62:佇む、静かに
《14:01/外》
少しばかり大変なことに巻き込まれたな、やれやれ。
そう思いながら、僕は街を歩きなおした。
というよりも、さっきの天海君のあれに疑問が一つ残っている。僕達に与えられたオモチャを彼は前から使っていたかのように使いこなしていた。
「ここのゼミ生は不思議な人ばかりだ」
努々思っていた言葉がつい漏れ出てた。
そんなことを思いながら散歩していると、未だに名前のわからないあの公園にまた来た。
以前に細谷さんと日笠さんがここにいたのを思い出す。相も変わらず、晴れやかな空の下に池が眩しい。風も壁に囲まれているはずなのに心地が良かった。
なんで風が吹いているのだろうかと、考えることすらやめてしまう。
少し歩くと、人影が見えた。たまに街に溶け込んでいる人かと最初は思いもしたが、知っている顔だった。
彼はベンチの上に座って、微睡んでいるように見えた。声をかけていいのか悩むと僕の足音に気付いたのか目を開きこちらを見る。
「おや、確かキミは……佐藤クン、だったかな?」
剣 オトハ君。こうして会話するのは初めてだ。確か彼は自分でも認めていたが病弱な人だ。
「剣君、ごめんね。邪魔しちゃったかな?」
「いいえ、そんなことは無いですよ。意識の有無を彷徨いながらまったりしていただけですから」
「そうなんだ。体調は大丈夫なの?」
「あぁ、お気遣いいただきありがとうございます。今日は外の空気を吸えるくらい余裕があったので」
それにしては寮からこの公園まで歩くには相当の距離がかかるのではないかと思ってしまった。僕はそんな心配事を告げてみると、彼は微笑みながら。
「そうですよね。意外と歩くなと思いました。ここは宗像君に教えてもらいました。試しに一人でここに来てみた次第です」
「へぇ~、宗像君と交流があるんだ」
宗像 リヒト君。高校生でありながら、上野の博物館で個展を開いた経験のある、今では天才画家としてその名を轟かせる存在だ。
僕はそんな彼と同じ教室にいるんだと毎回感心するが、未だに彼と直接話したことは無い。
「えぇ、よく僕の体調を気にかけてくれるのです。ありがたいことです」
「宗像君とはどんな話をするの?」
僕がそう尋ねると、剣君はトントンとベンチの空いているところを軽く叩く。
「話すのなら、どうぞ。立っているのも忍びないので」
「あぁ、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
僕は素直に彼の横に座った。
「で、どうなの?」
僕がそう聞くと、剣君はゆっくりと語る。
「うん、あの人はすごく素敵なものを持っていますね。僕らには理解できない、色を理解できる」
「…色?」
そこで思い出すのは松本さんとの会話。宗像君はどういうわけか世界が色づき始めたと言い画家として覚醒した。
だけどそんなご都合すぎるサセスストーリーはあるのかと未だに眉唾だ。
一瞬、オモチャによるものと考えもしたが松本さんの推測によれば、どうやらそれは違うようだ。
「えぇ、そういえば佐藤クンは直接彼とお話したことは?」
「実はまだ無くて……」
「そうでしたか。では僕が聞いた話だけになりますが―――」
そこで剣君の話す内容はどれもネットで見たことのある話ばかりだった。
「それは僕もネットの記事で知ったな…」
「そうでしたか。では門外不出の情報……がありますが、それは彼に聞いてみてください。彼のプライベートに関する話題ですので」
「なるほど、意外と話が上手というか、うまく話題を出せるんだね」[
「きっと、この体のおかげですかね…」
「この体? それは……病弱ってこと?」
「えぇ。僕はこうやって静かに、佇むくらいがちょうどいいのです。ちょっと運動するだけで、ちょっと勉強するだけですぐに床に伏してしまうほど弱かったです。今も、あながちそうですね」
「入院とかもしたことはあるの?」
「217日」
「ん?」
「僕が病院にいた日数の合計です。これが連続していたわけではないです。長い日、短い日とまちまちでしたが、合計でそれくらいの日数病院で過ごしました」
「単純計算だけど、半年以上ってことだね」
「はい。その間にはいくつか学校のイベントもありましたが、全部参加できていません……体育祭、文化祭、そして修学旅行。僕は小中高とここまで来て、これという思い出が無いですよね」
「そっか……」
なんともコメントしづらいことばかりだ。
「そうやって病床にいる間は特にラジオを聴いていました」
「なるほど、今はラジオなんて聴く術が多いものとなっているからね」
「そうなんですよ。他愛のない、誰のものでもない、そんな誰かのお話を誰かが面白おかしく話す。それを聴いていると、辛いなとかそういう気持ちが少しは晴れるんですよ」
「じゃあ、今そうやって話したのもきっと」
「ですね。色んなラジオを聴いているので複合的なものとして僕の癖ができたのかもしれませんね」
少しだけ公園の風が心地いい。ふと剣君を見ると、彼の周りにはラジオなんかを聴こうとするためのものは持っていない。
剣君はそれを察したのか、口を開く。
「たまに飽きるんですよね。ずっとラジオを聴いていることは。確かに、誤魔化しはききますけど、聴いている間って自分が今辛いんだと思ってしまうのです」
「あぁ~…なんか、わかるかも」
「わかってくれてありがとうございます。今日みたいな元気な時はまったりとこうやって風に当たるのがいいんですよね」
「ありがとう、教えてくれて」
僕は立ち上がる。
「じゃあ、そんなゆっくりしている時間を邪魔したくないから、僕はお暇させていただくね」
「いいですよ遠慮しなくて」
「ううん、また今度機会があったら話そうよ……例えば好きなラジオのパーソナリティとかさ」
「フフッ、ありがとうございます」
「それじゃあ、また。帰りは気を付けてね」
「気を付けます」
そう言って僕はその場を去った。
剣君は少しミステリアスな存在と思っていたが、話し方には独特なものがある。だからこそ、話していて楽しいと思った。
また話してみたいし、もう一つ宗像君のことも気になる。
もし彼に会えるのであれば、話してみたいと思った。
色々と考えているとゼミターミナルが震えるのに気付く。
取り出すとメッセージが届いていた。
松本さんからだった。
『少し話したいことがあるが、夜頃伺っても良いだろうか?』
どうやら今日はまだ終わらないみたいだ。




