風の魔石
スチイのサクランボは可愛く美味しそうだったし、チューは優しくて柔らく良い香りがした、部屋での事を思い出し、スチイを見ながら美味しく朝食を食べた。
食後は少し休みながら今後の予定を話し合い、各自の部屋へと戻り荷物を纏めて、再び広い食堂へと集った。
皆がお互いを確認し合い厩舎へと向かい、馬に荷物を載せて宿屋を後にする。
山を下りて人間族の国に入ってから、道は馬車が普通に通れるほど広い。
隊列は先頭に狩人と馬、続いてエルフのお姉さんが馬を引き、族長夫婦が馬で併走し、その後ろには族長の付き人が馬を引いている。
姫様と若様は並んでヤギを引き、その後ろに俺とスチイに魔王が並んで歩いてる。
姫様の後ろを歩く俺の目には、腰をフリフリのキャベツが揺れて俺を誘ってる。
出発前にコッソリと姫様に『腰を振って歩く様に』と言ったのが効いてるらしい。
始めは首を傾げられてしまったが、『腰に痛みが残っているのではないですか』と『腰をほぐす様に歩くと良いですよ』と言い説得した。
ついでに、『馬に乗り続けるのも良くないですよ』と歩いてもらっている。
乗馬でも腰下は馬に合わせて八の字に動いている訳で、大した効果は無いかもしれないが、逆に少しは腰に良いかもしれないし、病み上がりの軽い運動に丁度良いだろう、下心は少ししかない。
目の前には新鮮なキャベツ、隣には可愛いスチイが居て、良い旅に成りそうだ。
と言ってもキャベツばかり見ていたらスチイに気付かれてしまう、適当に話をしながらチラチラと姫様のお尻を見ている。
途中で姫様は疲れて魔王に乗るも、午後からは、また歩きだ……がスチイが自分の持って来た風呂敷を二枚出し、姫様の美味しそうなキャベツを隠してしまう。
風呂敷を腰に巻くとか教えた奴は誰だぁ! って俺か? でも使い方を間違っている。
プリプリ、プルンッなキャベツは見て楽しむ物だ、隠して良い筈が無い。
何故か午後からのスチイは機嫌が良く、ニコニコしながら落込んだ俺の顔を見ている。
後でお仕置きが必要だろう、スチイの弱点は可愛いお尻だ、今度二人きりに成ったら、抱き上げて逃げられない様にしてから、泣き叫び許しを請うまでお尻を撫で回してやりたい。
キャベツを見失った俺は、他の楽しみを探しスチイを肩車する事を思いつく。
一旦立ち止まりスチイを軽く持ち上げて肩に乗せる、股を開いてスチイが俺の首を挟み込んでくれている。生暖かく幸せが伝わって来る様な感じだ。
一瞬若様に睨まれた気がするが、『姫様とスチイの二人を、そして幸せを独り占めするつもりか?』と、心の声を乗せて強く睨み返してしまう。
俺の譲れない思いを受け取ってか、若様は前に向き直って歩いて行く。
スチイは見上げている魔王の鼻筋や頭を優しく撫でて、魔王も気持ち良さそうに目を細めてスチイを見ながら歩いてる。
少しだけ魔王の事が羨ましく思うが、頭は兎も角鼻筋を撫でられて気持ち良いのだろうか? 馬の気持ちは理解できない。
まぁ俺の首には柔らかな太腿が巻き付いていて、細く可憐な足首を軽く握り締める役目も有る、それだけで十分満足だ。
皆の旅、そして俺の楽しい旅は順調に進み、ダンジョンの有る町へと徐々に近付いて来るが、大量に魔石が余ってる。何処かで使ってしまおう。
光の魔石は夜の蝋燭代わりに使えば良いし、火の魔石は調理にでもお風呂にでも使える。
水の魔石は何時でも飲めるし、命の魔石だけは治療で大量に使ってしまった。
音の魔石は今更だが目に見えない程に小さな穴を開けて、高周波で虫除けに使ってしまおうか? いや姫様の診察を今一度行って消費する手も有る。そうしよう。
音の魔石は、姫様の体に触れながら使うのが、一番有効的に思える。
氷の魔石は飲み物や果物を冷やすのに使ってしまうか、暑い日には小さな穴を開けて懐に入れて置くと冷たくて気持ち良いが、皆の役に立てよう。
残るは風と土だが、使い道は限られてくる。
土の魔石にはリン等も含め多種多様な鉱物が、風の魔石には酸素や二酸化炭素と一緒に多くの窒素が含まれている、捨てても害は無いが勿体無い。
風と土の魔石の使い道を色々と考えてエルフの族長に相談し、少し遠回りになってしまうが、俺とスチイが来る途中で立ち寄った村に寄る事にした。
族長には魔石の事は伏せて、知らない所で寝泊りするより、『少しも知っている村の方が安全です』と言って合意を得た。
そうして以前お世話に成った村に立ち寄り、スチイは喜ばれ他の皆も歓迎された。
俺はまぁスチイのついで位には歓迎されているし、連れて来たのがエルフの族長夫婦と竜人族と人魚族の次期族長だと知れると大変驚かれた。
流石に村長とも成れば、目と髪の色を見て分ってしまうらしい。
皆が騒いでる間に、俺は農家の人を連れて風と土の魔石を少しづつ使って行く。
そして最後に立ち寄る村が、熊を倒して大歓迎された、あの村だ。
村に着いたスチイと魔王は真っ直ぐに、世話に成ったアヒルの居る家に向かってしまう、一応俺は族長達を引き連れて村長宅へと向かう。
村長の家へ行くと大きな部屋へと通されて、エルフの族長から順に紹介した。
部屋の中を見回すと、熊の毛皮と頭の骨が飾られている。
俺の視線に気付いてか村長が、俺の倒した熊だと教えてくれた。
俺以外は村長の家に泊めてもらう事で話が付いて、俺はスチイの事が気に成り、以前泊まったアヒルの居る家へと急ぎ向かった。
スチイの事が気に成っただけだ、そして俺は皆と一緒に村長の家に泊まる気は無い。スチイを連れて来て村長の家に泊まる事は可能だが、それでは駄目だ。
何故なら、皆が居る中で俺とスチイが一緒のお風呂には入れないからだ。
確かアヒルの居る家のお風呂は大きく気持ち良かった、そしてスチイと一緒に楽しく、ゆっくりと話も出来た。またスチイと一緒のお風呂に入れる。
まぁスチイがあの家を気に入っている様だから、俺は仕方なく一緒の家で寝泊りをするしかない、そう思う事にした。
決してスチイの裸が見たいとか、体を洗いながら触りたいとか、一緒に湯船に浸かり体を重ねたいとは……思っても無くも無い、かもしれない。
いや、俺はスチイの成長を確認する為に、少しだけ、ホンの一時間か一時間半くらい一緒のお風呂に入るだけだ。下心は少ししかない。
俺はスチイの体を求め、アヒルの居る家に辿り着き、口の尖った犬に迎え入れられた。この犬は一晩泊めて貰っただけでも覚えているのだろうか?
お爺さんとお婆さんに挨拶をして、俺とスチイ、そして魔王も泊めて貰える様にお願いしたら、すでにスチイと話が纏まっていた様で二つ返事で了承された。
その日の夜はスチイと一緒にお風呂に入ったが、以前とは違い、スチイは少し恥ずかしそうにして、湯船の中で向かい合いに抱き付いてくれるまでに少し時間は掛かったが、長風呂のスチイだから十分に抱き合い楽しめた。
翌朝は日の出前の薄明かりの中で、お爺さんと畑に向かい、畑の近くに少し大きな山を土で作ってからスチイとお婆さんを呼びに行く。
呼んで来た頃には日も昇り、明るく成っていた。
スチイに土と風の魔石を持たせて、土山に入れさせて更に土を被せる。
「スチイ、美味しい野菜が出来る様に、お祈りをしようか」
「神様に?」
そうかお祈りとは神様にする事に成るのか、教会の孤児院に居たなら尚更か。
「神様と言うよりは、この土地にお願いする感じかな」
「はい、ノーバン様」
そう言って四人で手を合わせて、祈る様に豊穣を土地にお願いした。
まぁ祈っても土地にお願いしても、農家の、人の力が無ければ美味しい野菜は出来ない、祈りや土地への願いは気持ちを表現したに過ぎない。
魔石はスチイへ渡す前に、二つを手に握り締めて融合する様に念じながら魔力を操作して、瓢箪の様な形に付けて、土の魔石に小さな穴を二ヶ所開けておいた。
風の魔石には窒素が多く含まれているが、そのままでは大気中に拡散してしまい、何も無くなってしまうが、土の魔石と融合する事で、窒素が鉱物の成分に反応し、穴を開けて土の中に入れれば、土の中に窒素が定着し、土の魔石に含まれるリン等も一緒に土の栄養、肥料と成る。
但し、お茶やレモン等の普通とは違った土を好む植物や、芋や人参の様に痩せた土地の方が出来や味が良くなる場合も有り、農家の人に無断で使う訳には行かない。
良かれと思っても、必ず確認は必要だ、夜のお店の女の子に花を、『無名』で花屋に届けさせる馬鹿者も居るが、差出人不明の花など怖くて誰も受け取りはしない。
そして後日に『花を受け取ってくれたかい?』なんて聞かれたら最悪だ。
本人は良かれと、女の子の気を引こうと思っての事だろうが、『逆効果だ』としか言い様が無いが、『綺麗だった』と『嬉しかった』と言われて捨てられた事も知らずに満足そうな顔をする者もいる。
そもそも花を渡すほど女の子にとって大切な日なら、何を置いてもお店に顔を出して、手渡しで花を渡すべきだと、他の用事を優先するなら、その程度だとしか俺には思えない。捨てられて当然だ。
何にしても確認が必要で、ましてや農家にとって畑は命と同じ位に大切な物なのだから。
まぁ昨夜、お爺さんに話を聞いた所によると、連作もしてないし豆等も植えたり、肥料も与えているらしく、効果は薄いと思ったが、話をしたら、せっかくなので試してみると言う運びと成った。
その代わりに、『たまに効果をスチイちゃんと一緒に見に来て欲しい』と言われ、その約束をさせられた。
どうも魔石の効果よりスチイに会いたいのでは? と思ってしまう。
他に立ち寄った村々でも似た様な状況だったが、魔石を捨てるよりは少しはマシかなぁ程度の事だ。あまり期待はしない様に農家の方々にも言って来た。
それでも心の何処かでは、豊作を願わずにはいられない。
そもそも魔石よりも魔王の糞の方が、良い肥料に成るかも知れないが、スチイの前では何も言わない。
そして朝食を頂いてから、お爺さんとお婆さん以外にも、犬とアヒル、そして鶏にも挨拶をして、少し遅くなったが村長の家に向かった。
この村では良い思い出が多く、スチイと『一緒また来よう』と微笑み合った。




