二十七話 初めての実戦
リリを助けるってのは、脱獄させようって意味じゃない。
それは最終手段だ。まずは町長に抗議する。
今回の一件は、明らかに町長が悪い。町の人も一緒に、町長の横暴さに物申す。
一種のデモ行進だね。前世でも、テレビなんかで見たやつだ。
町長は、元々評判が悪かった。
不正を働き私腹を肥やしてる、後ろ暗い連中との付き合いがある、権力者には媚びるくせに町の人には横柄に振る舞う。
そんな噂がまことしやかに囁かれてたところへ、今回の事件だ。
殺人を犯したはずのカッツャ君を庇い、無実のリリを捕縛した。
マルネちゃんを誘拐したゴロツキも、町長の鶴の一声で釈放されたって話もある。
誘拐に関わってたカッツャ君の父親も、罪に問われてないし。
我慢の限界を超えてる人たちに呼びかけ、デモ行進につながった。
町長、許すまじ。そう言って立ち上がる人が、かなりの数いてくれた。
何百って数が集まれば、いかに町のトップとはいえ無視できない。レッド君っていう後ろ盾があるにしても限界がある。
大所帯で町長の屋敷に向かう中、僕はある人たちを見かけた。
「カッツャ君と、ヒョンオ君?」
二人以外にも何人かいる。ラナーテルマちゃんとか、ヤガ君とか。
みんな、レッド君の取り巻きの子供たちだ。
彼らは、裏路地へと入って行った。そこはスラムになってるのに。
どの町にも言えるけど、柄の悪い連中や浮浪児がたむろしてるスラムが存在する。危険だから、学校じゃ絶対に近寄らないようにって厳命されてる場所だ。
そんなところに、なんの用事が?
町長への怒りに燃えてるせいで、他の人は気付いてないか、気付いてても無視してる。
僕も、無視してもいいんだけど……
「父さん、カッツャ君がいた」
「何? どこだ?」
「あそこの裏路地に入って行ったよ。レッド君の取り巻きの子供も一緒」
「裏路地……スラムにか? 子供だけで?」
「僕、様子を見てくるよ」
「ま、待て! 俺も……」
「父さんは、みんなを率いるリーダーでしょ。父さんの名前に集まったんだよ」
町長に抗議するには、父さんが必要だ。僕は、いてもいなくても変わらない。
リリを助けたい気持ちはあるけど、父さんたちに任せて、僕はカッツャ君の様子を確認しに行こうと思った。
カッツャ君を捕まえて白状させれば、リリの無実を証明できるかもしれない。
「やむを得ん……ブルブ! ワレトス!」
父さんは、知り合いの人に説明して、僕と一緒にスラムへ行くように言った。
ブルブさんにワレトスさん。どっちも父さんみたいに筋骨隆々で、おっかない顔の男性だ。
父さん、ますます盗賊団の親分みたい。
僕は二人と一緒にスラムに入って行く。表通りは清潔なのに、スラムは不潔だ。
排泄物や吐しゃ物が散乱してて、異臭が漂ってる。死んでるのか生きてるのかも分からない人が、地面に倒れてたりとか。
子供のくる場所じゃない。ブルブさんとワレトスさんがいてくれてよかった。
ブルブさんは、地面にうずくまる浮浪者に銀貨を一枚渡して、情報を聞き出す。
「子供たちがここを通らなかったか? 教えてもらえれば、追加で渡すぞ」
お金に目がくらんだ浮浪者は、ペラペラと話してくれた。子供のことや、ゴロツキの隠れ家とかを。
「ほらよ」
約束通り、ブルブさんは追加で銀貨を一枚渡した。
日本円に換算すると、銀貨一枚は千円くらいの価値だ。二枚だと二千円。
たったの二千円でも、浮浪者にとっては喉から手が出るほど欲しいみたい。
場所を聞き出したから、そこに向かう。
道中、ワレトスさんが予備の剣をくれた。
「持っとけ。使わんに越したこたぁねえが、こっからは命の危険がある。比較的軽い剣だし、右手一本でも扱えるはずだ」
「ありがとうございます。使わせてもらいます」
父さんとの稽古で使ってた物とも、学校の授業で使ってた物とも違う、本物の剣。人を斬り殺すための武器だ。
右手で受け取ると、ずっしりとした重みを感じた。
鉄なんだし、重いに決まってるけど、それだけじゃない。
本物の剣を持つことへの重みだ。
正直、怖い。人を殺せる力が、今、僕の手の中にあるんだ。
「へっ、顔はハナさん似だが、性格はゴウザそっくりだな。肝が据わってる」
「武術大会で優勝したんだって? ゴウザの息子だけあって、つええじゃねえか」
順に、ブルブさん、ワレトスさんの評価だ。
肝が据わってるっていうのは、過大評価だと思う。武術大会の優勝も、僕の実力じゃない。友達の応援が力になったんだ。
僕が用いた手段は、レッド君を動揺させるってもので、実力じゃ負けてた。
破壊神ボダズナトズ様が教えてくれたから、動揺させて勝てたんだ。僕一人の功績じゃない。
「怖いですから、肝は座ってませんよ」
「だからいいんだよ。おめえくらいの年齢で一番になったら、もっと増長しててもおかしくねえ。それこそ、自分は世界一つええ、とかな」
「ワレトスの言う通りだ。怖いと思える感覚は重要だぞ。悪漢が怖い、人を殺す武器が怖い。そう感じれなくなれば、そいつは長生きできん」
先人の言葉だ。天狗にならないよう、刻み込んでおこう。
やがて、浮浪者から教わった場所に到着した。崩れかけの石造りの建物が、ぽっかりと口を開けてる。
足音を立てないように注意しながら中に踏み込むと、人の話し声がする。
カッツャ君の声だけど、様子がおかしい。大声で焦るように叫んでる。
「カッツャ君の声です」
「様子が変だな。気を付けろよ」
声のする方へと、慎重に歩く。
そして僕は、声を漏らしそうになった。叫ばなかった自分を褒めたい気分だ。
死んでる。何人もの子供たちが、血だまりに沈んでこと切れてるんだ。
生きてるのは、カッツャ君とラナーテルマちゃんの二人だけ。
カッツャ君は傷一つなさそうだけど、ラナーテルマちゃんは無事とは言えない。服をビリビリに破かれて、男がのしかかってる。
暴れてるけど、男の力には勝てなくて、このままだとすぐに……
「チッ、胸糞悪い。ワレトス」
「おう、行くぜ」
ブルブさんとワレトスさんが、男たちの前に躍り出た。
僕も後ろに続いて、そのまま有無を言わさずに襲い掛かる。
話し合いを、なんて言ってられない状況だからだ。相手はこっちに気付いてないし、絶好の隙を逃す手はない。
相手はゴロツキ風の男が六人。こっちは子供の僕を含めても三人。
三対六の集団戦が始まった。
不意打ちのおかげで、ブルブさんとワレトスさんは一人ずつ斬り捨てた。多分、死んだと思う。
ゴロツキ三人と、ブルブさん、ワレトスさんが戦ってる。
僕は侮られてるから、一人の男が相手だ。
一対一でも厳しい。父さんレベルとは言わないけど、加護を授かる前のレッド君なんかよりも強い。
しかも、僕は左腕を使えないんだ。右腕一本だと、思うように剣が振れない。
初めての実戦にしては、スパルタ過ぎないかな。
僕と斬り結びながら、男が口を開く。
「綺麗な顔じゃあ。男け? 女け? どっちでもええが、可愛がるで」
「気持ち悪いよ!」
生理的な嫌悪感をもよおす態度に、僕は声を荒らげた。
こいつ、ラナーテルマちゃんにのしかかってた奴だ。
年端のいかない子供が好きってこと? 男女関係なく? 最悪だ。
スカスカに抜けた歯の隙間から、よだれをこぼしてる。
やばいクスリでもやってるの?
気持ち悪い顔と共に迫る攻撃を、僕はなんとか捌いていく。
この人は、確かに強い。でも僕は、もっと強い人を何人も知ってる。
純粋な剣術なら、父さんやリリが上。こいつのは、デタラメな我流剣術だ。
我流ってことなら、ユキの方が動きはいい。あの野生じみた猛攻を体験した身からすると、ついていけないほどじゃない。
僕なら――勝てる!
「せあぁっ!」
男の右腕を、ひじの辺りから斬り飛ばした。
なのに、男はひるむでも痛がるでもなく、残った左腕で僕の首を絞めようと狙ってる。
これも体験済み。リリに倒されたレッド君が、負けを認めずに目潰しを狙ったことがある。往生際の悪い人には慣れてるんだ。
返す刃で左腕も斬った。
右腕と違って、完全には切断できなかったけど、使えないのは間違いない。
最後に、足払いで転ばせてから、みぞおちに膝を落とした。
ここまでやれば、やっとのことで男は気絶した。
その頃には、ブルブさんとワレトスさんの戦いも終わり、ゴロツキが倒れてる。
「坊主も終わったみてえだな。よく勝ったもんだ。加勢するつもりだったが、いらねえってか。驚いたぜ」
「無事でよかった。何かあれば、ゴウザとハナさんに殺されるからな」
「ちげえねえな」
命のやり取りをした直後なのに、二人とも余裕綽々だ。
僕は、まだ心臓がバクバク言ってるのに。
戦ってる時は無我夢中だったけど、今頃になって震えてきた。
ただ、へたり込むのは早い。カッツャ君に事情を聞かないと。
「カッツャ君、これはどういうこと? この人たちとはどんな関係?」
「ひいぃ……お、おれは……レッド君に言われて……お、おれは悪くない……」
精神が崩壊したみたいに、「レッド君が……レッド君が……」とだけ繰り返してて、要領を得ない。
「場所を移した方がいいですかね? でも、ゴロツキたちはどうしましょう?」
僕が聞くと、ブルブさんが答える。
「死体は、とりあえず放置だ。生きてる奴だけ連れて行こう」
「僕が戦った人は、生きてる……かな? 失血死したかも」
手加減する余裕なんてなかった。自分が人殺しをしたかもしれないことにショックはあるけど、泣き言を漏らしてる場合じゃない。
カッツャ君とラナーテルマちゃんには自力で歩いてもらって、ゴロツキはブルブさんとワレトスさんが担いだ。
初めての実戦は終わったけど、前哨戦みたいなものなんだよなあ。
これから、リリを助け出すのが本番なんだ。もうひと踏ん張りしよう。
町長の屋敷の前で行われてるデモに合流すれば、父さんが頬を真っ赤に染めていた。
「と、父さん、どうしたの?」
その答えは、母様の抱擁だった。
「ロイ! 無茶をして! なんでスラムになんか行ったの! 可愛い息子をスラムに突撃させる鬼畜な父親は、私が折檻しておきました!」
「いや、ロイが自ら志願したのであって、俺は……」
「あなたは黙っていてください!」
「はい……」
こ、怖い……母様が怖い……
ここまで怒ってる母様を見るのは、僕も初めてだ。
父さんの頬は、母様にぶたれたんだね。普段は父さんを立ててるのに、今回ばかりは例外ってことか。
僕を心配する母様には、ブルブさんとワレトスさんが助け舟を出してくれる。
「まあまあ、ハナさん、その辺で」
「坊主は学友を救ったんだぜ。あいにく、死んじまった奴もいるが、スラムに行かなけりゃ全滅だった。褒めてやってくれ」
「ロイ……」
ぎゅうううって、母様の抱擁が力強さを増した。
あったかくて幸せだけど、それよりも。
「か、母様、僕よりリリは?」
「町長は屋敷に引きこもっているの。強引に踏み込もうかと相談していたのよ」
「だったら、この人たちが使えると思うよ。町長と関係があるみたいだし」
連れてきたゴロツキは、周囲の人たちがふん縛ってる。
カッツャ君とラナーテルマちゃんもいるし、事件の全容を聞き出せるはずだ。
悪徳町長は、年貢の納め時だね。




