百四十七話 〝灰狼〟のアッシュ
そしてそのまま風の魔法で拘束した状態で更に魔法を紡ぐ。
口にするのは、ローザ・アルハティアの代名詞。
〝天旋〟と呼ばれるようになったきっかけの魔法。
リヴェットがギルドの創設者故に、ギルドの関係者がどこかしらのタイミングで首を突っ込んでくる可能性を加味していたのだろう。
だからこそ、ルナディアは突として現れたローザの正体を意図も容易く看破した。
しかし、看破したからといって容易に止められるほど時に〝虐殺魔法〟とまで非難された彼女の十八番は甘くない。
「圧し潰せ────── 〝 暴颶八紘〟──────!!」
「ッッッ」
動揺が走る。
真っ先に目を剥いて驚いたのは、レヴィエルだ。
当時の〝天旋〟を知るからこそ、驚かずにはいられない。少なくともあれは、味方が目に見える場所にいる段階で使うべきものではないとまで謳われた魔法だった。
程なく音を立てて生まれ、渦巻く風は、まるで意思を持ったかのようにうねり、暴を撒き散らす。
心なしその規模は小さいものの、それでもまるで紙でも切るかのようにソレは壁を、岩を砕き巻き込んで四方八紘を覆うように退路を塞いでゆく。
思わずレヴィエルは叫び散らした。
「────あのちびっ子、正気かよ!?」
魔法学院時代に彼女が受け持った教え子に対してはてんで甘い。その認識があったからこそ、アレク達の窮地にレヴィエルはローザを呼んだ。
だが、それにしても彼らの前だからといって少し張り切りすぎじゃないだろうか。
そんな思いの丈を吐露すると共に、至って冷静なヒツギヤから言葉が飛んでくる。
「あの様子を見る限り、ダンジョンの特性に当てられた……訳では無さそうっすねえ。めちゃくちゃ理性ありそうっすもんね」
「んなもん、見りゃ分かるわ!?」
アレクら側には細心の注意を払って出来る限りの制御でもって影響がいかないようにしている癖、リヴェットやレヴィエル達には何の配慮もなく、痛い思いをしたくなければ勝手に避けろと言わんばかりの適当さである事は繰り出された魔法の暴れ具合から一目瞭然な事実であった。
「とはいえ、あんだけローザ・アルハティアがやる気なら、おれらの出番は無さそうっすねえ?」
相手がルナディアとはいえ、化け物具合だけで言えばそう大差はない。
手負いながらリヴェットもいる。
心配する要素はアレクらの事くらいだが、それもローザが上手くやるだろう。
「となると、おれらはあの二人が話していたように────」
故に、被害を受けないうちにローザとノベレットが話していた通りここから更に分かれて動くべき。
そう考えて動こうとしたヒツギヤの側で、レヴィエルは直立不動で渋面をつくった。
明確な拒絶の意思表示だった。
「……レヴィエル?」
「悪いが、オレはローザと違ってあんたの事をあんまり信用してねえんだわ、ノベレット・アンデイズ」
ローザはノベレットと面識があり、その上で最低限の信を置いているようであったが、レヴィエルはノベレットを全く知らない。
かつて何をしていたのかはもちろん、性格も、戦い方も、何も知らない。
分かるのはただ、かつて高名な冒険者であったという事だけ。
「まだ、隠してる事もありそうな状態で、二つ返事ではいそうですか。が出来ねえのは分かるよな」
「…………。ああ、そうだね。確かに、そうだ。それが正しい。跡形もなく仲間の名前ごと自分の名前を消した人間を信用出来ないのは至極真っ当な判断だ」
ノベレットが、己の口で意図的に名前を消したと白状する。どんな経緯があったとしても、経歴を消す人間が怪しいと疑うのは当然であった。
「ワタシを信用しろとは言わない。けれど、リヴェットを助けたいと願う気持ちと、ギルドの理念に対する想いは、何一つとして変わっていないし、偽りはない。それだけは、誓って言えるよ。レヴィエル」
「理念、だと」
「理念だとも。ワタシ達は、リヴェットが掲げた理念に賛同したから冒険者になった。だからこそ、こうするしかなかった。苦楽を共にした戦友の名を貶めさせる訳にはいかなかったから。生き残った者として、彼らの名声を魔人に成り果てた化け物として残す訳にはいかなかった」
瘴気に当てられて迷宮病を罹患し、魔人に成り果てた時、名前が残っていてはそこに結びつく可能性があった。だから、攻略が失敗したあの後、責任逃れのためではなく、生き延びた人間としての責任を果たすために消したのだと告げた。
向ける瞳は迷宮病の影響で混濁としていて、感情は碌に読み取れない。
それでもその瞳はどこまでも真っ直ぐで、不思議とどこか縋るような瞳に思えるものだった。
「それが、あの時あの場所で生かされた人間としての────最後に彼と。アッシュと約束を交わした人間としての責務だと思ったから」
「……………準備しろ、ヒツギヤ」
「いいんすか」
「いいもなにも、こんな目を向けてくるやつに、信用出来ねえからって頭ごなしに全否定する訳にもいかねえだろ。だが、全部は無理だ。向かうのはオレとあんたの二人だ、ノベレット。あの得体の知れねえフルフェイスの正体もわからねえ以上、ヒツギヤくらいは残ってくれねえと、」
そこで、レヴィエルの言葉が途切れる。
遠目からでもあのフルフェイスの男がアレクらと知った仲である事は見てとれた。
だが、少なくともギルドの人間ではない上に顔すら隠している人間を信用出来る訳もなく保険としてヒツギヤを置いて行こうとするレヴィエルの判断に何一つとして瑕疵はなかった。
そしてそれ故に、注視していた。
だからこそ、彼の唐突な変化を前に言葉が出なくなった。虚をつかれ、再度吹き飛ばされて瓦礫に埋もれること十数秒。力尽きたのかと勘繰る中、聞こえてきたその声は轟音の中にあっても不思議といやに耳に残った。そして、まるで意思でも持ったかのように手にする剣が煌々と輝き始める。
「──────そう、だった。僕は、ずっと前に、ここに来たことがある」
誰に告げる訳でもなく、まるで自分自身に言い聞かせるようにフルフェイスの男、アッシュは呟く。
アレクが魔法を必死に展開し、陽動と足止めを担う中で己が近接攻撃を受け止める。
後方支援役を必死に逃しながら、どうにか戦線を維持する。今とは目的も、面子も違うものの、全く同じやり取りをかつて一度やった覚えがアッシュにはあった。
その既視感が身体に刻まれていた記憶を想起させる。
人間らしい身体でなくなった時に失われて久しかった痛覚に襲われながらも頭をかかえ、ゆっくりと確かにかつての軌跡をアッシュは辿ってゆく。
名前しか思い出せなかった自分の正体。
戦い方。かつて何があったのか。虫食いの記憶。
その一部が思い起こされる。
「そして僕は。僕は、冒険者で、そう。剣士だった」
掠れた記憶を繋ぎ合わせて行く。
誇れるような実力を持った剣士ではなかった。
冒険者ではなかった。
本来人間誰しもが持つべき魔力を一切持たない特異体質。先天的に魔力と、それを扱う才が欠落した欠陥品。
それでも、〝憧れ〟に追いすがりたくて。
追いつきたくて、その想いは才がなくても諦められる筈もなくて────足掻きに足掻いた果てに、至った剣士。魔剣使い。
魔法師にしか基本的に扱えないとされる魔剣と、その特異体質故に奇跡的に相性が良かった唯一の例外。
そしてその特異体質であるが故に、肉体と記憶は兎も角、本来魔力を受容れるべき場所に瘴気が収まった事で魔人化に成り果てながらも理性を失わずに済んだイレギュラー。
「僕は、倒さなきゃいけない。守らなきゃいけない。そう、約束をしたから。良かった。手遅れになる前に、ほんの少しでも思い出すことが出来て」
百年前の【アルカナダンジョン】の攻略に参加し、最後の最期まで前線に立ち続けた魔剣使い。
「自分が、何者だったのかを欠片程度でも思い出せて」
廃れて久しいその人物の二つ名を、
「────生きて、たのか。〝灰狼〟のアッシュ」
アッシュが手にしていた剣から爆発的な魔力と思しき何かの放出が起こると同時にノベレットが呟いた。
「〝灰狼〟のアッシュ?」
聞き覚えのない言葉に、レヴィエルが眉を顰める。
「…………君達に分かりやすいように言うなら、〝剣聖〟と呼ばれているメレア・ディアルの前任者だよ」
「前任者?」
「たった一人でありながらSランクパーティーと同格して認められた魔剣使いにして、ワタシが敵わないと思わされた数少ない冒険者のうちの一人だよ。尤も、彼のギルドでの立場は非公式だったけどね」
あのメレア・ディアルの前任者。
彼の規格外さを知る人間として、同格扱いをする事に多少なりの抵抗があった。
正体不明のフルフェイスの男。
それが、レヴィエルにとってのアッシュの印象であり、剣の技量もどこか辿々しい。
その認識であったが故にノベレットの言葉を即座に振り払おうとして─────。
「伏せるんだ、二人とも」
ぞくり、と突き刺すような悪寒。
本能が鳴らす警笛に従うように、ノベレットの忠告に頭よりも先にレヴィエルとヒツギヤの身体が反応。
そして遅れて声と共に空間ごと切り裂く音が響き渡る。
「──────〝断空裂〟──────!!」
「ッッッ!!!」
ほんの一瞬でも判断が遅れていたら身体が泣き別れていたかもしれない。
そう思ってしまう程の、ギリギリ先程まで頭部があった場所の真上を真一文字に通り過ぎる斬撃を前に、レヴィエルは目を剥いて息をのむ。
そしてその威力はおして知るべし。
メレア・ディアルの前任者。
その言葉に何一つとして嘘偽りはないと言わんばかりの威力を前にしてレヴィエルは考えを改めざるを得なかった。
「…………実力に、問題がねえ事は分かった。あの剣士が信用出来ると判断出来次第、オレらに合流しろ、ヒツギヤ。影でマークしときゃ、お前ならすぐに合流出来るだろ」
「そんな簡単に信用しちゃっていいんすか」
「してねえからお前を置いてくんだよ。それに、オレらを味方認識してなきゃ、あの軌道にはならねえ。なら、最低限は信用してやるさ」
「やれやれ。こんな馬車馬のようにこき使うんすから、臨時報酬は期待しときますからねえ?」
「腐っても神父が金、金言ってんじゃねえ」
「神父だからこそっすよ。献金だけじゃ、色々と賄いきれないんすよ。たとえば、このサングラスとか」
くいっ、と掛けていたサングラスを上下に動かした後、文句を言うレヴィエルを無視して影を展開。
「取り敢えず、深部らしき場所に送っとくんで、その後は各々でどうにかして下さいな」
一体いくらの臨時報酬を請求してやろうか。
そんな金勘定をしながら、アルカイックスマイルと共に手を振りながらヒツギヤは見送った。
* * * * *
「…………おいおいオイ。ただのお調子骸骨じゃなかったのかよ」
引き攣った笑みをオーネストが浮かべる。
先の一撃である〝断空裂〟。
あれは、俺達の技量のその先をゆくものであった。
【アルカナダンジョン】もまた、ダンジョンと同じで基本的には不壊である。
それこそ、ダンジョンの力を内包し、そうして壊そうとしない限り多少の傷しかつけようがない。
にもかかわらず、先のアッシュの攻撃は、ダンジョンの壁を大きく抉っていた。
その威力たるや、〝古代遺物〟の出力ですら届かないと思わず認識してしまうほど。しかし、アッシュが握る剣が〝古代遺物〟ではないという答え合わせがすぐそこにあった。
「柄、が」
亀裂が入った柄が目に入る。
一部の例外で不壊である〝古代遺物〟が壊される事はあるものの、出力に耐えられず得物が傷付く事はあり得ない事であった。
「これは、あくまでも《魔剣》ですから」
アッシュが答える。
「〝古代遺物〟足らんと造り出された武器だからこそ、相応の欠点も抱えています。その最たるものが、これです」
その対価として、欠点を補って余りある性能を発揮出来る訳なんですが。
そう締めくくり、先の攻撃を避けきれず、体の一部を真っ二つに切り裂かれながらも再生を始めるボスを注視しながらアッシュが歩み寄ってくる。
「アッシュ、お前……」
「その質問は後にしましょう、アレク。これ以上、あいつに瘴気を取り込ませちゃいけない」
「……やっぱり、そういう事なんだね」
言葉に反応したのはヨルハだ。
補助魔法師という立場上、周囲の観察には誰よりも神経を使っていた。だからすぐに気付いた。
振るわれる大鎌の速度。
瘴気の濃度。反応速度に、一撃の重さ。
此方を侮って手を抜いていたようには思えないのに、その出力は明らかに刻々と上昇していた。
力を取り戻しているとでも表現すべきか。
分からなかったのはその原因。
ダンジョンに蔓延する毒を取り込んでそれを力に変換しているとしたら、納得がいく。
「…………。俺達はどうしたらいい」
取り込ませるな。
そう言われても、何をどうしたらいいのか。
皆目見当もつかない。
分かっていたらそもそも、こうして手詰まりに陥っていない。
どれだけ大仰な魔法だろうと、然程の痛痒すら与えられた様子はなく、足止めが精一杯。
【猜疑】の特性故に踏み込み過ぎる事もできず、遠距離から牽制するのが関の山だった。
時間を稼げば稼ぐほど、相手が更に厄介な存在に成り果てる。しかしローザ達はローザ達で後先考えず命を燃やすルナディアに苦戦をしているようであった。
ルナディアを殺したくないリヴェットと、リヴェットを殺したいルナディア。
そんなリヴェットを守った上でルナディアを戦闘不能にさせたいローザ。
この思惑が交わっているせいで、思うように動けておらず、故にローザからの助力は望めない。
「簡単な、話です。余裕を奪ってしまえばいい」
「攻撃も碌に通らねえのにどうやって余裕を奪うっていうんだ」
「さっきのアレを、見ていたでしょう? 僕は、〝大陸十強〟でもなければ、百年前から魔力を扱う能力もなかったせいでこの身体になって尚、瘴気ですら操る事が出来ません」
あるのはただ、《魔剣》の扱いに長けていたという事実だけ。
そう続けてくれた事で、違和感に気づく。
「なのに、〝刈り取る者〟は僕の攻撃を反射的に避けた。一体、どうしてなんでしょうね?」
「……避けなくちゃいけなかった?」
アッシュは小さく首肯した。
【ダンジョンコア】と同化し、魔法による攻撃を受け付けないならそもそも避ける必要はない。
なのに身体が動いた理由は、恐らくそうする必要があったから。
「あくまで今のアレは、まるで魔法と単なる打撃が効かないと見せかけているだけです」
攻略組が壊滅状態に陥ったあの時は兎も角、今のボスにあの時の強さはない。故に弱点もまた露骨に残っているのだとアッシュは指摘する。
「その身体全てが呪いの汚濁に侵された〝大陸十強〟と異なり、アレは所詮紛い物。【アルカナダンジョン】のダンジョンコアを取り込んだとはいえ、それは完全なものじゃありません」
リヴェットによる尽力もあり、力自体も数段落ちている。ならば、やれない事はないとアッシュは言い切る。
「つまり、今のアレは殺せる相手です」
「ハ。全くのジリ貧じゃねえ。それが知れただけでも十分だ。あの時、魔物をオレさま達に押し付けたアレは、これでチャラにしてやるよ」
重心を落とし、オーネストが構える。
「そうと決まりゃ、畳み掛けるしかねえよなア!?」
獰猛に笑いながら唱える。
「〝竜戰────」
狙い過たず穿つは紫槍。
脳裏で唱えるは、〝槍鬼〟と謳われた規格外が編み出した竜殺しの秘技。紫霞神功 。その秘奥。
ぐぐぐ、と腕を引き絞ると同時、漏れ出る紫煙が槍に絡みついて行き、そして
「────投槍・竜閃華〟────!!!」
神速の、投擲。
まるでそれは、竜の咆哮を思わせるような颶風を伴って一条に眼前の光景をさも当たり前のように切り裂いてゆく。
そして頭部に迫る渾身の一撃を、〝刈り取る者〟は当たり前のように避けてみせた。
槍士が当たり前のように槍を手放すとは思ってもみなかったのだろう。
それ故に答え合わせが行われた。
「……はァん? 確かに、勘で投げてみたが、どうやら攻撃されたくねえ場所があるらしいな」
笑みを浮かべながら、アッシュの言葉が正しかったと確信する。そうであるならば、自分にもやりようがある。そう捉えて撃ち放った槍を手元に戻そうとした時、コマ送りをしたかのようにオーネストの目の前に敵が肉薄を遂げる。
「──────」
その間僅かコンマ数秒。
既に大鎌を振りかぶっており、得物に紫煙を絡み付けていたものの手繰り寄せて手元に戻すには圧倒的に時間が足らない。それを悟って、二人の間に俺が割り込んだ。
「ヨルハ!!! オーネストを頼むッ!!」
「ああっ、もう!! 後先考えないんだから……ッ」
ボク、補助魔法師だからそういうのは領分じゃないのに────!!
そんな文句と共に、魔法を行使。
「────〝拘束する毒鎖〟────!!!」
這い出る毒色の鎖が、〝刈り取る者〟をほんの一瞬だけ絡め取る。
だが、一瞬あれば十分だった。
「ぃ゛ッ!?」
大きく振りかぶった大鎌と、差し込んだ俺の剣が衝突。交錯。思わず得物を手放してしまいそうになる程の重量感に、顔が歪む。
凄絶な衝撃音と共に生まれる火花がその威力を物語っていた。それでも丹田に力を込め、拮抗したのは僅か一秒程度。
堪らずどうにか受け流そうと、正面から受け止めていた攻撃から逃れんと身を翻そうとしたところで声が割り込んだ。
「君のそれも、《魔剣》なんですね」
ぼそりと呟くように聞こえたそれは、聞き間違いを疑うもので、程なく言葉が続いた。
「起きて下さい────《魔剣》クリシュナ」
「『キ、ヒ…………っ』」
その一言を契機に、空気が軋むような音がアッシュの得物から聞こえた。同時、まるで逃げるように〝刈り取る者〟は距離を取る。
それはまるで、身体に刻み込まれたトラウマに思わず出会した人間のような反応だった。
そしてその間に、オーネストが己の得物を引き寄せ再び掴み取った。
「《魔剣》とは〝古代遺物〟を模したもので、目指したものではありますが、厳密には異なっています」
距離が生まれた事をいいことに、アッシュが柄を握る力を強め、剣を構えながら滔々と語る。
「これは本来、アルフェリアと呼ばれる鍛治の一族が、オリジナルを超える為に作った人造の奇蹟」
テオドールが手にしていた腐食の灰剣〝愚者の灰剣〟のように、〝古代遺物〟を組み合わせたものではなく、一から生み出された正真正銘人の作品。
「それ故に、《魔剣》と〝古代遺物〟は根本から異なっています。《魔剣》にはそもそも、意思がある」
時間稼ぎをするべく、クラシアも魔法を展開。
視界を埋め尽くすほどの魔法矢────〝降り注ぐ光矢〟にヨルハの補助が乗る。
鼓膜を揺らす轟音。
しかしその程度では目眩しにしかならない。
「意、思?」
「元となったコアの持ち主────つまりは、魔物の意思が、《魔剣》には込められています。その意思が汲み取れない者に、本来の力は扱えない」
だからこそ、《魔剣》は広く知れ渡る事もなければ、〝古代遺物〟の劣化品でしかないと伝わったとアッシュは言う。
そもそも、死に絶え、コアとなった魔物の残骸に意思が宿っていると思える方がおかしいのだ。
「それ故に、意思を聴かない担い手には魔物の意思が抗命を続けます。その形はそれぞれで、組み込まれた魔物の特性によって、担い手ごと焼き尽くすようなじゃじゃ馬な《魔剣》も少なくありません。魔法師にしか扱えないとされているのはそういう事情からです」
世迷言のような話であった。
「世迷言のようでしょう? ですが、本当です。なにせ他でもない僕が、百年前に最後のアルフェリアから聞いた話で、僕自身もまた、《魔剣》に宿った魔物の意思を聴ける存在でしたから」
────尤も、僕は魔力もなければ碌に才能がなく、自我の強い魔剣が体のいい操り人形として乗っ取ろうとしたせいで偶然聴けてしまっただけなんですが。
ギリギリ聞こえる程度の声量で告げられるそれは、自虐の言葉だった。
「《魔剣》の扱い方は、単純にして明快です。《魔剣》を、拒絶しない事。どこまでも受け入れた上で、支配されない事。それが《魔剣》を扱う為の条件です」
言うや否や、アッシュの様子が変化する。
得体の知れないその雰囲気に、俺は覚えがあった。
到底人が放っていいものではないその様子は、深層に位置するフロアボスと出会う時に感じるソレに似ていた。
「〝古代遺物〟を目指したものの到達点としては、《魔剣》は劣化品であり、失敗作と言わざるを得ません。ただ、〝古代遺物〟になれなかった模造品が、単なる劣化に過ぎないとは限らない」
迫真に迫るその一言は、どこまでも感情が込められていた。まるで、いつかアッシュに向けられたであろう言葉を、そのままなぞっているかのように。
「アレクが望むなら、僕はソレの使い方を教える事が出来ます。ですが、僕は正規のやり方をしらない。身体の魔力をゼロにして、僕と同じ状態にした上であえて《魔剣》に身体を乗っ取らせる。そのやり方しか知りませんが、それでも」
使えるようになる可能性を考えれば、リスクを取る価値はある。
そう続けようとしたアッシュの言葉を待たず、俺は同意するように残った魔力の放出を始める。
返す言葉は、決まっていた。
「その程度なら、リスクですらない!!」
何故ならば、奥の手である〝リミットブレイク〟を使う際に何度も命知らずな行為をしてきたから。
躊躇う時間など秒もない。
垂れ流して、垂れ流して。
そして残りの一滴を絞り出すところで、俺が叫ぶと同時にノベレットから受け取った得物──── 《魔剣》〝炎鬼残緋〟が軋んだ。
「力を貸せ!!!─────〝炎鬼残緋〟!!!!」









