第十五話
フロンティアネクサスプレイヤーの皆さんこんにちは。運営チームです。
来たる来月、フロンティアネクサスは1周年を迎えます。これも、プレイヤーの皆さんのご愛顧があってのことです。
日頃の感謝を込めて、一周年の記念日にはいくつかのイベント解放を行います。
ぜひこれからもフロンティアネクサスをお楽しみください。
* * *
冬雪は大学からの帰りに端末に届いたゲーム通知を読む。
(いくつかのイベント解放、おそらくウェスティニアも対象よね。というより、前提として備えなければいけないわ)
電車はジョイントを通り、駅に入っていく。冬雪は降りる支度をし、扉が開くのを待つ。
(それにしても、将来ね。今はLLSがあるからこそ、好きなことに挑戦ができるなんて進路指導の先生は話していたけれど、だからこそ悩むのよね)
自宅に着いた冬雪は、玄関のドアを開けた。
* * *
「しかし、配信ね。雷人も面白そうなことを提案してくれるわね」
いつものように、会頭室にログインしたリリエルはつい独り言を漏らす。
「異人が行うハイシンというものを、私も興味はありますが、しかしまずはウェスティニアでしょう」
「それもそうね。早速だけど成果の報告をお願い」
独り言を拾われて少し恥ずかしいリリエルは、すでに入室していたクリスにリリエルは報告を求める。
「承知しました。まず、現在のウェスティニアでは、革命十周年を前に共和派と王党派がそれぞれ緊張を高めています」
「そのようね。それで、その裏にいる勢力もわかっているのでしょう?」
クリスを信頼しているのか、リリエルはうっすらと笑みを浮かべる。
「はい。共和派はともかく、王党派の裏には南方勢力がいるようです」
「そう、さしずめ革命で賜爵位を失った南方商人ね」
「はい、その通りでございます。賜爵らは革命当初、南方連合へと逃げ帰っておりました。しかしこの数年で徐々にウェスティニアに訪れることが増えているようです」
クリスの言葉に、リリエルはフッ軽くと笑った。
「それならほぼ間違い無いでしょうね。まあ、私にとってはどうでもいいことだわ」
クリスは部屋から去っていき、リリエルは椅子に深く座り直す。西の方では雨が降っているのか、黒い雲が立ち込めている。
(まだ一周年までは時間があるわね。私が運営なら、それまでにイベントは追加しないわ)
クリスが退室した後、リリエルは会頭室の椅子に深く座り込んで思案する。ふと、革命十周年の記念日を聞いていないことに気づいた。
「クリス、いるかしら?」
「はい、ここに」
リリエルに呼ばれたクリスはすぐに会頭室に入ってくる。
「ウェスティニアの革命のあった日というのは、いつのことなのかしら?」
「はい、あの革命は8月の8日のことでした」
「たしか、現実世界と時間が同期していたわね。つまり、1ヶ月後というわけね」
奇しくもというべきか、運営が狙っているのかフロンティアネクサスのサービス開始と同じ日付だった。
「その日はおそらく、ウェスティニアだけでなく異邦人もお祭り騒ぎよ。準備というほどでなくともいいのだけれど、まあ備えておいてほしいわ」
「承知しました。ウェスティニアにはウェスティニア向けの、異邦人には異邦人向けのものを集めておきます」
「ええ、よろしく頼むわね」
リリエルの返答に、クリスは退室で答える。
リリエルは、もはや一年弱の付き合いになるこのNPCを、人間でないとは思えなかった。
* * *
リリエルは数ヶ月ぶりにスルマークの街を歩く。ウェスティニアから少し離れたかった。
(あら、何やら賑やかね)
「こんにちは、何かお祭りですか?」
「ええ。来月、異人の皆さんがなにやらお祭りをするそうで。それに乗っかろうと思っているわけです」
リリエルは通りすがりの住民に声をかける。
(異人たちの祭り……雷人たちかしら?いえ、そのような話は聞いていないわね。まあ、私は参加できないのでしょうけど)
「それは、総督閣下もご存じなのかしら?」
「ええ、ボゴミル様肝入りと聞いています」
なるほどとリリエルは思案し、礼を言ってその場を去る。目指すは総督邸だ。
「異人の商人リリエルです。約束しておりませんが、総督閣下に御目通り願いたいです」
「これはリリエル様、ただいま確認してまいります。しばしお待ちください」
数ヶ月姿を見せていなかったとはいえ、さすがは総督邸の衛士というべきかその動きは素早い。5分と待たずにリリエルは応接間へと通される。
「久しいな、リリエル殿。パーティ以来か」
「ご無沙汰しております。なかなかお目にかかることができず」
「いやよい。そなたも私も忙しい身、仕方なかろう。しかし、リリエル殿の耳も早い。祭りのことであろう?」
リリエルの要件を見事に言い当てるボゴミル。リリエルはただ驚くしかない。
「ええ、おっしゃるように祭りの件で伺いました。単刀直入に行きましょう。発案者は閣下ではありませんね?」
「ああ、私ではない」
そもそも、プレイヤーがスルマークにたどり着いたのはサービス開始から1ヶ月も経った頃のことだ。スルマークとしては異人が来てから1周年ではない。
「ああ、久しぶりにお会いできてとても嬉しく、ついお土産をお渡しするのを忘れておりました。どうぞ、お納めください」
「ほう、南方連合産の火酒か。悪くない」
ボゴミルはそれを受け取ってすぐにコップに注ぎ飲む。そばには解毒薬を準備した家臣が駆け寄る。
「お口に合えば嬉しいのですが」
「いや、悪くない。しかし、無難だな」
ボゴミルは、リリエルの方に視線を投げかける。
「リンテン大公領の領都に近いところで造られたこのグレンリンテンは、たしかに火酒を好まれる方にとっては無難に思われるでしょう。しかし、だからこその基本の一つとして我々異人の中では高く評価されているのです」
「いや失敬。悪く言うつもりはなかった。ただ、グレンリンテンの10年はまさにリンテンの一番旨いところだと思う」
「お気に召されたようで何よりです」
リリエルはボゴミルに微笑みかけた。
「さて、本題へと入ろうか」
グッと解毒薬を煽り、体内のアルコールを浄化したボゴミルはリリエルの方へと向き直る。
「誰が、この祭りを主催しているのか、だな?」
「ええ、その確認に伺いました」
「ふむ、大声では言えん。近くに寄れ」
ボゴミルの言葉にリリエルは音を立てずに近寄る。
「まあ、なんだ。実のところ分かってないのだ」
「つまり『いつのまにかそこに祭りがあった』というわけですね?」
「ああ、誰が企画したのかすらわからん。我々人間にはお手上げだ」
リリエルは思案する。誰かわからないとなれば、おそらく世界の神の介入か。それならば、なぜこのタイミングで世界の神が介入したのか。
「閣下、これはあくまで私の予測です」
「構わん。我らも手を焼いている。なんでも言ってくれ」
「当日までになるべく多くの異人や戦闘職人をこの街に──いえ、ネクサスとの境に集めてください」
リリエルの言葉にボゴミルは目を見開く。
「それはつまり、天啓を得た者がいるということか?」
「その可能性はあります。いえ、しかし可能性だけです」
ボゴミルは逡巡する。
「了解した。策を講じよう」
「では、私はこれにて」
リリエルは素早く外へと出ていき、背後の扉が閉まる気配に押されるように歩き去った。
* * *
セントレイアに戻ったリリエルは、会頭室の椅子に深く座り込む。仮定としてスルマークの祭りが運営の介入ならば、つまり強制的なイベントの前触れだろう。
ふと会頭室に響くノックの音に、リリエルの思考は引き戻される。
「入っていいわよ」
返答と共に入ってきたのはクリスだ。
「会頭、報告がございます」
リリエルは、姿勢を正してクリスの方を向いた。




