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決戦 2

場所:クラチェンフォート


 スパイダーとの約束の日がやってきた。

 俺はいつもより早めに起き、支度を整える。

 目指すは雪山。暖かい服装を着て、刀を腰部へと携える。


「ショウくん」


 用意をしたところでイワさんから声をかけられる。


「いよいよね、体調は大丈夫?」


 イワさんはしみじみと言った。まるで受験日当日の受験生のような扱われ方だ。


「体調は良好です。覚悟ももう決まってます」

「きっと、これで翔くんと会うのは最後になるかもしれないわね」


 俺はイワさんの言葉でこの世界についての知識を振り返る。

『人為転生』による燈の転生。その燈がログアウトすることになれば、転生させたイワさん自身もログアウトする形になるのか。


「イワさん……」

「私のことは気にしなくてはいいわ。私の望みは変わらない。燈のことを救ってあげてほしいわ」


 言葉とは裏腹に悲しげな表情を見せている。数ヶ月とはいえ、俺とイワさんの仲は確かなものとなっていた。


「いろいろとお世話になりました。このお礼は必ず、返します」


 とは言っても、イワさんの言葉を無下にしてはならない。俺たち二人の願いは『燈を救うこと』であるのだから。別れを惜しんではいけない。


「ありがとう。じゃあ、最後に私からこれを。手を出して」


 言われた通り、俺はイワさんへと手を差し出した。彼女は俺の手を両手で握り締めると手の平でイワさんの手以外の感触が生まれる。


 すべすべとした滑らかな物体。感触的としては球型を示している。

 握られた手が離れると透明色の球が俺の手の平に置かれていた。


「もし、あなたが危険な目に遭う時にそれはきっと役に立ってくれるはずよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「きっと、今回の戦いはあなたにとってとても過酷なものになるかもしれない。私は残念ながら実際に味方として戦うことはできないけれど、応援しているわ」


「それだけで十分ですよ。かなり心強いです」

「そっか。それならよかったわ。いってらっしゃい、翔くん」


 不意に見たイワさんの表情が自分の母親と重なった気がした。

 二人で約束を交わした時、母さんはこんな表情をしていた。


 今度こそ、約束を守らないといけないな。


「はい、行ってきます」


 俺の言葉にイワさんはただただ笑みを浮かべるだけだった。

 そうして、俺は家を出ることにした。


 最後に聞いたのは今日も今日とて『通り魔のニュースが流れるラジオ音』だった。


 最初によるべきところは燈の家だ。

 訪問するわけではないが、ある物を置いておかなければならない。


 前に一度来たことがあるだけあってかスムーズに見知った建物を発見することができた。


 見つからないように扉横に置かれた『かご』にリンゴを置いておく。それとともに一枚の紙を添えて置いた。


 これでここでの役目は終わりだ。


 次はこの前と同様、雪山行きの馬車のある場所まで行った。あとは、馬車が勝手に雪山まで連れていってくれるだろう。


 馬車に乗っている間、移り変わる風景を見ながら物思いに耽る。

 今日、一体燈はどう言った決断を下すのだろうかと。


 俺が大会を見に行くと言ったことで彼女の中で『強くなる』という意思はさらに硬くなったはずだ。


 ならば、もしかすると彼女の選択する道はよくない方へと移るのかもしれない。


 そうなれば、俺はまた同じ過ちを繰り返すことになるのだろう。

 燈の行動を阻止するために俺が取るべき行動。


 今度こそ、成功させてみせる。きっと、今日が俺にとっての時代の境目になるはずだ。


 真っ白に覆われた地面が視界に映る。どうやら、雪山にたどり着いたようだ。


「着きましたよ」


 運転手の声が聞こえる。腰を上げ、礼とともに通貨を渡して馬車を降りた。

 いつも通り、ここからは歩きで雪山まで行かなければならない。


 ゆっくりとした足取りで入り口まで歩いていく。

 入り口に入ると、今度は目的地である『危険区域』へと歩いていく。


 この一週間、がむしゃらに戦ったことで俺の今のレベルは四十だ。ちょうど『危険区域』に入ることができる。


 ここに来るのも慣れたためか自然とそこまでのルートは頭の中に叩き込まれていた。


 歩いていると今回も同様、兎の大群が俺を囲って来た。イレギュラーなのは、今回は馴鹿も一緒であるということ。


 とはいえ、正直今の俺には話にならないレベルだ。

 腰に携えた刀の柄の部分を握りしめる。


 力を入れ、葉の部分を少し出すのと同時に素早く馴鹿の後ろへと着く。レベルが上がったことにより敏捷が増え、普段とは段違いな、スピードを出すことができる。


 抜刀し、馴鹿の首を取るような形で刀を振る。

 刀は馴鹿に触れると切ることはなく、強い打撃を与える。切れなかったのは俺の繰り出したのが峰打ちだったからだ。


 峰打ちでも、仕留めるには十分。馴鹿は白目をむいて、その場に倒れこむ。

 倒れ込んだ馴鹿の姿を見ると、兎はその場から逃げるようにして遠ざかっていった。


 様子を見つつ、刀を鞘へと収めていく。

 一連の動作間で、俺の手は震えることはなかった。


 この一週間がむしゃらに敵と戦うことで克服することができた。刀で敵を殺し、血をたくさん見てきた。その度に呼吸が荒くなり、嘔吐するときもあった。それらも日に日に衰え、気がつけば普通に刀を振るうことができていた。


 闇に沈んだ心はその闇から目を離さないことによって消滅させた。

 止まったしを動かし、『危険区域』へと向かっていく。


 運が良かったのか、あれきりモンスターに遭遇するということはなかった。

 目の前に移るのは、「先へは行ってはいけない」と主張する鎖。だが、そんなことは気にせず、中へと入って行った。


 今までだったら、『侵入不可』という文字表記が流れるが、そんなことはなく柔らか感触に包まれるとともに今までで見ていた視界が一変する。


 雪山がベースとなっていることに変わりはないが、道がやけに入り乱れている。


 初見ではかなり苦労するこの道だが、回数をこなしている俺からしたらそこまで大したことではない。


 正直レベル四十までの道のりはそんなに苦しくはなかった。狼を倒すことで大量の経験値を得ることができ、気がつけばこのレベルへとたどり着いていた。だが、四十を超えると極端に次のレベルまでの経験値が増え、なかなか上がりにくくなっている。


 俺の目標はレベル四十の到達だったためこの仕様は全く効いてはいないわけだが。


 入り乱れた道をかき分けながら『危険区域』の奥の方まで歩を進めていく。

 ルートは覚えているのだが、今の目的に関してそれは全く意味がない。だからただ、道を歩いていくだけだった。


 問題はこんな早朝からこの雪山に来ている者がいるのかということ。

 でもこれは杞憂だろう。


 歩いていくと何かを切る音が聞こえてくる。同時に人の声が耳へと入って来た。


 声の内容は指示を出しているように思える。つまりは複数人でここを攻略しているということか。


 別に何人でも、構わない。それよりも人を見つけることができたということが幸いだ。


 俺は来ていた服についているフードを深くかぶった。

 ゆっくりとした足取りで彼らのいる方へと歩いていく。視界は次第にその存在を捉える。


 二人組の男のようだ。危険区域にいるモンスターを倒したのか二人でハイタッチしていた。


 一人は剣携え、もう一人は弓を持っている。チームとしての行動を重視している組み合わせだ。


 彼らの行動を気にすることもなく、ゆっくりと近づいていく。

 近づくことで気配を感じ取られたのか、あるいは足音に気付いたのか彼ら一斉にこちらをのぞいた。


「なんだ、お前は?」


 俺の存在を訝しげに見つめる一人の男。俺は彼らに向けて一言告げることにした。


「強い方と決闘がしたい?」

「ああ、決闘だと。何を急に」

「待て! フードを被っているってことはこいつもしかして……通り魔じゃねのか」


 ご名答。ラジオでの情報でうまく広まってくれたようだ。


「通り魔。でも、前のやつとは体格が違うぞ」

「知らないのか、この前やってただろ。新しい通り魔の出現があったって。確かこいつ、負けてもアイテムがもらえるらしいぜ」


 そこまで広がってくれているなら話は早い。


「お前の言う通りだ。俺に負けても『狼の牙』を五つ決闘してくれた方にやる。勝てば『狼の大牙』もつけてやる」


 狼の牙はカテゴリーBに属する狼から取れるアイテムで武器の強化に使うことができる。一度に結構な量を使うためあって困らないものだ。


 狼の大牙は森に稀に出没する大狼から取れるもの。やつはカテゴリーAに属しており、正直なところゲットするのにかなりの労力を要する。そのためドロップするアイテムはかなりのレア物だ。


「なら、やるしかないな」


 勝っても負けてもメリットしかないのだ。やらない理由がない。


「で、どっちが決闘をする」


 男二人は顔を見合わせる。相談の末、名乗りを上げたのは剣を携えた方の男だ。


「決闘を始める前に俺からいくらか条件をつけさせてほしい。その条件が『狼の牙』の報酬に該当する」

「なんだ?」

「そんなに難しいことじゃない。条件は二つ。一つは、決闘時のこちらの情報公開は非公開とさせてもらう。もう一つは、本気で俺に挑むこと。以上だ」

「なんだ、そんなことか。いいぜ」

「ならば」


 俺は手を相手側に出し、『誓約書』を差し出した。相手は特に悩む様子もなく、すぐに同意を押してくれる。


「じゃあ、始めるぞ。俺は適当にジェムを選ばせてもらう」

「俺の方は狼の大牙だな」


 互いに欲しいアイテムを選択して、決闘の合図が鳴った。

 今回の相手はかなり素直だな。たまにここで狼の大牙ではなく、違うものを選択してくるやつもいる。とはいえ、この動作にはあまり意味はない。


 なぜなら、ここで負けることなど万に一つないからだ。

 両者の情報が、中央に流れるが俺の情報は非公開となっている。


 互いに一定の距離を取る。「両者構え」という合図とともに構えの姿勢に入っていく。俺はいつも通り柄に自身の手を添えた。


「狼の大牙しっかりとってこいよ」

「任せとけって!」


 相方の応援に答えるが、その余裕もここで終わるだろう。


「はじめ!」


 電子音の合図で決闘が開始される。

 先手必勝。その心構えで相手が剣を片手にこちらへと駆けてくる。


 この決闘、俺必勝。それに揺るぎはない。

 俺はただ相手の動きを見極めて、力強く柄を握るだけ。


 相手は目の前まで来ると突きをかますような形で刃先をこちらへと向ける。

 狙うは俺の心臓付近。一撃で仕留めるつもりだろうが、動きが鈍い。


 すぐさま抜刀するとともに刀を上へと刎ねあげる。

 勢いのついた刀は相手の剣に触れると、先ほどまで前方向をたどった刃先は上へと向く。


 同時に相手の身体は仰け反るようにして後退していく。

 俺はすぐさま突きの動作へと入り、同じ技を相手へと繰り出した。


 親和流四ノ型『突風』。勢いづいた相手の動作を急に止めることで、相手の行動速度を下げ、その間に攻撃していく。


 俺の繰り出した突きを、体を捻じ曲げることによってなんとか避けていった。

 転がる形になりつつも一度戦況を整えるため俺から距離をとっていく。


 俺はむやみに攻撃することはなく、刃先を相手に向けてその場で静止する。

 親和流の理念は『一撃必殺』。最小限の攻撃で相手を仕留めること。そのためには精錬された素早い動きが必要となる。


 体制を整えた相手は、俺と同様に刃先をこちらへと向けながら次なる攻撃に向けて思案している。


 沈黙した空間が続く。

 俺はただ、相手の出方を伺うだけで特に自ら仕掛けるつもりはない。

 だから自ずと最初に攻撃を繰り出して来るのは相手の方だ。


 前と同様、こちらへと駆けて来る。今回は、刀を振り下ろすような形で攻撃を仕掛けて来る。


 柄をしっかり握り締めているため、跳ね返すのは無理だ。

 俺は相手の剣に刀を合わせるようにして、攻撃を仕掛けていく。


 相手は懸命に振り、チャンスを伺う。

 沈黙した空間には、金属音が鳴り響く。


 攻撃の機会を伺いつつも、刀を剣に合わせる作業を続けていく。

 今までの戦いからこのタイミングで行われる動作を予想していく。


 俺が見据える先は相手の目。その相手の目が瞬時に見開く。

 無意識化における攻撃開始の合図。


 すると剣に赤色の炎がまとわれていく。

 この世界特有のスキルによる攻撃、このまま行けば俺は刀を伝って、腕を炙られてしまうだろう。


 だが、そんなことはさせない。

 俺の方も同様にスキルを発動させる。


 水属性の青色の力が刀にまとわれていく。

 この一週間で手にしたスキルだ。もし属性技が必要となる場面に出くわした時の対策として習得しておいた。


 炎の剣に触れた刀は流れていくような形で剣を伝っていく。

 水属性の力を得たことで刀に炎が伝わることなく、打ち消されていく。


 流れた刀により相手の攻撃の勢いを殺すことなく、俺は後方へと着く。

 親和流一ノ型『流水』。相手の攻撃を刀で流すことによって、攻撃の軌道をずらす。そのまま相手の横について一閃。


 勝負に出た相手はこの攻撃にかなりの力を込めただろう。それが全て流されたことによって、体制を整えるのに時間がかかる。


 俺は刀を振り上げる。

 狙うは首元。小さい頃に宿した精錬された動きは、狙った場所を逃すことはない。


 確かな感覚とともに電子音が耳に入って来る。


「勝者 ???」


 非公開のため情報は出ないが、出ないからこそそれは俺の勝利であることを示している。


「つえー」


 声が聞こえてきたのは、決闘外からだった。戦っていた相手は自分が負けたという事実に未だ気づけていないのか、呆然としていた。


 そっと刀を納刀し、金属音を立てる。そこで相手は気づき、こちらをのぞいた。


「俺が負けたのか」

「ああ、戦いは終わった。すまないが、もうお前たちに用はない」


 俺の言葉と同時に、雪をかき分ける足音が聞こえて来る。

 随分と早い段階で来てくれたようだな。


 俺よりも先に目の前の男の方が、足音の方へと顔を向けた。

 足音は徐々に大きくなっていき、ピタッとその音をやめる。


「通り魔……」


 男は独り言のように呟いた。

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