表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~  作者: たいちょー
第六針 七夕のタイムリミット
44/164

Memory.18

七月五日


 ジリジリと日差しが町を照らす。そろそろ、本格的に夏が到来してきているようだ。一足気が早いセミたちが、個性豊かな音色を奏でている今日この頃。

 心奈は一人、廊下を歩いていた。

 ―明後日で、三ヶ月が過ぎる…。どうしたらいいんだろう。

 約束された三ヶ月。誰に下され、何が起こるのかさえも分からないタイムリミット。どれだけ願っても来てしまう七夕の日に、ただただ怯えるだけの日々を送っていた。

「よう、明月」

 階段で、中田と遭遇した。胸元まで開けたワイシャツから、少し焼けた肌が見えている。

「中田君…。さっきの授業理科だったの?」

「ああ。っていうか、今やってる原子記号が訳分かんなくてさ。Agだの、Cuだの、金属やら非金属やら。全く分かんねぇんだけど」

「原子記号なら、暗記方法で覚えれば簡単だよ。今度、教えてあげようか?」

「お、ホントか?サンキュー。じゃ、また今度な」

「うん…また」

 ―また。

 心の中でその言葉を繰り返しながら、心奈は中田を見送った。

 最近は、一人で行動することが多くなった。気軽に話せるくらいの友人なら数人できたが、なんとなく一緒にいる気分じゃなかった。

 彼女は独り身で、理科室があるB棟へと向かっていた。

 ―七夕…か。

『…もし、彼氏ができたとしたら、どうしたい?』

 去年、裕人に言われた言葉だ。

 まさか彼から、そのような言葉を聞くとは思わなかった。それでも心奈自身、そう彼に言われて嬉しかったし、彼自身の気持ちも再確認できた。

 それでも、そこから先の領域にはあえて踏み入れなかった。怖かったのだ。今の関係が、もし崩れてしまったらと思うと。

 今でも恋人や結婚は、彼女にはまだ分からなかった。それでも、今彼へと抱いているこの感情こそが、『好き』という感情なのだと、ようやく分かってきたところだ。

 たとえ話さなくても、何もしていなくても。そばにいるだけで安心する。そこにいるんだと分かるだけでホッとする。それが、『好き』ってことなんだと、最近気づいた。

 ―…よし。

 また七夕の日がやってくる。たとえそれが、彼と離れてしまうタイムリミットだったとしても。それでも最後まで彼と一緒にいたい。

 心奈は、軽く息を吐くと、力強く足を踏み出した。


 放課後

 文化部に比べて、運動部の部活終わりは遅い。用具の片付けや、着替えなどがあるからだ。

 校門前の花壇に座って、心奈は彼を待ち構えていた。

「あれ、明月。どうした?」

 先に出てきたらしい中田に声をかけられた。首には、水色のタオルが巻かれている。

「あ、中田君。ヒロ、まだやってる?」

「ああ、あいつか。あいつは今日鍵当番だから、多分一番遅いと思うぞ」

「そっか。分かった、ありがと」

「…ふふーん?」

 中田が気持ち悪く笑った。

「…何?」

「なんでもねぇよ。ま、せいぜい楽しんできな」

 背を向けて手を振りながら、中田は去っていってしまった。どうやら、心奈の用件が彼には分かったらしい。

「中田君ったら…」

 愚痴を吐きながらも、その言葉を受けて、正直に嬉しかった。本当に彼はいい人だと、改めて心からそう思えた。

 中田が去ってから十数分。生徒の出がほとんどなくなった頃に、彼は姿を見せた。

「あれ?何してんのお前?」

 こちらの理由など知らない裕人が、素っ頓狂に言った。

「もう!遅いよバカ!」

「えぇ…なんで怒られてるのか、さっぱりなんですけど」

「いいから、さっさと帰るよ!」

「は、はぁ…」

 文句を言いたそうな裕人を無視して、心奈はさっさと歩きだした。

「で、なんで待ってたの?」

 校門を出たところで、裕人が問うた。

「土曜日。暇でしょ?」

「は?いや、午前中部活だけど」

「…午後は?」

「まぁ、暇ですけど」

「じゃあ決まり」

「は?」

「…っていうかあんた。土曜日が何の日か分かってる?」

「土曜日?…ああ、七夕か。だから俺を誘おうと?」

 話の内容が分かった途端、裕人が嬉しそうにニヤニヤとしだした。

「そ、そうだけど!なんか文句ある?」

「ははーん。さてはお祭りに行きたかったけど、行く相手がいなくて寂しかったんだな?しょーがない、一緒に行ってやるよ。本当は、部活終わりだからゆっくりしたかったけど、心奈さんのお願いだからしゃーなしだな」

「な、なによ。それじゃまるで、私が強制してるみたいじゃん」

「いいや?俺は仕方なぁく心奈さんのお願いを承諾しているだけですよ」

「っていうか!なによ『心奈さん』って」

 今思えば、初めて彼に下の名前で呼ばれた。新鮮味のある呼ばれ方に、思わず胸が高鳴る。

「えぇ?いや、なんとなくですけど。嫌でした?」

「い、いや!…じゃない…と思う」

「お、マジで?やーい、心奈ちゃーん。心奈ちゃんに誘われちゃったー。きゃーどうしよーう」

「ちょ、調子に乗るなぁ!もう!さっきの話無しにするからね!?」

 バカみたいに声を変えて調子に乗る裕人に、思わず心奈は怒鳴った。

「へいへい、悪かったよ。でもまぁ、いい機会だし。これから下の名前で呼んでみようかな」

「えっ?ちょっ…そっ…その…」

 突然の急接近に、思わず焦る。これから最後かもしれないのに、どうしてこうも嬉しいことが起こるのだろう。

「あれ?ダメか?」

 裕人は不満気に顔を濁らせた。

「あ、いや!あの…と、特別にヒロだから許す!」

「なんだそれ」

 そっぽを向いて答えると、彼は吹き出して笑った。やっぱり彼の笑顔を見ると、自然と自分も安心する。

「う、うるさい!許可したんだから、嬉しく思ってよね!」

「へいへい。分かったよ、心奈」

「よ、呼び捨て?な、なんか恥ずかしいな…」

「じゃあ、ちゃん付けでもしようか?心奈ちゃん」

「き、気持ち悪い!心奈でいいよ!心奈で!」

「オッケー。心奈」

 いつもの笑顔で彼が言った。

 まだ恥ずかしさがあるものの、そう呼ばれる度に、心が温まる気がした。

「く、くれぐれもちゃん付けとか、さん付けとかしないでよね!あんたが言うと、なんか…気持ち悪い」

「ええ!?何だよそれ」

「だって!あんたってほら、少しウジウジしててさ…・・」

 話の流れでこうなってしまったが、果たしてよかったのだろうか?

 嬉しさの反面、心奈は多少の後悔も生まれていた。


 運命の日まで、残り二日。

 獲物を狩るハンターは、一秒たりとも見逃さなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ