二十六話 グレンガー一家集合
本日二話目です。
第一章完結まで、この話を含めて残り三話です。
僕とリリは、別々の部屋で軟禁状態になった。
僕は寮の空き部屋に移されて、リリは懲罰房みたいな場所に閉じ込められてる。
犯罪者を閉じ込めておくための場所が、町にあるんだ。薄暗くて不衛生で、リリに比べれば僕の部屋は天国に思える。
扱いは、完全に犯罪者のそれだ。何もやってないのにさ。
人を殺したのは、あくまでもカッツャ君だ。そのカッツャ君は、両親に保護されて家にいるのに、リリは懲罰房に入れられる。酷い差別を見た。
僕の置かれてる状況も、お世辞にもいいとは言えないけど、まだ快適な方だ。
四畳半の部屋は、碌に掃除をしてないから埃っぽい。家具も調度品も一切なくて、がらんとしてる。
でも、言ってみればそれだけ。
リリが心配だ。罰と称して、拷問じみた暴力とか受けてないかな。
なんとか助けたいのに、僕にはそんな力はない。
だからって、処罰が下されるのを座して待つのはごめんだ。
「先生、おしっこ!」
部屋の外で見張ってる先生に向かって、声を張り上げた。
ありきたりな手段だけど、これが一番。
先生は、鍵を開けて部屋に入ってくる。よし、悪いけど、殴って昏倒させて……
「行け」
僕が飛びかかろうとしたら、先生は親指で外を指して、そう言った。
行け? リリを助けにって意味? 逃げろって意味?
なんで先生が? 何かの罠?
思考がグルグル回ってると、先生が補足する。
「ロイサリスには、申し訳ないと思っている。俺は我が身可愛さから、何もしてやれなかった」
この先生は、僕が一年生の時の担任だ。
若い男性の先生で、若いから厄介な仕事を押し付けられてる。去年はレッド君の担任、今は僕の見張りって具合に。
僕がいじめられてるのに、ずっと見て見ぬふりをしてきた人でもある。
「……今さら謝られても困りますよ」
「だろうな。言い訳はしない。俺は、教師として失格だ。俺が憧れ、なりたかった教師という職業は、こんなものじゃなかったはずだが……」
心底後悔してる様子で、先生はぼやいた。
恨んでたけど、先生には先生なりの思いがあったんだね。
「正直、僕は先生が嫌いです。恨んでます。なんで助けてくれなかったんだって」
「すまない」
「だけど、レッド君に逆らえないのも分かります。僕も先生の立場なら、保身を優先しました。いじめを見ないふりしました。誰だって自分が可愛いですからね」
分かってるなら恨むなって話もあるだろうけど、感情は別なんだ。
僕みたいな子供は、今後生み出してもらいたくない。
「後悔してるなら、立派な先生になってください。いじめられてる子がいれば、味方になってあげてください。先生は、『何もしてやれなかった』とおっしゃいました。ですが、何かできたはずです。僕の両親に手紙を書いて、転校を勧めるとか。力及ばなくても、権力には逆らえなくても、何かできることはあるんです」
「……ロイサリスは、俺などよりも、よほど立派な人間だな。八歳とは思えん」
前世と合わせれば、二十年以上生きてるからね。大学を卒業して、社会人になってる年齢だ。先生よりも年上だよ。
逆に、それだけの人生経験がありながら、子供相手にいじめがどうのって言ってるし、全然立派じゃない。
前世の話はできないから、ズルをしてるみたいで罪悪感がある。
「僕は立派なんかじゃありませんよ。まあ、先生と問答をしてる時間がもったいないんで、行きますね」
「ああ。ご両親がきているから、家族で逃げるといい」
「父さんと母様が?」
それは初耳だ。町長かレッド君にでも呼び出されたのかな。
父さんたちがいるなら、家族で逃げるのも一つの手だ。スタニド王国にはいられなくなるけど、外国に行けばいい。
でも、リリを見捨てるのは嫌だ。逃げるなら、リリも一緒に連れて行く。
ともかく、父さんたちと合流しよう。
軟禁されてた部屋から出て、寮の玄関に行けば、人が集まってた。
僕の家族と、相手をしてる先生たちに、野次馬の子供たち。
「父さん! 母様!」
「ロイ!」
「ああ、よかった! 無事だったのね!」
僕の元気な姿を見て、父さんと母様が駆け寄ってきた。父さんに手を引かれるカイと、母様に抱っこされるシイもいる。
両親と、僕を含めた子供三人。グレンガー一家がそろったけど、一人足りない。
感動の再開は後回しにさせてもらう。
「僕は大丈夫だけど、リリが……」
「話は聞いてる。俺の知り合いが、村まで伝えにきてくれたからな」
呼び出されたんじゃなくて、父さんの知り合いが伝えてくれたんだ。
持つべきものは友達ってことだね。
事情を知ってるなら、話は早い。
「リリを助けたいんだ。リリは悪くない。悪いのは、レッド君やカッツャ君だ」
「よく言った。リリを見捨てて逃げると言っていたら、殴っていたぞ」
僕と父さんの会話に、先生たちがぎょっとしてる。
「ゴ、ゴウザさん、本気ですか? 我らは、ロイサリス君を逃がすのが精一杯で……」
「寮の外までは手が及びませんよ」
「夜になるまで、ここで身を隠してもらい、逃げてもらう予定だったのですが」
先生たちの口ぶりから察するに、味方っぽい。
僕の担任の先生と同様、ここにいる先生たちも若い人だ。
子供だけで寮暮らしなんて無理だから、監督役の先生がいるんだけど、面倒な仕事だから若い先生の役目になってる。
元担任の先生と相談して、僕の味方になってくれたのかな。
つまり、寮にいる間は安全が保障されてても、一歩外に出ればどうなるか分からない。
「先生方はこう言っているが、ロイはどう考える?」
「答えは変わらないよ。リリを助ける」
即答したら、父さんも母様も同意してくれた。
グレンガー一家の逆襲だ。
「知り合いに、俺の名前を使って人を集めてもらっている。町長の横暴に物申すためにな」
「父さん、顔広いね。僕たちもそこに合流するの?」
「そうだ。ハナには、できればここにいてもらいたいが」
「あなたの頼みであっても、これは譲れません。私も参ります」
「しかしだな、ハナのお腹には……」
お腹? まさか、母様は。
「母様、妊娠してるの?」
「ええ、そうよ」
四人目!? 父さん、一体何人子供を作るつもりなのさ!
自分のお腹を愛おしそうにさする母様に、周囲の人たちも反応する。
とりわけ、子供たちは興味津々だ。「赤ちゃん?」、「赤ちゃんだって!」って騒いでる。
父さんは、いかつい顔をだらしなく崩して、禿頭をパシッと叩きつつ言う。
「どうしても、女の子が欲しくてな」
「四人目も男の子だったら、女の子が産まれるまで子供作るの?」
「いや、四人目こそは、女の子になる気がする」
シイの時も同じこと言ってたよね。結局、男の子が産まれたけど。
「名前も考えてあるんだぞ。女の子だったら……」
「あなた、今はそれどころでは」
「っと、すまん。まあ、ハナは妊娠中なのだから、無茶はするなよ」
「分かっています。先生方、しばらくの間、カイとシイをお願いしますね」
さすがに二人は連れて行けないから、寮に置いておくことになった。