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百十三話 大罪人とアンネローゼ

「……一体、この国の連中は何を考えてるんですか……ッ!!」


 目を剥いて吐き出されたその言葉は、まるで血を吐くような叫びのようであった。


 ヴァネサ・アンネローゼは研究者だ。

 錬金術に精通した、優秀な研究者である。


 だから、分かってしまう。

 分からない訳がなかった。


 何も知らない人間ならば間違いなく見落とすであろう、これの異常性が。


 故に、オーネストとは別の部分に驚き以上の憤りを覚える。

 特大の水晶に人が閉じ込められている。

 確かに、それは異常である。


 しかし、ヴァネサはその事実を思わず後回しにしてしまう程の衝撃を受けていた。

 視線は、閉じ込められた男性の────身体中に刻まれた奇妙な紋様に。


 隠し切れていない凄絶な移植痕。

 明らかな人為的な傷痕。


 適合率など関係なしに移植を施したのだろう。皮膚の色など思わず目を背けたくなるまでに変色してしまっている。


 そして、身体中に刻まれた紋様によく似た錬成陣をヴァネサはよく知っていた。

 何故ならば、触媒として用いる際によく使用する、所謂動力としてのものだったから。


 これは、人間を、人間としてではなく、ただの動力として扱っている何よりの証左。


 そこに、当然とも言える真面な人倫など存在している訳もなく、当人が望んだ望んでいなかったの如何に関わらず、憤る他なかった。


 ()自身は、動力として今も尚。死して尚、使われ続けている上、恐らく────否、まず間違いなく、彼がこうして遺されている理由は、動力源として。加えて、身体中に刻まれた刻印を次の『贄』に渡すまでの繋ぎであるだろうから。


 彼は『()』として焚べられただけ。

 器であったから焚べられた。

 ただ、そのうちの一人である以上でも以下でもない。


 そして、その動力は────天高く伸びる水晶の先。発光する大地。

 用途は恐らくは、この国。メイヤード。

 ならばこの事実を、お歴々が知らない訳がない。この隠された秘密を、国の重鎮共が知らないわけが無い。


 ダンジョンの地下深くに隠されたこの秘密を、知らない訳がないのだ。


「狂っ、てる」


 メア・ウェイゼンを救うべく、最悪の事態を止めるべく奔走していた筈の目的を、思わず見失ってしまう程の衝撃であった。


 そして、自分ではない他の人間の声が聞こえてきた事にヴァネサは漸くそこで気付く。

 反射的に声のした方へと振り返ったヴァネサは、またしても驚愕に表情を染めた。


「…………クラシアちゃん?」


 そこには、ヴァネサと血の繋がりを窺わせる銀髪の女性────クラシアが、見慣れない男女と共にいた。


 どうして此処にいるのか。

 これは夢か何かでないだろうか。


 目の前の現実を否定するヴァネサであったが、程なく聞こえた「……姉さん」という呟きによってこれは現実なのだと思い知らされる。


 だが、その事実のお陰でヴァネサも得られるものがあった。


「……やっぱり、構造が変わっています、ね」


 本来、ヴァネサはこんな場所に来る予定ではなかった。

 最悪の事態を止める為、己が一度は逃げ出した研究施設へと向かっていた筈だった。

 だから最短ルートで向かっていたというのに、何故かこんな場所に辿り着いてしまった。


 そこまでは────まだいい。

 だが、万が一を恐れてロンが追って来られないようにヴァネサは道を塞ぎながらやってきた。未だその小細工が破られた様子もないのに、こうしてクラシア達がたどり着いた理由。

 それが、自身の目的地とは異なる場所に着いてしまった事と結び付けられる以上、ヴァネサはその結論を下す他なかった。


 要するに、構造が変わってしまっていたが故に、クラシア達もたどり着けたと。


「……恐らくあの男の仕業なのでしょうが、しかしこれは……嗚呼、だからですか(、、、、、、)。そういう、事でしたか。ここは、都市国家メイヤード。本来、存在していなかった(、、、、、、、、、)筈の小国。成る程、事情が見えてきました」


 ヴァネサは、一人で理解を深めてゆく。

 都市国家メイヤードとは、数百年という時を遡れば存在すら確認されていない国である。

 理由は単純にして明解。


 ここは、人工的に造られた国であるから。


 その意図や、目的は不明。

 しかし、間違いなくこのメイヤードという国は先人達によって生み出された人工物である。


 ただ、それ程技術があったにもかかわらず、何も情報が出回らなかった理由は。

 メイヤードのように、新たな国をつくり出さそうとする動きがなかった理由は。


 それが、人身御供────つまりは、目の前にある亡骸。人という犠牲が必要不可欠であったとすれば、全てに納得がいく。

 ヴァネサはそう思った。


 同時に、〝賢者の石〟という特大の爆弾をつくり出す舞台としてこのメイヤードが選ばれた事にも理由があるのではと思ってしまう。

 もし。

 もし、ここでなければならない理由があったとすれば。


 そこまで考えたところで、気持ちの悪い汗がヴァネサの背中を伝った。


「一応聞くが、こいつはてめえの仕業か?」


 ぶつぶつと独白するように呟くだけで、だんまりを決め込んでいた白衣の女性。

 クラシアが姉と呼んだものの、明らかに怪しい……ように見えていたヴァネサを前に、オーネストは威嚇するように得物を片手に問い掛ける。


 その声が聞こえた事で、ヴァネサは己の思考を一時的に中断した。


「いいえ」

「そうかよ。ならいいンだ。それなら」


 その返事が聞けたならば十分。

 オーネストはそう捉えてか、得物を収め、剥き出しにしていた敵意も霧散させた。

 あくまで、一応の確認だったのだろう。


「……どうして」

「ンぁ?」

「どうして、姉さんはここにいたの。あの手紙の理由は。あの男は、一体誰?」


 嘘をつく事は許さないとばかりに告げられる言葉の数々。

 捲し立てるように言い放たれる言葉に、ヴァネサは眉根を悩ましげに動かす。


 だが、沈黙を続けてどうにかなるとは思わなかったのだろう。

 何かを気遣うように、唇から言葉を落とした。


「此処にいた理由は、私がアンネローゼだから」

「アンネローゼだから……?」

「アンネローゼには、〝賢者の石〟の生成を止める義務がある。だから、〝賢者の石〟の生成を止める為に私がここにやって来ました。手紙を渡した理由は、関わって欲しくなかったから。それと、万が一の保険。錬金術師を嫌ってるクラシアちゃんなら、アンネローゼに戻る心配もない。だから、万が一を考えて何かを託すなら、クラシアちゃんしかあり得なかった」


 クラシアの困惑に構わず、ヴァネサは言葉を続けた。

 そこには、クラシアがずっと秘め続けていた事実も含まれていた。


「錬金術師を、嫌ってる……?」


 反応したのはヨルハだった。

 何故なら、クラシアの口からそんな話を聞いた事は一度としてなかったから。


 だが、そうであれば納得できる部分も多い。

 クラシアは実家の話をされる事を特に嫌っていた。実家の家業とも言える錬金術を嫌っているならば、色々と納得が出来る。

 しかし、どうしてという感情が抑え切れない。


 彼女は、理由もなしに何かを嫌うような人間でないとヨルハ達はよく知っているから。


「……あたしが錬金術師を目指さなかったのは、適性が乏しかったから。その言葉に嘘はないわ。ただ、それ以上にあたしは錬金術師という生き物が嫌いだった。だから目指さなかった」

「うん。他でもない私が、クラシアちゃんがそう思うようにって仕向けましたから」


 ────クラシアちゃんには、錬金術師の道に進んで欲しくなかったから。


 言葉にこそされなかったが、歪められた表情が、言葉以上にそれをありありと伝えていた。


 そこで悪意から来る行動であると思ったならば、オーネストなりがあからさまな敵意を見せていた事だろう。

 だが、淅瀝(せきれき)と呟かれたその様子から、悪意を以てとは到底判断出来なかった。


「これはただの私のエゴ。でも、クラシアちゃんには、この世界に足を踏み入れて欲しくなかった。踏み入れたが最後、後ろ暗い部分まで抱え込むしかなくなるから。アンネローゼなら尚更に、どう足掻いても抜け出せなくなる。……尤も、錬金術師全てがそうとは言いませんけどね」

「……でしょうね。両親が必死に誤魔化そうと、仄めかそうとしていた部分を、姉さんだけはあたしに見せつけてたから。だから、ええ。知ってるわ。それがあたしの為を思っての行為だった事も。それもあって、あたしは錬金術師が嫌いになった」


 感慨に耽る。

 だが、今は一刻を争う時。

 その事はさておいて、クラシアは話を進める。


「……姉さんがここにいる理由も、手紙の理由も一応は分かった。でも、なら、あの男は誰なのかしら。少なくとも、アンネローゼの関係者には見えなかったけれど」

「あの男っていうと」

「外套を被った、あの男の事よ。どうにも、姉さんの事を知ってるみたいだったけれど」

「私にも、彼の正体は知りません」

「はあ?」


 行き先も、事情も粗方、共有しているように見えた。なのに知らないとはどういう事か。


「……だったらなんだ。初対面同然の人間に、こんな状況で協力関係になって、事情を全て話したってか?」


 馬鹿正直にも程がある。

 正気とは思えないとばかりに呆れ返るオーネストであったが、その自覚はヴァネサにもあったのだろう。


「……私をどうにかしたかったなら、彼ならばどうにでも出来ました。力量の差は歴然でしたから。その上で、彼は私を助け、協力してくれた。彼なりの、事情故に。だから私はそれを信じる事にした。何より、私にはそれを除いて選択肢はありませんでしたから」

「つまり、あの男はてめえを利用したかったなら、こんな回りくどい方法を取るまでもなく出来た。だから、逆に信用出来たっつーわけか」

「馬鹿にしては随分と理解が早いわね」

「……あのな、オレさまだってそンくれェは分かるっつーの。馬鹿にすんな潔癖症」


 判然としていないが、外套の男なりの事情があったのだろう。

 ならば、ロンは共通の敵という事になる。


 外套の男が言っていたように、敵の敵は味方。ある程度の信は置いてもいいのだろう。

 

「とはいえ、グズグズはしてらンねェ。〝賭け狂い〟もいるとはいえ、オレさまもさっさと合流しなきゃならねェだろ」


 ロン・ウェイゼンというあの男。

 彼には空恐ろしい何かがあるように、オーネストには思えた。

 それでも、己の仲間であるアレクが負けるとは微塵も疑ってはいない。

 あいつが問題ないと判断したのだ。


 ならば、何があろうと相討ちスレスレにまでは持ち込む筈だ。それだけの信頼関係が二人の間にはあった。

 問題は────その後だ。


 この一連の騒動が彼一人で行われた訳がない事はオーネストにもすぐに理解出来た。

 何より、この異常としか形容出来ない亡骸。〝賢者の石〟。


 頭が痛くなるような数々の要素を前に、悠長に時間を使う事など出来る筈もなかった。


「だから出来れば、さっさと逃げてくれるとありがてえンだが」


 全く見知らぬ他人ではなく、クラシアの姉だからだろう。

 普段から傲岸不遜な態度を貫くオーネストが、柄にもなくほんの僅かながら遠慮をしていた。

 だが、そんな気遣いもあえなく、ヴァネサがその場から動こうとする様子は見受けられない。


「……ロン(アレ)と似たり寄ったりの敵がここで出て来でもすれば、流石のオレさまも守りながら戦うなんざ無理だ」


 ため息混じりに、その時はあんたが死ぬ事になるぞ。と遠回しに告げる。

 しかし、それでも尚、応じる様子はなく、微かに震える唇が言葉を落とす。


「……助けに来て下さった事には感謝します。ですが、私はまだやるべき事を成し遂げていません」

「やるべき事?」

彼女達(、、、)を救えるのは、恐らく私だけですから」


 ヨルハの問いに対する返答。

 その彼女を指す言葉が誰であるのか。


 答えは、すぐに分かってしまった。

 まず間違いなく、メアの事だろう。


 しかしヨルハは引っ掛かる。

 メアである事は間違いないのに、なぜヴァネサは彼女「達」と言ったのだろうか。


「……それはどういう事ですか」


 加えて、まるで自分達には無理だと指摘する言葉に、ヨルハは困惑気味に眉根を寄せた。


「あれはもう、錬金術師にしか救えないって事よ、ヨルハ。いえ、正確には手に負えない、ね」


 その側で、クラシアが説明をする。

 そもそも、〝賢者の石〟は素人が手に負える代物ではない。

 錬金術師であっても、相応の知識がなければ何一つとして理解が出来ない筈だ。

 それだけの秘奥を含んでいる。


「ただ、どうしてそれが、『彼女達』になるのかしら」


 ヴァネサが、メア以外の被害者を知っているとすれば辻褄は合う。

 だが、そうでない場合、「達」は誰を指しているのか。


 クラシアは、嫌な予感に苛まれた。


「クラシアちゃん方は、どこまで知っていますか。大罪人『ワイズマン』の過去を」


 そしてその嫌な予感は、現実のものとなる。

 ヴァネサの言う「達」とは、メアと、『ワイズマン』であるのだと。


「二百年近く前に存在していた大罪人。多くの人間の命を犠牲に、〝賢者の石〟を作り上げた世紀の大悪党。あたしはそう聞いたわ」


 チェスター・アナスタシアから伺った内容。

 そもそも、『ワイズマン』という名前自体、その時を除いてクラシアは一度として聞いた事すらなかった。


 魔法学院であっても、その名を聞く事は終ぞなかった。

 まるで、記録そのものからその名前だけが消され、塗り潰されたかのように。


「……ええ。それは、確かな事実です。たった一つ(、、)の事実を除いて、まごう事なき真実です。彼女は、大罪人などではありません」

「多く人間の命を奪った事は真実だってのに、大罪人じゃねえのか」

「大罪人という悪名は、彼女自身が望んだ事です。己の事はそう伝えろと望んだのだと、私は聞いています。そして、〝賢者の石〟を作り上げる為に犠牲となったとされる数百の魔法師は、ある意味で、望んで命を落とした者達です。彼女は、その者達の意思を汲んで、禁忌に手を染めた。他でもない、多くの弱者を守る為に。この事実を知っているのは。知らされているのは、『ワイズマン』の友であったかつてのアンネローゼの人間、その子孫を含む一部の人間だけです。だから、私はここに来ました。来なくちゃいけなかった。如何に二百年近く前の事とはいえ、約束を果たさなくてはいけなかったから」


 ヴァネサの目には決意が。

 決然としたソレを前にして、説得の為にどれだけ言葉を尽くしても恐らくは無駄だろうと悟ってしまう。

 だから、オーネストは乱雑に頭を掻いた。


 程なくして、


「てめェが此処にいる理由はよく分かった。が、オレさまからすりゃ、そンな事情は知った事じゃねえわな」


 嗚咽をこぼすようなヴァネサの告白に、しかしオーネストは非情なまでに躊躇なく一蹴する。


「てめェにはてめェの事情があるのは分かる。だが、それら全てをオレさまが汲んでやる義理はねェし、助ける理由もねェ」


 事情を話したところで手を貸す気も、そもそもそんな余裕もないのだと告げながら、オーネストはクラシアに視線を移す。


 ヴァネサの様子からしてテコでも動かない。

 それでも姉を助けたいならば。

 混沌の坩堝と化しつつあるメイヤードから逃がしたいと願うならば、力尽くという方法もあるが?


 オーネストの無言の問い掛けを前に、クラシアは僅かに首を横に振った。


 ならば、ここで別れ見捨てるのだろうか。

 ────否。

 クラシア・アンネローゼという人間の性格は、オーネストがよく知っている。


 彼女もまた、ヨルハに負けず劣らずのお人好しである事も。きっと彼女は見捨てられない。

 そんな選択を出来る人間ならば、そもそもメイヤードにまでやって来ていないし、オーネストを始めとした他の二人もここまで気に掛けやしなかっただろう。


 けれど、その都合を押し通す為にオーネストとヨルハを巻き込もうとするだけの身勝手さも備わっていない。


 だからきっと、悩んでいるのだろう。

 どうすればいいのかと。


 故にこそ。


「────ただ、オレさま達にも事情ってもンがある」


 オーネストはいつもと変わらず、傲岸不遜に。身勝手に振る舞うように。

 ヴァネサの下へと歩み寄り、そして言いたいように己の都合を口にする。


「あの餓鬼の言葉に頷いたのは、オレさま達だ。それはつまり、オレさま自身でもある。だから、オレさまはあの餓鬼との約束を果たしてやる義務がある。たとえ何があろうとな」


 実際に頷いたのは、ヨルハ一人だ。

 けれど、あの場でガネーシャを除いてアレクも。オーネストも明確な拒絶をしなかった。

 要するに、ヨルハとは異なる感情を抱きながらも、受け入れた。


 ならばそれは、最早、己の意志に他ならず。


「……その道半ばであの餓鬼に死なれる訳にもいかねえ。オレさま達は、あの餓鬼の頼みを聞いてやったんだ。頼むだけ頼んで勝手に死ぬ事はオレさまが許さねェ。あいつには、ちゃんとオレさま達が約束を守った事を見届ける義務がある。……だから、あの餓鬼を助ける為に手を貸すくれえなら、協力するのも吝かじゃねェよ」


 それは、ヴァネサに言っているようでその実、クラシアに向けた言葉だった。

 その、如何とも形容し難い不器用さに。

 実にオーネストらしい気の遣い方に、ヨルハは小さく破顔し、クラシアは自分が気遣われた事に気が付いて、自分自身に向けて密やかに嘆息を漏らした。


「ただ、既に言ったが時間がねェ。本来なら今すぐ引き摺ってでも逃したいところなんだが、そうするとあの餓鬼を助けられなくなる……ンだろ?」

「それ、は……はい」

「なら、さっさと行動に移すしかねェわな。これが気になるのは分かるが、今は関係ねェもんにまで気を割く余裕はねェ────潔癖症」

「なによ」

「てめェの姉さん、怪我してる。さっさと治せ。動くのはそれからだ」

「……っ、そういう事は早く言いなさいよね」


 誰にも悟らせないように振る舞ってはいたが、足に酷い傷があった。

 オーネストが確信を持ったのはすぐ側にまで近付いてからであるが、それでも、片足を庇うような立ち方をしていた時点である程度の事は察していた。


 やがて、駆けつけるクラシアと入れ替わるように距離を取ったオーネストに、ヨルハが声を掛ける。


「……素直じゃないよね、オーネストも」

「馬鹿言え。オレさまは十分過ぎるくらい素直だっての。アレクに比べりゃな」

「確かに、それはそうかも」


 一時期よりはマシにはなったが、抱え込む癖が未だ抜けきれていないこの場にいない人間を比較対象とし、二人で笑い合う。


「でも」

「ン?」

「どうして、『ワイズマン』って人は大罪人って悪名を望んだんだろうね」


 オーネストがにべもなく切り捨てたヴァネサの言葉を、ヨルハだけは真剣にその理由を考えていたらしい。

 未だ釈然としない気持ちを言葉に変えながら、悩む素振りを見せていた。


「────禁忌を犯した人間として、歴史からその名と、己の功績全てを消される事を彼女自身が望んだから、です」

「錬金術師、なのに?」

「錬金術師だからこそ(、、、、、)ですよ、クラシアちゃん」


 己が功績を第一とし、名を残す事こそ至上とする錬金術師という生き物を間近で見てきたからこそ、クラシアは絶句した。


「錬金術師だからこそ、自分の名前が後世に残ってしまえばどうなるかについて、誰よりも理解していたんだと思います。如何に仕方がなかったとはいえ。望まれたとはいえ。それを除いて守る手段がなかったとはいえ、〝賢者の石〟を生成した一連の事が万が一にも美談として残ってしまえば、どうなるかなんて、明白です。だから、禁忌として知らしめ、大罪人として名を刻む方が都合が良かった。数百の魔法師の命を犠牲として、漸く行使出来る錬金術など、ただの虐殺でしかありませんから」


 結果、徹底的な情報統制によって『ワイズマン』の名は消され、〝賢者の石〟の存在も曖昧なものとなっていた。

 その事実だけを見れば、『ワイズマン』の選択は正しかったのだろう。


「……錬金術から逃げ出したあたしが言うのも何だけれど、よく隠し通せたわね。そんなものを」


 事情はどうあれ、話を聞く限り〝賢者の石〟は出来上がってしまった筈である。

 それだけの神秘的な力を秘めたものを、「使った」とすれば。


 必然、そこには「後処理」が付き纏う。


 作って、使って、はいおしまい。

 とは、間違ってもならないのだ。


 そして、強大な力であればあるほど、代償がある。音に聞く〝賢者の石〟であれば、その代償は当然、生優しいものではない筈だ。


「『ワイズマン』は天才だったようですから。それこそ、十年に一度、などと持て囃される人間が、凡人と思える程に。ただ、そんな彼女であっても使用してしまった〝賢者の石〟を完全に抑え込む事は出来なかった。だから、当時のアンネローゼの人間と、もう一人の人間が手を貸した。そうして、事態の収束を試みた。これが、『シトレアの夜』と呼ばれる〝吸血鬼〟、その大半が一夜にして滅んだ事件。その全貌です」


 この世界には、多くの種族が存在している。

 ただ、〝吸血鬼〟と呼ばれる種族は、二百年前に滅んだとされている。

 他でもない、今しがたヴァネサが口にした『シトレアの夜』と呼ばれる謎の事件によって。


「……つまり、〝吸血鬼〟から人間を守る為に『ワイズマン』さんが────」

「逆です」

「逆?」


 否定をされ、ヨルハは首を傾げた。


「人間と歩み寄ろうとしていた〝吸血鬼〟を、己が欲望の為に利用しようとしていた闇ギルドから守る為に、『ワイズマン』は力を使ったそうです。〝吸血鬼〟に拾われ育てられた彼女が、義理を果たす為に。恩を、返す為に」


 そこで、クラシアとヨルハ。

 オーネストは言葉を失った。


 その話が本当ならば、『ワイズマン』は、〝吸血鬼〟を守る為に、前に立ったという事になる。

 元より、〝吸血鬼〟という種族は極めて数の少ない種族だった。そして、その全てが魔法の適性を持った優秀な魔法師であったとも。


 数百という〝賢者の石〟生成に必要な命の数が、〝吸血鬼〟の数だとすれば。

 家族同然の者達を犠牲に、生き残った家族を助ける為に禁忌に手を染めたのだとすれば。


 残る同胞を助ける為に己が命を使えと〝吸血鬼〟が『ワイズマン』に願ったとすれば、嗚呼確かに。

 望んで命を落とした、というヴァネサの言葉にも納得が出来てしまう。


「……なるほど。確かに、そりゃあ『救う』にもなるわな」


 血を吐くような想いで事を成し、己の功績全てを消し、技術ごと自身の痕跡を塗り潰す為に大罪人という汚名まで被った人間を、彼らは利用する為に生き返らせようとしている。


 事情を知る者からすれば、到底許せるものではないだろう。

 

「ええ、だから────」


 ヴァネサの言葉が、それ以上続けられる事はなかった。

 突然の、倒壊の音が響く。

 ぱらぱらと、天井から崩れ落ちる予兆が見受けられた事。轟音が遠くから響いた事で会話を強制的に打ち切った。


「……まずいわね」

「移動すンぞ。悠長に構えてたら生き埋めになっちまう」


 来た道を戻る────そんな選択肢が脳裏を過ぎる。

 しかし、引き返してどうなるのだと自答をし、その思考を彼方へと追いやる。


 ヴァネサは助けられるだろう。

 なら、メアはどうなる。

 見殺しには、出来ない。


 ならば取るべき行動は一つしかない。

 可能性に賭けて、先へ進む。ただそれだけ。


「じっとしてろよ」

「え?」

「潔癖症は、走りながらでも治療出来たろ。治るまではオレさまが担いで行く」

「ぇ、え。そのくらいは出来るけど……もっとマシな担ぎ方もあったんじゃないの」


 突如として身体が宙に浮いた事で、素っ頓狂な声を漏らすヴァネサに構わず、オーネストは脇に抱えるように彼女を担ぐ。


「悪りぃが、気を遣ってやる暇はねェ。それに、万が一を考えりゃ、両手を塞ぐ訳にはいかねェんだよ」


 おぶってやるのも考えたが、両手が塞がれていては槍を握れない。

 だから、これが最善であると告げるオーネストの言葉にクラシアは何もいえず口籠る。


「つぅわけで、先を急ぐぞ────って、何突っ立ってんだヨルハ!!」


 崩壊が始まっているにもかかわらず、立ち尽くすヨルハの姿を視認し、オーネストは叫んだ。


「ねえ、オーネスト。今、この人動かなかった(、、、、、、)?」

「はあ?」


 ヨルハの視線は、結晶に閉じ込められた男。

 その亡骸に向けられていた。


「動く訳がねェだろ。この揺れで、動いたって勘違いしてるだけだ。気になるのは分かるが、今は後回しだ。そいつが生きてンなら話は別だが、どう見ても死んでる。死人はどうしようもねェ。そのくらいは分かンだろ、ヨルハ!」

「そ、そうだよね。うん。ごめん。ボクの見間違いだったみたい」


 振り払うように、背を向けてヨルハは身体能力を向上させる〝補助魔法〟を行使。

 そしてそのまま、その場を後にした。


『──────』


 一瞬、薄らと聞こえた人の声のような音は、きっと聞き間違いであると自分に言い聞かせながら。

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