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風紡ぎ唄  作者: 飛水一楽
12/16

…12 形代

紫野が舞手を降りて、俺は新たな相棒を得ることになった。ーー衣川 藍。紫野の妹だ。

藍は俺より2こ下だから、本来ならこっちが釣り合いが取れるんだろうけど……俺もどんどんでかくなってたから、藍が余計に幼く思えた。

姉ちゃんとは違って藍はおっとりしてて、見るからに女らしい。かわいい声でよく笑うし。藍は俺を気に入ってるみたいだ。俺も悪い気はしないけど……何となく腑に落ちない。何つーか、違う気がする。だから形代も渡せないままだ。

 

形代ってのは紫野いわく、風の欠片(かけら)。形代を渡すことは、すなわち魂を分つことだという。


「は? 何だソレ?」

呼び出された俺はブナの根っこの上に腰掛けて待っていた。逢うのは久しぶりだった。藍の話だと、紫野は家を出たらしい。どこに住んでるのかは妹にも分からない。宮司の話じゃ集会所にしばらく籠ってたらしいけど、俺がそれを知ったのはずいぶん後になってからだ。先月、紫野が道場に来たのは俺が学校に行ってる時だった。……チ、さぼれば良かったぜ。こんなに会えなくなるなんて思わなかった。

 

手のひらに取り出す、小さな勾玉。紐がついていなければなくしてたに違いない。前に紫野に譲られてから大抵首に掛けてる。今更これがなんだっていうんだろう。

「分かつーーつまり己が魂を半分渡す。形代を託す相手に」

久々の再会のネタがこれだ。逢わない間にひずみが溜まってた俺はそれがかすかな苛立ちとなって、紫野の前で唾を吐いた。

「何を言い出すかと思えば。正気か? そのためにわざわざ来たのか?そんな大切な習わしなのか? くだらねぇ」

紫野はかすかに笑みをもらした。

「……何笑ってんだよ」

「……いや、たぶん選んだ相手を……縁を大切にするということだと思う。何かあれば、その者のために心を砕き。離れていても共に生きるということ。ずっと、言いそびれていたんだ」

「……」

「形代をキミの見い出した者に渡せ。藍にはまだ渡してないようだな」

「それはーー」

「問いつめに来た訳じゃない。焦らないでいい。選ぶということがいかに重責かは分かっているつもりだ」


紫野は目を閉じて、続ける。

「私はあの頃まだ幼くて、どう選べばいいか分からずに困っていた。でもあの日、キミは風の中に未然を見た。私があそこにいたのはほんの偶然……いや、風に誘われたからだ」

「……」

「そうしてキミを見いだした。(えにし)とは不思議なものだ。見ず知らずの小さな子を口説いてしまうのだから」

紫野ははにかみながら……どこか懐かしそうに微笑む。

「でも間違いじゃなかった。藍には私から言い聞かせてある。けれど代理としてもあの子は頑張ると言っていた。藍を……よろしく頼む」


「……で?」

互いの視線がかち合う。紫野の眼が揺らいだ、気がした。

「……」

「他にも……何かあったんじゃないのか?」

俺からスッと目を反らすと、紫野は少し黙ってから、観念したように呟いた。

「……一緒に、来てくれないか」

 




冷たい向かい風が俺らの行く手を阻もうと押し寄せる。紫野は風呂敷包みを抱えるように肩をすくめた。この季節に麻地の衣じゃ、いくら重ねたって無謀もいいとこだ。淡い藤色の帯が弄ばれるように乱舞している。俺は持ってた黒のマフラーをそのうなじを隠すように後ろから掛けた。俺を見上げる紫野の眼は……俺ではなく、遠くの空を映していた。


足を止めたのは、墓地だった。


ここまで来るのに随分かかった。線路を越えて、町をひたすら抜けていく。

すぐそこに境の森が見える。墓地は森の手前に位置し、死者が眠るにはふさわしい場所に思えた。近づくほどに風は強さを増して、人の出入りを拒んでいるみたいだ。

 

墓地の中を無言で進んでいく紫野にただついていく。紫野が何をしようとしているのか分からない。それを問うのも憚られるような荒涼とした景色。辺りに人気は全くなく、ただ風が哭いている。この世の果てに来ちまったみたいだった。


墓、と言ってもそんなに大きくはない。いびつな岩がぽつんと一つあるだけ。側面にはうっすらと紋様のようなものが彫られている。その周りをブナの幹を削った簓が飾られている。

「ここは?」

「ここは墓だ。千久楽の境の」

「……んなん分かってる。誰の墓だよ。風化がひどいな、字も読めねー…」


「――だ」

突風が声をかき消す。俺は紫野の小さな肩を後ろから支えた。

「え? 今何てーー」

耳を近づける。今度ははっきり聞こえた。


守人が死んだ、と。






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