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味方が弱すぎて補助魔法に徹していた宮廷魔法師、追放されて最強を目指す  作者: アルト/遥月@【アニメ】補助魔法 10/4配信スタート!
四章

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百十二話 〝逆天〟

 親父のその言葉に、俺は思わず頷いてしまいたくなった。

 眼前の敵に対して、俺は対抗策らしい対抗策を持ち得ていない。

 〝リミットブレイク〟という手札を切ったにもかかわらず、「どうしようもない」と思わせられるだけの強さがチェスターにはあった。

 メアの変化についても、己の知識ではどうにもならない。それは、誰に指摘されるまでもなく明確になってしまっている事実だった。


 要するに、詰んでいる。


 仮にもし、十全に思考を許された状態であったとしても、俺は同じ結論を下した事だろう。

 嗚呼、だから────だから、親父の言葉は渡りに舟でしかなかった。


 俺にはどうしようもないのだ。

 だったら、ここは親父に任せるべき。


 どうやってこの場を収めるのか。

 それは分からないが、親父ならばきっと────。


 そう思ったところで、俺は思考を無理矢理に中断した。


「……レガスさんはここから逃げて、外に助けを求めてきて欲しい。ガネーシャさんは、先へ進んでくれ。親父も、出来れば一緒に」


 親父の提案に背を向け、俺は告げる。


 その言葉に、お前は何を言っているのだと言わんばかりに複数の視線が向けられた。


 まったく以て、その通りだと思う。

 乾いた笑いしか出てこない程の正論だと思う。


「助けてくれと頼まれて────頷いたのは俺だ。俺達だ。約束したのは、俺達なんだよ。だから、俺はここに残るよ。残らなくちゃいけない」


 度し難い阿呆の考えだ。


 この状況で意地を張るなどどうかしてる。

 そう思うのに、頭では理解しているのに、俺はその考えを貫く気でいた。

 だって、俺があの場で頷いたのだから。


 勝ち目は薄いだろう。

 身体はもう既に疲労困憊だった。

 でも。


「……今は意地を張ってる場合じゃ、」

「────だとしても、経緯はどうあれ俺はあの子の頼みに頷いた。少なくとも俺は、あいつ(ロン)が逃げて、メアを助けるまでは逃げない」


 たとえ、その途中で〝リミットブレイク〟の効果時間が切れようとも。


 それが自分の言葉に対する責任というやつだろうから。

 何より、後数分で荷物になる俺なんかがオーネスト達の下に向かうよりも、親父に向かって貰った方が絶対に良いだろうから。


「嫌いじゃないぜ、その答え」


 喘鳴の音と共に吐かれた言葉。

 唯一とも言って良い賛同の声は、今し方ぼろ切れのような身体を動かした外套の男のもの。


「気に入った。だから、おれも付き合うぜ。何より、おれは元よりヴァネサにもそこの男にも用はなかった。あるのはただ、アレにだけだからよ」


 虚勢を張るように、けたけた笑いながら外套の男が視線を向ける先にはメアが。

 真っ直ぐ、手の甲に光る石を射抜いている。


「元々利子付きで返すつもりだったとはいえ、随分でけえ恩返しになりやがって。……たく、もう一踏ん張りと、いこうか」


 ────ここにはバカしかいないのかよっ……!!


 どこからどう見ても困憊疲労。

 明らかな窮地。

 だけど、だけどとこの期に及んで意地を張ろうとする俺達を見て親父は吐き捨てた。


 だが、そんな覚悟を嘲笑う声がひとつ。

 唇を卑しく歪めるチェスターの言葉がどうしようもなく焦燥を掻き立てる。


「だから言ってんだろ。もう手遅れ(、、、)なんだわ」

「ッ────〝雨沼残滓(ペトリコール)〟────」


 廻る。廻る。

 致命的な何かが今まさに廻ってしまったのだと本能で理解した。

 遅れて、生理的嫌悪と悍ましいまでの悪寒に襲われる。


 しかし、現実が嘘をついていると叫びたくなるまでに周囲に変化らしい変化はない。

 明らかな違和感があるのに、何も変化がない。それがどうしようもなく恐ろしい。


 反射的に発動した魔法。

 それは、僅かでもいいからこの違和感を知るべきだと本能が察していたのだろう。


 相手を斃す事とは程遠い、それは時間稼ぎの魔法であった。


 精密で且つ、魔力量の暴力とも言える規模にて魔法を行使。

 足下に広がる魔法陣は、足場に変化を齎す。


 程なくチェスターの平衡感覚は歪み、ずぶりと底なし沼にでも足を突っ込んだかのように彼の身体は斜めに傾いた。

 しかし────それだけ。


 この程度は構うまでもないのだと目が口ほどに物を言っており、事実、何一つとして変わらなかった。

 齎された悪寒が払拭されるどころか、俺が感じ取った筈の違和感の正体は、欠片の手掛かりさえも何一つとして分からない。

 分からなかった(、、、、、、、)


 だから今の俺に出来る事はといえば、敵にとって一番望ましくないであろう動きをする事。

 つまり、ロンを逃す事であった。


「仕方ない、かっ。悪いレガスさんっ!! こいつを任せた!!」

「はぁぁぁぁあ!?!?」


 風の魔法を展開。

 血塗れ瀕死状態だったロンをレガスの下へと飛ばしながら、チェスターの姿を射抜き続ける。〝リミットブレイク〟時間内ならば、多少の無理は効く。

 風魔法の応用で、視線を合わせずともレガスの位置くらいならばちゃんと分かっていた。


 何が来ても対処出来るよう、視線はチェスターから何が何でも外さない。

 外してはいけない。


「急にそんな事言われても────って、死に掛けじゃねぇか!? ……嗚呼そういう事かよ、クソッタレ。しゃぁねえなッ!! 後輩てめえもローザちゃん同様貸しだかんな!?」


 冗談を交わす余裕がないと理解してくれたのだろう。

 元々、自身は戦闘に向いていないと自分で口にするレガスだ。

 今は、重傷人を治癒出来る人間の下に運ぶ事が優先であり、何よりこと逃す事に限るならば自分よりも上手くやれる人間は片手で事足りるほど。

 その自負があったからこそ、レガスは最低限の言葉だけをヤケクソ気味に残して駆け出した。


 そして続け様に一言。


 〝光彩迷彩(ミラージュ)〟と魔法を紡ぐと同時、僅かな揺らめきだけを残して忽然と姿がかき消えた。


 ただの幻惑魔法と思い、チェスターは楽観視していたのだろう。

 だから、ワンテンポ遅れた。


 だが、レガス・ノルンが扱う幻惑魔法はただの幻惑ではない。

 限りなく〝固有魔法(オリジナル)〟に似せた幻惑魔法であって幻惑魔法でないもの。


 彼の魔法は、初見ではまず見破れやしない。

 少なくとも、確証もなく魔法を乱発する程度ではどうにもならない。

 それは、身をもって俺が知っていた。


「これ、で、少なくとも最悪の事態は」


 チェスターは言った。

 

 ────(ロン)の死で以て、〝獄〟の扉をこじ開ける条件が整うのだから、と。


 ならば、ロンが生きている限り、その〝獄〟とやらの扉をこじ開ける事は出来ない筈だ。

 延命ができる筈だ。


 筈だったのだ。


「だから何度も言わせんじゃねーよ。ああなった時点で、もう殆ど手遅れなんだよ。死に掛けた時点で、発動されてる。そういう契約だったんだ。だから、そら見たことか────もう出てきやがった(、、、、、、、)


 この場において今、一番優位に立っているであろうチェスターだが、彼の額には大粒の汗が心なしか滲んでいた。

 直前の言葉の意図と共に、理由が判明する。



「鍵を回したのは、オマエじゃったか」



 突如として背後に現れた白髪の幽鬼を思わせる女に、俺は一切気付く事が出来なかった。

 否、厳密には今も気付けないでいる。


 反射的に振り返った先にいたその女からは、気配はもちろん、恐ろしいまでに殆ど何も感じない。

 物音一つ、聞こえなかった。

 相手に聞こえるようにと響いた声を除いて、何も聞こえないし何も感じ取れない。


 まるで、本当はそこにいないかのような。

 霊体のような女だった。



「…………よりにもよって、〝逆天(ぎゃくてん)〟か」



 恐らくは新手。

 チェスター側の人間なのだろう。

 しかし、それにしてはチェスターの驚きも初めて目にするものを見たかのようなリアクション。

 そこに違和感があった。


「いま、なんつった。〝逆天(ぎゃくてん)〟だと?」


 反応を見せたのは、親父だった。


 話の流れからして、得体の知れないこの女が〝逆天〟と呼ばれる人間というのは分かる。

 分かるのだが、俺の記憶が正しければ、それは百年近く前の殺人鬼の名であった筈だ。


 この女は紛れもなく人間であり、凡そ百年生きたであろう見た目ではなかった。


「その名前は、あまり好きではないんじゃがの。まあ、感謝はしておるよ。贋作極まりない不完全な鍵じゃったが、そのお陰であの忌々しい牢獄からこうして抜け出せた」


 ────とはいえ、と女言葉は続く。


 ふむ、ふむと頻りに頷いては周りを見渡し、状況を全て理解したとでも言うかのように。


「じゃが、感心せんのう? 何があったのか。その凡そは察したが……それは、嗚呼、真。真、美しくない(、、、、、)


 銀に染まった瞳に湛えられた仄暗い光を揺らめかせながら、そんな事を口にした。



「リアトレーゼの悲劇……英雄、願望者」


 〝逆天〟と呼ばれ恐れ慄かれた〝殺人鬼〟。

 彼女を指し示す呼び名を呟きながら俺は名を思い出す。

 彼女の名前は、アヨン。

 

 リアトレーゼの悲劇とは彼女が引き起こした虐殺劇の名称であり、彼女を正しく言い表すとすれば〝英雄願望者〟という言葉が何より適当だ。


 物語には、〝英雄〟というものが存在する。

 窮地の時、都合よく駆け付けて助けてくれるヒーロー。多くの人間にとってすぐに思い浮かぶ英雄とはそういう類のものだ。


 だが、それはあくまで物語の中での話だ。

 現実はそう都合よく話は進まない。

 不幸なんてものは腐る程転がっているし、「助けて」と懇願してもヒーローなんてものはやって来ない。

 無償の救済など、それこそ殆どあり得ない。


 だから、アヨンは作ろうとした。

 いないならば作ってしまえばいい。


 自分にとって。

 誰もにとって、都合のいい英雄を作り出してしまえばいい。


 舞台は己が整えよう。

 道標は己が用意しよう。

 苦難も用意しよう。

 挫折も用意しよう。


 己が、誰もに都合の良い英雄を作り出そう。



 ────なに。英雄になれるのだ。これ程、嬉しい事もないじゃろう? 誰もの希望になれる。それの、何が不満なのじゃ?



 そうして引き起こされたのがリアトレーゼの悲劇。

 一国をまるごと舞台とした、〝英雄願望者〟による英雄劇。


 英雄を生み出す為ならば、多少の犠牲は仕方がない。それで大勢がきっと救われる。

 たとえ千人死のうが、きっとそれ以上の人間が救われる。ならば安い犠牲だろう?

 そんな破綻し切った理論で、〝英雄〟をつくり出す為だけに己のシナリオで無数の屍を積み上げた正真正銘の破綻者。

 それが、世界を震撼させた殺人鬼、〝逆天〟のアヨンの過去だった。


「英雄願望者。言い得て妙じゃの。まあ、否定はせんよ。正真正銘、儂は英雄という存在を望んでおる。それは今も尚。なに、不思議な事ではあるまい。誰もは一度は思うものよ。窮地に陥り、どうしようもなくなった時。己の手に余る時。どうか。どうか、「救ってくれ」と。他でもない儂がそうであったように」


 己の過去を悔いたことなどたった一度としてなく、その想いは未だ不変であると口にするアヨンの純然さを前にして、この人間はまごう事なき〝逆天〟のアヨンであると確信を持った。


「とはいえ、「やり過ぎた」ようで、とんでもない輩に目をつけられてしまったがの」


 ほら、見るが良い。

 儂ともあろう人間がこのざまじゃ。

 


 そう言って、彼女は手首をこれ見よがしに見せつける。

 そこには、薄透明の鎖が手枷のように巻き付けられていた。

 だが、鎖の先は途中で途絶えており、魔道具か何かなのかと思っていたがどうやら違うらしい。

 それが一体何であるのか。

 気になりはする。


 ただ────悠長に会話に付き合ってやれるほど、俺に残された時間は多くない。

 ロンとの戦闘で負った傷を必死に虚勢で隠しているが、血も失いすぎた。

 狂っていた筈の感覚も既に殆ど元に戻っている。本当は今にも倒れそうだった。


 だからこそこの機会を逃せる筈がない。

 魔法陣を、展開。

 標的は、アヨンとチェスターへ。


 俺の記憶が正しいなら。

 文献に残されたアヨンの悪名が正しいものならば、この状態で俺が勝てる可能性はゼロに等しい。

 外套の男の手を借りたとしても。

 仮にチェスター若しくはアヨン一人であったとしても、その事実は変わらないだろう。


「……普通はこんな事は出来ないんだが、今日だけは特別だから」


 ならば。

 ならば、ならば、答えは簡単だ。

 この状況をどうにかしたい俺は、戦わなければいいだけの話だ。


 幸いにして、このヒントは闇ギルド(お前ら)から既に受け取っているのだから。


「俺はあんたに賭けるよ(、、、、)、ガネーシャさん」

「おま、え」

「なにせ、今日の俺達(、、)の運は良いからな」

「────……確かに。確かに、その通りだ」


 そこでガネーシャは全てを察したのだろう。

 口角を静かに曲げた。


 俺達が運が良かったといえば、直前のあの出来事を指している事は火を見るより明らかだったから。



 ダンジョンの力を引き出した〝星屑の祈杖(ステラティオ)〟の効果は残っている筈だ。


 だったら、コアを喰っていたいつかの闇ギルドの人間のように、不壊であるダンジョンを壊す事も可能な筈だ。

 だから賭けることにした。


 アヨンのような人間がこれ以上増える前に、ケリをつけなければならないから。


「悪いが、付き合ってくれ」

「心配すんな。付き合うと言ったからには、とことん付き合ってやるからよ……!!」


 一筋の光が走る。

 それは、分裂し、無数に、縦横無尽に増殖して視界を埋め尽くす。

 初めの一撃こそ、チェスターとアヨンを標的にしていたが、それにしてはあまりに狙いが適当過ぎると悟ったのだろう。


 あまりに早く、俺の狙いが露見する。


「……こやつ、ここを壊す気か。じゃが、愚か。ダンジョンの常識を知らんのか」


 倒せない相手に対して、根性で何とかなるのは物語の中の勇者だけだ。

 負けが見えている戦いをあえてする必要はどこにもない。

 勝ち目がないなら逃げてしまえばいい。


 幸いにして俺達に勝つ必要などどこにもないのだから。


 だが、今は逃げるだけではダメだった。

 チェスターの下にメアがいる。


 だから、このどさくさに紛れてメアを取り返す必要があった。

 その人員として選んだのが、俺自身と外套の男。故の「付き合ってくれ」であった。


「アレクお前……!!」

「悪いが、親父は先に行ってくれ。頼まれたのは俺達なんだ。助けてくれって頼まれたのは俺達なんだ。だったら、その約束を嘘に変える訳にはいかないから」

「……変なところで意固地なのは、アリアそっくりなままかよ……ッ」


 親父が言葉を吐き捨てる。

 逼迫した状況下。

 言葉で説得に応じない事を理解したのだろう。


 一度やると決めたら、何が何でもやる。

 その性格は母にとても良く似ていると言いながら────しかし、親父は諦めてすんなりと俺の言う通り先へ進んでくれる訳もなく。


 だから、物理的に遮った。


 迸る雷光は分断するように、俺と外套の男。

 チェスターとアヨンの四人を膨大な魔力によってつくり出した濃密な雷の結界に閉じ込めてやった。


 親父は魔法師ではない。

 だから、こういう状況を強引に突破する事は土台不可能な筈だと俺は知っていたから。


「あぁ、くそが。……だっ、たら、お前は引き返してカルラの奴呼んでこい!! おれが先へ行く!! それから────」


 自棄とも取れる様子で、親父はガネーシャに指示を飛ばす。

 轟音に紛れながらもその声は俺の耳にまで届いた。

 ただ、俺が意識を割けたのはそこまで。


 チェスターとアヨンを相手に、そんな真似は出来ない。やれたとしても自分の首を絞めるだけだ。


「これで二対二。とは言っても、戦う気はこれっぽっちもないんだけどな」


 垂れ流す魔力によって発動が続く魔法によって、周囲の崩壊は始まっている。

 揺らぐ大地。ぱらぱらと倒壊の気配を見せる天井。穿たれた足場。

 この場は恐らく保って、数分だろう。


「の割には、敵意を丸出しじゃのう? 剣も出してからに」

「俺達にその気がなくとも、あんたらは違うだろう」

「さあて、どうじゃったか」


 立ち塞がる障害をどうにかするために、こうしてわざわざ剣を取り出す必要もあった。


 恍けるアヨンの動向はいまいち予測がつかない。チェスターとの関係値も曖昧で、敵が味方かの区別がついていない。

 しかし、〝逆天〟のアヨンが都合良く味方につくわけがない。ついたとしても、凡そ信用に足る人物とは到底思えない。


 そしてそれは、チェスターも同じだったのだろう。

 アヨンの動向に注視する。

 目が離せない。気を割かなければならない。

 なにせ彼女は、あの〝逆天〟だ。


 〝リアトレーゼの悲劇〟で知られる彼女の固有魔法は、俺の知る限りこの世で一番タチの悪いものだから。

 しかしだからこそ、隙をつけた。


「返して貰うぞ、この子は」


 外套の男がチェスターの側まで移動を遂げていたことに誰も気付かなかった。

 気付けなかった。


 その一瞬の隙をついて未だうわ言のように声にならない言葉を呟き続けるメアを奪い取る。

 だが、直後颶風を思わせる突風が吹き荒れ、外套の男の肌を容易に斬り裂いてゆき、


「……それで終わってくれる程、優しくないよな」

「悪ぃが、そいつにゃまだやって貰う事があるんでね。くれてやる訳にはいかねーな」


 しかしそんな中、悲鳴をあげる身体に鞭を打ち、俺は再度、案の定、即座に奪い返そうとするチェスターの前に立ち塞がってやった。


 直後、交錯する剣と剣。

 先程まで何も持っていなかった筈のチェスターの手には見るも異様な形状の剣が握られており、殷々と衝突音が響き渡る。


 続け様の、魔法発動。


「マナブラスト」


 剣聖メレア・ディアルから見て盗んだ技。

 得物同士が接触しているその場合で、剣に魔力────マナを纏わせて斬撃として撃ち放つ極意。

 その威力は、魔法と遜色なく、最早それは魔法以外の何物でもない。

 事前知識のない状態でのソレは、間違いなく相手に致命傷を負わせるものであった筈だ。


 あった筈なのだ。


「────……〝リミットブレイク〟時間内だぞ。冗談キツすぎるだろ」


 なのに現実は、チェスターを多少、押しやった程度の結果しか得られなかった。


 乾いた笑いしか出てこない。


 後出しで繰り出された正体不明の攻撃によってほぼ完璧に相殺された。

 そんな馬鹿な話があるかと叫びたくなる。

 冷静さを辛うじて失わずに済んだのは、単にチェスターを打倒する為に撃ち放った攻撃ではなかったという事実があったからこそ。

 

「……ただ、あんたは知らなかったらしいな」


 ────ダンジョンを壊す方法がある事を。


 極光が輝いて、凄絶な衝突音が轟く。

 しかし、どんな魔法攻撃も、チェスターは正体不明の魔法で応手をうち、致命傷を悉く避ける。


 俺の攻撃を見て、対応をしている癖に、寸分狂わず対応出来てしまっているその化物具合に嫌気が差しながらも、しかしツキは俺を見放していなかった。


 魔法を展開すれば、油断も隙もなく対応してくる。それが、注意を引く為だけのものだと知らずに。


「違うんだよ。言ったろ。俺は、あんたらと戦う気はないんだよ」


 刹那、俺達の足場が完全に崩壊した。


「──────」


 驚きの声が聞こえてくる。

 ダンジョンは基本的に、不壊である。

 しかし、そこには例外がある。


 なんらかの手段でダンジョンの力を取り込んだ場合に限り、その不壊の特性は覆される。


 チェスターが気付けなかった理由は、直前に発動していた〝ペトリコール〟によって平衡感覚を狂わされていたからだろう。


 その狂った感覚が、足場の崩壊という事実の認識を遅らせた。


「俺は、メアを取り返せさえすればそれでいい。それ以上の結果ははなから期待してねえよ……!!」

「コイ、ツ……」


 あとは、限られた制限時間の中。

 気力が保つ限り魔法を乱発すればいいだけ。

 ここから先は智略とは程遠い耐久戦。


 故にこそ、「勝った」と思った。

 俺がすべき役目はこれで果たせたと思った。


 しかし────しかし。


「────〝白凪雑音(ノイズアウト)〟────」


 チェスターが呟くと同時、世界から、突如として音が消えた(、、、)


 口は動く。

 手も動く。

 なのに、声だけが奪われたかのように出てこない。否、俺が起こす行動。

 その全てに音が失われている。

 そして、魔法もぴたりと霧散し一瞬にして消え失せた。


 ────何が、起こった……?


 記憶に存在しない魔法を前にして、疑問符が脳内を埋め尽くす。

 しかし、悠長に考える時間を許してくれる程、優しい敵ではなかった。


 だから、即座に考えることを放棄した。


 魔法が消えたという事は〝魔殺しの陣(マジックイーター)〟と同系統。

 そして、今回は声までもが消えている。


 けれど身体は動く。


 なら、諦めて手を動かせばいいだけの話。


「……っ、この状況の癖に寸の狼狽だけで最適解を見つけやがるかよ。だから、〝化物〟は嫌いなんだよ、クソッタレが……!!」


 ────……どっ、ちが、化物だ。


 〝リミットブレイク〟の優位性を一切感じられない能力。立ち回り。

 持ち得る手札の底知れなさ。


 使えない声帯の代わりに、頭の中で毒突く。


「だが、よ。てめー、アヨン(そいつ)を忘れちゃいねーか? 俺チャン達は味方じゃねーが、かといってそいつも、てめーらの味方じゃねーだろ」

「その通りじゃな。まあ、後々の事を考えてチェスター(そやつ)に恩を売るのも悪くはない。どうせ、儂らは未だ囚われの身(、、、、、)ゆえ」


 不敵に笑いながら、傍観していたアヨンは肯定する。そして、彼女の口が言葉を形取る。


 彼女の代名詞でもある魔法。

 それ即ち、


「じゃから、とくと味わうが良いわ────〝逆天〟────」


 瞬間、万象一切が逆天した。



 * * * *


「────こりゃ、どうなってやがる」


 先へ進んでいたオーネストが驚愕の感情をあらわにして呟く。


 クラシアの姉であるヴァネサを追って先に向かったオーネスト達はダンジョンの最奥にて目を疑う光景に出くわしていた。


 まるで幻想光景。

 立ち並ぶ無数の────水晶。

 この場に詩人がいたならば、言葉を尽くして賛美したであろう光景。

 しかし、そこにあってあまりに異様で浮いた存在が一つ。


 それは、


「なんでこんなところに、人がいやがる?」


 この場にいるならばまだ分かった。

 生きて(、、、)、この場にいたならば、まだ分かったのだ。


 現に人はいる。

 水晶の前で、茫然自失となる銀髪の女性────ヴァネサ・アンネローゼが。


 だが、目の前のそれはそうではなかった。


 そもそも、「普通」であればオーネストがここまで感情をあらわにする事もないのだ。


「なんでこんなところに、こんなもんがある(、、、、、、、、)……ッ?」


 まるで閉じ込められるように、水晶の中に丸ごと収められた人の死体がなければ────。

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