平穏
じいちゃんは私が店番から逃げないようになのか、友人たちと朝からどこかへ出かけて行った。まぁ、こんな暑い日は外に出かけようという気がないのでいいが、じいちゃんの手際の良さには呆れるしかない。
そして、いつものように客の来ない店で暇を潰せるものを探す。夏休みの課題はほとんど終わらせてしまったし、『夢現』も昨日の清水君との話で続きが気になって昨日のうちに読んでしまった。知佳を呼ぼうにも今日は部活の試合で隣町に行ってしまっている。
仕方なしに適当に近くにあった本を読み始めた。が、数ページ読んだところで本を閉じた。元々古書はあまり好きではないのだ。
とはいえ暇な事には変わりなく、もう一度『夢現』を読み返そうと手に取ろうとした時、ドアが開いた。
目を向けるとそこには私服姿の清水君がいた。
「こんにちは、立花さん」
「清水君、いらっしゃい」
「今日の部活が休みになって暇になっちゃったから来てみたけど、よかったかな?」
「全然。私も暇してたところだし、お客さんなんだから気にせずいつでも来ていいのよ」
「……うん、そうだね」
どこか複雑そうな顔をした清水君に首を傾げつつ、何回か会話を交わした後、清水君は本を見て回り始めた。
度々聞こえてくる驚愕や感嘆の声に思わず笑みが浮かぶ。じいちゃんが聞いたらきっと喜ぶだろうなと思うと益々笑みが深くなった。
しばらくして見終わったのか、清水君が戻ってきた。
「立花さん、凄いよここ! 僕には高くて買えないけど、どれも中々手に入らないものだよ!」
興奮気味に捲し立てる清水君の頬が赤くなっていて、今まで我慢していたというのもあって吹き出してしまった。
「あ、ごめん。あまり御目に掛れないものばかりだったから、つい……」
「うんん。正直じいちゃんの仕入れてくる本って売れないものばかりだから、そう言ってくれると嬉しいわ」
「確かにマニア向けのものばかりだし、こういうのって高いからそれ目当てで来た人じゃないと買わないかもね」
「それ、じいちゃんに言って欲しいわ」
冗談紛いで言ったが、結構本気で言ってくれないかな、と言葉には出さないが苦笑いする清水君に願う。だが当然、それに気付かれることはなかった。
「立花さんは明日も店番をするの?」
会話が途切れたところで清水君にそう問われた。
「私に用事がないとじいちゃんが店番させようとするから、明日もそうかも」
「友達と遊びに行ったりとかは?」
「学校の友達も近所の友達も部活やってるから中々誘えなくてね」
「だったら僕が誘ったら来てくれる?」
「え?」
「今日は偶々休みだったけど、明日は部活が休みなんだ。それとも、僕とじゃ嫌かな?」
「全然嫌じゃないよ! 明日ね。どこで待ち合わせする?」
唐突に誘われたことに驚いただけで、嫌だなんて微塵も思ってもいない。
慌てて否定すると、勢いよく予定を立て出す。私の勢いに驚いたのか、清水君は一瞬固まったが、すぐに笑顔になって一緒に予定を立て始めた。
清水君が帰ってしばらくしてから、じいちゃんが帰ってきた。
さっそく明日の予定の為に店番を断ろうと口を開く。
「じいちゃん、明日だけど……」
「あぁ、デートじゃとな」
「へっ……?」
「さっきそこで清水といった小僧に会うての」
「あー、それで……ってデートじゃないし!」
「何を言うとるんじゃ、遥。若い男女が二人で出掛けるのをデートと呼ばずして何と言う!」
友達と二人で出掛けるくらい普通でしょう、と言い掛けて止まる。
考えれば、数人で出掛ける時に男の子がいる事はあったが、二人で、というのはなかった。誰かと出掛ける事が嬉しくてその考えには至らなかった。
そうと気づけば、見る見るうちに顔が赤くなった。それを見たじいちゃんがいつものように笑った。
「……清水君、何て言ってた?」
「……さあの、明日本人に聞けばよいじゃろう」
惚けた様に返すじいちゃんからは清水君の本意は聞けなかった。