修復作業の仕上げ②
夕方には朝同様、冷気が周囲に満ちるので肌寒い。しっかりとケープを羽織ってエセルは家路を急いだ。
ランタン草がほのかに明かりを照らし出す頃にフィカの家に辿り着いたエセルは、玄関の扉をパッと開いて勢いよく中に飛び込んだ。
「ただいまぁ!」
「おかえしなさいです」
「お疲れ様なのです」
「今迎えに行こうと思っていたところなのよ」
「フィカさん! おかえりなさい」
「明日からはもうちょっと早く帰ってくるのよ」
「はぁい」
「お風呂どうぞなのです」
ロネに言われ、エセルは浴室まで駆け足で行く。
ほんわかとした湯気に満たされている浴室は外の寒さとは縁遠い。
今日のお風呂はなんとリンゴが浮かんでいた。リンゴの甘い香りにつつまれて身も心もリラックスする。ぷかぷか浮かんでいるリンゴをひとつ掴み、エセルはむむむと目を寄せた。
「わー……このりんご食べていいのかな?」
お腹が空いているエセルはついついそんなことを考えてしまう。
それでもこれからロフとロネが作ってくれるとびきり美味しい夕食なのだからと、グゥグゥ鳴るお腹を抑えて我慢をした。
「ねえっ。お風呂にリンゴが浮かんでいたよ!」
「アレも薬用効果の一種よ。リンゴ風呂には疲労回復、美肌促進、冷え性改善効果が見込まれるの」
「へええ。お風呂でお腹が空いた時用に食べるのかと思った」
「まさかと思うけれど……エセルちゃん、食べてないわよね」
エセルのお腹がきゅるるるーと鳴く。フィカはますますエセルを怪しむように赤い目を細めた。
「た、食べてないよ。美味しそうだなと思ったけど、ロフとロネが美味しいごはん用意してくれてるから我慢したの」
「ならいいけれど」
もしも食後にお風呂だったらデザートとして食べていたかもしれない。危なかった。
「お風呂のリンゴよりロフのお料理を食べるですっ」
「今日はにんじんのキャセロールと木の実を使ったベジローフ、フィカ様には銀鹿のローストをお出しするのです!」
ヒュンヒュンと食卓に飛んでくる料理にエセルは口の中が唾液でいっぱいになった。
にんじんのキャセロールはすりおろしたにんじんの甘みとお米の旨味がマッチしていたし、木の実と豆のベジローフは食べ応えがあった。フィカは血の滴る銀鹿のローストを美味しそうに食べていた。
「デザートにはリンゴのクランブルです!」
煮込んだリンゴが甘く、クリームの上にはシナモンパウダーがふんわりとかけられている。
全てペロリと食べたエセルは大満足だった。幸せな気持ちでロフとロネが自分達の食事をしている様子を見守る。二匹は七色に輝くトカゲを生きたまま丸呑みしていた。メイホウの森に住む七色トカゲはどうやら二匹の好物らしく、最後の一匹を取り合っている。両者譲らずに頭と尻尾を加えて引っ張りあった結果、尻尾が胴体からぶちんっと外れた。勢い余って尻尾側を咥えていたロネが空中で回転しながら飛んでいく。ロフは勝利をさえずりながら、頭と胴体をガブリガブリと丸呑みしていた。
「おだまりなさい、アンタたち」
トカゲの頭と胴体を丸呑みしたロフも、グネグネと動く尻尾を今まさに食べようとしていたロネも、主人の言葉にピタリと動きを止める。フィカは悠々と葡萄酒を飲み干してから立ち上がった。
「さて。アタシはもう一仕事してこようかしら」
「まだお仕事残ってるの?」
「夜摘み草を摘みに行かないといけないのよ」
フィカは再び三角帽子を被り、やや厚手の外套を羽織った。
「ロフ、ロネ、しっかりとエセルちゃんを守るのよ」
「はいです」
「お任せするのです」
二匹はびしりと挨拶をしたが、ロネの口からはトカゲの尻尾がちょろりと覗いていた。
「エセルちゃん、夜ふかしはほどほどにしてきちんと寝るのよ」
「わかった。フィカさんも気をつけてね」
「ええ。ちゃちゃっと行って終わらせてくるわ」
ヒラヒラと手を振ってフィカが夜の森へと出かけていく。
「じゃ、わたし、お部屋にいるね」
「あとで寝る前の蜂蜜湯をお持ちするです」
「ありがと」
エセルは部屋に引っ込むとクローゼットを開け、久々に一冊の本を引っ張り出した。
『琥珀の姫と茨の騎士』だ。日没が早いということは夜が長いということで、つまり就寝時間まではまだまだ時間がある。それまで読書をして過ごそうという魂胆だった。
「えっと……どこまで読んだっけ」
本をパラパラとめくり、該当箇所を見つけると続きを読んでいく。
この物語はエセルが今までに読んできたものとは違い、恋愛がテーマになっているようだった。
王族でありながら不遇な扱いを受けている姫と、人を傷つける茨の魔法を使う騎士が徐々に心を通わせ合うのだが、身分の差が二人を隔てているというそんな物語だ。
もどかしい恋模様にホワホワとした気持ちになりつつ、最後には二人が結ばれてハッピーエンドになるという終わりだった。すらすらと読みやすく、夢中になってしまったため最後まで読み切ってしまった。最近、前よりも読む速度が上がっている気がする。
「面白かったぁ」
本をパタンと閉じたエセルは、表紙を眺めた。
図書館にある本と違いただの黒いインクで印刷されただけの表紙だったが、見つめ合う姫と騎士の美しい絵が描かれている。
読み終わった後に見ると、また違う印象があるというか、読む前よりももっとこの二人に愛着を持っていることに気がついた。
正直まだエセルには恋とか愛とかはわからない。
エセルの身近には歳の近い異性はいないし、今は恋愛よりも図書館で本を読んだり本を直したり魔法の練習をしたり、あるいは森でローラスやユニコーンと一緒に散歩をして過ごす方が楽しい。
「でも、いつかはわたしも……」
エセルは想像する。
いつかは自分にも、自分だけを見てくれる人が現れて、そして恋に落ちる。
想像したらなんだか気恥ずかしくなり、エセルはベッドをころころ転がった。




