百四十八話 《魔剣》炎鬼残緋
次の瞬間、俺の視界に映る光景その全てが丸ごとぜんぶ挿げ替えられた。
「……………」
その異様な変化に、俺は思わず言葉を失った。
どこまでも昏く澱んだ鈍色の空。
所々に射し込む斜陽は不安を煽るかのように黄昏に染まっていて、荒れ果てヒビ割れた大地を照らしている。
生物の気配はどこにもなく、先ほどまでそばに居たアッシュは勿論、ヨルハもオーネストもクラシアも、その存在の一切を感知出来ない。
あるのはただひたすらに果てしなく続く荒野と、どこか場違いな古びた鳥居。そして─────。
「────どんな命知らずが来たのかと思えば」
変声期を迎える前特有の少年の声が、俺の鼓膜を揺らした。
着流しの少年だった。
頭から小さな二つの角が生えている事。
それさえ除けば、どこにでも居そうな少年だった。
だからこそ、異様だった。
何も匂わない。
何も感じない。
そこに居るはずなのに、声すらも聞こえているはずなのに、どうしてもそこにいるとは思えない。
そんな奇妙な感覚に見舞われる。
ホログラムで照らされた虚像がそこにあるかのような感覚。しかし俺の疑問を他所に少年は呆れた様子で言葉を続けた。
「うぬ、曰く付きか」
「曰く付き……?」
言っている意味がわからなかった。
そもそもここは何処なのか。
彼は一体誰なのか。
頭の中を埋め尽くす疑問は何一つとして解決していない。
「ただの命知らずであれば、乗っ取ってやるのも一興と思って引き摺り込んでやったが、興が削がれた。疾く去ぬがいい」
だが、その物言いで何となく彼が何者であるのか。
それを察する事が出来た。
だからあえて、興味を失ったように俺に背を向けた着流しの少年に言い放つ。
「…………。断る」
直後、空気が凍ったと感じた俺の感覚は気の所為ではないのだろう。
「俺は、あんたの力を借りに来たんだ。なのに、何もなしに帰るわけにはいかないだろ────〝炎鬼残緋〟」
あくまで予想でしか無かったものの、告げた直後、肩越しに振り返る少年の様子からその予想が正しかったと理解する。
燃えるような灼眼が俺を睨め付ける。
友好的とは程遠い感情が湛えられていた。
「借りに、来た。借りに来た、か」
反芻。
視線を落とし、二度、三度と同じ言葉を少年────〝炎鬼残緋〟は繰り返す。そしてやがて、嘲るようにニヒルに笑った。
「冗談はよせ。正直になるがいい。力尽くで従わせに来た。の間違いだろう?」
〝炎鬼残緋〟が向き直る。
彼の────《魔剣》の力を借りに来た事実に嘘偽りはないのに、彼は自身の発言に確信を持っているようであった。
「不意を打つつもりだったならやめておけ。斯様な異臭を漂わせておきながら、不意を打たれるほど我は」
そこで、〝炎鬼残緋〟は言葉を止めた。
俺の様子が、事情を知らない人間のソレだと気付いたからだろう。
そういう演技とも取れただろうが────それにしてはあまりに自然体過ぎたのか。
はたまた、隙だらけだったのか。
顔を顰めて、まるで言っている意味が分からないと困惑する俺に毒気をほんの少し抜かれながら彼は言う。
「…………なんだ、うぬ。何も知らぬ癖に、その異臭を纏っておるのか」
ため息をひとつ。
露骨にそれと分かる憐憫の感情を乗せて、〝炎鬼残緋〟は何も理解していない俺に呆れる。
「あまりに呆れて言葉も出ぬわ」
「……さっきから何なんだ。曰く付きだとか、異臭だとか」
「言葉の通りよ。曲がりなりにも我を〝使い〟に来た人間がここまで無知とは思わなんだ。律儀に教えてやる義理はないが……せめてもの同情で教えてやる。我が指摘しているのはうぬのソレよ。今はどうにか歪に隠しているようだが、その汚濁────〝神力〟と言ったか。その、呪いについてだ」
〝炎鬼残緋〟の視線は俺の眼へ。
鋭い眼光は、単に俺と話をするから目を合わせているのではなく、意図的に俺の眼を注視しているからなのだろう。
「ソレは、酷く臭う。まだ、腐敗したゴミの方がずっとマシだと思える程に」
半眼で〝炎鬼残緋〟はそう告げた。
なぜ、こうして会話が出来るのか。
この空間は一体何なのか。
アッシュの言う《魔剣》には意思がある。
その一言を踏まえて尚、疑問は止まらない。
だが何より気になったのは、たった一つの純然たる事実。だから、背景などを考えずに何の躊躇いもなく思わず聞いてしまった。
「……〝神力〟を、知ってるのか」
「知っているのか、だと?」
どうしても分からなかった。
〝炎鬼残緋〟とは《魔剣》であり、元は魔物のコアだったものだ。
なのにそこまで事情を知悉している事に、どうしても説明がつかない。納得がいかない。
《魔剣》を騙る何者か。
そうでも言ってくれたらまだ納得出来たというのに。
そんな事を考える中、どろりと空気が重々しいものに変容してゆく。
次いで、〝炎鬼残緋〟は俺に歩み寄り、耐え難い異臭故に顔を歪めながら親の仇でも見るように睨め付け、そして当たり前のように俺の胸ぐらを掴み上げた。
「知っている。知っているに、決まっているだろうが。あの汚濁こそが、全てを奪い壊した元凶なのだから」
その小柄な体格のどこに、そんな力があるのか。
思わずそう指摘してしまいたくなるほどに力を感じる膂力であった。
頬を引き攣らせ、憎しみで顔が歪み始める〝炎鬼残緋〟の相貌は、赫怒の形相といって差し支えなく、程なく強烈に噛み締められた歯が軋む音と共にか限界まで見開かれた灼眼で憎悪を湛えながら言葉を吐き捨てる。
「それは、人を侵す。我ら魔物は勿論、神を名乗る連中でさえも、その例外ではない」
どんな経緯であれ、〝神力〟を手にした人間であるならば、全くの知らない事情ではあるまいと言わんばかりに〝炎鬼残緋〟は言葉を続ける。
「アレの前ではその多くが無力で、その多くが悲惨な末路を辿った」
魔法は効かない。
打撃も、斬撃も、禁術でさえも、その多くが〝神力〟の前ではほんの僅かの時間稼ぎの手段にしかなれなかった。
努力や才能でどうにかなる話ではなかった。
もっと致命的で、絶対的な超えられない差異があった。
「多くの同胞が死んだ。多くの同胞があの汚濁によって理性なき化物と化した。我も、その一人だった」
〝炎鬼残緋〟が俯く。
閾値を超えた憎悪によって、強く握り締めていたもう一方の手からは鮮血が滴っていた。
「うぬも知っているだろう。あの哀れな末路を。友を友とすら認識出来なくなるあの無惨な末路を」
────〝迷宮病〟。そして、〝魔人化〟。
「あれは、うぬら人間に限った話ではない。我らもまた、あれに侵されたうちの一人だ。本来、あの汚濁によって擦り切れる前は一部の魔物には確かな知性があった」
開示され語られる言葉を、俺は黙って聞き入る。
「だからこそ、気が遠くなるほど昔のあの日。我らの同胞があの〝神擬き〟に提案をしたのだ。汚濁に冒されたあの片割れを、奥底に封じてはどうかとな」
アダムと、イヴの話だった。
どうしてそこまで知っているのか。
そんな背景があったのか。
驚きを隠しきれなかったが、それでもその疑問はもはや、口にすべきではなかった。
「あの片割れがああなった理由も分かっていた上、そもそもアレだけの汚濁に冒された存在を、不用意に殺す訳にもいかなかった」
殺したが最後、溜め込んだ汚濁が無差別に振り撒かれる危険性があまりに高かったと彼は言う。
故に、アダムのイヴを殺したくないという想いを肯定する行動を取らざるを得なかったのだろう。
「尤も、そのせいで多くの亡者が積み上がった。友と呼べる者の殆どは果て、残るは〝ネザー〟に押し込まれた連中くらいだろう。……あぁ、うぬらは〝ネザー〟ではなく、〝裏ダンジョン〟などという呼び方をしていたのだったか」
「……裏、ダンジョン」
予期せぬ一言に、気を奪われる。
メイヤードで見失ったエルダスらを見つける為に、俺達がタソガレの誘いに乗った最たる理由は、その〝裏ダンジョン〟について知る為だった。
だから困惑した。
少なくとも、俺の知る知識は〝炎鬼残緋〟が語るソレとは別物のような気がしたから。
しかし、俺の呟きと内心の困惑など気に留める様子もなく〝炎鬼残緋〟は俯いていた顔を上げる。
「我にとって〝神力〟とは憎悪の対象だ。知らぬ訳がない。忘れられる訳がない。〝神力〟に侵されようが、それだけは忘れられぬ。その他の全てを忘れようともな」
〝炎鬼残緋〟と目が合う。
凍てつく太陽のような昏い輝きを帯びた瞳だった。
背筋が凍るようなソレは、多くの屍を踏みしめ、怨念を啜り、恨み辛みで生きてきた者の双眸だった。
「これで、少しは理解したか。我は、如何なる理由があろうと〝神力〟を持つ存在と手を取り合う気はない。どんな事情があれど、それは我にとって憎悪するものでしかないからだ」
悪を殺すために悪になる。悪を使う。
その有用性を理解しながらも、悪という存在そのものを蛇蝎の如く嫌っている者にとっては、許しがたいものでしかないと告げられる。
たとえそれで事態の好転が見込めるとしても、曲げる気は一切ないと言わんばかりの頑固さがそこにはあった。
俺の言葉程度ではその表情に小々波すらたたせる事は出来ないのだろう。
こうして会話が出来ているのも、余地がある訳ではなく、彼の言った同情からくるものだ。
つまりは、どうしようもなかった。
「そもそも、うぬに我の力など必要あるまい」
何を言うべきか。
何を言うのが最適か。
悩む俺を前に、〝炎鬼残緋〟は言う。
「その汚濁の力さえあれば、どうとでもなるだろう」
「どうとでもなってくれたら、良かったんだけどな」
反射的に俺は言葉を返した。
思い起こされるのはメイヤードでの一件。
幾度も己の無力さを思い知らされた数々。
〝神力〟が使える状態にあって尚、万能とは程遠い結果だけが残った。
結局、単身ではテオドールに遠く及ばず、多くの手助けの下、最後は彼の情けでどうにかなったようなものだ。
己の力に酔い痴れ、驕るにしては今はあまりに足りないものが多過ぎる。
何より。
「現実は、〝大陸十強〟には遠く及ばないし、〝神力〟を借り受けたあの時ですら、俺は殆ど足手纏いだった。〝魔眼〟だなんて反則めいたものも使って、多くを使い潰して漸く、テオドールの情けで勝ちを譲られたようなもんだった」
かつて譲り受けた〝古代遺物〟も失い、あるのは培った知識と魔法。
そして剣の技量ただそれだけ。
たったそれだけでは、何も守れやしないと痛感している。だから、こんなにも言葉が止まらない。
「それに、今の俺は〝神力〟を始めとした多くを恐らくまともにに使えない」
〝魔眼〟も然り、今の俺は、多少経験があるだけの足手纏いに過ぎなかった。
恐らくと言ったのは、ありとあらゆる手段をまだ試していないからだ。
「なのに、今の俺には守りたいものが多過ぎる」
守るには、どうしたって力がいる。
力がなければ訪れる理不尽に抗えないし、それを拒む事は出来なくなる。
「だからこそ俺は、力が欲しかった。力が欲しい。それがどんな力であれ、守りたいものを守れるのなら」
「…………ふん」
〝炎鬼残緋〟の力があくまで、魔物の力と認識をしているからこその発言。
積み上げてきた魔法や、剣技とはまるで違う、まともな力と認識していないと言わんばかりの俺の言葉に、彼は鼻を鳴らした。
「心にも無い美辞麗句を宣う奴よりはマシだが、答えは変わらん。話は終わりだ。今度こそ、疾く去ね」
乱暴に掴み上げていた胸ぐらを離し、〝炎鬼残緋〟は踵を返して背を向けた。
「────どうすれば!! ……あんたは、俺に力を貸してくれる」
声を張り上げる。
なりふり構っていられる余裕はなかった。
それは、懇願だった。
「…………。仮に、我が血迷ってうぬと手を取り合ったとして、何も変わらない可能性だってあるのだぞ。その為に膨大な対価を払って尚、何も」
「そんなものは分かってる。ただ、どうせ変わらないとしても、やれる事を全てやらずに駄目だった時、俺は後悔してもし切れない」
俺がそう言うと、〝炎鬼残緋〟の身体は硬直し、足が止まった。
「……後悔しても、しきれない。か」
発言を聞くに堪えない戯言と馬鹿にする様子ではなかった。
どちらかと言えば懐かしさを感じているかのような。
俺のその予想が正しかったと言わんばかりに独白のような言葉が続く。
「〝ネザー〟を作り上げたうちの一人も、そんな事を言っていたな」
「〝ネザー〟っていうと、裏ダンジョン、か」
「うぬらは好き勝手そう呼んでいるようだが、あれは、ダンジョンなどではない。同胞の多くがまだ、理性を擦り切らしていない頃にあの〝神擬き〟と作り上げた仕組みであって、ダンジョンとは異なっている」
ダンジョンコアを必要とするその前提のせいで、色々と混合してはいるが。と付け加えられる。
「あれは、〝神力〟に対抗出来る人間かどうかを選別する最終判断の場であり、その資格────〝ネザー〟に押し込められる以前に親交のあった同胞が守るダンジョンのコアを一定数集め、条件を満たした者に対して強制的に開かれる道だ」
だから、魔物を倒し、ダンジョンコアを破壊する。
それらの行為で踏破を試みるダンジョンとはそもそもが異なっていると告げられる。
あのアダムが知性ある魔物と協力関係にあった事も驚きだが、そもそも作り上げた。という事実に対しても思わず己の耳を疑った。
「だが、どれだけ足掻こうと何も変わらん。あの〝神擬き〟でさえそうだったのだ。うぬの言う〝大陸十強〟とやらでさえそうだったのだ。多くの同胞が、その事実を変える事は出来なかった。ならば、そうなのだ。我がそう思うのだから、そうなのだ」
〝ネザー〟に期待を抱くことは勿論、《魔剣》如きの力を得たところで特別変わる事は何もないと。
諦め切った老人が掛けてくる言葉のようだった。
「守りたいものが多過ぎる。そう言ったな? ならば、先達としての忠告だ。大人しく冒険者を辞め、守りたい者を連れて逃げるようにダンジョンとは無縁の生活を送れ。さすればせめてもの幸福を得て死ぬ事が出来るだろう」
ひどく歪んだ表情で彼は言う。
しかしそれは嘲弄ではなかった。どちらかと言うと後悔のような。表情の端々に滲むソレは、自嘲に似た何かであった。
それもあってか、〝炎鬼残緋〟が心の底から嘘偽りなく俺を気遣ったが故にそう告げているのだと不思議と理解することが出来た。
それもあってか、俺の口は、きっと言わなくても良かった筈の言葉を当然のように吐露してしまう。
「〝炎鬼残緋〟は、後悔してるのか?」
「…………後、悔、だと?」
迷子になった子供のように、どこか不安を湛えた表情で彼は言葉を繰り返す。
「君自身が────そうすれば良かったって」
図星だったのか。
〝炎鬼残緋〟の口が三日月に裂ける。
精一杯の虚勢にも取れるその不気味な笑顔は、怒りの発露でもあった。
うぬ如きが、何を知っていると言うんだ。
そう言わんばかりの剣幕で、全身から漏れ出す殺意の奔流がこれでもかと俺を突き刺してくる。
多くが死んだと言っていた。
そこには俺如きが想像すら出来ない酷な過程があったのだろう。そうするしかない事情と、選択があったのだろう。けれど俺は、その者らが辿ってきた────超えてきた何かを、無駄と言いたくはなかった。間違いだと言いたくなかった。
何故ならばその行動は、きっと俺の考えとよく似ているから。
「俺は、その行動が間違いだとは思わない」
殺意と共に刃を向けられる事になろうと、それを覚悟した上で俺は言う。
そこに打算など微塵もなく、ただ、嘘偽りない心遣いでもって忠告をしてくれた〝炎鬼残緋〟に対する返礼のつもりだった。
「……どうせ駄目かもしれないと心の何処かで思っていたとしても、それでも、君の仲間だって今よりもマシだと思える、そんな未来の為に足掻かずにはいられなかったんだと俺は思う」
嗚呼、良かったと、より良い未来を得て自己満足に浸れる日が来るやもしれない。
そのための命懸けの努力を、間違いだったと切り捨てる事を俺はどこまでも拒む。
「だって、そうだろ?」
直後、虚空から現れた炎剣が俺の首に添えられた。
薄皮一枚を斬り裂いて、これ以上口を開けば殺すと言わんばかりの形相で〝炎鬼残緋〟は力強く得物の柄を握り締めていた。
「誰にも、死んで欲しくない。それは、誰もに共通して言える真っ当な願いなんだから」
「…………だというのに、うぬは死地に飛び込もうとしていると」
力を求めるという事はとどのつまりそういう事だ。
「うぬがそう願うのと同様に、うぬがそう願われる立場でもある筈だ。あまりにそれは、矛盾だろう」
誰もに死んで欲しくないと願いながら、自分の命は当たり前のように使い潰す。
それを矛盾と言わずなんと言うか。
「…………そう言われると、返す言葉もないな」
間違っているのは俺で、正しいのは〝炎鬼残緋〟だ。でも、だからといって己の考えを直す気などこれっぽっちもなかった。
黙って己の手からこぼれ落ちるのをただ見守るだなんて真似を、俺が出来る訳がないと分かっていたから。
「ばかだ。ばかで、愚かで、阿呆で、どうしようもなく救いようがない。まるで、あいつのようだ」
底冷えした声音が、滔々と言葉を投げつけてくる。
虚飾などそこになく、本当に心の底からそう思っているのだとわかる様子だった。
「────ただ」
「ただ?」
「そういう阿呆は、嫌いではない。そんな大団円の夢を当然のように語り、そのために当たり前のように自分を使い潰せるような奴は、嫌いではない。尤も、好きでもないがな」
その言葉を最後に、〝炎鬼残緋〟は手にしていた得物を俺の首筋から離す。
そしてそのまま指の動きだけで剣を操作。
指の腹で剣身を掴み、柄を差し出すように俺に剣を向けてきた。
「力を貸せと言っていたな。…………条件がある」
「条、件」
「そうだ、条件だ。《魔剣》の力は、ダンジョンと。あの汚濁を殺す為だけに使え」
どんな無理難題を言われるのか。
気構えた手前、そんな拍子抜けのする条件で思わず呆気に取られてしまう。
俺にとってそれは当然で、それ以上の使用用途などハナから頭にすらなかったから。
「もしそれを破れば、いついかなる時であれ、我はうぬを殺しに向かう。それだけは覚えていろ。そら、早く受け取れ」
うぬには断るという選択肢はそもそもないのだろう。と言わんばかりに急かし、俺が差し出されていた剣を受け取るや否や、気怠そうにため息をひとつ。
「用は済んだだろう。ならば、疾く去ね。誰かがいると煩くてかなわん」
そう言われて俺は苦笑いを浮かべながら周囲を見渡す。果てしなく広がる荒れ果てた荒野。
出て行けと言われても出口がある訳でもなく困惑してしまう。
「出て行けって言われても、出方が分からないんだけど……」
「一から十まで世話をされねばならんのか、うぬは」
魔法師ならばそれくらい感覚でどうにかしろ。
続けられた言葉は理不尽の極みでしかなかったが、どうやら今回だけ〝炎鬼残緋〟がどうにかしてくれるようで程なく不思議な感覚に見舞われる。
「世話を焼いてやるのはここまでだ。《魔剣》の使い方については自分で理解をするか、そばにいる《魔剣》使いに聞け」
「《魔剣》使いに聞けっ、て、ちょっ、と待て! それじゃ、」
【匣】での一連のやり取りを〝炎鬼残緋〟は全て見て、知っていたのだろう。
ならば、俺に碌に〝神力〟の知識がない事くらい分かっていただろうに。
「概ね知っていたが、何故我がうぬに気を使わねばならない? そうする義理でもあるなら別だが」
「それは確かに、そうなんだが……っ」
「そら。構えておけ。程なく現実に戻る。目の前にはあの〝刈り取る者〟だ。力が半減されているとはいえ、簡単に勝てる相手ではあるまい。故、油断するな。条件は口にしたが、まだ力を貸してやる対価すら教えてないのだから」
対価を貰う前に死なれると此方も困るのだ。
そう言葉が締め括られ、俺の意識がほんの一瞬掻き消え、そして現実に引き戻された。
「────《魔剣》の声は、聞こえましたか?」
真っ先に視界に映り込んだのは、俺を庇うように〝刈り取る者〟の大鎌を剣で受け止めるアッシュの姿。
時間にしてどれ程経っていたのか。
状況に大きな変化が見当たらない上、殆ど完全な空状態だった魔力がほんの少し戻っている。
乱雑にそばで転がるポーションの入れ物から察するに、誰かしらが俺の口に突っ込んだのだろう。
口の端にその名残を感じられた。
そこから、長くても数分程度だったのだろう。
そうあたりをつけて、言葉を返す。
「お陰さまで」
「なら、《魔剣》の使い方や特性は、」
「ただ、ばかだ、阿呆だ、愚かだなんだと散々こき下ろされた挙句、何一つとして《魔剣》については教えてくれなかったけども」
「…………ま、まあ、癖のある《魔剣》は多いですから」
覚えがあったのか。
一瞬、アッシュの視線が彼の得物に向いたそれを俺は見逃さなかった。
「でも、何となくは分かった気がする。言葉を交わしたからなのか、はたまた、あの子なりの気遣いなのかは分からないけど」
五感の猜疑に苦しめられながら、どうにか時間を稼ぐヨルハ達を見やりながら俺は手にする得物に視線を落とす。
〝炎鬼残緋〟。
百数十年前に討伐をされた、とあるダンジョンの最下層フロアボス。〝燃ゆる骸炎鬼〟のコアをもとに作られた《魔剣》。
その特性は────燃やす事。
対象は勿論、形のない魔力であっても、魔法であっても、やろうと思えば記憶のようなものでさえも燃やし尽くすソレはまごう事なき、悪夢のようなフロアボスであった。
そんな記憶が、俺の意思とは無関係に流れ込んでくる。記憶だけの共有。
《魔剣》の使い方は、教えてくれないらしい。
だけど、大方は理解した。
俺が考える通りならば、この《魔剣》は恐らく、〝刈り取る者〟に対してあまりにも相性の良い得物だった。
その炎はきっと────【猜疑】でさえも焼き尽くす。
「吹き散らせ──── 〝炎鬼残緋〟」









