修復作業の仕上げ③
『本日は本を完成させましょう』
「はいっ」
翌日、図書館に行ったエセルはメアリーに言われて元気よく返事をした。
昨日糸でかがった本たちに表紙をつけて本の形にしていくのだ。
『まずは本文の背固めですわ。見返しーつまり表紙の内側に貼られた紙のことですがーこれをまずは新たに作る必要がございますの。見返しには、表紙と本文をつなぐという重要な役割がございますのよ』
「どんな紙を使えばいいの?」
『印刷本はコストを安く抑えるためになんの変哲もない厚紙を使うことが多いのですが、ここは魔法書の修復をするための場所。もっとユニークな紙がたくさん取り揃えられておりますわ。机の上の棚をご覧になって』
エセルは立ち上がり、背伸びをしてから頭上の棚を眺めた。
細かく区切られた横長の棚がかなり上の方まで延びている。
『そちらにはフィカが取り揃えたあらゆる紙がございますの。革のものもございますけれど、わたくしの時代に流行していたのは模様紙でございますわ。マーブル、木版模様、金箔模様……』
エセルはフィカのように指先ひとつ動かして紙を机の上まで移動させるような魔法は使えない。
魔法を覚え始めた最近になって気がついたのだが、あれにはかなり繊細な魔法操作技術が必要だった。注ぐ魔力を極微量にして、風魔法に指向性を持たせなければならないのだが、エセルにはまだできそうにない。枝についているリンゴを切り落とすのとはまた違う技術がいる。
なのでエセルは浮遊魔法で浮かび上がると、棚に収まっている紙をひとつひとつ手にとって眺める。
どれも美しかった。
マーブル模様は一枚として同じものはなく、木版模様は木を感じさせるのであたたかみがある。
金箔を押されたものは花柄や星柄などデザインのバリエーションが豊かな上にキラキラしていて豪華だった。
「うーんと、わたしの好みじゃなくって、本に合う紙を選んだ方がいいよね」
エセルの趣味としては断然木版模様なのだが、『エクレバー冒険記』には合わないだろう。
少し悩んだエセルは、濃紺に銀で波模様が箔押しされている紙を選んだ。荒々しい海の波が銀箔で力強く表現されていて、まさに冒険にピッタリな紙だ。
『エクレバー冒険記』の表紙は船に乗った少年と頭上を竜が飛ぶ絵が描かれているのでピッタリだと思ったのだ。
次は本の大きさに合わせて今選んだ紙を切る。
そして背の部分に貼る紙も切る。こちらは見えなくなる部分なので、デザイン性のない紙でいいらしい。
『紙を切り出しましたら、本文のノドーーつまり本を綴じた側に糊を塗ります。あ、塗るときは刷毛を使ってくださいましね』
「えっと、糊とハケ……」
『左上の最上段にございますわ』
言われた通りに引き出しを開けると、そこには容器に入った白い糊と柔らかそうな毛を束ねた刷毛が入っていた。机の上に出し、容器の蓋を開けて刷毛を入れる。
『あまりべったりつけないようにお気をつけあそばせ』
エセルはせっせと糊を塗った。ノド側に塗り込み、見返しを貼り、背の部分にも紙を貼る。
『背に紙を貼るときは、机の上に紙を置いて背を押し付けるようにするとスムーズにいきますわ』
「うん……!」
少しでも油断をするとずれてしまいそうで、気が抜けない作業だった。
『そうしましたら次に、背表紙を張り合わせましょう。幸い表紙も背表紙も無事に残っていたことですし……もしもだめになっていましたら、背表紙を作るところから始めなければなりませんのよ』
「表紙って自分で作れるものなの?」
『ええ、その気になれば』
ページがパラパラとめくれていき、とあるページでピタリと止まる。
そこには「背表紙が壊れてしまった時」という節題で背表紙の作り方が載っている。エセルは内容を読み上げた。
「えっと……板紙と背布を切って張り合わせ、天地を折り返してからゆるやかな傾斜になるように貼り、膨らみ部分をハサミで切る????」
読んでも全然内容が想像できない。
エセルが目をぐるぐるさせているとメアリーが「ふふっ」を笑みを漏らした。
『実際にやってみたらきっとできますわ。ですが本日はこの工程は割愛いたします。さ、表紙と本文をつなぎ合わせていきましょう』
表紙と本文をつなぎ合わせる。
言葉で言うのは簡単だけど、実際には大変な作業だった。
背表紙はそのまま使うわけではなく、もう一回り大きな紙に貼り付け、これを本文に糊を使って貼り付ける。
『さぁ、もうひと頑張りですわよ。あとは裏表紙と表の表紙を貼り付ければ完成ですわ』
メアリーの声かけを聞きながら、エセルは自分を鼓舞した。
(がんばれ、わたし。集中しよう!)
裏表紙と見返しを糊で貼り合せる。
『見返しがよれたりずれたりしないように注意あそばせ』
「うん」
答えた側から、表紙が右斜めに傾きそうになった。無理に剥がそうとするとヨレてしまうので、剥がすにしたって慎重に。
二、三回やり直し、ここだっと思ったところで思い切って張り合わせる。
『平行になるように同じ厚みの本を下に置いて裏表紙をお開きになって。よぉくくっつくように乾いた布で見返し側から優しくこすります』
ごしごしごし。
じゃがいもを水につけて洗うがごとく、エセルは裏表紙の見返しをこすった。
銀色の波打つ紺地の見返しが美しい。この紙を選んでよかったなぁと思いながら、表の表紙も同じように貼り合せた。
『さっ、これで重しを置いて、糊が乾くまで一晩待てば完成ですわ!』
「やったぁ!」
エセルは作業を全て終えた達成感から、両手を上げて万歳した。
「出来上がりが楽しみ!」
『よく頑張りましたわ。バラバラになった本の修復作業は、特に難易度も高く根気も必要ですのに、エセルさんはよく最後までやりきりましたわね』
「メアリーさんがいっぱい教えてくれたおかげだよ」
『とても素直に作業に従事してくださったので、教えがいがありましたわ』
エセルは本から飛び出す小さなメアリーと目を合わせ、ふふっと笑った。
これで一晩待てば本は完成する。
早く手に取りたいなぁ、という気持ちでいっぱいだった。




