君はちゃんと出来てる。
「ごめん、俺、思いの外酔ってるみたいだ」
そうやって穏やかに微笑むあなたの表情の中に嫌悪感や落胆の色がないかを探してしまうのは、もう身についてしまった癖なのだろうと思う。
「私もですから、お互い様ですね~」
わざと少しだけ口調を崩して、ヘラヘラと笑う。
無害なふりをして笑っていれば、大体の悪意は通り過ぎてくれるから。
誰もがそんな小さな嘘にまみれて生きていて、傷ついたからといって相手の嘘や裏切りにいちいち怒ったり恨んだりするのは筋違いだと前に誰かにもっともらしく言われたことがある。
お互い様で、その人は理不尽を飲み込めるのかもしれないが、私には無理だ。
だって、そうやって笑いながら大丈夫なふりをしていると、周りは誰一人理解しないからだ。
親でさえ。
心配を掛けたくなくて重ねた小さな嘘に押しつぶされそうになっても、大丈夫だと微笑めば誰も気付いてなどくれない。
他人なら、じゃあもっと頑張れるだろうと、ありとあらゆる負担を負わされて終わりだ。
感情、雑用、面倒で困難な業務。ゴミ箱のように他人にとってのゴミのようなものをポイ捨てされるのだ。
分かっている。
それでも、嫌われたくない相手には愛想笑いを浮かべてしまう自分が嫌だ。
結局、自分の人生を生きているのだから全部自分の責任なのだ。
分かってもらって、適度に適切に手助けしてもらえる関係を築けるかどうかさえ。
物思いに沈んでいると、唐突で強引に抱き着かれた。
私がぐちゃぐちゃにした頭があごの下辺りにぐりぐりと押し付けられて、ループしていた思考が明後日の方向へ吹っ飛ぶ。
「っちょ、えぇっ、何?」
酔った状態では支えきれずバランスを崩して背中がちょっと強めに壁に当たる。
ちょっと、何なの! 地味に痛いんだけど!
しかも重い、重いって!
髪の毛チクチクするし、節度とか礼節って大事だよね?
ここ密室ですらないんだけど、何してくれるのこの人!
「……時々」
力では敵わないまでも引きはがそうと肩に掛けようとした手が、発せられた言葉に行き場を失う。
「このまま消えそうで怖いって、ずっとそう思ってた」
息を呑む音が、やたらと大きく響いた。
疲れ切ってボロボロになった私が求めていたものの、核心を突かれる。
「俺のそういう不安、分かってもらうまでずっとこうしていたいけど」
顔を埋められたままため息をつかれて、思わず身じろぎをする。
「今日のところは帰らないと本気で不味いからしょうがないか」
不満そうなしかめっ面を、私はさぞ間の抜けた顔で見つめ返していたのだろう。
自分の体勢を直すついでに私を元の姿勢に座り直させて、原嶋さんは何ごともなかったかのように帰り支度を始める。
分かりやすく混乱したままの私を、上着を手にして立ち上がった原嶋さんが見下ろしてフッと笑う。
「誰も気付かないなんて、そんなことあると思ってるの? 優さんって結構分かりやすいと思うよ。少なくとも、俺には、ね」
ああ、なんて心憎いことをしてくれるのだろう。
唐突に分かってしまった。
私は、背を向けた私を強引にも振り向かせて、見失ってしまった道へと手を引いてくれる人を求めていただけなんだ。
歩き方も分からなくなって暗い方へと進む私を、もう一度明るい方へと導いてくれる手がずっと欲しかった。
「息の仕方も、歩き方も、当たり前のことがとても難しくて……」
「大丈夫だよ、優さん。君はちゃんと出来てる。ここにいて、ちゃんと生きてる」
不思議と、その言葉には安心感があって。
ああ、ちゃんと生きてるのかって思った。
今度は自然に笑みを浮かべられた私に、原嶋さんも柔らかく微笑む。
「先にお会計してるから、ゆっくり来てね」
「あ、はい。ご馳走様です」
「うん」
後ろ姿を見送って、思わず自分の首筋に触れる。
今更のように蘇る感触に、体温がじわじわと上がってくる。
保っていた平静が、ポロリと剥がれ落ちて頬を赤く染める。
「ああもう、無駄にイケメン。……ホント、心臓に悪い!」
思わず顔を覆ってうめいた私は何も間違っていないと思う。
「さっむ! ……寒いと一層夜景がきれいだねぇ」
「そうですね」
首をすくめて風を避ける仕草に、自然と笑みがこぼれる。
「では、今度の土曜日の14時50分、シェラトンのロビーに待ち合わせで。予約は15時からになってますから」
「だったら14時に待ち合わせにしようよ。ご両親にお会いする前にお茶でも飲みながら打ち合わせ、しない?」
笑みを浮かべて首を傾げる原嶋さんに心臓を撃ち抜かれる。
何そのシチュエーション!
わざとか! わざとなのか!
何そのときめきイベント的な奴!
「あ…はい…イイですね」
あ、ちょっとイントネーションが狂った。
だってさ、何その限定シチュエーション的なデートプラン!
この短期間でそこまでセッティングするうちの母上と原嶋さんの行動力とか胆力とか決断力とか、色々おかしいけど二度とない機会を逃さずプラン変更させる原嶋さんの企画力が一番心憎い!
素敵すぎる!
何そのツボ抑えたプラン設定! 神か!!
「じゃあ、土曜日に。楽しみにしてるから」
どうやって歩いたのか、バス停の階段下まで送り届けられた私は、ふわふわした気分のままバスに乗った。
どうしよう。私の心臓、過労死しそう。
原嶋さんの思惑通り、私はスコンと不安も痛みも恐怖感も、全部忘れたまま気が付いたら眠りに落ちて、久しぶりに何も考えずにぐっすり眠った。
すごいな原嶋セラピー。
翌朝すっかり薄くなった隈を見ながら、私はそうひとりごちた。




