日下部睡蓮×草野春樹 3
四月も半ばに入り、新しいクラスにも少しずつ馴染んでくる頃。
うららかな春の光を浴びながら、いつものように校門をくぐると、はらり、と白いものが落ちてくる。見れば、桜の花びらだ。
桜が散るこの時期は、毎年ちょっと切なくなる。枝にわずかに残った桜を、惜しむように見上げていると、風が吹いてまた花びらが落ちた。今年の桜も見納めだ。
普段なら、遅刻ギリギリでぜーはー言いながら教室に直行するするところだけれど、今日は少し時間がある。どうせ教室で暇するなら、と中庭に足を向けた。
中庭の桜は、日当たりの関係なのか、まだいくらか花が残っていた。枝の先に二、三花が固まって咲いているのを、小さなデジカメで撮っている男子もいる。
あれは、もしかすると。
そう思った直後、パキリ、と足元で音がして、その男子が振り返る。
どうやら、あたしが落ちていた木の枝を踏み、その音で気づいたみたいだ。
「あ、日下部さんだ」
驚いた口調で言い、いたずらっぽく笑う。
「今日は、珍しく早いんだね?いつもチャイムギリギリに走ってくるのに」
「うっ、うるさいな…」
思った通り、そしていつも通りの草野君だ。
挨拶のようにあたしをからかってくるのでもう慣れてしまった。
「写真撮ってるの?」
草野君の隣までてくてくと歩き、カメラを覗き込む。草野君は、「うん、今年も桜はたくさん見たんだけど、もう最後かと思うと寂しくなっちゃって」と照れくさそうに笑う。
「撮った写真、見れないの?」
「え、いや見られるけど。…あんまりうまくないよ」
期待の眼差しで草野君を見つめると、根負けしたようにカメラのボタンをポチポチと操作し、画面を見せてくれる。
「え、これ、すごく綺麗に撮れてるよ」
「…それは、まあ。…ちょっと自信作」
すごいすごい、と目を輝かせて次々写真を見ていくと、桜以外の花もたくさん出てくる。今までずっと撮りためてきたのだろう。季節を逆に遡っていくみたいで面白い。一方の草野君は照れの限界が来たのか、「もう、やめやめ」とぱっとカメラを取り返してしまう。
目で訴えかけても、彼も今度はぷいっと顔を背け、取り合ってくれない。
草野君は、もう一度カメラを構えると、なぜか後ろに下がり始める。
「日下部さん、撮らせてよ」
「ええっ」
「いいじゃん、写真見せたんだし」
「そんな交換条件聞いてないっ」
「嫌?」
「…嫌ではない、けど…」
「じゃあいいじゃん。ほら、自然に自然に」
目に見えて緊張するあたしを見て、草野君は楽しそうに笑う。
…くっ、あれ絶対面白がってる。
悔しいのでカメラを無視して桜を見上げる。
そよ風に、薄桃の花びらがゆらゆらと揺れている。まるで、あたしたちのやりとりを聞いて、くすくす笑っているみたいだ。
ぶわっ、と強い風が吹く。
枝に残る花が今にも落ちそうで心配していると、本当に一枚、花びらが落ちてきた。
思わず、「あっ」と手を伸ばす。
花びらは、あたしを弄ぶようにくるくると舞い、ふわりと風に乗ってどこかへ行ってしまった。
カシャッと音がして、草野君がふっと笑う。
「日下部さん、子どもみたいだね」
「う、うるさいってば…よりによってこんなとこ撮らなくたっていいでしょ…」
「いや、最高のシャッターチャンスだよ」
草野君は、そう言ってじっとこちらを見つめている。
ゆっくりと歩いてきて、そして、あたしの頬のあたりに手を伸ばした。
えっ、と思う間もなく、指が肩に触れる。
指は一瞬で離れ、草野君がにっこりと笑う。
「さっきの、肩に乗ってた」
手には一枚の花びら。
「あ、ああ…ほんとだ」
「花に遊ばれたね~」
びっくりして跳ねた心臓を、ゆっくりと呼吸して落ち着かせる。
草野君は、こっちの気なんか知らないでのんきにもう一枚写真を撮り、
「さて、そろそろ行きますか」
と、こっちを振り返った。
「う、うん」
「桜も散ったし、次、教室に何活けようかな」
「そっか、草野君今季も緑化委員だもんね」
「そうそう。好きな花とかある?」
「うーん。季節と合うか分かんないけど、撫子とか?」
「お、いいね。もう少し先になるかもしれないけど、絶対使う。今ならチューリップとかもありだな」
ふわり、と風が吹く。
また一枚、桜の花が散っていく。
くるくる、ひらひら、風と遊び戯れるように、舞い踊るように。
移り変わる季節を、楽しんでいるみたいだった。
ちょっと、忙しい時期に書き始めてしまって、更新が滞りそうです。読んでくださっている方、ありがとうございます。更新が遅れても、生温かい目で見守って下さると嬉しいです。