死んで生まれ変わる
その後もブレイクは車を走らせ、やがて寂れた一軒家の傍らに車を停めた。その頃にはヨルタも目を覚ましていて、いつも通りの彼女に戻っていた。
「自分が何をしたか覚えてるか?」
「ううん……詰所で隠れて、次に気が付いたらここにいたよ」
アレックスの問いに、ヨルタは首を横に振ってそう答える。どうやらおかしくなっていた時の記憶はないらしい。体調にも変化がなく、話してみた限りでは彼女に異常は見受けられなかった。
「それよりもこれ。見つけたよ」
ヨルタは詰所で見つけた資料を取り出す。するとブレイクが近寄ってきて、彼女の手からひったくる。
「こいつは――」
資料を読んだブレイクは絶句した。一体どうしたのかと、アレックスも資料を読む。そこには手書きと思わしき文字で、こう書かれてあった。
――2015年 12月18日 午前1時28分 町の近辺に二人の男と一人の少年がやってきた。彼らは正体不明の暴徒に追われており、町の警備隊は暴徒を射殺。逃亡者の男の一人は死亡。気を失ったもう一人と少年(彼の息子)を救出するべく対象に接近。しかし目を覚ました男は隊員から銃を奪い、三名を射殺。次いで父親は息子を射殺。その後放心状態に――
「どういうことだ? 俺が……キースを?」
――ブレイク・ケネディは町外れの工場で働かせることにした。あれ以来一度も凶暴化は起きておらず、一般市民としての生活に適性があると判断したからだ。
自分が息子を殺したことに関しては知らせていない。私の見立てでは、彼の凶暴化は激しい興奮状態に陥った際、顕著になる傾向があるように感じる。とにかく、次に被害が出た時が最後だ。
「そんな……ばか、な……」
ブレイクの呼吸が荒くなる。アレックスは彼から少し距離を取り、銃に手を掛ける。
「ブレイク、落ち着け。原因が分からない以上仕方がないことだ」
「だが俺が殺したのは事実だろうが!!!」
それもこの資料に書かれているだけで、本当かどうかはわからない。ただ一つ事実なのは、ブレイクの凶暴化に関する事だけだ。彼は今まさに“ブレイク”でなくなろうとしている。目は虚ろで、心なしか肌色も兵士に近づいている気がする。全身の血管が浮き、呼吸はさらに激しくなる。
「どうする……?」
「下がってろ」
ヨルタの問いに、アレックスはそう答えるしかなかった。その間も、ブレイクは呻き声を上げ、必死に苦痛に耐えている。
「今頃町は大パニックでしょうねぇ、お父様。おまけにアラン様の信用も失い、次はこの方の理性を狂わせようとしている。全部、ぜーんぶ、貴方が余計なことをしたからですよ」
またお前か、とアレックスは大きなため息を吐く。こちらと苦しむブレイクの間に、幻覚のオメガは立っていた。相変わらずの腹の立つ口調でこちらを嘲笑う。
「ブレイクは、放っておけば元に戻るかもしれません。けれど戻らないかもしれません。貴方はどっちに賭けますか?」
「それとも、答えを決めることすらできませんか? 今のお父様は、前とは違いますものね」
「何?」
“前とは違う”という言葉に一瞬気を取られた。気が付けば幻覚は消え去り、ブレイクに殴り倒されていた。
「くっ……!」
立ち上がるが、ブレイクの動きは信じられないぐらいに素早かった。胸ぐらを掴まれ、窓から外に放り出される。
「なんて力だ!」
起き上がろうとするが、上からヨルタが落ちてきて再度地面に倒れる。彼女もブレイクに投げ捨てられたようだ。
「大丈夫か?」
「どうにか――」
「大丈夫」とヨルタが言い終えるよりも早く、アレックスは彼女を横に突き飛ばす。そして自らも彼女とは反対側に転がった。さっきまで自分たちが倒れていた場所に、ブレイクが飛び降りてきたのだ。
ブレイクは近くにいたヨルタの方を向く。その恐ろしい目つきにヨルタは一瞬怯むが、すぐに弓を取り出して矢を射ようとする。しかし引き金を引いて終わりの銃よりも手間のかかる弓矢では、ブレイクの素早い身のこなしにはとても太刀打ちできない。
顎に蹴りを喰らい、後方へ吹っ飛ぶヨルタ。彼女の体はまだ宙に浮いていたが、それに追いつきそうなぐらいの速度で接近するブレイク。そんな彼の足首を、ホワイトウィーブが捉える。そのまま彼の体をがんじがらめにして拘束した。しかし、
「何っ!?」
ブレイクの体に巻き付いたホワイトウィーブはいともたやすく引きちぎられ、振りほどかれてしまった。今の彼の怪力は、オメガの髪の力すら上回るというのか。
怒りを剥き出しにしてこちらに向かってくるブレイク。アレックスは後ろへ飛び退きながら銃を抜き、ブレイクの頭を狙って数発発砲する。一発、二発と確実に命中するが、彼は止まらない。三発目が当たると同時にようやく足が鈍り、アレックスに手が届く直前に受けた四発目で大きく仰け反る。すぐに姿勢を整え直すブレイクだったが、その顔にアレックスの強烈な拳が叩き込まれる。ブレイクは仰向けに倒れるが、すぐに立ち上がり、再び襲い掛かってくる。
彼の肌色、そして唸り声は兵士と同じものだった。感染はしないはずなのに。それはこちらの見立てが間違っていたという事だったのか。
とにかく、もうブレイクがブレイクに戻ることはない。アレックスはブレイクの拳を受け止め、腕を折る。しかし痛みを感じていないのか、今度は噛みつこうとしてくる。その顔を掴んで腹部に残弾を全て叩き込むと、ようやく彼は動かなくなった。
「……アレックス、手」
ヨルタにそう言われて見てみると、ブレイクの顔を掴んだ右手に、彼の眼球が潰れた状態で張り付いていた。
潰れた目を払い落とし、ブレイクを見やる。両目がなく、青白い肌をしたその顔は、完全に兵士と同じものだった。
ブレイクの為に町の人々の信頼を裏切って手に入れたものは、簡単に彼を絶望させた。その絶望が、彼を怪物に変え、彼の為の努力は無駄に終わった。その事実に、アレックスは打ちひしがれていた。
「アレックス……大丈夫?」
そのことを察したのか、ヨルタはこちらの顔色を窺うようにそう尋ねてくる。アレックスは彼女の顔を見てただこう言った。
「大丈夫だ」
ブレイクが運転していた、戦車のようにも見えるこの車。これが、自分がブレイクに依頼した車に違いない。タンブラーのような無骨なデザインだが、それは周囲の環境から浮かずに済むという事でもある。先程警備隊に追跡された際に車体を撃たれたはずだが、傷一つ付いていない。装甲もなかなかのもののようだ。
「ブレイク、あんたには世話になった……感謝する。息子と会えるよう祈っている」
最後に、ブレイクに感謝と弔いの意を示し、ヨルタと共に車に乗り込む。操縦方法に関しては多少複雑だったが、基本的には普通の車と変わりない。何が起きるのかわからないボタンも多数あるが、これは後で試せばいい。アレックスはアクセルを踏み込み、車を急発進させた。目的地は米軍基地。オメガを倒し、ホープを取り戻すためには何でもすると、アレックスはこの時心に決めた。




