15.
四月もあっという間に今週が最終週となった。新しいクラスにも慣れて、彼女以外にもそれなりに話せる子もちらほらと出てきた。今まで誰とも接していなかったこともあり、同じ高校生と話すことが、今更ながらとても新鮮だ。
「じゃ、今日はここまで」
「起立ー!さようならー!」
委員長の掛け声で解散となる。先程まで静かであったことが嘘のように、一斉にクラス中がざわめき始める。
「それじゃ、心奈。私これから、撮影あるから先行くね」
ふと、荷造りをしているところに、急ぎ足で近寄ってきた美帆が話しかけた。
「あ、うん。頑張ってね、また明日」
「バイバーイ」
美帆が急ぎ足で教室を出ていく。最近は、平日の放課後にもちょくちょく仕事が入ってきたらしい。おかげで放課後は暇になることが多く、どう潰そうかを迷っている。
―二か月前までは、暇つぶしなんて特技みたいなものだったのにな。
彼女と仲良くなる前は、一人行動が主だった。おかげで暇つぶしには困らずに、いつも一人でこなしていた。だが、彼女と仲良くなってからは別だ。できるだけ彼女と共に時間を過ごしたいという欲が出てしまう。そのせいで、いざ一人になってしまうと、暇という感情が生じる。
―久々に、屋上でも行こうかなぁ…。
心奈は荷造りを終えると、一人教室を出て、階段を上った。屋上の扉の前には、いつも通り二台の机が通せん坊している。周りに誰もいないことを確認すると、急いでそれを乗り上げた。ゆっくりと、音を立てないように屋上のドアを開けて閉める。無事に到着して、ふぅっと一息を吐いた。
相変わらず、ここまで来るだけでもかなりの神経を使うものだ。自分が変わる前と変わらない、屋上の姿がそこにはあった。
―日の入りはまだかぁ。
確か、時間はまだ四時前だったはずだ。この時期の日の入りは、大体五時半前後くらいだと思う。それまで、しばらくここでボーっとしていよう。心奈は扉の隣の壁に寄りかかり座ると、ゆっくりと目をつむった。
キィ…。
「えっ!?」
突然、心奈の隣にある扉が開いた。
―まさか、バレた!?
入学して一ヶ月経たなかった頃から、ずっとここに通い続けてきたが、怒られたことはヘマをしてしまった一度だけだ。もし次に怒られたのなら、もう次は無いだろう。
心奈は息を飲み込んだ。
「…あれ?ここに入ったと思ったんだけど…ってうわっ!」
「きゃっ!?…大森君?」
「…ああ、心奈。おいおい、そんなとこに座ってんなよ」
「い、いや!大森君こそ!驚かさないでよ!」
「ああ、悪い悪い」
「あ!閉める時はゆっくり!ばれちゃうから!」
「ん?こうか?」
「うん…そこ、古いから音うるさいんだ。ありがとう」
「隣、いいか?」
「ん、うん」
彼に扉をゆっくり閉めるよう指示すると、彼は心奈の隣に座った。
「で?なんで大森君がここに来たの?」
彼に問うた。
「いや、心奈が階段を上っていくのが見えたからさ。何してんだろうって思って付いてきたんだ」
「そっか…」
「でも、ここ立ち入り禁止だよな?いつも来てるの?」
「いつも…最近は来てなかったけど、前はよく来てた」
「ふぅん。そうなんだ」
「っていうか、大森君。部活は?」
「ああ、今日は珍しく休み。暇だから心奈でも誘おうかなーなんて思ってたから、ちょうどよかったんだ」
「え?私を?」
「うん。まぁ、屋上に来たのは予想外だったけどね」
彼がハハッと笑った。
「じゃ、今度は俺から質問。なんで屋上に来てるの?」
今度は彼が心奈に問うた。何故自分をと聞こうとしたが、それも阻まれてしまった。
「なんで、かぁ。うーん、ここから見える夕日が、綺麗なんだ。それが見たくて」
―でも、前はもう少し違ったけど。
「…それだけ?」
「へ?う、うん」
「ああ、よかったぁ。変なこと考えてたら、どうしようって思ったよ」
彼が安堵したように、背中を壁に任せた。どうやら、心配してくれたらしい。
―まぁ、少し前ならやりかねなかったけどね…。
「なんか、ごめんね。変な心配かけちゃって」
「大丈夫だよ。心奈が元気そうで何より。でも、もし何かあったら言ってくれよ?俺でよければ聞くからさ」
「ふぇ?あ、うん。ありがとう…」
彼は微笑むと、そのまま上を見上げた。
「で、夕日が綺麗って言うんだから、それまでここにいるつもりなんでしょ?」
「そうだけど…」
「じゃあ、俺も今日はそうしようかな。家帰ってもどうせ暇だし。いいかな?」
「そう?大丈夫だよ。私もどうせ、ボーっとしてるだけだし」
「お、よかった」
彼は、嬉しそうに呟いた。
こうして彼以外の男の子と二人きりで話したのは、一体いつ以来なのだろう。友人である中田もそこから省いてみると、もしかしたら初めてかもしれない。
二人とはまた違った、爽やか系男子である大森は、話していてなんだか新鮮だった。
「心奈って、宝木と仲いいよね?あいつの下の名前、なんだっけ?」
「美帆だよ。宝木美帆」
「そっか。じゃあ、今度宝木にも話しかけてみようかな。見た感じ、話したら楽しそうだし」
「いいと思うよ。美帆は優しいし、誰とでもすぐに仲良くなれると思うから。でも、一つ嫌なことが、偶にする悪戯なんだよね」
「悪戯?宝木が?」
「そ。あの子根はいい子なんだけど、どこか子供っぽいっていうか。抜けてるっていうか」
「へぇ、なんか意外だな」
「でしょ?初めて悪戯されたときは、『こいつ!』って思ったよ」
ハハッと彼が楽しそうに笑っている。その表情を見た心奈は、不思議とホッとした。
「なるほどねぇ。いつから仲いいの?」
「んー、大体二月くらいからなぁ。これでも、結構最近仲良くなったほうだし」
「え、そうなの?じゃあ、ホントにいい関係って訳だね」
「そうなのかもねぇ」
キーンコーンカーンコーン…。夕方五時のチャイムが鳴った。夕日はもうすぐ、落ちようとしているところである。
「…あーあ、なんか面白いことないかなぁ」
大森が呟いた。
「面白いこと?部活とか、楽しくないの?」
「え?いや、もちろんつまらない訳じゃないけどさ。なんかこう、彼女が出来たりとか、刺激が欲しいんだよね」
「か、彼女?」
「そ。彼女。中学生の時から付き合ってた子に、去年の秋にフラれちゃってさ。今凄く憂鬱というか、なんというか」
「そ、そうなんだ…」
―何だろう、前にもこんな事、あった気がする。
ふと、忘れかけていた懐かしい思い出が、なんとなくぼんやりと思い出しかけた気がする。
「心奈は、彼氏とかいるの?」
「ふぇ!?い、今?」
「うん。あ、もしやその反応は、好きな子がいるな?」
「そんなことないよっ!っていうか、前まで私…あ、いや…何でもない…」
ふと、この間までの過去の自分を口に出しかけたところで口窄む。いけない、あの過去の自分はもう、全くの無縁の自分なのだ。むやみにさらけ出す必要はない。
そこまで聞いた大森は、機嫌を損ねたように苦い顔をした。
「なんだよ?もしかして何か、前に嫌なことでもあったの?」
「あぁ、べ、別にないよ!とにかく!私は今そんな子はいないから!」
「ふーん…そっか」
彼は諦めたように空を仰ぐと、何故か寂しそうにクスッと笑った。
それを見た心奈は一つ、何かを瞬間的に察しとった。
『あの子を好きになっちゃわないかってこと』
『…心奈は、モテモテだってこと』
彼の表情を見て、前に美帆に告げられた言葉を思い出した。もしかしたら、自分は今、とんでもなくマズい状況下に置かれているのかもしれない。
―どうしよう…こんなことヒロに知られたら、なんて言われちゃうだろう…。
いくら優しい彼だって、こんなことを許してくれるとは思わない。ここは、自力で解決していくしかないだろう。幸いまだ、自分はその感覚に侵されてはいない。早いうちに、なんとかしなければ。
彼を傷つけずに、身を引いてもらう方法。それを探さなくては。間もなく落ちかけてきた夕日に、心奈は約束した。




