3.
桜はよく、曲の題名として用いられる事が多い。漢字、平仮名、片仮名。また、色々桜にかけた題名で桜をイメージに作られた曲は、きっと幾数とあるだろう。
各々が、各々で思う桜のイメージを詩として書く。それだけでも、各々で様々なイメージがされ、聴いているこちらとしても面白い。この時期の、楽しみの一つだ。
音楽は、詩を書く人、音楽を作る人などで全く同じ曲になることはない。それぞれが自分だけの音楽を作る。そんな音楽の魅力に、自分は惹かれたのだ。
そして、そんな桜の木が並ぶ道を、イヤホンから流れる音楽を聴きながら、黙々と歩いていた。
「おっはよー!陽子!」
「いたっ!…もー!香苗!いつも言ってるけど、力強すぎ!」
西村陽子は、友人の香苗に背中を思い切り叩かれて、現実へと引き戻された。
左耳のイヤホンだけを外し、嫌々と彼女と並ぶ。
「だって、陽子いっつもイヤホンして音楽聴いてるからさー。呼びかけても返事してくれないんだもん」
「でも、叩くことないじゃない」
「んー。まぁ、それはそうなんだけどさぁ。なんかこう、叩きたくなる気持ち、分かる?」
「それは…うん、分かる」
「え!?分かる?やっぱり!?よかったぁ、やっぱり陽子は私の友だよぉ。他の子に言ったらさー、『それは香苗がそんな性格だから』って言っちゃってさー。失礼ったらありゃしないよ!」
―あ、それは否定できないや。ごめんね香苗。
「…何、その涼しい目線」
「いや…何でもないよ?」
「嘘!絶対陽子もそう思ったぁ!もー!みんな何でそう言うかな?こんなにも可愛い乙女が嘆いてるというのにぃ!」
「ぷっ…ふふふ…」
「あー!何で笑うのさ!」
「だって…香苗が可愛いって…」
「にゃーー!!もういいよ!知らないもん!」
香苗がプイッとそっぽを向いた。まぁ、よくある事だ。時間が経てば、気も逸れるだろう。
怒ってもなお隣を歩く香苗と共に、西村は教室へと向かった。
西村の学校は、一年生から一切クラス替えが行われない。担任も変わらず、教室が毎年変わるだけで、特に新学期としての新鮮味もないのだ。
そんな変わり映えの無いクラスの雰囲気に迎えられながら、西村たちは教室へと入った。
「あーあ、ウチの学校ってクラス替えもないのに、あのバカ担任だけが席替えもしないーって言い張るから、特になーんの面白みもないよねぇ。他のクラスは、席替えはあるってのに」
香苗が自身の机に荷物を置くなり、西村の前の席に座り突っ伏しながらぼやいた。
「まぁ、それはあるよね。席替えくらいは、ちょっとしてほしいかも」
「ねー。そうでなきゃ、乙女の新しい出会いなんてないっつーの」
「ああ…うん」
「だから!涼しい目でみるなぁ!」
香苗が肩を思い切り叩いた。
「いたっ…。でも、そう言いながらもどうせ気にしてるんでしょ?」
「それは…そうだけど」
「ふふっ、香苗らしいや」
西村は、机に突っ伏する香苗を見ながら微笑んだ。
「ぬぅーーー!それもこれも、男との出会いが無いからいつまでも変わることができないんじゃ!どこかにいい男は転がってない!?」
「そんな事言われても…渡辺とかは?」
ふと、数人の男女グループの中で楽しそうに話しているクラスメイトの渡辺を見た。
「えー、あいつはなぁ。性格はいいけど、ウチの趣味じゃないし」
「じゃあ、どういう人がタイプなの?」
「うーん…。引かない?」
「え?う、うん」
「…間宮みたいな、何考えてるか分からないタイプ」
「え、あいつ?」
彼の名が出た途端、西村は彼を覗き見た。彼はいつも通り、一人で黙々と読書をしている。
「そ。まぁ、あいつが好きって訳じゃないけどさー。ああいう、物静かなタイプがいいんだよねー」
「それは…ちょっと意外かも」
「むぅ…どうせ、うるさい人と一緒にお酒飲みたいとか考えてそうーとか考えてたんでしょ?」
「うん、もちろん」
「ああー!二重肯定するなぁ!」
香苗は教室中に響き渡るような大声で叫んだ。
皆こちらに注目する中、一人健二だけが、気にせずに読書をしていたことを、西村は見逃さなかった。
次の日
「えぇー!?席替え!?」
担任の彼の一言で、クラス中から歓声が湧いた。
「うるさい!少し静かに!…まぁ、三年生だしな。一学期と二学期で二回くらい、してやろうかと思ってな」
「わぁー!先生マジ神!」「さすが先生!」
生徒から、様々な声が上がっている。そんな中西村は一人、嫌々とその様子を見ていた。
―うるさいなぁ…。席替えは確かに嬉しいけど、そこまで喜ぶ必要ある?
自分が大人なのか、彼らが子供なだけなのか。こういう時、よく分からない感情に陥る。
そこまで嬉しい気持ちを表現するのは、本当にバカバカしい。嬉しくても心の中で思っていればいいし、第一他人に迷惑だ。どうして彼らは、そういうことを考えてくれないのだろう。
そんなこんなで席替えが決まり、先生がお手製で作ったクジで、席順を決めることになった。
左前と右後ろの二人でジャンケンし、勝ったほうから蛇行回りで順番が決められる。結局、左前の人がジャンケンに勝ったおかげで、西村は後半にクジを引くことになった。
「次、西村ー」
学級委員長である野球部の一人が、順々に名前を呼び、次に自分の番となった。
前へ歩み出ると、袋の中から一枚、クジを引く。
「…二十二番!」
黒板に席がかかれ、適当に割り振られた数字の席に西村の名前が記される。自分の席は、黒板から右の一番後ろの席だった。
―まぁまぁかな。隣、誰になるだろう。
香苗は既に、他の席へと決まってしまってる。隣が誰になるのか、多少ドキドキしていた。
「はい次―。お、健二じゃん!いい席引けよ?」
彼の名が呼ばれた途端、クラスから歓声やら罵声やら、様々な声があげられた。それでもなお彼は、いつも通りの冷めた顔である。
現状空いている席は西村の隣と、もう二席だけだ。できることなら、自分の隣だけは引かないでほしい。西村は必死に祈った。
「…三十一番!」
「隣は?」「え?どこ?」などなど、色んな声が上がる中、委員長が番号の席に名前を書いた。
―…え?
「お、隣西村じゃん!やっぱりお前ら仲良いな!」
一人の他の野球部が、楽しそうに声をあげた。
「え、嘘?私?」
「おう!仲良くやれよー!喧嘩すんなよな!」
バカな委員長も便乗して、同じくバカにしたように笑っている。
「嘘でしょ…?はぁ…」
クラス中から、西村に向けて歓声が湧いた。これはもう、噂のことをみんな知っているらしい。
数ヶ月前から西村は、「健二と付き合っているらしい」という噂に悩まされていた。特に二人にそんな事実は無いし、西村自身そのような感情は全く抱いていない。
―ああ…最悪。どうして私、こうなんだろう…。
頭を抱えながら、西村はざわめく教室の雑音をなるべく聞かないように、机に突っ伏した。




