魔術師
投げ出された赤い海が群青のように冷ややかに僕の体を冷たく包んだ
眠りから覚めたように気分が冴えて吐き出す息を指で包むと、少しの乾いた感触と吸い込まれるように入ってくる水。
これが溺れ死ぬ緩衝と感覚なのだろう
下へ降りてこいと言われているように地上の光が遠のいて行く
ナニカに飲み込まれた僕は気づけば溺れ死ぬと言う事で
最後に見たのは空にあいた穴と覗く目玉
人が生み出すことの出来ない領域で恐ろしく謎に満ちた破壊の繭
数万単位の魔法の混合とも言えた最悪にして生み出すべきものはないと人ではない僕からして人間とは愚かで愚行に走るのかと溜息をこぼす
海底の底、闇が誘う底なしの沼に落ちていくと世界は変貌する
耳に鉄を叩く音が鳴ると
光が満ち溢れ世界は色を変えた
咄嗟に取り込まれた酸素に肺に溜まった水が逆流する
「がはっ…ぅ…うぇ」
飲み込んだ赤い水は吐血したかのようにイオの口から吐き出される
目が白濁としていながらも気づけば天井が見えた
手の届かないくらいに空高い天井、全体的に木目の建物からはステンドガラス越しに光りが輝いていた
周りを見渡すと場所的にはどこかの大聖堂
薄暗く音もない不安がひしめいた空間が作られていた
「やあこんにちは」
話しかけてきたのはとても綺麗な男だ
くっきりと彫りの深い顔に全体的にすらっとした程よい筋肉の質の体格に服の下から白銀に輝く長髪が伸びている
人目見て男だと思うが、どこか雰囲気だけ感じると女性なのではないかと思ってしまう
「………だれ…」
見ず知らずの場所で知らない人に話しかけられた時点で遅かれ早かれ気を付けろと言われるのだろうか
とっさに逃げたくなるという感情は正しいものだろう
けれどイオはしなかった。
ただなんとなく彼が悪い人では無いと悟ったからだ
「そうかそうだねこうやって話すのは初めてだな名も無き少年よ、私はヨハネしがない魔術師をしている者だ」
職業、魔術師
大抵の人が自身にある魔力で生活面や趣味嗜好の娯楽で扱える物やある程度の優劣で争う魔法騎士団などの上位種に存在する魔法を臨界極める者
因果を崩しても勝つことのできない力量と差が存在する
一般家庭における魔法は魔力が尽きれば回復までに休息を要すが
魔術師は違い空気中にある魔力を取り込めるパルスを独自に持っているため繰り返し魔法が使えるものだ
生まれつき適性を兼ね備え家柄や元ある才で決まる魔法系職の分類で最も最上級に当たる狭き門
魔術師1人産めばその家は栄光に繁栄すると言われる程、少ない者の中でヨハネスはきっとその中でも上位に君臨する者だろう
「あ、あの...僕はその...」
そう言うことが今の僕には精一杯だった
自分は何かと聞かれれば、それはきっと何も無いのだと
蓋を開けてみれば今の自分を代弁するものがない
それが僕で何も無いのが僕だ
「もちろん知っているとも見ていたからね
見ていたから言える君が気に病む事はない、あれは歴史において必要な死だった
なにせこうなる結果を知っていたから私が魔術を研究者に教えたんだ
たまたま君が最終的判断を下しただけで、もう世界は壊れていたんだよ」
ヨハネは人の領域を超え卓越しすぎているからこそ理を外れている
多分であり正確ではないがヨハネスは人の形をしているが人の心を知らない
魔術師でありながら人を救うどころか澄まし顔で見捨てる正義の代行者
「全ての人が死にました、死ななくていい子も希望を語り合った友達も皆…貴方が仕向け…僕が殺しました」
悔しかった訳ではない
悲しかった訳ではない
心残りがあった訳ではない
ただそこにこれから背負う罪の重さに怒りが湧いた
どうして助かってしまったのだと、死なねばならなかったのは誰でも無く自分自身だと真っ先に思ったからだ
自分がそうあるべきだった事への怒りで八つ当たりをしてしまう
けれどヨハネはそんな僕を嘲笑った
「君が死ぬに足らぬ存在だったそれが結果であって
今の君には価値などない」
所詮はその程度価値なのだ
使い道もないただの道具程度の価値なのだ
そう直接的に言われてしまえば自分の存在の卑屈さに気が引けた
それはどこか被害者として自惚れていた自分への罰のように心折られた
「……はい」
わかっています。
自然と解けた手のひらからは冷ややかな空気が触れた
この場にいてはいけない空気と気まずさが残る
「君は自分が人殺しだと言った
ならば罪を償い終えるまで許される日は来ないだろう最低限悔いて君が見捨てた者共を弔ってはどうかね」
「…矛盾してます、僕に価値がないと言ったなのにそんなこと言われても出来るわけがない」
自覚してしまえば目を合わせずらい、正直かけ離れている相手を前に怯まない人はいないだろう
「ここに1つ処分が決まり捨てられるガラクタがあったとしよう
もうネジが外れて、今にも壊れそうで
見た目もみすぼらしい誰だって捨ててしまいそうなガラクタがここにある
だかどうだろうガラクタの心臓に宝石の原石があったとしたら私は磨かずには居られない達でね」
ヨハネスはただ愕然と聞いているイオを見て高らかに愉快に笑うと床に白銀の花が包み込む様に咲き始める
冷ややかに春を招く夜が来たかのように見るもの全てが花と化していく
「名をホシヨミ魔術師の世界ではまだ誰も得ていない職業
人の記憶を本に留める職がある、使い方によっては記憶の先、無い物語を作りだし記憶の夢と書き奇跡を紡ぐ者と呼ばれる」
ヨハネとイオの周りに風が小さな竜巻のように唸り咲き誇った花たちを巻き込んでいく
幻想的で見えている景色が白く染まっていく
「君に似合う職だろう、もちろん君の為なら魔術を教えよう」