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九十五話 都合のよい物語

 シロツメが翻訳したっていう古い文献の内容を読んでみたけど、何を言いたいのかよく分からなかった。


「えっと……どういうことです?」

「他の神々の記述は、この際無視してください。重要なのは絶対神の項目です。その中でも、特にこの部分。『慈悲深き神。朽ち果てし神。穢れ知らぬ神。忘れ去られし神。そのいずれよりも、己こそが絶対にして最高であると』」


 要するに、絶対神は自分が一番だってことか。

 他の部分も絶対神の性格を表してる。「箱庭の中の操り人形を愛でし神」なんか、夢で見た内容そのものだ。

 自分を褒め称えてくれる人間だけの世界を、絶対神は求めてる。


「確か、神様には好き嫌いがあるって説がありましたよね?」


 自分の好きな人間には、より強いご加護を授けるって話だ。

 諸説ある中の一つであり、正しいとは証明されてない。


「ありますわね。意外と正しいのではないかと思われます。さらに言いますと、ご加護を授かった人間は、神々に近い性格になるのかと」

「でも、僕は変わった自覚はありませんよ。マルネやユキ、スウダ君も変わってないように見えます」


 僕がシロツメと出会ったのは、彼女が賢神のご加護を授かった後だった。

 だから、シロツメが変わったかどうかは判断がつかないけど、初等学校時代を知ってるマルネたちなら分かる。

 成長はしてても、そこまで変わったとは思えないんだ。


「わたくしも、ご加護を授かる前と後で、自分が変化した自覚は持っておりません。では、レイドレッド様はいかがでしょう?」

「レッド君も、あんまり変わってないような……悪い意味で」


 独善的で、周囲に称賛させてばかりの部分とかね。


「本当ですか? 王にまでなったのに?」

「関係あるんですか? レッド君が王様になったのは、前国王陛下がレッド君を選んだからで……あ」


 実の息子もいるのに、なんでレッド君を後継者に選んだ?

 レッド君を本当の息子のように思っていたし、王女様と結婚して義理の息子になったからだ。レッド君が優秀で、国をよくしてくれると考えたからだ。


 あり得ないとは言わないけど、不自然に感じる。

 急に話を進めたのもそう。時間をかければよかったのに、方々に迷惑をかけてまで推し進めた。


「レッド君が絶対神のご加護を授かってるから? 周囲の人間は、絶対神を褒め称え、都合よく動く人形に変化する?」


 洗脳されてるみたいだった奥さんたち。

 レッド君に譲位した前国王陛下。

 乱暴な改革にも物申さない貴族たち。


 全ては、レッド君に都合のいいようにできてるのか?


「でも、待ってください。それなら、僕だってレッド君を称賛する人間になるはずです。マルネもユキもスウダ君も。ラナーテルマちゃんだってそうです。迂愚女(うぐめ)の立場から逃れたいなんて言わず、レッド君のためになんでもするでしょう」


 それに、絶対神のご加護を授かってるのはレッド君だけじゃない。

 スタニド王国には数名いたはずだし、世界中を探せばもっといる。


 レッド君に都合のいい世界は、絶対神のご加護を授かってる他の人にとっては都合が悪い。

 ぶつかり合った場合はどうなる?


「少し話は変わりますが、ロイサリス様は英雄の条件をご存知でしょうか?」

「えっと……強くて優しくて人望があって……身分が高いとか顔がいいとかもあるでしょうか」


「もちろん、それらも必要でしょう。しかし、英雄が英雄であるために、欠かすことのできない条件が一つあるのです」

「一つなら、強さですか? 弱い人間では、いくら優しくても人望があっても、英雄にはなれない気がします」


「違います。答えは――()です」

「あっ!」


 納得した! シロツメの答えに、凄く納得した!

 そうだよ。英雄として認められるには、敵を倒して人々を守らないといけない。

 力があったって、使う機会がなければ宝の持ち腐れだ。


 日本にはヒーローの物語があったけど、いずれも敵がいた。怪人とか怪獣とか。

 怪獣がいなかったら物語にならない。悪人を倒すって手もあるけど、ヤクザやマフィア、テロリストなんかを相手にするには、ヒーローの力は強過ぎる。


 それをやっちゃうと、ただの弱い者いじめだ。自分よりも圧倒的に弱い人間を踏みにじれば、称賛どころか批判を浴びる。

 叩き潰しても文句を言われない敵が必要になる。


「僕は……レッド君に従わない人間は、レッド君が英雄になるための敵として、あえて残されてる?」


 どこまでも、レッド君に都合のいい世界であり、物語なんだ。

 褒め称えてくれる人間で周囲を固め、王にまでなりお金も権力も手に入れる。

 魅力的な女性を何人も妻にして、普通の人が欲しがる物はあらかた得られた。

 あと必要なのは、敵。思う存分叩き潰せる巨悪。


 敵を倒した時、レッド君は名実共に本物の英雄になる。

 世界で唯一絶対の存在に。


 そうなるように、絶対神がお膳立てをしてくれてるんだ。

 少し考えれば不自然さに気付くだろうけど、絶対神のご加護を授かったレッド君は気付いてないとすれば。自分は絶対だから当然だと思ってれば。


 もしかしたら、レッド君本人も知らないうちに、絶対神の操り人形に?


「お気をつけください。ロイサリス様は、初等学校時代にレイドレッド様に勝ちました。順風満帆な英雄への道に、土をつけた存在です。それは許されざること。絶対的な英雄となるために(すす)がねばならない汚点なのです」


 栄光の経歴に傷がついてはいけない。汚点はいらない。

 吟遊詩人が詠う英雄叙事詩に登場するような、栄光と輝きに満ちた物語であることを望む。

 それは、何があっても覆らない、絶対不変の真理。


 一度は負けたけど、敗北を糧に強くなった。

 ヒーローにはよくある話だ。これなら汚点じゃなく、敗北も美談になる。

 僕は、レッド君の物語を彩るための舞台役者。叩き潰される運命にある敵。


「レイドレッド様は許しません。わずかのくすみすら。わずかの汚れすら。降り積もったばかりの新雪のように、どこまでも真っ白であろうとするでしょう」

「僕を殺して?」

「おそらくは。明日か、一年後か、十年後かは分かりませんけれど、レイドレッド様がロイサリス様を巨悪と判断したその時に」


 ……まいったな。

 そんな理由で殺されたんじゃたまらない。


「過去にも、絶対神のご加護を授かった人間が王や英雄となっております。絶対神のご加護を授かるような天才だから当然だと思われていましたけれど、それが定められた結果だったのかもしれません」


「だとしても、大人しく受け入れるつもりはありませんよ。レッド君の物語の踏み台になるなんてごめんです」


 本当に絶対神のお膳立てなら、たかが一人の人間ごときが足掻いたところで結果は変わらないかもしれない。

 それでもだ。僕は最期まで抵抗してやる。


 僕の人生は僕のもの。都合よくできてなんかなくても、かけがえのない物語。

 みんなそうだ。人の数だけの物語がある。

 レッド君のためにあるわけじゃない。

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