百四十六話 天旋ローザ・アルハティア
* * * *
「────……あの馬鹿アレクが」
ノベレットに対抗するように後先考えず、大出力の魔法を俺が展開した意図をローザだけはすぐにおおよそを理解したのだろう。
舌打ち混じりに吐き捨てられる。
アレクが、単に後先考えない愚か者でも、馬鹿でもないと理解するが故の帰結。
答えへの辿り着き方。
しかしローザだからこそ、理解をしてなお、眉間の皺がどうあっても消えなかった。
彼女がアレク・ユグレットという魔法師を信用している以上に、リヴェット・アウバという〝大陸十強〟の実力を思い知らされ、信用しているのだから。
あるいは、己の力量以上に。
「ノベレット」
そばに居たノベレットにローザは声を掛ける。
「あれを、どうみる」
「それは、アレク君の訴えを、かな。それとも、ルナディアさんについて? リヴェットについて? あるいは、目の前の状況について?」
時間稼ぎの為に湯水の如く魔法を行使しながらも、顔色ひとつ変えないノベレットが答えた。
そんな言葉がするりと出てきた理由は、彼の頭の中にもその疑問が存在していたからだ。
ローザの疑問が、後者二つのどちらかであると仮定してノベレットは会話を進める。
「おかしな話だ。およそ百年、【匣】を封じ込めてきたあのリヴェット・アウバが、たかが〝呪術刻印〟を授かっただけの人間が介入した程度で失態をおかす訳がない」
ローザは黙って聞き入る。
それは肯定の意であり、だからこそ、この事態が解せないと目が口ほどにものを語る。
リヴェットの気質を考えれば、こうしてルナディアに手間取る理由は分かる。
そのせいで不利な立場に陥る事はあるだろう。
けれど。
「なのに、リヴェットに封じられていた筈の〝刈り取る者〟がこうして姿を晒している」
多少の策を弄したところで、ルナディアがリヴェットを出し抜き、【匣】の封が解かれる。
この一点だけは、あり得ない。
たとえ落命する事になろうと、その一線だけはリヴェットが守り抜くだろう。
何よりもソレを最優先としている筈だった。
となると、答えはひとつしかない。
あり得る解は、ひとつしか存在しない。
「…………リヴェット・アウバの、限界か」
ルナディアによるものではなく、単純にリヴェットが限界を迎えてしまった。
それが一番納得がいく答えだった。
「恐らくは。そもそも、本来なら私があいつを起こす予定だったんだ」
そうする事でリヴェットの負担を減らし────どうにかリヴェットとルナディアの協力を得て【匣】の攻略を。
しかし現実は、ルナディアの協力は得られず、〝刈り取る者〟はリヴェットの手から離れている。
「……少し様子を見てたけど、あれは完全にリヴェットの手から離れてる。とすると、あっちも恐らく相当まずい」
「あっち?」
「リヴェットが、ボスとは別で【匣】に押し込んでいたもの。致死量の瘴気と────ある種の〝置き土産〟さ」
脳裏に一人の少女の顔を思い浮かべながら、ノベレットは言う。本来であれば既にリヴェットの代わりとなって死んでいる筈だった模造品。
クローンを名乗る一人の少女。
「となると、どうするのが正解だ」
ローザの中でおおよその答えが出ているものの、最終確認とばかりに尋ねる。
「……人を更に分けるしかないね。〝刈り取る者〟の相手をする者。ルナディアさんを止める者。それと、リヴェットが抑え込んでいたものを、抑え込む者に」
「なら、分け方は決まったようなものだな」
ローザの視線が、先の〝刈り取る者〟の【猜疑】を見るや否や、一目散に距離を取ったレヴィエルに向いた。
「アレク達があのデカブツ。髭だるまとヒツギヤ、それと貴様が残り物だ」
「……何度言っても訂正されねえ事は分かったがよ、話は聞いてたがそうなるとルナディアは」
「〝大陸十強〟でもない限り、私一人で十分だ。抑えるだけなら、何の問題もない」
一切の逡巡なくローザが言い切って見せる。
「それに、他は三人とも必要だろうが。ガルダナからアレを引っ張ってきたレヴィエルに、足としてヒツギヤ。事情を知っているノベレット。何より、ここに残る人間は私以上に適任はいない。私なら最悪の場合、アレクらのフォローも出来る」
全てを知った上での行為だったのかは兎も角、ボスの相手を買って出たアレク達の戦い方や性格をこの中で一番知悉しているのは間違いなくローザである。
「……確かに、君の負担の多さにさえ目を瞑ればそれが一番理に適っているね」
「噂では、ルナディアは〝呪術刻印〟とは別に風の魔法を使うと聞いた。なら余計に私しかいるまい。となると、他は邪魔だ。貴様ならよく分かるだろう」
「〝天旋〟ローザ・アルハティア」
「そういう事だ。普段ならば殴り飛ばしているところだが、今だけは許してやる」
一昔前の戦争で付けられたローザの二つ名。
彼女のその異名は、風の魔法を使うその様と、一騎当千な、たった一人で敵を殲滅する惨状を見て付けられたものだ。故に、ローザは相性がいいと言う。
「心配はいらん。最近は覚えている人間の方が少なくなってはきたが、魔法学院に呼ばれた挙句、次は半ば押し付けでギルドマスターなぞをやる事にはなったものの、かつての私も〝そっち側〟だったんだぞ」
〝大陸十強〟でもない限り、どうとでもなる。
リヴェット・アウバにカルラ・アンナベル。
果てにはテオドール。
複数の〝大陸十強〟を間近に見てきた人間の言葉だからこそ、その言には筆舌に尽くし難い説得力があった。
「それに、レヴィエルなら分かるだろう?」
「んぁっ?」
急に名前呼びに戻った事に驚きながら、レヴィエルが返事をする。続く言葉は、時に揶揄いの対象になる事もあるが、どこまでも彼女が魔法学院の教員であったことを示すものでもあった。
「どれだけ不測の事態に見舞われようと、教え子の前で失態を見せるほど私は落ちぶれていない」
* * * * *
──────思い返しても、思い返しても、これだけは変わらない。嗚呼本当に、クソみたいな人生だった。
己の身体の限界を感じつつ、今こうして動けている事が異常でしかない自覚を持ちながらルナディアは。ルナディア・アーサスは、リヴェット・アウバに殺意を振り撒き続ける。
攻撃の手を、止めない。
何故ならば、もはやそうする事しか出来ないから。
悲しみに暮れ、害意も、敵意もないどうしようもなく今にも泣き出してしまいそうな瞳に射抜かれながらルナディアは混濁とした瞳でそれでもと睨め付け返した。
覚えがある瞳だった。
覚えのある感情だった。
まるで子供の癇癪を受け止める母のように、慈愛に満ちたソレを向けてくるリヴェットの悲しみは、ルナディアにとっても、胸の奥底に仕舞い込んでいた記憶を想起させてくる程に覚えのあるものであった。
──────「お嬢様」
刹那、リヴェットの頭の中に幻聴が流れ込んだ。
誰かによる仕業ではない。
これは、リヴェットの宿痾のようなもの。
定期的に起こる発作のようなもの。
忘れようにも忘れられない。忘れたくない者との会話が、唐突に思い起こされる。ただそれだけ。よくある事だ。
そう割り切って小さく自嘲するように笑う。
アッシュに連れられてリヴェットに会い、ほんの一度だけ歩み寄ろうとしてそれでもやはり駄目で、殺し合いに発展してから一度として止めなかった攻撃の手を、初めてルナディアは止めた。
「ルナディア・アーサス。貴様は、この名前に聞き覚えはあるか」
〝スカー〟と呼ばれるようになり、たった一度として名乗ったことの無い彼女の本当の名前。
「アー、サス?」
脈絡のない問い掛けに驚いた事もあるが、リヴェットは繰り返すだけで何も答えられなかった。
誰もを救いたいと願う彼女であっても、この世界にすまう全員の名前を記憶している訳がない。
〝スカー〟について知り、その動機を理解しているとしても、過去まで事細かに調べている訳ではなかったから。
特にここ百年、彼女は【匣】の外に出ていないのだから当然と言えば当然のことでもあった。
そしてその反応をルナディアは否定と捉える。
だが別に怒るわけでもなければ悲しむ訳でもない。
そもそも彼女はそれが当たり前と踏んだ上で問いかけていたのだから。
「もう、二十年も前に滅んだ国の、小さな貴族家の娘の名前だ。取るに足らない名前だ。端的に、屑と言っていいクソガキの名前だったのだから。誰にも覚えられず、無様に死ぬが似合いの女の名前だったのだから」
だから気にするなと繰り返す。
無機質に、事実を事実として語るルナディアに感情の発露は殆どない。それ故に必死に抑え込んでいるようにも見える様は切実な訴えのようで、道を失った子供の悲鳴のようでもあった。
今にも泣き出してしまいそうな童の慟哭のようでもあった。
「なのに、生き残った。生かされた。何故か、生きてくれと、願われた。到底死ぬべきではない人間が真っ先に命を落とし、死ぬべきはずの人間が生かされた。……全くもってふざけた世界だ。貴様も、そう思わないか? リヴェット・アウバ」
言葉の途中で俯くルナディアの表情は窺えない。
しかし震える声がこれ以上なく事実を告げていた。
「幸せで、これ以上なく恵まれていて、満たされていて、なのに、それを享受しながらも幸福であると認識しようとすらせず胡座をかいて更なる次を求める。その中で、他者を不必要に困らせる。気に食わない事があればすぐに怒鳴り散らし、理不尽を振り撒く。そんなクソガキなど死んで当然だ。貴様も、そう思うだろう。同意の言葉は貴様の場合、死んでも口にはしないだろうが」
理不尽に見舞われ続けてきた人間としては、そんな人間に好感情は抱けないだろう。
殺意の向ける先であるが故にリヴェットのことをルナディアもある程度は調べた。
それが、どうしようもなく救われない人間で、誰よりも理不尽に喘いだであろう存在である事も。
「だから、全て罰だと思って既に受け入れている」
殺人者であるだとか、誰かを騙すだとか。
そう言った悪人でこそなかったが、善い人間だったかどうかと聞かれればきっと幼少の頃の己は碌でなしという評価が何よりも適当だろう。
その自覚が、かつて名家と呼ばれた貴族の令嬢であったルナディアには人一倍あった。
戦争屋に、〝スカー〟。
〝強欲〟の呪術刻印保持者。
今でこそ大層な呼び名が随分と増えてしまったが、本来、ルナディアはそうなる筈がなかった側の人間だった。
やりたい放題。わがまま放題の貴族令嬢。
多方面に迷惑をかけていた典型的な高慢ちきな貴族令嬢。それがルナディア・アーサスという少女の正体だった。
「私に振り掛かる不幸は全て、当然の報いだ。そこに疑いを抱く余地などどこにもない」
これまでの行いを考えれば、あまりにも痛々しい顔の火傷痕も。
これまでの凄惨な過去も。
悪人として名を残してしまう事も。
暗くて日の差さないドブの底で虚しく生き絶える事になろうとも。
それは当然の報いで、罰で、末路だとルナディアは既に受け入れている。
だが、彼女が受け入れているのはあくまでそこまでだ。
あくまで、己に降り掛かる哀れな末路を受け入れているだけ。それ以外を彼女は頑として認めていない。
だから、言葉は続く。
怒りに震える声で、掠れながら懇願する。
「だが、それ以外は違った筈だ。私のような碌でなし以外は、違った筈なんだ。そうだろう。そうだと言え、リヴェット・アウバ」
顔を上げたルナディアは、それは酷い顔をしていた。怒りと、悲しみと、苦しさが同居した複雑な作り笑いだった。虚飾に塗れた必死の虚勢の笑みだった。
これまで、ただの少女だった人間が戦争屋と呼ばれる悪人に至るまでに犠牲にしてきた〝何か〟を否応なしに感じさせる壊れた笑みだった。
それがどこまでもリヴェットの胸を締め付ける。
彼女にとっては、ルナディアでさえも救うべき対象であったから。
「……………それ、は」
そこから先は、言葉にならなかった。
言外に己が責められる事である種の救いを求めているであろう人間に、〝救い〟の言葉を与える事がどんな末路を迎える結果を生むか。
それを、リヴェットは誰よりも分かっていた。
故に言い詰まる様子を前に、ルナディアの表情はほんの少し落ち着きを見せる。
どれだけ恨まれようが、どれほど殺意を向けられようが、彼女はルナディアを〝救いたい〟と考え続けている。死による解脱ではなく、人として救われて欲しいと切に、魂の芯まで染まった善性でもってどこまでも嘘偽りなく。
分かっていた事ながら、やはりそれを前にしては言葉が口をついて出てきてしまう。
「……それすら言えないか。人の命が平等でないと、そんな当然の言葉を遠回しにすら言いたくないか。分かってはいたが、全くもって貴様は度し難いな、〝聖拝者〟」
その救いようのない愚かさに、思わず乱暴に頭を掻き毟りたくなるほどの怒りの感情が湧き上がる。
そんなんだから、あんな悲劇が起こったんだ。
胸中を占める言葉を必死に押し留め、ルナディアは奥歯を強く噛み締めた。
誰も彼もを救いたい。
その感情は、綺麗なものだ。
その願いは、称賛されるべきものだ。
その想いは、誰に責められるべきでもないものだ。
だというのに、あまりにその末路は悲惨だった。
分かっていた事だ。
誰も彼もを救うなんて土台無理な話で、分不相応な願いを貫くと決めた瞬間から何かしらの形でその代償を払わされるであろう事は当然の帰結なのだから。
「救いようがなさすぎる。あまりに愚鈍で、あまりに楽観的すぎて、あまりに、現実を分かっていなくて」
力のない人間が叫ぶだけならばいい。
単に気狂いを起こした人間の愚かな妄想とあまりに容易く切り捨てられるのだから。
しかしそれが、その願いに手が掠れる程度に届きえてしまう規格外が叫ぶとなれば話は変わる。
「気付けよ、リヴェット・アウバ。貴様は、もうただの〝聖拝者〟じゃないんだ。かつての貴様を殺せるような規格外がわらわらといた時代じゃない」
呪いを押し付けられた〝大陸十強〟は特別だった。
だが、そんな彼らが同じ時代に存在した遠い昔は、一段格が落ちるとしても今では規格外と呼ばれるべき連中が沢山いたはずなのだ。おまけに同格は少なくとも九人はいた。
だから、そこまで目立つ事はなかった。
だが、〝大陸十強〟となり、人の寿命を超越し、ギルドを創設しながら〝聖拝者〟として人々を救い続ける。そんな人間が、〝特別〟にならないはずが無い。
そんな人間が作った組織が、〝特別〟にならない訳がない。
「今や〝大陸十強〟は、触れざる者だ。貴様を生かす為なら犠牲はやむを得ないと思う人間などごまんといる。貴様の理念に共感しながらも、貴様を敬うあまり、自己を犠牲に汚れ役を密かに請け負う人間すら存在している。それを貴様は知っていたか? 知ろうとしたか? しないだろうな? 博愛を謳う貴様は人を疑えない。貴様を慕う人間を疑うなど、〝聖拝者〟には無理な話だ」
ルナディアはリヴェットの心に刃を突き付ける。
「かくして、正義という盾を持ったと勘違いした連中によって尊い犠牲とやらが生まれる」
薄っぺらい笑みを浮かべ、ルナディアは言う。
その脳裏にはかつての思い出が蘇っていた。
生まれが人よりも少し恵まれていたから。
たったそれだけの理由で、これからも何事もなく生きていけるのだとなんの根拠もなく信じていた。
ずっと続くのだと信じて疑わなかったかつての思い出。
そんな日常が自国に【アルカナダンジョン】が生まれた数日後に、あまりに呆気なく崩れ落ち、当たり前が当たり前でなくなった記憶が鮮明に。
血塗れの記憶が絶え間なく怒りを呼び覚ます。
「わかるか、リヴェット・アウバ。だから、私は貴様の死を強く望んでいるんだ」
「…………っ」
武器を、握り直す。
朦朧とする意識の中、これだけは果たさなければならないと言い聞かせ、どうにか身体を動かす。
リヴェットが馬鹿正直に会話に付き合ってくれたおかげでほんの少し体力が回復した。
そんな打算と、彼女への侮蔑を心の中で漏らしながら言葉を続ける。
言葉にしなかった理由はきっと、どこか本能で理解していたからだろう。
それが単なる時間稼ぎの為の会話ではなく、リヴェット・アウバという〝聖拝者〟にルナディアという一人の人間が突き付けたかった切実な慟哭であるとも見抜かれてしまうと、間違いなく。
「なあ。どうしてあいつらが死ぬ必要があった。殺される必要があった。私に以前、恨む理由を知っていると言ったな。ならば貴様なら分かるんだろう?」
肉薄。
再び剣撃の音が木霊する。
一際大きなそれは怒りの感情の乗った渾身の一撃だ。それでも、リヴェットには届かない。
殺意を振り撒いてなお、殺す気で対処しないで済む程度にリヴェットとルナディアの間に純粋な戦闘能力の差があった。
ともすれば────そんな言葉が浮かぶ余地すらない絶望的な壁があった。
しかしそれすら呑み込んでルナディアは言葉を吐き散らしながら刃を振るう。
〝迷宮病〟の力を振り撒く。
何度も。何度も。何度も何度も。
「答えろよ、〝聖拝者〟!! 誰も彼もを救いたいと宣うのなら!! 屑でしかなかった私すらも家族と呼んでくれたあいつらが、殺されなければならなかった理由も、答えられるんだろう!? 答えてみろよ!?」
「殺……される?」
【アルカナダンジョン】の余波によって落命したのだと思っていたリヴェットは素っ頓狂な声を漏らす。
しかしそれも仕方のない事だった。
彼女は、【匣】の対処の為にここ百年、一度として外に出ていないのだから。
だからこそ、ルナディアによるリヴェットの殺害騒動が広く知られ出回った。
ギルドの重鎮集う本部。
そこで強引にも乗り込んできたルナディアによって死傷者すら出す一連の騒動が起こった。
リヴェットが不在だった事もあり、その騒動の被害は相当なものだった。
ギルドの本部が、その被害の酷さからせめて、リヴェットの百年近い不在を隠そうとあえてその事実を喧伝し、ルナディアという悪人に注意を意図的に向けさせる程度には悲惨であった。
「…………は、っ」
貴様はやはり何も知らないのだなと侮蔑を込めてルナディアは笑う。どこまでも憐れむように、悲しみを込めるように、出来る最大限の嘲笑をした。
「ギルドは、素晴らしい組織なのだろう。少なくとも、貴様の理念に従って、弱者を守る組織であり続けている。どこまでも、ああ。どこまでもそれを貫いている。ただ、あくまでそれは、〝人間〟に対してだけだがな」
皮肉を込めて、ルナディアは言う。
そこで彼女はルナディアの怒りの理由を悟ったのだろう。リヴェットは夢想家のような理想を持っているが、決して無力ではないし、頭の出来が悪い訳でもない。寧ろその逆である。
現実が分かっているにもかかわらず、それでも諦めきれなくて無理を承知で突き進んでいる人間だ。
だから、これ以上なくひどく顔が歪んでいた。
その動揺が、身体の動きを鈍らせる。
一歩遅れたせいで身体に剣線が一本、二本とリヴェットの身体に走った。
「あの時は律儀に会話をしてやる気など更々無かったから語らなかったがな、そもそもギルドの連中の多くは、私達を人間扱いしなかったぞ。【アルカナダンジョン】の毒にあてられた人間は、人間ではないのだと。魔人になるだけの、化物だと言われたよ。その兆候が出ていない人間に対しても、魔人になる可能性がある人間に対しては根切りをするように厳しかったな」
──────分かるだろう。お嬢ちゃん。無辜の民を守る為には、不安の種を残す訳にはいかない。故に怪しい人間は平等に迅速に殺害するしかない。
──────分かってくれとは言わない。恨んでくれていい。それでも私達は、多くの〝人間〟を守らなくちゃいけないんだ。
どれだけの月日を経ても尚、耳から離れない男の言葉。目の前で殺される知人。使用人。
壊れる当たり前の日常。
その日以来、ルナディアはギルドの人間を人間として見なくなった。
「だから私は、手を取った。取らざるを得なかったとも言えるが。貴様も知っているだろう。この口癖を」
戦争屋であり、〝強欲〟の呪術刻印保持者。
彼女の力の根源を与えた張本人。
「────この世界は、間違っている。ああ、そうだ。この世界は、あまりに間違いだらけだ」
テオドール。
かつてリヴェットの馬鹿げた理想に唯一共感したルシア・ユグレットを誰よりも慕っていた〝大陸十強〟。その面影が、ルナディアにあった。
「だから正す。それが、こうして生かされた人間としての義務だと私が思うが故にな」
故に殺す。
故に戦争を起こす。
故に力をひけらかす。
そういう救い方しか、ルナディアは知らないから。
その為ならば幾らでも手を汚そう。
いくらでも悪人になってみせよう。
それこそが彼女のすべての源。
憚るものなど何もない。
出し惜しむ理由も、躊躇う理由も、何もかもが存在しない。何故ならば、ルナディアはもう全てを失った後だから。
「────ッッッ、〝強欲の果てに〟────!!!!」
「ルナディアさんっ、あなたッ!!!」
行使したソレに、リヴェットは目を剥く。
〝強欲の果てに〟とは、際限なく何もかもを無差別に奪う魔法。
つまり、ボスを含めた殆どがリヴェットの管理から離れている今、〝刈り取る者〟が撒き散らす瘴気も。抑え込まれていた瘴気も何もかもがその対象となる。
〝迷宮病〟の加速と身体の負担を代償にそれこそ、限定的に〝大陸十強〟に肉薄するほどの呪いの力を理論上は使えるようになるだろう。
ただし、既に限界すれすれのルナディアが使えば、まず間違いなく落命は決定的なものとなる。
そして今まさに、そうなった。
故にこそリヴェットは悲鳴のような声を上げていた。しかし奥歯を噛み締め、それでもと助けようと足掻こうとして────その隙が、手を振るい、ルナディアによって繰り出された風魔法によって突かれ致命傷となりかけたその時、声が割り込んだ。
「────お前も曲がりなりにも〝戦争人〟なのだろう? ならば、2対1だろうが、卑怯と言ってくれるなよ?」
風による、拘束。
見えない何かが、リヴェットに向けられた風ごと包み込むようにしてルナディアの身体を封じ込めていた。
下手人は、一人しかいない。
今のルナディアを止められるのはテオドールと対峙していたあの時のアレクか。もしくはリヴェットと同様の〝大陸十強〟か。はたまた、
「……ローザ、アルハティアかッ!!」
かつての〝戦争人〟であり、〝大陸十強〟のなり損ないとまで揶揄された〝天旋〟の異名を持つローザ・アルハティアくらいのものであった。









