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42人の教室  作者: 夏空 新
第7章

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60:義に入り害を穿つ

《13:21/321号室》


「暇だ―!」

 ベッドの上に寝転がって第一声。

 ゼミが始まってまだ1ヶ月。たまに集まることがあっても大きな動きが無かった。

「だけど、今日はそれなりの収穫があった」

 僕が思うのは【オモチャ】についてだ。既に松本さんのおかげもあって、それが本物であるということは理解できた。実際何人かはそれを実践している。

 いよいよ、これを現実として受け止めないといけないことはわかっているが、それにしたって―――

「じゃあ僕のこれは何だって言うんだ?」

 一瞥した先はナイフだ。今のところ紙とかを切るのにちょうどいいかもしれないが、そんなのどこにでもあるようなナイフと変わり目が無い。

 殺意というものを原動力にすれば形になることができる。だけど実際にそうしようとすると思考が不思議とピタッと止まってしまう。

「とりあえず、いずれわかるという希望的観測を持とう」

 比々乃(ひびの)君の言葉で少しばかりの可能性を持っているようだ。

「いや、それってポジティブ?」

 なんて自分でツッコみを入れてしまうが、いつか来る「わかる時」が来るのを待てばいいだろうと思い深く考えた。

 別のことを考えよう。

「ゼミが始まってまだちゃんと出会えていない人もいるよなぁ…」

 頭を回すと半分程度、今月の限られた時の中で何とか挨拶をできれば―――

「また動きますか」

 いよいよ掴めないが、松本さんに頼らず自分なりにアプローチをかける……なんて前にもやっていたことを今回もやっていいのだろう。

 できれば【オモチャ】を開示していない人に会いたいな。どうして隠す必要があるのか、ちょっとばかりそれは気になる。それをテーマにすれば話したことのある人でも話題の種になるな。

 強いて言えば開示済かつ既に話したことのある人を目の当たりにしてスルーしていいものかということだね。

 悩んでも仕方ないので僕はベッドから起き上がって外に出ることにした。


*****


《13:41/外》


 とりあえず、と寮の外に出た。この道中で誰にも会えなかった。

 じゃあいつ会えるんだって話だ。本当にそう思ってしまう。

「まぁいいか、適当に歩いてみれば何か変わるでしょう」

 僕は以前、細谷さん達が歌の練習をしていた公園のある場所と逆の方向に足を向けて移動した。


 歩いて数分すると人影、それはここの島の人間ではないちゃんとしたゼミ生の1人だった。

「君は相馬(そうま)君だね?」

 相馬 セシル君。世を知ると書いて世知だが、目の色や顔から少しばかりの日本人離れな雰囲気を感じる。本人曰く、確かミドルネームもあるようだ。

「なんだ、佐藤か」

 彼はどういうわけかビル街の一角に腕を組んで寄り掛かっていた。

「えーっと……素朴な質問だけどここで何をしているの?」

「気分転換」

「はぁ…」

 その四字熟語を突きつけられて素直に納得できるはずも無かった。

「というか僕らこうして話すの初めてだよね。よく名前を憶えていたね」

「ま、俺は基本的に人の名前を覚えるのからな。寧ろ覚えない方が義に反する」

「義に…?」

 そう言うと、相馬君は「こっちの事情だ」と返す。

「せっかくあったよしみだ、少し話をしないか? 相馬君」

「…俺と?」

 腕を組みながらこっちを一瞥する。僕よりもだいぶ背が高い分、見下ろすより見下すの方が相応しいほどだ。

「だって僕は相馬君を知らないし、相馬君だって僕のことを知らないじゃん。だったらね」

「なるほどな。ま、それは悪くない話か」

 一つ息を吐いて組んでいた手を解く。そしてポケットに手を入れて何かを探していた。そして「ちょうど余っている」と言って僕にそれを投げてきた。

 僕は慌てながらもそれをキャッチして中身を見る。包装された飴だった。

「俺はこういう落ち着きたい時は、壁に背中を預けて飴を舐めるのが趣味なんだ」

「それってさっきの言った気分転換ってやつだよね? えっとその……それって気分転換になるの?」

「ま、訊くのも理解できる」

 相馬君はクスッと笑みを噴いた。

「そうだなぁ、緊張感のない時間ってのが欲しくてな」

「緊張感ね。そんなに一人で抱えるものなの? 例えば…誰かとこう話してリラックスするとかさ、そういうことは無いの?」

「あわよくば、そうしたい。孤独はどっちかって言うと嫌いだな」

「え、じゃあどうして…」

 確かに思えばさっきから会話が妙にテンポ感が良い。人と話すのを避けている風にも見えない。

「一人、関わりたくない人間がいる。もし誰かと話している時にソイツが現れたら何をしでかすかわからない。ただそれだけだ」

 関わりたくない人か、それってもしかして―――


茅ヶ崎(ちがさき)さん?」


 僕はその名前を出した瞬間、彼は目を見開いた。だけどすぐに諦めのように壁にもたれる。

「あぁ…よくわかったな?」

 思い返したのは初めて自己紹介をしあった日だ。確かあの時、茅ヶ崎さんが挨拶をしたあとに舌打ちをした姿を思い出す。そんなことを彼に説明した。

「なるほどな…よく見ているじゃん」

「たまたま。彼女とは何かあったんだね」

「まぁな……因縁めいた相手、だ」

「詳細を訊いても……」

 言葉を続けたいが相馬君の視線が妙に冷たかったので、堰き止めた。僕は「ううん、なんでもない」と誤魔化した。

「悪いな、気を遣わせて。ついでに言えばあの【オモチャ】の件もどうせお前のことだ、気になるんだろ?」

 そこまで見据えられるとは。そんな言葉を出しそうになる。

「それって茅ヶ崎さんにも知られたくないから黙ったの?」

「へぇ~、ご明察」

 指をパチンと鳴らす。

「ここで話してもいいが……万が一聞かれたらな……あぁ?」

 急に相馬君の低くて語気が強くなる。僕は振り返るとまるで亡霊のように()()は立っていた。

 茅ヶ崎 チハヤさんがいた。

「―――殺す!」

 すると相馬君はバッと地を蹴り、彼女に向かって襲うような様だった。茅ヶ崎さんは気付いて「あ ら?」と一言、余裕そうな顔をしていた。

 相馬君の拳が彼女を穿とうと―――できなかった。ただ片手を掲げてそれだけで受け止めた。腕と腕の交錯のはずがそれはまるで刀の鍔迫り合いのようだった。

「あら? あららあらあら??? これはこれはエリュシオン様、ご機嫌麗しゅうことよ」

 謎の呼び名が出る。それは相馬君のあだ名に思ったがきっとミドルネームの可能性もあるのだと気づくが、そんなことはどうでもいい。僕はこれを止めるべきだろうかと悩む。

「ちょ…」

 僕が駆け付けると相馬君が「来るな!」と言う。その言葉で僕の足は止まった。

「大丈夫、丁重に殺す、確実に殺す、蘇ろうが何度も殺す!」

 その鍔迫り合いは止まらない。

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