一目惚れ
窓から差し込む日差しは本棚に遮られて奥まで届かない。その所為で真昼間だというのに電気がないと少し暗い。
ここは私の祖父が経営する古書店だ。客は見ての通りいない。
「はぁ~……、暇だ」
店番をすれば、お駄賃という名のバイト代をくれるから引き受けてはいるが、もう少し客が来てくれないものか。あまり忙しいのも嫌だが、ここまで暇なのもつまらない。そもそも、こんなに客が来なくて大丈夫なのだろうか。
笑顔で本を仕入れてくる、と出て行ったじいちゃんを思いやる。
『遥、貴重な本が競りに出ておるらしい。ちょっくら出て行くから店番頼んじゃぞ』
『じいちゃん、また大金叩いて売れない本買ってくんじゃないでしょうね!?』
『何を言うとる、売れないんじゃのうて、うちに来る客が見る目ないだけじゃい!』
『どっちにしろ売れないじゃない!』
『……それじゃあ店番頼んじゃぞ~』
反論できなくなって逃げるように店を出て行ったじいちゃんを思い出して不安になった。
「まぁ、破産するほどじゃないと思うけど…」
いくら考えなしのじいちゃんでも生活できなくなるほどのお金は使わないだろう。いや、そうであってくれなければ困る。
一抹の不安を抱きながら私は店番を続けた。
夕刻になり、そろそろ店仕舞いをしようと腰を上げると、ギィと古いドアが音を鳴らして開いた。視線を向けると、本を仕入れに行っていたじいちゃんだった。
「遥、帰ったぞ」
本が入っているだろう袋を抱えて、ほくほくとした笑顔をしているじいちゃんに、欲しい本が手に入ったのだろう、と思いながらあえて尋ねてみる。
「おかえり。で、欲しい本は買えたの?」
「もちろんじゃとも! これを見てみぃ」
「はいはい、店仕舞いしてからね」
嬉しそうに胸を張って言うじいちゃんに呆れながら、ドアに掛けられている『OPEN』と書かれた板を引っ繰り返して『CLOSE』にすると鍵を閉めた。
振り返って本を漁っているじいちゃんに近づくと、お目当ての本を見つけ出したのか私の顔に突き付けた。
「これを見よ!」
「……近すぎて見えないよ、じいちゃん」
「む、そうか」
私の言葉にじいちゃんが本を少し下げると、古いながらも綺麗な装丁の本が見えた。
古書はあまり好きではなかったが、その本に私は惹かれた。
「ほっほっほ、どうじゃ?」
「これ、頂戴!」
「……ここの店番二週間分の値段じゃが、買うか?」
ニヤニヤと意地悪く笑うじいちゃんに剥れつつ、私の頭の中では忙しなく計算されていく。
一日、二三時間で二千円のお駄賃だから、二週間分となると大体三万円。この前新しい服を買ったから貯金はほとんどすっからかんだ。
「じいちゃん、ちょっとま――」
「まけんぞ」
最後まで言い切る前に拒否された。
少しは可愛い孫を思ってくれもいいんじゃないか、と思いながら恨めしい目でじいちゃんを睨む。すると、それが利いたのかどうかは分からないが、じいちゃんは顎に手を当てて考え込む。
「ふむ……。ならばこの二週間、誰にも買われなければ遥にやろう」
先程よりも随分と甘い条件に訝しむ。と同時に、客のほとんど来ないこの店では、もうこれは私のものになったも同然だろう、とほくそ笑んだ。
いや、ちょっと待て。いくら客が少ないからといって全く来ないわけではない。もしその中にこの本を買う客がいたら、もう手に入る事はないだろう。
こうなれば私が見張っているしかない、と思い至ったところで視界の端に笑っているじいちゃんが映る。
丁度夏休み中の私は開店から閉店まで店にいる事が出来る。まさか私に店番をさせるためにそんな条件にしたんじゃ、と戦々恐々とじいちゃんを盗み見た。
いつもと変わりない、様に思う。
さすがに考えすぎだったか、と冷や汗を拭おうとした時だった。
「遥、見張りついでに店番も頼んじゃぞ」
ニッコリ笑ったじいちゃんに私は何も言えなかった。