栞作り①
たたたた、と朝の森の中で足音がする。
すっかり元気になったエセルは、魔法図書館までの道を歩いていた。
ただし以前までのように、急いでいるわけではない。
時には立ち止まり、小人と一緒にどんぐりをさがしたり、綺麗に咲いている花の匂いを嗅いだり、珍しい形の石をまじまじと見つめたりと、目に映るものに興味を持ち、じっくり観察している。
そうした時間がとても素敵なものだということに気がついたから。
「どんぐり、リスさんのお土産にしようっと」
一つ二つどんぐりを拾ったエセルは、動きを止めてちょっと首を傾げた。
「マールもどんぐり食べるのかな?」
エセルに懐いているハリネズミのような魔法生物、エキナリウスのマールは食いしん坊だ。
本食い虫をたっぷりと食べたマールは名前の通り丸々太っている。手に乗せるとずしっとするほどだった。
「マールは魔力のあるものが好きだけど……でも、このどんぐりも美味しそうだよねぇ」
エセルが手にしているどんぐりはツヤがあり、パンパンに膨らんでいて、見るからに美味しそうだった。エセルが食べたいほどだ。
「持っていってみようっと」
バスケットにどんぐりを入れると、エセルは立ち上がって再び図書館までの道のりを歩いた。
「おはよう、ローラスさん」
「おはようございます、エセルさん」
ローラスは再び木の姿になっている。そんな月桂樹形態のローラスの幹を登ってきたのは、昨日のリスだ。
「リスさんもおはよう。はいこれ、お土産」
どんぐりを手渡すと、嬉しそうに受け取ってくれた。
「今日から図書館復帰ですか? 無理しないでくださいね」
「うん。魔法書さんたちに、なんて言われるかな」
毎日会っていた時はなんてこともないのに、ちょっと久しぶりに会うとドキドキするのはなぜなんだろう。
「そういえばエセルさんが倒れてすぐ、フィカが図書館に来まして」
「え、そうなの?」
「ええ。とても怒っていました。大激怒しながら図書館に突撃していきましたよ」
「えぇ……」
激怒するフィカというのは見たことないが、きっと恐ろしいのだろう。その光景を想像しただけで震え上がってしまう。
「何はともあれ、魔法書たちもエセルさんが来るのを待っているでしょう」
「うん。行ってくる」
バスケットを握りしめ、エセルは魔法図書館の中へと入った。
ドキドキしながら図書館の扉を押し開け、エントランスに足を踏み入れる。
すぐさまマールがやってきた。短い四つ足を動かしてポテポテと走って来るや否や、「チチィ」と鳴きながらエセルの靴にひしとしがみついてくる。エセルはしゃがんで、マールを掌に乗せた。
「久しぶり、マール」
「チチィ! チチィ!」
「わっ、くすぐったい」
頬擦りするたびにマールの背中に生えた毛があたってこそばゆい。再会をひとしきり喜び、バスケットからどんぐりを取り出す。
「はい。マール、どんぐり好き?」
「チチィ!!」
マールは大喜びでどんぐりを受け取ると、早速食べ始める。長い二本の前歯を突き立ててモリモリどんぐりを食べるマールを見て、エセルはほっとした。
「マールってなんでも食べるのかな」
「チチィ!」
ブンブンと首を縦に振っている。どうやらエキナリウスは雑食らしい。もしくは、マールが食いしん坊なだけかもしれない。
どんぐりをあっという間に食べ終えたマールを頭の上に乗せ、エントランスを抜けて書棚が並ぶ細長い塔の中へと入ると、想像通りウワッと魔法書たちが押し寄せてくる。
『エセルちゃん、体調は戻ったのか!』
『大丈夫か? 無理はしていないか?』
『ちょっと痩せたんじゃないかしら?』
『ちゃんと食べて寝てる?』
エセルの視界を覆い尽くす量の本たちが一斉に話しかけ、しきりにエセルの体調を気にしている。
「あの……大丈夫です。急に来なくなって、ごめんなさい」
『謝罪は不要だよ』
そう言って塔の天井付近から垂直下降してきたのは、宝石をちりばめた豪華な本――『変化の書』だ。著者のウィディがするすると姿を表すと、気遣わしそうにエセルを見た。
『君が倒れたとフィカ殿から聞いてね』
「フィカ、怒ってたんでしょ?」
『鬼もかくやというほどだった』
思い出したのか、魔法書たちが一斉にブルリと震える。
ウィディの隣に『魔法解呪術』の著者であるユリスが姿を見せて言葉を引き取った。
『全く、凄まじいったらありゃしなかったわよ。アンタたち寄ってたかってエセルちゃんに無理を言ったんでしょ! 全く、いくら久しぶりの利用者だからって、子供なんだから手加減しなさい! ……と』
『それで我々も反省したというわけだ』
ウィディは憂いを含んだ息をつく。
「あのー、わたしが勝手に張り切りすぎちゃっただけだから、魔法書のみんなは悪くないよ」
『いいや、責任は我らにある』
ウィディはキッパリと言い、ユリスも『そうよ』と同意した。
『初級魔法術』著者のノトケルも姿を表し、神妙な顔をしていた。
『すまない。君は本当にとても優秀な生徒だから、ついつい多くを求めすぎてしまった。これでは教師失格だ』
「ノトケルさん、そんなに落ち込まないで」
『いやっ。我々、大いに反省した。これからはもっとゆっくりと進めることにしよう』
「うん、わたしもそう思ってたところだから、考えが一緒で嬉しいな。それでね、今日はちょっとやりたいことがあるの。メアリーさんはいる?」
『こちらに』
一冊の本がしずしずと進み出てくる。すすすと姿を表したのは、ふわふわしたドレスローブを身に纏った『あらゆる書物の直し方』の著者、メアリーだ。
『本日は、印刷本の修復をいたしますの?』
「ううん。今日はまた別のものを作りたくて」
エセルはバスケットからイチョウの葉を取り出した。
「これを使って、栞を作りたいの」
以前に聞いた、本のページに挟んでおくための目印。
イチョウの葉を使って栞を作ろうと思ったのだ。
「押し花にしたら、長持ちするんでしょ? だからこのイチョウの葉っぱを押して、栞にしたいなあって」
このイチョウの葉は、昨日ローラスにもらったものだ。
ゆっくり焦らずにやればいいーーローラスの言葉はエセルの心に深く響いている。
いつまでも忘れないためにも、イチョウの葉を綺麗なまま残しておきたかった。
ユリスはにっこり微笑んで頷いてくれた。
『綺麗な葉ですわ。栞作り、わたくしたちと一緒にいたしましょう』
「うん!」
エセルも満面の笑みで頷いた。




