秋のお散歩④
ローラスは薄緑色の瞳を細め、どこか遠くを見る。
「エルフ語、懐かしいですねえ。統一言語ともルーン言語とも違う。ですがわれら樹木が使う言語によく似ていて、少し違う。エルフ語は独特で柔らかく、唄によく合います」
「ローラスさんは……エルフ族を知ってるんだよね」
メイホウの森にきたばかりの時に聞いたことがある。
以前ローラスはエルフと共に住んでいたことがあると。そしてその森はもう、なくなってしまっているのだと。
「エルフ族ってどんな人たちなの?」
「自然を愛し、平和を愛する種族です。エルフ族には王がいまして、王の下で暮らしているのです」
「おうさま?」
「人間族の王とは少し、異なりますが」
「ふぅん、そうなんだ」
「エセルさんはエルフの里に帰りたいですか?」
問われてエセルは少し考えた。
エルフの里、と言われてもなぜだか心にしっくりくるものがない。
自分の故郷のはずなのに、具体的に思い浮かぶものがないのだ。
「今は、ここでの暮らしをもっと楽しみたいかな」
「そうですか」
「ねえ、ローラスさん。他にも色々探したい」
「ちょうど山葡萄がたくさん実っている場所がありますよ」
「行こう、行こう!」
バスケットにどんぐりと月桂樹の実を入れたエセルは、次に山葡萄を採取するべくローラスとユニコーンとともにさらに歩く。
月湖を過ぎると、周辺が黄金色に輝く場所に出た。
「わぁ、この場所、初めて来た」
「ここはイチョウの木がたくさん住んでいる場所です」
ローラスは長身を折って地面に落ちている葉を一枚拾った。
「ほら、これがイチョウの葉です」
「真ん中がちょっと凹んでて、二つに分かれてるみたい……面白い形だね」
エセルは周囲をキョロキョロとした。そそり立つイチョウの木から葉がハラハラと舞い落ちて、地面に降り積もっている。
「イチョウの葉っぱがたくさん落ちてるから、こんなに金色に輝いて見えるんだね」
きれい、と口に出す。
空気までもが黄金に染まったようで、イチョウの木が植わっている場所だけまるで別世界のようだった。
ローラスから受け取ったイチョウの葉もお土産にバスケットに入れる。フィカの作る薬の材料にはならないかもしれないけど、綺麗だから持って帰りたい気持ちになったのだ。
イチョウの木々の間を抜けると、次に山葡萄がたくさん実った場所に出る。
ここは甘い香りが漂っていて、蜂がブンブンと飛び回っていた。
「山葡萄の実だぁ!」
エセルははしゃいだ。
「エセルさんは山葡萄がお好きですか?」
「うん! ロフとロネが作ってくれる、山葡萄のジャムが美味しいから大好き」
最近のお茶会では、スコーンのお供に山葡萄のジャムが添えられていたり、スポンジケーキの間にたっぷりと山葡萄のジャムが挟まっていたりする。甘酸っぱくって、木苺よりも濃い味で、エセルは山葡萄のジャムが好きで毎回とても楽しみにしていた。
「あとね、ジュースも美味しいんだよ。前に一回、フィカさんの葡萄酒を山葡萄ジュースと間違えて飲みそうになって、ロフとロネがすごく慌ててたんだけど……」
お風呂上がりに喉が渇いていたエセルは、テーブルの上に赤紫色の液体が入ったグラスを見つけ、山葡萄ジュースだと思って喜んで手に取った。
口をつける直前にキッチンで料理をしていたロフがタイミングよくやってきて、
「それはフィカさまの葡萄酒ですー!!!!」と叫んだのだ。
間一髪、エセルは葡萄酒を飲まずに済んだ。ロフの慌てふためきようを思い出し、エセルは笑みを浮かべた。
「山葡萄ジュースと葡萄酒、色が似てるよね。大人になったらフィカさんと一緒に葡萄酒を飲みたいなぁ」
フィカは一日の終わりに夕食と共にとても美味しそうに葡萄酒を飲んでいる。毎日みているので、どんな味なんだろう、そんなに美味しいのかなと気になって仕方がない。
「きっとフィカは喜びます。何せ、お茶会の相手が出来たと今でもとても喜んでいますから」
「えへへ……山葡萄はたくさん、お土産に持って帰ろうっと」
エセルは月桂樹の雌木にしたのと同じように山葡萄の木に語りかけ、浮遊魔法で体を浮かせて実を優しくもぐ。バスケットがいっぱいになるまで山葡萄の実を採った。
それから木の下に座り込むと、採取した山葡萄を一つ摘まんで口に含む。
加工していない山葡萄はいつも食べているジャムに比べてとても酸っぱかったけれど、たくさん散歩した体に潤いを与えてくれて、これはこれで美味しかった。




