第十六話
クリスは、会頭室に入るや否やすぐに、しかし冷静に報告をする。
「遂に、ウェスティニアで蜂起が始まったとギルド【センドウシャ】から知らせが届きました」
「そう、わかったわ。私もウェスティニアに行こうかしら」
「それがよろしいかと。装備は全て揃えております」
クリスが外へ合図をすると、すぐに種々様々な装備が会頭室へと運び込まれる。
「壮観ね。それじゃあ、あとは頼んだわ」
「承知しました。ご存分に」
すぐに装備して出ていくリリエルを、クリスは丁寧に腰を折って見送った。
* * *
「状況は?」
「はい、商会は四方を囲まれております」
ウェスティニア支店に到着したリリエルは、支店長室へ訪れる。
「そう、まだ詳細は不明ね。このあと、ここで緊急の用事はあるかしら?」
「これ以上の緊急の用事はございません」
「あら、そこまで真面目に返されると面白くないわ」
リリエルは支店長に冗談を投げかけつつ、今後の方針を考える。
「まず、ここをウェスティニア司令本部とするわ。次に通常の業務を完全に閉鎖、その後一階エントランスを前線指揮所として再編しましょう」
「承知しました。【センドウシャ】の皆様にもお伝えします」
その一言で、伝令役として初老の商会員が一人外へと駆けていく。
「そうね。雷人はテラスかしら?」
「はい、まず【センドウシャ】の皆様はテラスに集まっているようです」
「それじゃあ、私もテラスに行ってくるわ。司令本部の準備は任せていいわね?」
「はい、お任せください」
リリエルは支店長室を後にして、正面テラスへ出る部屋に入る。
「状況はどうかしら?」
「やあリリエル、早かったじゃないか。今のところ、どちらの陣営も動きはないな。これも、リリエルの読み通りかい?」
雷人の問いかけを、リリエルはあえて聞き流す。
「それで、この状況をあなたはどう見るのかしら?」
「まあ、どちらも動けないだろうね。俺たち含めて動くことができないけど、誰もこの場を離れられない。完全に膠着したね」
「ええ、そうね。だからこそ、私が状況を変えてくるわ」
「ああ、いってらっしゃい。俺たちはここから援護するさ」
リリエルは、雷人の言葉を背にバルコニーを後にする。
* * *
正面テラスを出たリリエルは、まっすぐに両陣の間を目指す。
「特に何もされないわね。まあ、当然かしら」
リリエルは敵陣ど真ん中を踊るように歩く。
「さて、目的地に着いたわね。お邪魔するわよ」
白い天幕で囲われた場所──蜂起隊の司令所の中へと入っていく。
「あら、ミグル殿。こんなところで奇遇ですね」
「ああ、リリエル殿。我々と共に合ってくれるということか」
「いいえ、あなたを連れ出しに参りました」
リリエルはそれだけ告げると一つの紙切れを置いてすぐにその場を離れる。
そして、また次の目的地へと舞うように歩いていく。
同様に、革命鎮圧軍の司令所へと入っていく。
「貴様、誰だ!?」
「あら、高級将校ともあろうお方がターゲットの顔をご存知ないと?」
リリエルは素早く肩章を確認し、ミグルの肩章と比べてみる。同じデザインに星が1つ多い。大佐だろう。
「ぶ、無礼者!囲め!」
リリエルの周りに多くの兵士が集まってくる。
「残念ながら、あなた方の攻撃は通りません。私、これでもAGIに振っていますから」
リリエルはそう言うと、攻撃を交わしながら司令官に紙を手渡す。
「確かに、お渡ししました。では、お待ちしております」
リリエルはそれだけ告げて、商会へと戻っていった。
* * *
やることをやったリリエルは、颯爽と支店へ帰還する。次のやることがあるためだ。
「支店長、隣の会議室の壁を少し前に出すよう細工をして。これから両陣営の責任者が来るわ」
「承知いたしました」
支店長の返事を聞き、リリエルはすぐに雷人のもとへ向かう。
「あなた、選りすぐりの精鋭を1パーティよこしなさい。私の護衛よ」
「それは光栄なことだ。それで、どこへと置くんだい?」
「部屋の奥よ。これから両陣営の責任者が来るわ。そこで事件なんてあれば、私の面目は丸潰れよ」
雷人は逡巡し、口を開く。
「しかし、武装したパーティが目につくことも避けたいんじゃないか?」
「ええ、だからこそ細工を施しているわ」
リリエルは雷人を連れて細工のある会議室へと入る。
「この部屋の違和感に気づくかしら?」
「ああ、隣の部屋を見てなければ気が付かなかっただろうね」
「まあ、そういうことよ。あの裏に隠れていて欲しいのよ」
雷人は了解とだけ返してすぐに人員の選定を始める。
「それじゃあ、あとはよろしく頼むわよ」
リリエルは支店長室へと戻っていった。
* * *
支店長室で最後の準備を終えたリリエルは、支店のエントランスで1時間ほど待っている。
(そろそろ定刻ね。本当に来るのかしら?)
リリエルがUIから時計を確認すると、ドアが開き鎮圧軍の大佐と3人の護衛が入ってくる。
「お待ちしていました。さて、準備はできております」
リリエルがどうぞと大佐を招き入れると、うむと頷きそれに続く。カウンター奥の職員が伝声管で上に報告をしたのかリリエルの到着と同時に会議室のドアが開く。
「さて、揃いましたので、お話ししましょう」
会議室の扉が閉まり、大佐が着席する。リリエルは上座に着き、部屋の中を見回してから話し始める。
「お待たせしすぎるのも良くありませんので、先に結論からお話しします。我々アークポラリス紹介は、どちらにも付きません。完全な中立として、現状を維持した営業を行います」
リリエルの言葉に声を発するものはいない。
「ご理解いただけたようで何よりです。それでは、中立の私どもが両陣営のお話を伺いましょう」
「王政復古解放軍少将のノルド・ド・ミグルだ」
ミグルの自己紹介にリリエルは内心驚く。いつのまに昇進していたのか、なぜ軍服は元のままなのか。
「ウェスティニア第一憲兵師団師団長補佐を拝命している、ウェスティニア国軍大佐のハーコン・ベルグレンだ」
ああそうか。そもそも作る暇も、デザインもない。まだ解放軍は反乱軍だ。
「なるほど、それでは双方の言い分をお聞きしましょう。なぜ私たちを包囲したのでしょうか」
リリエルはあくまでも平静を装う。
「貴商会は、反乱軍に内通していると考えられている。だからこそ、憲兵隊として反乱軍に物資の提供を行わないよう包囲するしかなかったのだ」
「我々は我々と商会が友好な関係を維持できるよう、我が国を不法に占拠する集団からの解囲を目的としてここへ来た」
ベルグレンとミグル、双方の言い分はリリエルとしても理解できる。
「なるほど、その点については理解しました。では、私からの結論です。双方共に当商会よりいかなる物資も購入することはできません。我々はいかなる武装勢力とも取引を行わないことを宣言します」
あっけに取られる両名を置いて、リリエルはさらに続ける。
「そして、仮にどちらかが包囲を解かなければもう片方にのみ取引を行い、そしてどちらも包囲を解かなければ我々異邦人の精鋭一個師団がそれぞれを攻撃するでしょう」
リリエルはそれだけ言うと、部屋を出て行った。
* * *
支店長室に戻ったリリエルは一息つく。
「きっとすぐに包囲は解かれるわ。そのあとは、どちらとも取引を行わないように徹底しなさい」
「承知いたしました。全従業員に徹底させます」
リリエルはただ一度頷いて窓の外を見る。ちょうど、ミグルとベルグレンが別々の方向へと帰っていくところだった。
リリエルは先程までいた部屋に戻り、雷人ら【センドウシャ】の隠れている部屋を開ける。
「なかなか刺激的な体験だったね。ああ、できれば次からはもう少し広い部屋で……そうだな、茶の一つでも出してくれればいいんだが」
「そう、考えておくわ。それと、今回の依頼は解囲までよ。きっと今日明日中には終わるわ。また何かあれば頼むわね」
リリエルはそれだけ言うと、セントレイアに戻っていった。




