14.
木曜日。いつも通り俺たちは、三人でテニスコートに集まった。しかし、いつもの三人ではなく、石明と安村という今までにない組み合わせだ。
宇佐美はまだ戻ってくるのが嫌らしく、今日も会話が無いまま彼は帰っていってしまった。
「今日くっかなぁ?二ノ宮」
準備運動をする石明がぼやいた。
「さぁ?興味があれば来るんじゃねぇの?」
「できれば興味持ってほしいけどなぁ。そう簡単にはいかないか…」
「まぁ、簡単に人が集まったら苦労しないよ。気長に頑張っていこう」
安村が俺たちに笑いかける。石明と俺は、彼に「はいっ」と返事を返した。
一通り準備運動を終えると、安村はポケットから、メモ帳を取り出した。
「よーし、それじゃあその子たちが来るまで、コート内を走っておこうか。十五分間、グルグルと走るぞ」
「えー、早速走るんすか?」
石明が面倒くさそうにぼやいた。
「真。基礎体力も、大事だぞ?サッカーでも、そうだっただろ?」
「まぁ…そうっすけど」
「じゃあ文句は言わない。行くぞー」
「うぃーっす」
テニスコートが三つ分ある、それなりに広いコート内をグルグルと回り走る。グラウンドよりは気持ち的に楽であろうが、いつ終わるのだろうというこの緊張感と、早く終わってほしい絶望感が徐々に芽生え始める。安村がやってくる以前からコート内は走ってはいたが、相変わらずこの気持ちには慣れない。
十分程走っていた頃。ようやく待ちに待ったその姿は姿を現した。
「あ、いたいた!石明せんぱーい!」
テニスコートの入り口から声がする。声のほうを向くと、この間の二ノ宮と、もう一人の少年がそこには立っていた。
「おお!二ノ宮!来てくれたか!」
石明がコートの入り口前に着くまま、その場で足を動かしながら喜んだ。それに続いて、俺と先生も彼の後ろに止まる。
「来ましたよ。でも、本当にここでフットサルやってるんですか?」
「もちろんだ。正真正銘、フットサル部だよ」
「でも、部活紹介で紹介されてなかったですよね?」
ふと、二ノ宮の隣に立つ少年が口を開いた。その第一声は最悪である。
「そうですよ。やっぱり、新しく作った部活なんですか?」
それに便乗して、二ノ宮が更に問い詰める。そんな質問責めに遭っている石明は、どうしたらいいのか分からないようで苦笑いだ。
―おいおい、石明。それ以上質問されるなら、本当のこと言っちまえよ。
相変わらず真実を告げようとしない彼に、俺は呆れた。
「え、えっと…だな。部活紹介には、その…敢えて出なかったんだ!敢えて!」
「どうしてです?」
「だ、だから!この間も言っただろ?秘密の部活なんだよ!秘密の!!」
「…本当ですかぁ?」
二ノ宮が渋い顔をする。明らかに、信用していない。
「真。もうそれくらいにしておいたら?」
スッと、同じく会話を聞いて呆れていた、安村が会話に入る。すると、少年二人が嬉しそうな表情を見せた。
「っていうか!安村先生、ここの部活の顧問なんですか!?」
少年が目をキラキラと輝かせている。もしかしたら、彼はやはり人気の先生なのかもしれない。彼のキャラなら納得できる。
「ん?そうだよ。君は、二組の広大だっけ?」
「はいっ!星岩広大です!」
星岩と名乗る少年が、名を呼ばれて嬉しそうに頷いた。
「そして、君も二組だよね?確か、満也だったかな?」
「はいっ!二ノ宮満也です!」
「そっかそっか。どうかな?フットサル部。今なら、すぐにメンバーとして入部できるんだけど、ちょっとやってみるか?」
「いいんですか!?是非お願いします!」
先程の石明の説得とは打って変わって、すんなりと楽しそうに説得に乗った二人が、テニスコートへと入ってくる。その様子を見ていた石明が、半ば悔しそうに少年二人を眺めていた。
「えっと、二ノ宮だっけ?安村先生、そんなに人気なの?」
目の前で着替え始めた二人に、俺は問いかけた。
「そうですよ。体育の先生なんですけど、優しくて授業も楽しいんです!みんなから人気なんですよ」
「へぇ、そうなんだ。やっぱり凄いな、安村先生」
嬉しそうにニコニコしながら、ボールを足で転がしている彼を見る。やはり彼がここの顧問になって、なんだかんだよかったと思う。
少年二人がジャージに着替え終わり、準備運動も終えると、安村はまず、石明にボールを投げ渡した。
「じゃあまず、満也。確か、元キーパーだったよね?真が蹴るボールを、どんどんキャッチしてみてよ。あ、真?まだあんまり強く蹴らなくていいからね?」
「へいへい、分かってますよ」
さっきの事を気にしているのか、石明がぶっきらぼうに答えた。
「えっと、先生。俺、今日グローブ持ってきてないですよ?」
ふと、二ノ宮が彼に問いかける。グローブとは、キーパーグローブの事だ。手を使うキーパーには必需品である。
「ああ、大丈夫。フットサルボールを掴む感覚を分かってほしいからね。もし入ってくれた時には、満也にはキーパーをお願いしたいんだ」
「そうですか。いいですよ!っていうか俺、ほとんどキーパーしかやったことないんで、寧ろ好都合です!」
「お、そうかそうか。それじゃあ、満也には期待だな」
二ノ宮は微笑むとフェンスを背にして石明と向かい合った。既にその構え方はキーパーそのもので、長年やっている事が目に見えて分かる。
「いくぞー、二ノ宮」
「はいっ!お願いします!」
石明は彼の右方向に向かって、ボールを軽く浮く程度に蹴った。それを見切った二ノ宮は、難なくそれをジャンプしてキャッチする。
「うわっ、やっぱりちょっと小さいんですね」
手に取ったボールを見て、改めて彼が驚いた。
「こうも小さいと、ボールのスピードも速くなりますよね?できるかなぁ?」
「まぁ、そこは慣れだよ慣れ。俺だって、最初は戸惑ったけどさ。今じゃもうすっかり慣れちまったよ」
「そうですか?じゃあ、もうちょっとやってみます。次!お願いします!」
二ノ宮が石明にボールを投げると、再び彼にボールを蹴った。
「うん、二人はひとまずあれでいいかな。じゃあ、次に広大」
「え、あ、はいっ!?」
安村に呼びかけられ、星岩が背筋をピンと伸ばした。
「広大は、何かスポーツはやってた?」
「え?えっと…小さい時に、水泳を少しだけ。後は、何もやってないです」
「そうか。じゃあ、ボールを使うスポーツは体育だけ?」
「ですね…だから、満也に誘われたけど、ちょっと心配で…」
彼が不安そうに俯く。
「大丈夫だよ。誰だって、最初は『とりあえずやってみる』から始まるんだ。何事もチャレンジだよ」
安村が彼の肩をポンと叩く。星岩は顔を上げると、へへっと笑顔を見せた。
「そうですね…じゃあ、ちょっとやってみます」
「よーし、その意気だ。じゃあ、裕人。広大とパス回しに付き合ってみてくれるかい?」
「俺ですか?構いませんけど」
俺が返事をすると、少年の彼がこちらに向き合った。自分と二十センチくらい身長差があり、背も小さくてまだまだ中学生にも見えてしまう彼は、少し体をブルブルと揺らしていた。
「え、えっと…」
「ああ。真田裕人。よろしくな」
「は、はいっ!真田先輩!」
「あ、裕人でいいよ。あんまり苗字で呼ばれるの、好きじゃないんだ」
「わ、分かりました!裕人先輩!」
堅苦しい様子で、彼は自分の名を呼んだ。
―なんだか、少し懐かしいな。昔の俺も、こんな感じだったか?
懐かしい気持ちが蘇る。今の自身には跡形も無くなくなってしまったようだが、彼のおどおどした様子が、昔の自分に重ねて見えた。
安村からボールを受け取ると、俺は彼に向けて優しい加減で彼にボールを蹴った。
「おっとっと…」
かなり不器用な様子で彼がボールを受け取る。一度目だが、なんだかかなり心配だ。
「い、いきますよ」
彼は右足を大きく振りかぶると、思い切りつま先で蹴った。
―え、つま先蹴り?
思ったのもつかの間。彼が蹴ったボールは、勢いよく俺の頭上をも越えていき、挙句にはテニスコートのフェンスさえも越えていってしまった。
「わああぁぁ!!す、すみません!!取ってきます!」
「ああ、いいよ。俺が行くよ」
「でも…」
「気にすんなって。失敗は誰でもあるよ」
「は、はい…」
落ち込む彼に声をかけると、俺はしぶしぶとボールを取りに向かった。
―しっかし、つま先蹴りとは厄介だ。まずは、インサイドキックから教えないとダメか。
本来パス回しは、足の内側。くるぶしの下でボールを蹴る、インサイドキックが基本だ。つま先蹴りは初心者にありがちだが、威力が強くなってしまうため、飛んでいく方向をコントロールしにくい。そのため、技としてはほとんど使われない。これは、フットサルもサッカーも同じだ。
ボールを持って彼の元に戻ると、俺は彼にインサイドキックについての指導を始めた。
「いんさいどきっく…?なんですかそれ?」
「インサイドキックは、足のここ。くるぶしの辺りでボールを蹴るんだ。位置は人によって蹴りやすい場所が違うから、慣れてから覚えると思う。因みにつま先で蹴るのは、威力が強い分コントロールがしづらいんだ。プロでもほとんど、つま先では蹴らないよ」
「そうなんですか。分かりました!っていうか、インサイドって言うんですから、アウトサイドもあるんですか?」
「ん、あるよ。アウトサイドはここ。インサイドとは逆で、足の外側で蹴るんだ。こっちは大体、ドリブルの時に使うかな」
「へぇー」
うんうんと頷きながら、熱心に俺の話を聞いている。どうやら、それなりに適当なやる気ではないようだ。
「じゃあ、戻るからやってみて?」
「はいっ!」
俺は先程の位置に戻り、再び彼と向き合った。心なしか、さっきよりもボールを足で持つ様が成っている気がする。
「いきます!」
「えいっ!」と彼が蹴った二度目のボールは、意外にもちゃんとしたパスだった。偶々だったのかもしれないが、上達は早いほうかもなのしれない。
「お、いいね。そんな感じ」
「ホントですか!」
「ああ。ほら、もう一回」
「おっとっと。いきますよ!」
再び彼のボールがこちらにくる。先程よりもボールのスピードが上がっていたが、それでもちゃんと俺に向かって転がってきた。
「星岩、お前上達速いな」
「そうです?でも、昔から他の人のを見て育ってきたんで、そのせいかもしれないです」
褒められて嬉しかったのか、えへへっと彼が笑った。その様子は、まるで小学生を見ているようだ。
―なるほどね。他人のいいところを盗むタイプか。
「じゃあ、ほら。今度はアウトサイド」
インサイドキックで彼に渡しながら、俺は彼にアウトサイドキックを要求した。ちょっとした、意地悪である。
「え、ええ!?い、いきますよ?」
「えいっ!」と、一呼吸置いてから彼が初めて足の外側で蹴ったボールは、予想通り俺とは全く違う方向へと転がっていった…あっ。
「いくぞー…ってあぶなっ!?」
ふと、隣で二ノ宮とボールを蹴っている石明の足元に、ボールが転がっていった。危うく、そのまま足を取られて転んでしまうところであった。
「うわあああぁぁぁ!!ごめんなさいっ!!」
「星岩か?おいおい、しっかりしてくれよ」
「はいぃぃぃ…。気をつけます…」
「あ、あはは…」
ちょっとした悪戯が、思わぬケガを引き起こさなくて、ホッとした俺であった。
何だかんだ、一時間半ほどの練習を終えて、俺たちは四人ともどもコートにへたり込んで座っていた。
「お疲れ様。だいぶ楽しそうだったね」
結局最後は、安村も含めた五人で鳥かごをして遊んだ。少年二人も最初の緊張は無くなったようで、すっかり俺たちに溶け込んでいた。
「はいっ!凄く楽しかったです!」
二ノ宮が微笑んだ。
「よかったよかった。それでなんだけど…どうかな?フットサル。こんな感じで、これからもやってこうと思うんだ」
安村が問うた。少年二人はお互いに顔を見合わせると、楽しそうに頷き合い、安村と向き合った。
「俺たち、ここに入ります!最初はちょっと不安でしたけど、俺、もっとフットサルやりたくなりました!」
「俺も!」
「おお!二ノ宮!やっぱりお前は俺の大好きな後輩だぁ!」
「ちょ、先輩!?」
石明が二ノ宮に、暑苦しく抱き着いた。その様子は、なんだかむさ苦しい。
「はは。よかったよかった。それじゃあ、満也。広大。これからよろしくな」
「はいっ!」
二人は安村に、元気よく返事をした。
―これであと一人…。後は、宇佐美が戻ってくれれば…。
楽しそうに喋っている四人を見て、着々と近づくスタートラインを、俺は待ち遠しく思った。




