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第百四十五話、ママへ花束

 久し振りのキャバクラに俺は気合をいれ、少しでも良く見える様にと顔を引き締めてから入った。


 そして入店し迎えてくれたのは――黒服、それと遠くでママが会釈しているのが見えた。

 黒服にBOX席へ案内されながら店内を見渡せば、半分以上の席が埋まっている。

 やはり入店が遅かったか、開店と同時に入店すればママに花束を渡す事も出来ただろうに。


 本当は花束をママに直接渡したかったが、どうやら接客中らしいので「ママに」と言い黒服に渡し、案内された席に腰を下ろした。

 黒服が下がって間もなくママが俺の隣に来て、魅力的な御尻の半分だけを席に預ける。


「いらっしゃいノーバン、お花を有難うね、とっても嬉しいわ」

「喜んで貰えた様で何よりだ」

 俺の贈った花束を手にしたママが、満面の笑顔で御礼を言ってくれる。


「ところでママ、アールヴは居るか?」

「あら?! 私に花束を贈っておいて他の子を指名するのかしら?」

 やってしまった! ママに言われて初めて気付く、自分が何て失礼な事を言ったのか、しようとしていたのかを。

 そもそも黒服は何も聞いて来なかった、おそらく「ママに」と言って花束を渡した時点で、それを指名と捉えたのだろう。

 これは不味い事に成る、上手く誤魔化さなくては……。


「勿論、ママとアールヴの二人をダブルで指名に決まってるじゃないか」

「ありがとうノーバン」

 少々言葉がシドロモドロに成り、声が震えてしまったが上手く誤魔化せただろうか?

 ママは華やいだ声で嬉しそうに返事をしている、気付かれて無いと思いたい。

 まぁ気付いていながら、単純にダブル指名が取れた事を喜んでいる可能性も有るがな。


「でもぅ、一足遅かったわね、あの()は今、別のお客様から指名を頂いたばかりだから少しだけ待ってね」

「そうか」

 あれだけの美人だ指名が付いて当たり前の事だが、俺以外の指名が付かないで欲しいと……いや、一緒に喜んであげるべきなのだろうな。

 それにしても久々にアールヴのドレス姿を早く見たいと思う。


「その間は私がお相手するわ」

「ありがとう、ママ」

 そう言うとママは黒服を片手で呼び寄せ、立ち上がり後ろの少し広い席へと移動した。

 俺も広い席に移動し座れば、ママは肩が触合う程に近付き深く腰を下ろして来た。

 席を移動する前は、ママを目の前にしてアールヴの事を考えていただろうか? 一度ママに微笑みかけて今だけはアールヴの事を忘れる事にして、ママの話に耳を傾けた。


「お花なんてノーバンにしては珍しいわね?」

「たまたま目にした花が、ママに似て綺麗だったからな」

 ママに贈った花は小さな花が集まり一つの大きな花を作り出していて、見る者を引き付け、とても良い香りを漂わせている。


「どんな風に?」

「何処から見ても綺麗な所かな」

 そうママに似ているのはヒヤシンスの花だ、何処から見ても美しく、お店でお客と遊ぶ様に何時も明るく誰をも楽しませてくれる。


「何処から見ても?」

「そう正面から見れば美しい顔と大きな胸が、横から見ても女性らしい体の線が、後姿も艶めく桃色の髪と魅力的な御尻が」

「ありがとぅ……ノーバンの目にはそんな風に見えているのね」

 俺の目からと言うより男の目から見たら同じ様に見えるだろう、女性からだと違って見えるものなのだろうか?


「まぁ、何処からと言っても下から覗き込んだことが無いから、今度お願いしても良いかな?」

「いやぁよぉ、ノーバンのばかぁ」

 ママとの楽しい時間、何時の間にかアールヴの事を忘れている俺。

 だが思い出さざるを得ない会話が待っていた。


「アールヴちゃんは、まだみたいだし、もう少し私に付き合ってねノーバン、……話したい事があったの」

「あぁ俺もママに……」

 多分、以前約束したデートしての同伴出勤の件だろうと思い、話しながらママの方を見てみれば、凄く真剣な表情をしているので途中で言葉を引っ込めてしまった。


「ノーバン! アールヴちゃんに手は出していないわよね?」

「ぅぅうん? 出してないと言えば出してない……」

 また此の質問か? 曖昧な聞き方は止めて欲しいと思うが、直接的な質問は他のホステスや客も居る店内では難しいか? アールヴの体に触れはしたが変な事はしてない、だが其のまま言って、もし他の客やホステスに聞かれたら何と思うか? 九分九厘が枕営業だと勘違いするだろう、本当の事すら言えない。


「もぅハッキリしなさいよ、ノーバンがお店に来なくなる前に、あの子が部屋で泣いてたのよ」

「いや、泣かすような事はしてない積もり……だ。多分」

 確かに体は散々触り回したが診察と治療行為で、下心は少ししかなかった。

 人によっては泣くほど恥ずかしく嫌な事かもしれないが、アールヴはそんな風に見えなかった……が、それほど嫌だったのだろうか?


「良いのよ、信じるわ、それに今あの子が来れば判る事だから」

「あ、ああ」

 それを「信じる」と言えるのだろうか? 結局「来れば判る」とは疑って居ると言っている様な者ではないだろうか?


 そしてママと話していると目の前にアールヴが現れた――が俺の知っているアールヴとは違っていた。


「いらっしゃい、ノーバンさん」

「……ぁ、あぁ『ゴクッ!』」

 俺は無意識に口を開けて放心していた様だ、アールヴの挨拶にハッとして我に返るも上手く言葉が出て来ない、しかも返事の後に生唾まで飲んで、喉を鳴らしてしまった。


「いや美しい、見違えるほど綺麗だ」

「ありがとう」

 アールヴは御礼を言いながら、俺だけに微笑を贈ってくれる。

 心臓は高鳴り目は離せない。


 ハートを射抜かれるとは、この事だろう。

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