風邪
――”吹上くんって、お父さんみたいだね”。
これは小学生の頃、クラスメイトの女の子に言われた一言だ。
小学生の言葉なのだから今思えば真に受けることもないと思う。
それでも当時の俺にはとてもショックだったし、人と話すことが苦手になるには十分だった。
――中学校卒業式から5日後――
今日の夜ご飯を準備するため、近所のスーパーで買い物しているとクラスメイトだった星ヶ丘さんとすれ違った。
「吹上君、久しぶり~!」
屈託のない笑顔で声をかけてくれる。
「星ヶ丘さん……ひ……久しぶり」
「吹上君も大樹寺学園行くんだよね! 高校でもヨロ~!」
そう言って星ヶ丘さんはお母さんとレジに向かっていった。
「あ……うん……ヨロシクね……」
星ヶ丘さんも大樹寺学園に行くんだ……知らなかった……
星ヶ丘さんに遅れて自分もレジに向かう。
今日も上手く言葉を返せなかった。
何でもない日常のあいさつってことは分かってる。それでも、どうしても小学生の頃を思い出して嫌な想像をしてしまう。
ホントは喋りたくないって思ってるのかなぁ……
後で友達に”アイツに話しかけられた”って言うのかなぁ……
ハッキリ言って被害妄想。だけど、それだけ自分に自信が持てない。
それはコミュニケーション能力だけでなく見た目にも自信がないからだ。
俺は太ってる――それも物凄く。
普通の食事量であるにもかかわらず、なぜか体はどんどん大きくなっていった。
自分の意思とは関係なく浮腫んでいく顔に、自分の脚が見えないくらいに膨らんだお腹。
運動をして瘦せようとしても、太りすぎて直ぐに息が上がってしまう。とうとう体重は増え続けて、中学卒業時点で110キロを越えてしまった。
人見知りで110キロのおデブなブサイク。
そう、俺――吹上空良は、どこにでもいるザ・陰キャ。
だけど、いじめられてたわけじゃない。
親友と呼べるような人は居ないけど、サッカー部の田中君や野球部の永井君とも話せてたし、クラスメイト全員と話したこともあるし……たぶん。
みんなの連絡先知らないけど……
でも、考えてみてよ。人見知りの体重110キロのブサイクおデブがいじめられなかったんだよ?
いじめられる要素しかなかったのにいじめられなかったって割と奇跡じゃない?
父の教えも大きかったと思う。
いつも『自分にやさしく、他人にもっとやさしく』って教えてくれたからだ。
――「人は優しさをくれた人に対して、優しさで応えたいと思う生き物だから、見返りを求めず、やさしさで包んであげなさい。そうしたら空良もやさしさで包まれるから」
だから、黒板の清掃や整理整頓、こぼした汁物の掃除とか誰に指図されることなく率先して行動した。
いじめられないように、仲良くなれるように――
それが正解だったかは分からないけど、クラスメイトに恵まれた三年間の中学校生活は可もなく不可もなく、自分もクラスの輪を乱すようなこともなく、地味にしれっと終わった。
今は卒業式も終えて、中学生最後の春休みを満喫中。制服も届いたし、通学カバンも準備は万端。
そんな俺の進学先は、私立大樹寺学園の普通科。普通科や商業科の他に芸能科も存在し、俳優・歌手・アイドルなどを多数輩出している地元では知らない人はいない名門私立である。
まぁ簡単に言えば華やかな陽キャが集まるような学校だ。
なんでそんな真逆みたいな学校選んだかって?
それは、将来のやりたいことがまだ決まってない俺には最適だって思ったし、
なにより……俺だって変わりたいって思ってるからだよ。
普通に喋りたい。
友達が欲しい。
不安だけど、心配だけど、成長するために大樹寺学園に進学したい。
両親に伝えた時、反対されるって思ってた。けど両親は、一切反対することもなく背中を押してくれた。
――「いいかい空良。空良は光り輝くダイヤの原石なんだよ。だから高校では色んな経験をしてほしいと思っている。いつも言ってるだろ、『自分にやさしく、他人にもっとやさしく』を忘れなければ大丈夫だよ。お前が思っている以上にお前のこと好きなやつは多いんだからな。これからモテるぞ~っ!まあ焦ることなく、ゆっくりと自分と向き合っていきなさい。大丈夫、空良ならできるさ!」
今でも親から言われた一言は覚えてる。やっぱり両親は俺の扱いが世界一上手い。でもモテるは無いだろ……
「高校では友達できるといいな……」
新生活への期待や不安が入り交ざった複雑な感情を胸に、帰路についていると、とうとう家に着いた。
「ただいま~」
家には誰もいないため返事は当然ない。
どちらも4月には帰ってくるが、父親は商社マンで海外赴任中、母親も地方へ出張中である。そのため今は自分1人で住んでいる。
「さて、料理しますか」
両親共に出張が多いからなのか、幼い頃から家事全般こなしてきた。今では料理や洗濯だけでなく、裁縫もこなしたから、専業主夫どんとこいな実力である。
慣れた手つきで今日も夕飯の準備を進め、お風呂を沸かす。
今日のメニューはしょうが焼き。フライパンでちゃちゃっと仕上げて冷凍のご飯を温める。お皿に盛り、食卓に移りゆっくりと食べ始める。
しょうがとみりんの効いた甘辛ダレが、しっとりとした豚肉によく合う。
うん今日もいい出来だ。
ご飯を食べ終えるとそのまま食器を洗い、バスタイム。
満喫したらお風呂から出て洗濯機を回し、リビングでゆっくりする。
何の変哲もないただの春休み。毎日同じように日が過ぎていく。
「明日は、掃除してから何しよっかな~」
そんなことを考えながら、布団にもぐり瞼を閉じた。
――その日の晩――
突然体に違和感を覚え、目が覚める。
「寒い……」
15年しか生きていないが、この嫌な感覚は何度も経験している。
焼けるように腫れた喉、ブリザードを浴びるような寒気、節々の痛みと倦怠感。鐘が鳴り響くような頭痛。体中が熱を持ったように熱いのだ。
「完全に風邪引いたな…」
地面を這うように体温計と冷却シート取りに行くためリビングに向かった。
しばらくして、体温計を見つけた俺はすぐに体温を測り始める。
――ピピッ ピピッ
――38.4度
「と……とりあえず明日はゆっくりしよう」
布団に戻るが寒気で中々寝付けない。
小1時間布団に包まった後、意識を失うように眠りについた。




