旅の終わり
スチイとの楽しい夜を過ごした翌日は、また旅の始まりだ。
もうすぐ俺の住む町に辿り着く、それなのにエルフの族長と何も話が出来てない。
昨夜の内に話をするべきだったが、俺がスチイの体……いや時間を選んでしまったからだ、そもそもスチイとの楽しいお風呂を想像して、幸福を目の前に先の事は何も考えていなかった。
町に入る前に族長と話をしなければと思い、今日は若様に殿を任せ、姫様とスチイの事は魔王に頼み、俺は族長の隣を歩く事にした。
後ろを振り返っても、スチイの笑顔と姫様の揺れるメロンまでは遠く、前をゆくは男の背中で何の楽しみも無い、最後にしてつまらない旅が待っていようとは。
そして隣の数百歳とも分らない女性と話をする。
まずは俺とスチイが町を出る時の様子から話したら、族長は面白がっていた。
まぁ当時の俺も半分は他人事の様に考えていたが、スチイの素性を知った今と成っては、ギルド長の勘の良さに感謝しかない。
そして族長に身分を明かして貰い、俺達を庇護下に入れて欲しいとお願いした……が、あえなく断られてしまった。
何でもエルフの族長だと知られれば、領主の家に連れて行かれてしまうとの事だが、俺からしたら願ったり叶ったりだと思う。
領主の家なら只で旨い物を飲み食い出来て、風呂も寝床も暖かいだろうに。
何が問題かと聞いたら俺にとって、はどうでも良い答えが返って来た。
領主の家に招かれてしまえば、間単には孫に会いに行けないとの事だ。
「そんな事よりも領主の家で、俺とスチイの御両親を紹介して下さいよ」
「そんな事じゃないのよね」
俺の言葉に族長は蔑む様な目をして、怒気を孕んだ声で返して来た。
俺の我侭が気にいらなかったのか? 『そんな事』と言う言葉が気に入らなかったのか? は分らないが少し怒らせてしまった様だ、馬上の族長の方が目線が高いから蔑む様に見えるが、仮に目線が同じ高さなら睨まれていたと思えたのかもしれない。
いくら孫が可愛いとは言っても、族長は考え無しに行動する様な人じゃない……、と思いたいが少し不安は有る。それでも俺の方が弱い立場で守ってもらわねばならない。
そもそも俺とスチイが旅に出てから、すでに数ヶ月が経っている、町の警備も通常に戻り皆が忘れている頃だろうから、誰も気にも留めないかも知れない、だが。
今は族長の機嫌を取って、何か有ったら助けて貰える様にした方が良いだろう。
俺は族長の言う様に、町に着いたら宿屋へ案内する事に成ったが、俺は此の町で宿屋に止まったのは、町に来て間もない頃の少しの間だけだ。
しかも安宿に泊まった記憶しかない、まぁ宿屋の場所位は知っているから案内は出来るも、良し悪しは分らないから安宿は避けよう。
出来れば食事付きの宿屋の方が面倒が無くて良いだろうか? だがスチイだけは食事処に挨拶しに連れ出して行きたい。
その後に族長夫婦を連れてスナックに行くのも疲れるから、明日にして貰うか。
「長旅で疲れたでしょうから、お孫さんの所には明日行きましょう」
「孫に会えれば、疲れも飛んでしまうのね」
疲れてても孫に会いたいとか、そんなに孫が可愛いのだろうか? いや確かにママは可愛いと言うか美人だが、長生きのエルフなんだから一日位待てるだろうにと思ってしまう。
だが此処で言い争っても仕方ない、後で時間の調整をして連れて行こう。
「分りましたが、仕事の邪魔に成らない様に、閉店時間に行きましょう」
「あら、邪魔なんてしないのね」
いや一日どころか数時間も待てないのだろうか? 逃げやしないのに困った族長だ。
俺もママに会うのは久々だし、族長と話をしている内に思い出して、早く会って安心させたいと思う。でも何かを忘れているような?
「あ! 族長、お孫さんの弓は……?」
「エルフにとって弓は大切な物なのね、ノーバン」
「はい、それもう」
「孫に会えたら直接返すわね」
これは早く会わせろって意味で言っているんだろうな?
それにしても何故俺はママに借りた弓の事を忘れていたのだろう? スチイの事で頭が一杯だったにしても最低だな、だがエルフの族長に会えて安心してしまったし、手紙と一緒に届けた気分でいたが弓は俺が持ち帰るべきだったな。反省。
「分りました、お店が開く頃にお迎えに上がります」
「ありがとうね、ノーバン」
まぁお客として行く分には邪魔には成らないだろうが、家族が居たら仕事も遣り難いだろうな。でも族長を言い負かせる自信がは無いし仕方ない。
スナックかぁ久しぶりだな、そう言えばミミィちゃんも元気にしているだろうか? あれ? ミミィちゃんに旅に出る事を伝えただろうか? 流石にママから聞いてるだろうな。うん大丈夫。
休憩した時に皆が輪に成って話をしたが、夜に族長夫婦が出掛けると言ったら、狩人と付き人も一緒に行くと言い出した、大勢で押し掛けるのは迷惑だと心配したが、族長が護衛は俺に任せるからと言い断ってくれた。
それでも二人は納得していなかったのだが、これから行く町は武器の携帯は禁止だと説明して何とか説得した……、が付き人の方はママとは血縁で知り合いらしく後日会わせる事で納得してもらった。
族長が『孫なら国に沢山居るわ』と言っていたが、どうやら本当の事らしい。
そしてスチイの御両親にも話して、宿屋が決まったらスチイを連れ出す許可を得ようと思ったが、若様が怖い、今にも炎を吐きそうな顔をしている。
竜の末裔と言ってたし本当に有りそうで怖い。
目は真っ赤で髪も赤く角まで生えてる若様に睨まれた俺は、身が竦んでしまう。
でも食事処にもスナックにもスチイを連れて行き、皆を安心させたいんだよなぁ。
スチイに若様を説得して貰おうと思ったが、若様がスチイを背中に隠してしまう。
残る姫様に強い視線を送り……頭を下げた。それだけで理解してくれた様で、姫様が若様の服を引っ張り、怖い笑顔で首を横に振ると大きな若様が少し小さく成った様に見えた。
若様から開放されたスチイは姫様の隣に駆け寄り、体に触れて一言。
「ありがとう、お母さん」
「…………」
姫様は無言で頭を優しく撫でて、スチイは目を瞑り抱き付いてゆく。
若様は捨てられた子犬の様な、悲しそうな顔をして姫様とスチイを見ている。
やはり姫様は優しいなぁ……俺に対して。いっそのこと若様と別れてスチイと一緒に俺の元に来てくれても良いのだが。
そしたらお風呂も布団も三人一緒で、いや寝る時は俺と姫様が一緒で、可哀想だがスチイに一人で寝てもらうのも有りだな。
そうすればスチイに弟か妹が出来て、更に幸せになれる。
一人、妄想していると、姫様は若様の手を握り締め、俺に頭を下げて来て、若様もシブシブと言った感じで頭を下げながら声を発した。
「娘を宜しくお願いします」
「まだ町に着いてからですが、大切にお預かりしますよ」
まるで娘を嫁にでも出すような言い方だが、当たり障りの無い様に返した。
それにしても姫様は俺に気が有るかと思えば、若様と仲が良いんだよな?
もしや俺の勘違いなのだろうか? 実は若様とは仲の良い振りをしているだけで俺の事ばかり見ているのではないだろうか?
そう思って姫様に笑顔を向けると、いつの間にか俺の隣に来たスチイに左脇の背中を強く抓られてしまった。
俺の隣に来たのに気付かなかった事に怒っているのだろう、まさか姫様に笑顔を贈った位で怒るとは思えない、背中の痛みを我慢してスチイに優しく微笑むも、口を膨らませてソッポを向いてしまう……。が離れる訳でも無く、隣に居てくれている。よく分らん。
御両親の前でなければ、抱き上げて機嫌を取っても良いのだが、今は頭を優しく撫でるに留めておく。
スチイの事も何とか成りそうで安心したが、魔王を如何するかだな。
今はまだギルド長に会いたい気分じゃない、スチイの安全がしっかり確保出来てからギルド長に会いに行くとすると、魔王は宿屋で預かってもらうかぁ。
町に着いてからの事も大体決まり、十分な休憩を取り再び歩き出す。
楽しい旅ももうすぐ終わりを告げる、最後の午後はスチイと一緒に最後尾を歩き、隣には魔王も居る。
思い出作りにとスチイを肩車して、魔王の隣を歩くと、スチイは魔王と背比べをする様に、魔王の目の前に自分の頭の高さで掌を翳す。
初め魔王は首を伸ばし頭を上げて鼻を付け様とするも僅かにとどかない。
魔王はスチイの方を向いて一つ鼻を鳴らすと、一瞬にして棹立ちと成り、スチイの手を舐めて見せて、二、三歩歩いてからゆっくりと前足を下ろした。
「まおう、ずるいよぅ」「ブルルッ」
スチイは『ずるい』と言ってるが、魔王は鼻を鳴らしながら首を横に振る。
確かにズルイのはスチイも一緒だ、なにせ肩車をしているのだから。
スチイもそれに気付いたのか、一瞬俺の顔を見た後に、魔王の頭と鼻筋を優しく撫でて、魔王も大きな目を少し細めて仲直りしている。
前を歩く若様と姫様が何度も後ろを振り向き、二人がどんな顔をしていたのかは言うまでも無く……、俺は若様との視線だけは合わせない様にしていた。
スチイも旅用の服で、ズボンを履いている、ミニスカートで肩車している訳じゃないので、あまり怖い目で見ないで欲しいと思う。
スチイの生暖かな太腿を楽しんでいると、時間が経つのは早く、町が遠くに見えて来た。
スチイとの楽しい旅も、もう終わりかと少し残念に思う。




