意味不明です。
例えば、今ひとりだったら。
この真っ暗な運河を前に私は何を思うのだろう。
きっと、息をすることさえ苦痛に感じているに違いないと、そう思う。
争うことは嫌いだ。
言葉の刃を交える度、思い知る。
意図を持って相手を傷つける度、自問自答する。
お前が傷つけ、敵対し、争う者と自分自身との違いは何なのかと。
憤り歪む顔を醜いと笑う度、お前と何が違うのかと心の底から響く声に裁かれる。
理想を追い求め、綺麗な自分でいれば良いならば楽だったのだろうか。
綺麗に微笑んでいれば、真綿に包まれるように守られる立場ならば楽なのだろうかと考えて、その考えを振り払う。
それはきっと、私とは言えない存在だと思う。
負の感情を何も表現せずに穏やかに微笑むなんて、すでに生きているとは言えない何かだと思う。
分かっていても、結論なんてとっくに出ていてもグルグルと巡る思いに振り回される。
ひとりじゃなくて良かった。
今握りしめられている手に伝わる温もりに、暗い方向へとループする思考が引き戻される。
まるで、楔のように。
あなたという存在に繋ぎ止められる。
慣れないその感覚は、だけど嫌とは感じなかった。
ふわふわと頼りなく揺れていた足元に、いつの間にか硬い路面を踏み締める感覚が戻っている。
そのことに、自分自身が思っていた以上に限界だったことを突き付けられたようで、子供じみた反発心と負けん気がむくむくと湧き上がってくる。
気が付けばポロッと、言葉が漏れていた。
「心配させておいて言うことじゃないかもですけど」
「ん?」
我ながら嫌になる程可愛げのない性格と物言いにうんざりする。
「ダメって言われても、私、必要なら何度でも無茶します。限界だって思っても、必要だと思えば、気合いとか怒りとかで一時的に不調をねじ伏せてでも闘っちゃいますよ」
ふふふ。と、可愛い子ぶって笑ってみる。
言ってることが全く可愛くないけれど、そこら辺は多少ぼかすのも配慮ってヤツだと思う。うん。
アイアム女子。
ジェンダーとか騒いでいる時代だけど、だからこそ女らしさってモノは揺るぎない市民権を得ていると言っても過言ではない。
むしろカワイイは永遠の正義だ。
アザトイのも、むしろスパイスの一部で胸キュンですねそうですね。
残念ながら私にはどちらも搭載されてません悪しからず。
自分でも、私って本当に女子っていう生き物なのか時々不安になります。
「自分の言動に責任取れない大人とか、本当に意味不明です。石ころとかぺんぺん草並に無価値ですよね」
「うん?」
ピョンと飛躍した話題に、原嶋さんの頭が少し傾ぐ。
まぁ、旦那。続きしっかり聴いてやってくださいな。
ハイ、傾聴〜。
「無理するなって言うなら、きっちり守ってくださいますよね?」
今回はきっちりとは言い切れない状況だったですけどねー。
私の心の声が聞こえたのか、原嶋さんの視線がツイっと逸らされて、観念した様子でまた戻される。
若干上目遣い気味に表情を伺ってくる原嶋さんに、表情が弛まないように気合いで耐える。
ねぇ、見ました? 奥様!
誰得なの、え、私?
そうだよご褒美でしかない何かが見えた気がしますけど、え、尊い。って思ってなんかないよ?
うん、落ち着こう自分。
恋愛脳が見せた幻影でしかないはずだ。
おっさんに耳とか尻尾生えても誰も喜ばない。
自分専用ワンコとか、そんなもの見えない。
私がやりたいのは釘刺しであって、忠犬の躾ではないはず。
だけど、二度美味しいが発生したら嬉し……。
うん、自重しようか自分。って言うか、理性戻れ。
恋愛中の人間の脳みその誤作動って、本当に度し難いな。フゥ。
「……守れない約束なんて要らないです。必要なら私、どんな無茶だってします。今までだって、これからだって、私を止めたいなら私の先手を取ってください」
グッとお腹に力を入れて顔を上げる。
今だけは、弱々しい印象を与えたくなかった。
主導権を、奪いにいく。
私は男にバッグを預けるような愚かな女になど成り下がらない。
自由も意思も、差し出して束縛させるのは嫌いだ。
「だけど私、待たないし、譲りませんのでそのつもりで」
しっかりと足を踏みしめて、鼻息も荒く言い放つ。
そうよ。
モタモタしているなら置いて行っちゃうんだから!
何事もタイミングが大事なんだから、いつだって良い子で待ってられる訳ないってことをご理解いただきたい。
「……うん」
じっくりと私の言葉を噛み締めるようにして頷くと、原嶋さんは笑みを浮かべた。
「うん。その時は、疲れ切ったところを掻っ攫っていくのとかも楽しそうだね」
ニコニコ。
平和そのもののような笑みを浮かべながら、そこはかとなく黒い気配を放出しているの怖いんですが何でしょうこの状況。
「その場合、追撃と事後処理は任せてくれるよね」
何その物騒で危険なアフターケア。
ケシカランもっとやれ!
何を言っているんだろうという呆れと、それを塗りつぶす喜びを噛み締める。
アフターケアは万全ですか、そうですか。
この人、本気でやりきるって経験上知ってますが何か?
それを止めたいと思うほど、私は清廉な人間じゃない。
私を踏みにじる人間には地を這わせ、踏みにじられる屈辱を味わわせてやりたいという衝動ぐらいは抱く。
私の頭と行動力が残念なせいで、私自身にはそんなこと実行できっこないと分かっているけど。
その弱さを、甘さを、至らなさを埋めてくれると、何でもないことのように言う原嶋さんに余分な力が抜けて、強ばっていた体に感覚が戻る。
私がまた動き出せるまで、原嶋さんはじっと黙って暗い水面を見ていた。
「お夕飯。何か、食べましょう」
やっと絞り出した声は少し掠れていて、装いきれない平常心にツンデレの気持ちが分かったような、未熟さに転げ回りたいような、訳の分からない動揺で再び足元が覚束なくなったことは内緒だ。
微笑む腹黒眼鏡@無駄にイケメンの渾身の一撃が決まった!
主人公はキュン死寸前だ!




