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Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~  作者: たいちょー
第六針 七夕のタイムリミット
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45/164

Memory.19

七月七日


 昨日の予報では、昨日から今日まで連日で雨の予報だったが、幸運にも雨は一日で止み、今日はアイスクリームもすぐに溶けてしまうほど暑い快晴であった。

 心奈は一人、待ち合わせ場所である駅前の公園に向かっていた。

 ―今日があの紙が言う最終日。ヒロと一緒にいられることが、最後かもしれない日。

 もしかしたら、中田の言う通り心配し過ぎなのかもしれない。でも、万が一何かが起こってからは遅いのだ。

 今日は思いきり楽しもう。公園の入り口に立つ彼を目視した心奈は、固く心に決めた。

「おはよう、ヒロにしては早いじゃない」

「お、心奈。おはよ」

「うっ…その呼ばれ方、なんかまだ慣れないなぁ」

 心奈と呼ばれる度に、相変わらず胸がチクリとする。本当は嬉しいはずなのに、心から喜ぶことができないこのもどかしさが腹立たしい。

「まぁ…正直言うと、俺もまだ慣れないけどさ。でも、そっちが俺をヒロって呼ぶんだし、すぐ慣れると思うけど」

「うん…そうだね」

「で、集合したのはいいけど、どこに行くんだ?祭りは四時からだけど」

 裕人が腕に付けた時計を確認する。大きな針は、まだ昼の一時前を指していた。

「特に決めてないよ。適当に、行き当たりばったりでいいかなぁって」

「えぇ?なんだそれ」

「ほらほら、時間がもったいないから、さっさと行くよ」

「へいへい」

 心奈が先導する形で、二人は適当に駅に向かって歩き始めた。

 七夕祭りは、心奈たちの地区方面から駅を挟んで反対側の商店街で行われる。

 駅へと近づくたび、お祭りのポスターがそこらじゅうに貼られている。夜には花火も上がるようで、特に花火が打ち上がる時間帯が大きく書かれていた。

「あ、ねぇ。ヒロってゲームするの?」

 心奈が問うた。

「ゲーム?まぁ、上手くはないけどそれなりに」

「そっか。じゃあ、あそこ行こ!」

 心奈が指差す先には、地元でも有名なゲームセンターの看板が置いてあった。『この先三十メートル先!』と、大きく書かれていた。

「ゲーセン?あんまり行った事ないけどなぁ。っていうか、心奈こそゲームするの?女子ってほとんどゲームしないイメージがあるんだけど」

「えー?やる人は女の子でも結構いるよ?私もそれなりにやるし」

 心奈自身も、英語の勉強日以外は、それなりにゲームをして遊ぶことがある。女子同士でもゲームトークをする人はいるし、男子以上にゲーム好きな人も大勢いるものだ。

「意外だなぁ。なんか」

「もしかして、ヒロの中の女の子のイメージって、あんまり遊ばずにスポーツ万能成績優秀!って感じのイメージしてる?」

「ん…まぁ、そんな感じかも」

「はぁ。…だからモテないんだよ、ヒロは」

「は、もて!?」

「あ、ほら見えてきた!さっさと行くよ!」

「え、おい!逃げるなバカ!」

 逃げるように店内へと駆け込むと、ゲームセンター独特のとてつもなく大きな音が耳に響いた。中は冷房が強く、外に比べて居心地がよかった。

「さて、何から遊ぼうか?」

「んあ?そうだな…」

「あ!ホッケーとかやる?私、ヒロに勝てる自信あるんだけど」

「ああ?言ったな?じゃあ勝てなかったら後でアイス奢りな」

「なら私が買ったら、ヒロもアイス奢ってよね」

「オーケー。じゃあやるか」

 エアホッケー台を挟んで向き合いスタートすると、裕人からディスクがスタートした。

 彼がディスクを弾く音が、近くに大きく響いた。


「ちぇ、結局全部勝てなかったな」

 アイスのカップをゴミ箱へと捨てながら裕人が言った。結局、裕人が二人分のアイスと、ついでに飲み物を購入する羽目となったのだ。

「ヒロも強かったけどねぇ。ま、私に一歩劣ってたってことだよ」

「ゲームが強い女、恐るべしと言ったところか」

「なんか言った?」

「いえ、なんでもありませぬ」

「あぁ…あぁ!面白かった!さて、次はどこ行こうか?」

 大きく伸びをしながら、心奈が言った。

「んー?まぁ、そこらへん歩きながら考えるか」

「そうだね。よし!休憩終わり!行こっか!」

 ベンチから立ち上がると、二人は目的地もなく、適当に歩き始めた。

「ところで…一つ、聞いていいか?」

 裕人が問うた。

「ん、何?」

「なんか今日、急いでるみたいだけど…なんかあった?」

「っ…!」

 予想外の質問に、思わず言葉を詰まらせてしまった。どうやら、彼は気づいていたらしい。

「というか、ここ最近妙にボーっとしてること多いけど、どうしたんだ?」

「え、そうかな…?そんなことないよ!あ、ほら!ちょっとあそこ行ってみようよ!」

 心奈は無理やり笑顔を作って誤魔化すと、さっさと先に歩いて行ってしまった。

「あ、ちょっと…」

 裕人はため息を吐くと、しぶしぶ心奈の後を付いていった。


 夕方6時過ぎ

 適当に時間つぶしを楽しんだのち、二人はお祭りが行われる商店街へと足を踏み入れた。

 数時間前は、まだ人数も疎らであったくせに、夕方になったらこの調子だ。これでは、まともに屋台をみることができない。

「にしても、相変わらず凄い人の量だな」

「ホントだねぇ」

 お祭りもこれから本番だと言わんばかりに、人がぞろぞろと集まってくる。

 相変わらず、毎年凄い人の数だ。狭い商店街の道が、人で埋め尽くされてとてもじゃなく歩きにくくなっていた。

「ってあれ…?ちょっと、ヒロ!早いよ!待って!」

 いつの間にか、前を歩く裕人が、段々と遠ざかっていってしまう。まわりの雑音のせいで、どうやら彼は心奈の声に気が付いていないらしい。みるみる視界から消えていってしまう彼に、心奈はただ茫然と彼の後ろ姿をながめていた。

 ―タイムリミット。彼と―――ヒロと別れなくちゃ…。

 自然と今の風景が、心奈の目にはあの紙に書かれた文字を連想させた。こんな風に、彼は自分から離れて行ってしまうのか。こんなにも自分たちの関係は脆くて、簡単に壊れてしまうものだったのか。

 完全に視界から消えてしまった彼を想って、思わず悲しみがこみ上げた。

 周囲の雑音が耳に響く。周りを歩く人々が、自分とすれ違っていく。気が付くと自分は彼とは別の世界にいて、離れ離れになってしまうんだ。

 彼のように…。

「おいおい、なにしてんだ?」

 刹那、右手を何かに掴まれた。

「…って、おい。なんで泣いてんだ?お前。まさか、その歳で迷子になって悲しくなっちまったか?」

 心奈にいつも通り、ぶっきらぼうに話すそれは、紛れもなく彼だった。それが分かった瞬間、彼女に安堵が蘇った。

「ううん…ちょっと目にゴミが入っただけ」

「…そうか。人が多いからな。とりあえず、手離すなよ、心奈」

「うん…」

 彼の手に掴まりながら、心奈は人混みの中を進んでいった。

 ある程度まで進み、人気が少ない場所に出ると、ようやく一息を吐いた。

「にしても疲れたな。朝から部活で、そこから動き回ってるからくたくただわ」

 裕人が路地の段差に座った。

「ごめんね、無理言って。やっぱり、疲れてるよね」

「んまぁ、心奈の頼みだしいいけどさ。ただ、あの人混みをまた歩くのはちょっとなぁ…」

「でも、花火までまだ一時間半もあるよ?」

「花火ねぇ…どうすっかな…」

 大欠伸をしながら、裕人が呑気に頭をボリボリと掻いた。

「…あっ!じゃあ、あそこ行こうか!」

「ああ?あそこってどこ?」

「私達だけの秘密の場所」

 そう言うと、すぐに彼はニヤリと笑みを浮かべた。


 お祭りが行われている商店街から三十分ほどかけて、二人は小学校の裏山へとたどり着いた。

「にしても、この足でここ登んのか…つら」

「弱音吐いてないで、さっさと行くよ」

「へいへい」

 そういえば、半年前にここへ来た時、今度は夜の景色を見に来ようという約束をした。偶然だが、その約束は今日果たされそうだ。

「お前、前よりもバテなくなったな」

「そうかな?意外とへっちゃらかも」

「おーおー、どんどん心奈が強くなる。これは怒らせたら怖いな」

「今の言葉、もう一回言ってみる?」

「いえ、結構です」

 そんなことを話しながら、二人は頂上へとたどり着いた。前の夕焼けも綺麗だったが、ここから見える夜景もまた絶景だ。お祭りが行われている商店街の周囲の点灯が、やけに派手に輝いていた。

「あーあ、疲れた。花火までまだ一時間くらいあるしな…よっと」

 裕人が芝生の上に横になった。

「よーし、私も」

 裕人の隣に、心奈も並んで横になり、夜空を見上げた。今日が七夕の日だからなのか、いつもよりも増して、星々が綺麗に見えてくる。

 暫くの間、二人は静かに星を眺めていた。

 彼の息遣いが聞こえてくる。そのおかげで、そばにいるということを実感できた。

「…織姫と彦星ってさ、一年に一度しか会えないんだよね?」

 心奈が言った。

「あ?ああ」

「よく、七夕の日の為に頑張れるって言うけどさ。私はそんなの無理だなぁって思うんだ。一緒にいてほしい人に、ずっとそばにいてほしいって思うの。わがままかもしれないけど、その人がそばにいないと、頑張れないと思うんだよね、私」

「…そっか」

「一年に一度しか会えなくても、頑張って生きていける織姫と彦星は凄いなぁって思うんだ。それに比べて、そばから離れると寂しいと感じる私って、どれだけ弱いんだろうって思うの」

 横目でチラッと裕人を見た。彼は夜空を見上げたまま、ずっとこちらの言葉を待っていた。

「ヒロさ。去年、もし彼氏ができたらどうしたいって言ったよね?」

「…ああ、言ったな」

「私にもし、彼氏ができたら…ずっと一緒にいたい。たとえ話さなくても、何もしなくてもいい。ただそこにいるだけで、安心できるの。そのおかげで私は頑張れると思うし、頑張ってこられたと思う。いつまでも、死ぬまでずっと一緒にいたい。それが…私の答えかな」

「…そっか」

「…私、待ってるから。返事」

 果たして、これは告白なのだろうか?自分の想いを彼に伝えたつもりだったが、そのまま勢いで告白までしてしまったようだ。

「まぁ…ボチボチ考えとくよ」

 意外にもぶっきらぼうに彼は答えると、呑気に大あくびをした。どうやら、よっぽど眠いらしい。

「寝ててもいいよ。後で起こすから」

「そうか?なら、少し寝ようかな。ここ、気持ちがよくてすぐ寝られそう」

 彼はそう言ってから、五分も経たないうちに寝息を立て始めた。彼の寝顔は初めて見たが、なんだかちょっと可愛らしい。

 彼を起こさないようにゆっくりと立ち上がると、心奈は街を覗いた。それはまるで絵に描いたような風景で、思わず見惚れてしまいそうだ。

 勢いで告白してしまったが、意外と心はスッキリしていた。たとえこれから何が待ち受けていようとも、後悔はないだろう。

「…ん?」

 ふと、奥の林で何かが動いたような気がした。それも、虫のような小さい動きではなく、それよりも大きい気配を感じた。

「誰か…いるの?」

 恐る恐る暗い木々に問いかける。しかし、当然のように答えは返ってこなかった。

「気のせい…か」

 今の違和感は、果たして何だったのだろうか?疑問に思いながらも、心奈はしばらくの間、じっと夜空を眺めていた。


「いやぁ、つっかれたぁ」

 山を下山しながら、裕人が大きく伸びをした。

「お疲れだったねぇ。帰ったらぐっすり眠れるんじゃない?」

「というか、ベッドにダイブして五秒で寝られると思う」

「そんなに?大げさね」

 花火を一緒に見終えた二人は、のんびりと山を下山すると、夜の町を歩いていた。

「今日は…ありがとね。おかげで楽しかった」

「ああ?どうした、そんな改まって」

 不思議そうな目で、裕人が心奈を見た。

「ううん…なんでもない」

 本当はもう、彼と離れたくなかった。会えなくなる訳じゃないのに、これがもう最後のような気がしたからだ。

「それじゃあ…私こっちだから」

「ああ、そっか。気をつけろよ」

「大丈夫。なるべく人が多い道通るから。それじゃあ…また」

「おう、またな」

 ―また。

 心の中で、彼の背に繰り返し呟くと、心奈は自宅へと歩きだした。

 最後かもしれない、彼の笑顔を思い返しながら。


 運命の日は過ぎた。

 それは、お祭り終わりの静けさが留まる商店街の裏道でのこと。

「さて、それじゃあ…」

 ハンターは、ゆっくりと獲物を狩る。じっくりとチャンスを待ってから。

「あの子がどんな顔をするのか…楽しみね」

 かき氷のカップを投げ捨てながら、それは美しくも不気味に笑った。

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