五十七話 見下されているからこそ
僕がハンター見習いになった初日は、皇都周辺を一日歩き回って終わった。
魔物にも出会わず、平和な一日だ。いいのか悪いのか。
平和はいいんだけど、魔物を倒さないとお金を稼げないし、生活ができない。
魔物を倒して、討伐した証拠に体の一部を持ちかえると、それに見合った報酬がもらえるんだ。
「僕のせいで、魔物と戦えませんでした?」
僕が邪魔をしたかと思って聞いてみた。
「気にすんな。俺たちは、ロイサリスの教育係でもあるから、あれこれ教えるのも仕事なんだよ。まあ、教育したところで報酬はもらえんが」
コロアドさんはそう説明してくれた。
僕の教育係なのに、報酬なしなのか。貧乏くじだ。
気にするなとは言ってくれたけど、ますます申し訳ない。
今日は、僕にとってはためになったよ。色んなことを教えてもらえた。
僕だけが得をして、コロアドさんたちは収穫なしなのが心苦しい。
そんなことを考えてると、ジンフウさんが僕の頭を軽くはたいた。
「俺たちを憐れむんじゃねえぞ。やりたくてやってんだ」
「そうよ。持ちつ持たれつってね」
ジンフウさんに続いて、メルさんも話してくれる。
「あたしたちはさ、三人とも加護がないのよ。昔から見下されてきたし、ハンターになるまでも苦労した。加護なしの人間が簡単になれるほど甘くないからね」
ジンフウさんがご加護を授かってないのは知ってるけど、コロアドさんとメルさんもなんだ。
「他のパーティーに入れてもらって、下積みから。もっとも、下積みなんて名ばかりで、何も教えてもらえない。あたしなんか、男どもに……ロイサリスは十一歳だし、理解できる?」
「え、えと……なんとなく……」
メルさん、重いです。答えにくいです。
ご加護のない女性を加える目的は、そっち方面しかないってことか。
「ずっと見下されてきた……ううん、今でも見下されてるあたしたちだからこそ、人の痛みは分かるつもりよ。ロイサリスの教育係をやってるのだって、こんなあたしたちでも人を助けられるのが嬉しいから」
「ま、面倒事を押し付けられたのもあるがな」
「ちょっと、コロアド。あたしがいい話してるのに、邪魔しないで」
「いい話っつうか、重い話だろうが。ロイサリスが困ってるぞ」
確かに、どう反応すればいいか困ってるけど。
三人とも大人だなって思った。年齢的な意味じゃなくて、心構えが。
見下されるのは誰だって嫌だ。
なのに、見下されてるからこそ、できることをしようって考えられるのは凄い。
僕の面倒を見ても、誰にも褒めてもらえないし認めてもらえないのに。
「とにかく、ロイサリスには未来があるんだからさ。あたしたちの知識を吸収して、成長しなよ」
「無理せず、ゆっくりとな。いきなり魔物と戦わせなかったのも、そのためだ」
コロアドさんが締めくくって、話は終わった。
中等学校の授業を受けつつ、ハンター見習いとして働くのは大変だ。
大変でもやりがいがある。知識が増えて、経験も積めてるって実感があるし、ハンターに登録してよかった。
魔物とも戦うようになってる。模擬戦とは違って、負ければ命を落とす。
さほど強い相手じゃないけど、実戦となると気が引き締まる思いだ。
今日も何体かの魔物を倒し、ハンターギルドに帰ってきた。
朝早くから出かけて、今は夜。
討伐部位を渡して報酬を受け取る。
一日の稼ぎとしては、悪くはない。でも、命懸けの割には安い。
そして、毎度毎度嫌な目にもあうんだ。
「しょぼっ!」
「一日かけてそれだけかよ」
「所詮、加護のない人間だな」
僕たちを嘲笑する声が、そこかしこから聞こえる。
他のハンターたちだ。討伐部位を渡してる場面を見れば、報酬の額もおおよそ見当がつくから、バカにされてしまう。
これが嫌なんだよね。全員じゃなくても、僕たちをバカにする人は割といる。
無視すればいいんだけど、気持ちのいいものじゃない。
言い返せばもっと気分が悪くなるし、結局無視するしかないけど。
いつも通りだって聞き流して、僕たちはハンターギルドを出ようとした。
そこで。
「なんでだよ!」
ギルドの一角で、揉めてる声が聞こえた。
ハンターギルドにいるんだし、ハンターなんだろう。男性五人のパーティーだ。
年齢は二十代前半くらい。ただし、一人だけ若い人がいる。
僕の少し上かな。十代半ばってところ。
声を荒らげてるのは、その少年だ。
「約束が違うじゃないか! よくも騙したな!」
剣呑な空気だ。僕たちを嘲笑してた人も、揉めてるパーティーを気にしてる。
「コロアドさん、あれってなんでしょうか?」
「さあな。ハンターが揉めることは少なくないし、分からん」
「報酬の分け前とかな」
ジンフウさんも補足してくれた。
報酬の分け前は、揉める原因になりやすい。
あのパーティーは五人だし、普通に考えれば五等分だ。でも、少年だけが若いから、あまりもらえなかったのかもしれない。
見習いの場合は、分け前も少なくて当然だ。僕たちだって、きっちり四等分はせずに、僕の取り分が少なくなってる。
見習いじゃないなら、年齢に関係なく均等に分けるべきだろう。
足を引っ張った罰として、取り分が少なくなったとか?
ハンターは危険な仕事だ。一つのミスでパーティーが壊滅する可能性もある。
全員の命がかかってるんだし、大きく足を引っ張れば取り分も少なくなるよね。
「関わらない方がいい。行くぞ」
彼らの事情を知らないから、推測しかできない。
だったら、コロアドさんの言う通り口を挟まない方が賢明だ。
余計な真似はせずに、そろそろ帰らなきゃ。僕は、明日は学校なんだ。
「今日はありがとうございました。次もよろしくお願いします」
挨拶をしてからハンターギルドを出る。
今から寮に帰って、少し予習復習してから就寝かな。




