5-4 黒い騎士からの脅迫
流動食から徐々に通常食へ変更していった食事をきちんと食べ、きちんと眠り、室内や宿屋内を適度に歩き。
比較的大人しく回復に専念していた華奈にようやく外出許可が下りたのは、目覚めて更に二日ほどが経ってからのことだった。
許可を出したのは、医者の娘である知識を活かして食事の方も監修していた環である。但し、必ず同行者を付けることと無茶をしないことが条件だ。
華奈としては過保護すぎる気がして若干不満だったが、華奈以外全員の満場一致では致し方ない。
それに、逆らって再び環様の説教を喰らうのは避けたいところであった。
あればかりは生きた心地がしない華奈である。
そのような訳で、夕刻。
華奈は、加護が戻ったメルビナの街中を初めて歩いていた。
街の様子は、来たばかりの時とは雰囲気が大きく変わっている。
まず、屋外を歩く人の姿が増えた。
ヘザーベアネスほど徹底して外出控えをしている風では無かったが、人影が少なく寂れた印象であった街中は、現在、それなりに生活感のある数の人々の姿が見られている。黒い影に怯えて外出を控えていた街人達が外へ出てきたのだろう。
中には、街の外からやって来たらしき人や商人の姿もあり、その多くが華奈と同様ある場所を目指して歩いているようだった。
その場所とは、華奈達が初めに拉致されて向かった神殿のような建物である。
環達のアルバイト先でもあるその神殿では、毎夜、とある儀式が行われているそうで、恐らくはそれを目的としているのだろう。
華奈もまた、その儀式とやらを拝見するために神殿へ向かっているところだった。儀式のメインとなるのが環だそうなので、その御姿を拝見せねば、という訳である。
ちなみにあの老人神官主催らしいが、決して怪しい儀式では無いようだ。そこのところは、絶対に一度は見るべき! という深冬のお墨付きである。
その言もあって、一体どのような儀式なのか、華奈の中で期待が膨らんでいた。
ヴァレンティーネで深冬がやらされていたのと似たような感じかな、と思ってはみるものの、はっきりと想像することは出来ない。
どうやら淡光花が関係しているらしく、加護が戻り淡光花が増えたことで再開された儀式だということだけは、話に聞いて知っていた。
そう、街の雰囲気が変わった原因として次に挙げられるのは、淡光花が劇的に増えたということだろう。
加護が戻る以前の、白い花の燐光が薄暗い街並を静かに照らしている様も、それはそれで風情があったが。
現在は、そこかしこの道端や民家の庭先などにびっしりと生えた淡光花が、常闇の街を昼間のように明るく照らし出していた。もはや街灯の助けなど必要無いのでは、と思う程である。
現在は夕刻のため白っぽい光を湛えている淡光花だが、これが夜になると、青緑がかった色に変化するらしい。
蛍の光に似ている、とは環の言だ。
加護が薄れている間は街灯の光の有無で昼夜を判断していた街人達は、現在、淡光花の光の色の変化で夜の訪れを知る。
精霊が封じられる前までも、ずっとそうして過ごしてきたのだろう。
外出禁止だった華奈は宿の窓越しでしかその光景を知らないため、そこのところも、今日の楽しみの一つにしていた。
花が湛える光の色が変わっていく様は、どれほど綺麗なのだろう。
……そして、その光景をご一緒するのが仏頂面の黒い人でなければ、どれほど楽しめたのだろう。
華奈は街の光景を楽しみつつも、思わず遠い目になってしまうことを禁じ得なかった。
神殿へ向かって足を進める華奈の斜め後ろには、まるで付き人のように、パルスがぴったりと貼り付きながら付いて来ている。
いや、付き人には違いないのだが、無言で付いてこられては監視されているかのよう……というより、実際、監視しているのだろう。その証拠に、じっとりとした視線が華奈の背中に刺さってくる。
現在は無言の圧を掛けてきているパルスだが、つい先ほどまで彼は、華奈にぶちぶちとお小言を喰らわせていた。
外へ出るなり小躍りしながら走り出そうとした華奈にも非があるといえばあるが、もう少し病み上がりに優しい人材は居なかったものかと華奈は思ってしまう。
だが、環とカイリ、深冬はアルバイトに出掛け、今日はついにフラットまで駆り出されてしまったので、外出するためには我慢するしか無かった。フラットとチェンジを要求したいところだが、この無愛想では、売り子など務まらないだろう。
ふぅ、と、華奈は小さくため息を吐く。
地獄耳のパルスには、どうやらそんな微かな音でも聞こえていたようだった。
「不満があるなら言ってみろ」
「……べつに、呼吸しただけですけど。ちょっと疑心暗鬼過ぎなんじゃないですかー? それとも不満に思われるような心当たりでもあるんでしょうかねー?」
「そんなものは無いな」
「本当にそうかな。ちょっと自分の胸に手を当てて考えてみてごらんなさい。ここまでのあたしへ対する数々の仕打ちについて」
「そんなものは無いな」
「言いおったなこの野郎。散々拘束介護みたいな真似してたくせに! あんな決して動くな的な勢いで監視されてたらストレスくらい溜まるってもんでしょうが!」
「怪我人を労っていたんだろうが。第一、今その話は関係無いだろう」
「関係ありますぅー! 現在進行形で監視されてますぅー! それに、監視だけならまだしも小姑のようなお小言は一体何だというのか! 怪我人を全然労ってないと思うんですけど!」
「労っているからこそだ。ふらついているくせに動き回ろうとしたり外に出た途端に奇妙な動きで飛び跳ねたり、苦言を呈されるような真似をしていたのはどこのどいつだ。お前こそ、自分の胸に手を当ててよく考えてみるんだな」
「あんだってー!? そもそも抑圧するような真似をされてなければあたしだってだなー!」
道端に、二人の言い合う声が響く。
通行人達がちらちらと二人を気にする中、どちらも引く様子を見せない歩きながらの応酬は続き……
いつの間にか、二人は神殿へと辿り着いていた。
神殿へ到着した華奈がまず初めに驚いたのは、垂れ幕や横断幕の類が撤去されていることだった。勿論、精霊らしき女性像に掛けられていたたすきも外されている。
そのため、ごちゃごちゃと色々な布に彩られ過ぎて景観を損ねていた建物は、今や立派な歴史ある神殿へと変貌を遂げていた。
神殿の周囲を囲むようにして咲き誇る淡光花の数が増え、建物を照らす光量が増したことによるところもあるのかも知れないが、その変化は印象が違い過ぎて来る場所を間違えたのではと焦った程である。
それに、人の数も多かった。
二人は未だ神殿の外側に居るのだが、開け放たれた正面扉から出入りしている人々の姿が見られ、神殿内部からも活気のあるざわめきが聞こえてきている。
内部へ入ると、その活気は更に顕著に伝わってきた。
広いホールは人々で溢れ、神官達や特産品の売り子達がその対応に追われている。
ほえー、と、華奈は口を開けたまま周囲を見渡した。加護が戻ったことに気付いて街人達が喜び足を運ぶのは判るが、商人達もちらほらと聞いてはいたものの、短期間で嗅ぎ付け過ぎではなかろうか。
その疑問はすぐに解決された。
聞き覚えのある老人の声に気付いて視線を向けた先、小さな段差のステージになっている場所に人だかりが出来ており、今回の顛末についての紙芝居が繰り広げられていたのだ。
「神子を失い、加護を失った哀れなメルビナ。そこへ差し伸べられた救いの手! どこからともなく颯爽と現れた若者達は、今まさにメルビナを覆わんとしていた黒い影を切り裂き! メルビナに聖なる精霊の加護を取り戻してくださった!
その証こそ、数日前の深夜に起こった大規模な“星昇り”なのですじゃ! お集まりの皆々様の中には、実際にその神秘的な光景を見てこの場を訪れた方もいらっしゃることじゃろう!」
星昇り。そう言った時に老人が見せていた紙芝居の絵には、黒い森から無数の光が溢れ出す様子が描かれていた。
恐らく精霊を解放した直後、精霊が周囲一帯に加護を戻す際に、その現象は起きたのだろう。
大規模というからには、星昇りとやらは近隣の街や村からも見えるほどのものだった。そうしてすぐさまその噂は広まり、街の外からも人々が集まるに至ったと。そういうことのようである。
疑問が解決されたところで、白熱する老人神官と目が合わないうちにその場を離れた華奈達は、まず深冬達を探すことにした。
神殿のホールは結構な広さがある。加えてホールの気温が上昇する勢いの人ごみに、人の数に合わせて増やされた屋台。
そのため見付けられるか若干心配だった華奈達だが、割とすぐに見覚えのあるオリーブグリーン色の頭を発見することが出来た。
長身のフラットの頭が人ごみの中でも半分くらい飛び出ており、良い目印になっていたのである。
「深冬~! フラット~!」
華奈は両手を掲げて振りながら彼女達の方へ近付いていった。それに気付いた深冬が手を振り返してくる。
深冬とフラットは同じ屋台の店番を任されているようで、お揃いの法被を身に着けていた。外の垂れ幕やらは外したのにここは変えないのか……と、華奈は一瞬憮然としてしまったが、深く考えないことにする。
「ハルちゃん、パルスさん、いらっしゃい! 宿屋から歩いてきたんだよね。身体は大丈夫そう?」
「うん、もう全然問題なし。今すぐ旅を再開しても良いくらいですぜ! それより、凄い熱気だね。正直びっくりですよ」
「はは……今はまあ、加護が戻った直後の効果もあるんだろうけどね。こうした特産品販売は以前から行っていて、商人の出入りも頻繁にあったらしいよ」
「ほうほう。魔物が出るから仕入れに来れなかったのが解禁された感じかぁ」
法被を着ていてもイケメンなフラットの説明を聞きつつ、華奈は屋台に並んでいる品物を物色した。
環様ブロマイド、環様のぬいぐるみストラップ、環様と淡光花のコラボしおり、環様の刺繍入りハンカチ、環様の……
「環様のなぞなぞミニブックキーホルダー……? なぞなぞミニブックとかなつかし……って、なんじゃこりゃ。タマちゃんグッズ化って一体どういうことなの……!」
「タマちゃん、この後の〝星昇り”の儀式を担当してるからね。攫われた神子様に似てるのもあって、こういうグッズ販売の要望が出るくらいの人気者なんだよ。ちなみに売れ筋はブロマイドとしおりだね。かさばらないし、お求めやすいのかな?」
「あぁ、儀式後の握手会の整理券も売っていたけど、完売してしまったな」
「握手会!? まるでアイドルのようだ!!」
「街の人にとっては、きっと似たようなものなんだろうね」
アイドルタマちゃんの握手会の整理券とか、超欲しかった!
……と一瞬考えた華奈だったが、冷静になってみれば後で幾らでも握手して貰えるということに気付き、地団駄を踏む前に思い留まる。
「ところでハルちゃん、儀式は見ていくんだよね?」
「うん、そのつもり」
「じゃあ、念のため。人ごみで気分が悪くなるといけないから、私達も使わせてもらった場所で見れるかどうか聞いてくるね」
そう言って、深冬は返事を待たずにその場を離れてしまった。
よく判らないがそんなに気を遣わなくてもその辺で見るのに、と制する暇すら無い。
追い掛けようにも屋台のグッズを求める客が来てしまい、フラット一人では大変そうだからとその場を手伝っているうちに、深冬は戻ってきた。後ろには、一人の神官を伴っている。
深冬は老人神官に許可を貰いに行っていたらしく、街を救ってくれた方々になら幾らでもと、老人神官は快諾してくれたようだ。深冬と共に来た若い女性神官は、華奈達をその場所まで案内してくれるらしい。
「もうすぐ儀式が始まるから屋台もそれまでなんだけど、片付けがあるから、私達は後から行くね。二人は先に行ってて!」
片付けの手伝いを申し出る華奈をぴしゃりと制した深冬がそう言うので、華奈達は、お言葉に甘えて先にその場所へと向かうことにした。
女性神官が案内してくれたのは、神殿の屋上にあたる場所だった。
メルビナで一番背の高い建物である神殿の屋上からは、柔らかな白い光に囲まれるメルビナの街が一望出来る。
淵に寄った華奈が下を覗き込むと、神殿前に集合する人だかりと、建物の中央、二階にあたる場所からせり出すバルコニーが見えた。環がバルコニーから現れて儀式を行うことと、もう間もなく時間であることを、女性神官が教えてくれる。
説明を終えると、女性神官は仕事へ戻るためにその場を立ち去った。
地上のざわめきが微かに聞こえるだけの静かな屋上に、華奈とパルスだけが残される。
「一般人立入禁止っぽいけど、本当にこんな場所で見てて良いのかな」
「許可が下りたのだから、良いんだろう。それより、落ちないように気を付けろ」
「はいはい」
屋上を囲う壁は胸の高さほどあるのでそうそう落ちないだろうと華奈は思ったが、言い返すとまた面倒そうなので、思うだけに留めた。
それよりも儀式である。
もうすぐだというのに深冬達は遅いな、と。そんな事を思いながらバルコニーを覗き込んでいるうち、その現象は起きた。
人口の光源である街灯の灯が落とされ、闇の色合いが一段濃くなる。
すると、街を囲むようにして灯る光の色が、少しずつ変化していった。
柔らかな白から、仄かな青緑へと。
夜の訪れを告げる色だ。
闇の色合いも更に濃くなり、風情ある神殿の街がより幻想的に照らし出される様は、思わず息が漏れるほど美しい。
地上の人だかりからも、感嘆の声がどよめきとなって聞こえてくる。
これで終わりかと思えばそうでは無いらしく、ここに来てようやく、眼下のバルコニーから環が姿を現した。環は背後に二人の人間を伴っており、片方はカイリで、もう片方は老人神官のようだった。
環が地上の人々へ向けて一礼する。人々からは再びどよめきが起こった。今度は歓声の色合いが大きい。
ゆっくりと顔を上げた環は、斜め後ろに控えるカイリから杖を受け取った。遠目のためはっきりとは判らないが、銀色の杖の意匠は、淡光花の形を模しているようである。
人だかりへ向き直った環が再び一礼し、両手で持った杖を掲げた。
すると、街中の淡光花が揺れる。
揺れは環を中心として波紋のように広がっていった。微かな葉擦れの音が、さざ波のようにも聞こえてくる。
音が止むと同時、光が昇り始めた。
「うわ……」
地上から徐々に上空へ視線を持ち上げながら、半ば呆然とした面持ちで、華奈は声を零す。
星昇り、とはよく言ったもので、眼前に広がる光景は、正しくその言葉を表していた。
ゆっくり、ゆっくりと、蛍火のような仄かな燐光が、上空へと昇っていく。
一つひとつは本当に小さな光だが、それが街中で起こるものだから、まるで地上へ落ちた星達が空へと還っていくかのようだった。
視界を覆い尽くす圧倒的な光景を、華奈達は声も無く見上げ続ける。
上昇する燐光に照らされた華奈の瞳が、感動に揺らめいた。その横顔を少しだけ見て、パルスもまた、街中の光が空へ還っていく様子を視界に収める。
時間にしてほんの数分。
星昇りの現象はそれで終わってしまったが、圧倒的な光景に心を鷲掴みにされた華奈は、余韻に浸るあまり、しばらくの間その場から動くことが出来なかった。
ようやく金縛り状態から正気を取り戻した華奈が、地上を見下ろす。
現象が終息したメルビナの街は、夜を示す青緑色の仄かな光に覆われる、静かな様相を取り戻していた。
ついでにバルコニーを見るが、誰も居ない。環はいつの間にか地上へと移動しており、深冬達が言っていた握手会とやらが始まっているようだた。
老人神官を始めとした何名かの神官が人員整理に当たり、環の背後にはカイリとフラットが控え、深冬は整理券を受け取る役割を負っている。深冬達が屋上へ来ることは無かったが、恐らく時間的に間に合わず地上で見ることにでもしたのだろう。
未だ感動の余韻を引きずりながら、自分達も地上へ移動する提案をするため、華奈は振り返った。
すると、じっと自分を見つめる赤い瞳と遭遇する。
思わず身を引きそうになった華奈だが、思い悩むような気配に気付いて何とか堪え、問い掛けの意を込めて首を傾げた。
ぐっと眉根を寄せたパルスが、華奈へ向けて腰を折る。
先ほどまでと同レベルで信じられない光景に華奈は驚愕し、慌てて顔を上げさせようとするが、その前にパルスが口を開いた。
「済まなかった」
「はえぇっ!?」
更には謝罪である。
目の前の人物からそんな言葉が出てくることが信じられない華奈は、追い打ちのような驚愕に思わず変な声を上げてしまった。
「え、ええぇ~……?」
華奈が若干青ざめながら戸惑っていると、パルスがようやく顔を上げる。
態度と言葉が示す通りの申し訳なさそうな表情を、彼は浮かべていた。
「守ると言っておきながら、怪我を負わせた。俺を庇おうとしての事だったのは明白だ。だから……」
「いやいやいや、それを言うならぶっちゃけ深冬も居たし、余計なお世話かもと思いつつ飛び出したのはあたしの方だし! 自業自得だから謝られても困るというか何というか」
「それでも、お前にそう思わせるような事態を招いた責任はある。王族の親衛隊を務める者として、実力不足であったことは否めない。だから、どうか謝罪を受け入れて欲しい」
真っすぐに自分を見下ろしてくるパルスの目を、華奈は同様に見返す。
茶化して誤魔化せるような雰囲気で無いことくらいは、流石の華奈でも判った。
じっと見据えること、一呼吸。
「お断りします」
落ち着いた声音で、華奈は言い放った。
ぴくりとパルスのこめかみが動いた気がするが、気にせず続ける。
「まず前提として、あたし達は一方的に守られなきゃならない立場なのか? 違うと思う。そりゃあ、この世界に来る意思があったのと無かったのの違いはあるけど、強制召喚された立場としては一緒だよね。パルス達は王子を助けたい。あたし達は友達を助けたい。そのためにはお互い協力が必要だから、一緒に居る。そうだよね?」
パルスは黙って華奈の言葉を聞いていた。沈黙は肯定と受け取り、華奈は更に続ける。
「あたし達はしがない文化部員で、戦い方だって教えて貰いながらで、パルス達に比べて出来ることが少ない。そういう訳でただでさえ初めから負担が偏ってるのに、ちょっと怪我したからってそっちを責めることはしないし、出来ない。
捕まってる友達にさ、あたしの喧嘩の時の相棒が居る……っていう話、前にしたことあったよね。二人の時にその辺の不良達から喧嘩を吹っ掛けられると、お互い背中を預けながら戦う訳だ。持ちつ持たれつってやつね。あたし達も、そんな対等な関係で良いと思う」
まあ、あくまであたし個人の意見なんだけど、と、華奈は最後に付け加えた。
そうして、言いたいことは言ったとばかりに息を吐いてから、ばつが悪そうに笑う。
「まぁ、守ってくれるんでしょとか言って散々煽っちゃったからさ。そのせいで余計に責任感じちゃってるんだとしたら、こちらこそ本当に申し訳ないんだけど」
「……いや、そんな事は無い」
パルスは首を横に振った。
彼らにそんな意思など微塵も無かったが、庇護対象だと見なすことは、彼女達にとっては見下されることと同義だったのかも知れないと思い直す。
だが、それでも。
「だが、それでも……俺達はお前達を守るべきだと思っているし、守りたいと思っている。だから、今回のような無茶は二度とするな」
真っすぐに華奈の目を見据えたまま、パルスは言った。
華奈は半眼で眉をしかめながら数秒唸り……最終的に、視線を逸らした。
「……保障はできない」
「……あぁ?」
ぼそりと呟かれた言葉に、パルスは思わずドスの効いた低ぅい声を上げてしまう。
表情も真摯なものから一変。顔の半分に影が落ち、殺意すら感じる鋭いものへと変貌した。一般人なら決して目を合わせないか、見た瞬間に裸足で逃げ出すだろう。
「いや、だってさ。今回みたいに思わず動いちゃうこともあるかもだし。一方的に守られるのって何か釈然としないし。深冬とタマちゃんのことは大いに守ってくださいって感じだけどさ。あたしは時と場合によるというか何というか」
ぴくり、ぴくりと。目を逸らしたままぶつぶつとまくし立てる華奈の言葉に、パルスのこめかみが反応した。
そうだ、言葉で言い聞かせようとして聞くような奴では無かったと、彼は大いに反省する。
深く、深く。わざとらしい程のため息を吐いて、パルスは首を横に振った。
「流石にこれだけ言えば自重するだろうと思っていた俺が馬鹿だった」
何だと、と。
明らかに馬鹿にされたと感じた華奈が何か言い返してやろうと視線を戻し、顔を上げる。
すると、獰猛さすら感じる赤い瞳が、すぐ目の前まで迫っていた。
噛み付かれるかも、と、華奈は思った。言って聞かないと判り、実力行使に出たのかもしれない。
実際、華奈は噛み付かれていた。
噛み付かれたのは、華奈の顔。唇がある場所だった。
軽く歯を立てて噛み付きながら華奈の唇を舌でなぞったパルスは、今度は唇同士を隙間なく合わせ、合わせた唇を使って柔らかく食んでくる。
……この男は一体何をしているのだろうか。自分は一体何をされているのだろうか。
華奈は困惑に染まった瞳を限界まで見開いて、すぐ近くで自分を見据える獰猛な赤を見る。
パルスの顔は、華奈の下唇を己のそれで軽く引っ張りながら、少しだけ離された。
「は……? っ!?」
困惑のあまり思わず声を漏らした華奈の唇に、パルスが再びかぶりついてくる。
角度を付け、より深く繋がった唇同士。華奈が閉じることの出来なかったその隙間から、何か生温いものが滑り込んできた。
それは、華奈の口の中を徹底的に弄り尽くし、あまつさえ、華奈の舌にまで絡み付いてくる。
息苦しいうえにくらくらと眩暈まで覚えた華奈は、ギブアップを訴えるため腕を動かそうとした。だが、いつの間にか華奈の腕ごと抱き込むようにしてしっかりと腰を引き寄せられ、後頭部もがっちりと抑えられていたので、身動きを取ることすら出来ない。
華奈はもはや、されるがままで居ることしか出来なかった。
どれくらい、そうして弄られていたのか。
華奈の頭が酸欠でぼんやりと霞み、全身に力が入らなくなった頃。パルスの顔は、ようやく離れていった。
ゼェゼェと息を継ぐ華奈の苦しげな顔を、鼻先が触れるほどの近距離から、パルスが容赦なく見下ろしている。
暗闇の中にそれだけ浮かび上がるかのような光を灯す赤い瞳を眇め、呆然自失状態の華奈に向けて、彼は言い放った。
「……次、万が一無茶なことをしでかしたら。今より更に酷い目に遭うと思っておくんだな」