傘ちゃんと麗奈の身長は結構差があるから、制服も新調してある。それも、ピッタリサイズに。
麗奈の巫女服の下半身部分は長いスカートに覆われているけど、小傘庵の制服はそれより短い。膝丈の少し上のミニスカート姿。なので、結構大胆な格好になっている。
そして、極め付きは猫耳カチューシャだ。小傘ちゃんも同じのをつけているけど、水色の髪によく似合っている。麗奈は、本当に猫っぽい。
まぁ二人に共通している事はひとつ。
ただただ『可愛い』って事!
まぁ恥ずかしいからそんな事言わないけどね。
「すごく似合っていると思うよ二人共」
「ありがとうございます!似合ってるって!」
小傘ちゃんは麗奈に何か含みのあるような発言をする。
「は!?似合ってる!?べ、別にこんなの似合ってても嬉しくないわよ!あーもう!やめたやめた!こんなの着けてられないわ」
そう言って、麗奈は自分のカチューシャを取る。それを見た小傘ちゃんは。
「ごめんね、折角用意したけど気に入らなかったよね。ごめんね?」
小傘ちゃんの悲しさ(演技)がひしひしと伝わってくる。
「……し、仕方ないわね。今日だけは着けてあげる」
((チョロい))
チョロ奈さんは、一度外したカチューシャを着けて、また接客に戻る。
麗奈に接客は出来ないと思ってたが、流石は神社の巫女さんなだけはある。見事な愛想笑いと、トークでお客さんを喜ばせている。これだったら、人気があるのも頷ける。麗奈のルックスなら男性の客はイチコロだろ。
麗奈は男性だけではなく、女子にも人気があるみたいだ。キリッとした姿がカッコイイのか分からないけど。さっきから羨望の眼差しを麗奈に向けている女子が何組かいる。そして、俺には何故か殺気が。
時刻はもう夕方。そろそろ俺も帰ろうと思い、麗奈を呼ぶ。
「麗奈!俺はもう帰るから、小傘ちゃんに言っといてくれ」
そう言うと、まだせかせかと働いている麗奈が駆け寄ってきた。何事から思って、動きが止まる。俺の目の前まで来た麗奈は少し俯いている。
「な、なんだよ?どうしたんだ?」
「私……ふ……う」
「え?何だって?
「だから、私の服どうなのって聞いてるの!」
「は?だから、似合ってるって」
「違う!そうじゃなくて……詳しく言って」
麗奈が何言ってるか分からないんだけど?どうしたの?頭大丈夫か聞きたいんだけど。だけど、言わないと逃がしてくれなそうだなぁ。
「うん、まぁ。可愛いんじゃない?」
「そ、そう。ありがと……」
……えぇー!?何この雰囲気!?麗奈がすごいしおらしいんだけど!?いつもツンケンしている麗奈がこんなだと調子狂う。でも、少しいいかも。
「何ずっと見てんのよ気持ち悪い。帰るならさっさと帰りなさいよ!こっちは忙しいんだから!」
あぁ、やっぱりこっちの方がしっくり来るよね。いつもの麗奈って感じで。
俺は麗奈に追い出されて、名残惜しいけど小傘庵を去った。
「可愛いか、うへへ」
「麗奈、顔」
「はっ!?何よ顔って!?」
博麗神社に帰ってきた俺を待っていたのは、ガチギレしたルーミアだった。まぁそれはそうだよな。あの縄を切るなんて、妖怪なら造作もないもんな。
形勢が逆転した俺とルーミア。これから起こることを悟り、静かに座る。
「覚悟は出来てるんだね」
「……はい」
それから麗奈が帰ってくるまで、ルーミアから説教を食らった。
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