日下部睡蓮×草野春樹 0 (春樹side 後編~春樹と葉月の秘密~)
それから、十日か、二週間くらい経って、僕はもう一度、花の水をすすぐ彼女と遭遇した。
その時には、既に菊の花も散って寿命を迎えていたから、花瓶を洗いに来たのだと思う。
花瓶に残った最後の菊は、手入れされた上で天寿を全うした花の顔をしていた。
僕は掃除当番で、洗面所に雑巾を洗いに来ていた。
洗面所には他に誰もおらず、僕は密かに二人きりなのを意識したが、彼女のほうは一瞬目が合っただけの僕のことなんて覚えているわけがない。
前と同じように枯れた花を取り出す。
むっと、青臭い匂いが広がる。
見ると、葉がふやけて水も濁っている。
花が日持ちするぶん、長く水に浸かっていて腐敗が進んだのだろう。今日は月曜日だから、枯れてからしばらく経ったせいもあるかもしれない。
彼女はやっぱり文句も言わずに水をすすいでいく。
たたっと靴音がして彼女の背後から姫カットの女子が抱きつく。そのまま彼女に目隠しをしてにやにやし、甘えた声を出す。
「すーいれん、だーれだ?」
「葉月ー、いいとこに。ちょ、袖まくってくれない?長袖だから濡れそうで」
「えー、嫌ですぅ。私は睡蓮の邪魔しに来たんですぅ」
「いや、そんな堂々と本当のこと言わないで」
「だって、それそもそも浦田の仕事でしょ?あいつ結局二、三回しか水換えてないし。睡蓮やる必要ないっつの」
「あはは。いいよもう。浦田は花の世話とか向いてないわ」
「でもさあ…」
「いいから、袖まくってよ葉月」
「えー」
笑う彼女の目から、渋々手を離そうとする葉月という女子に、僕は「待って」と手振りで伝える。
きょとんとする葉月さんに、口パクで「そ、の、ま、ま、で」と言ってにっこりする。
僕は無言で彼女の袖をまくり、「え、誰?葉月、あんた手四本になった?」と驚く彼女の反応を聞いて葉月さんと顔を見合わせる。
二人で、にやりと笑う。
共犯者にぴったりの顔だ。
袖をまくり終えると、「あ、ありがとう」と小さな声で日下部さんにお礼を言われた。
見えてないのにちゃんとお礼言うのか、と僕は吹き出しそうになったが、くっと堪える。
そして葉月さんに向かってにやりと笑い、「内緒ね」と自分の唇に人差し指を当てた。
「あたぼうよっ」と口パクで返す葉月さん。
仲良くなれそうだ。
僕はすたすたと立ち去り、目隠しを解かれたらしい日下部さんと葉月さんの会話に聞き耳を立てる。
「結局誰だったの?」
「さあ、知らない人」
「えっ」
「でも、可愛い人だったよ?」
「そ、そう…葉月、結構コミュ力高いよね…」
「まぁねん♪」
二人の会話に、僕はまた笑いそうになる。
葉月さん的に僕は可愛いらしい。日下部さんには完全に女の子だと思われただろうな。
もし、日下部さんといつか知り合うことになっても、今日のことは当分、僕と葉月さん二人だけの秘密だ。