チャプター9
ーメッサー通りから中央広場にー
回復薬をはじめとした道具類の買い出しを終えたゲートムントは、教会に向かって歩いていた。
日用雑貨を扱うメッサー通りでの買い出しは、何の問題もなく終える事ができた。回復アイテムの類はギルドでも売っているが、通り一遍のアイテムしか扱っておらず、工夫や個性にあふれた商品を求めるのには、こういう専門店を巡るのが一番だった。それは、回復薬や毒消しのようなものについても同じである。
話は逸れるが、通りの名前の元になっている「メッサー」とは刃物の事であるが、これは包丁やナイフの類も日用雑貨である、という考えによるものである。それら自体は職人通りの鍛冶屋が作っているが、彼らは主にこういった調理器具や農耕機具を作っており、武器を作る事は専らの仕事ではない。もちろん、各々の研鑽でより強い武器を作ろうと工夫を重ねているが、需要が段違いなのである。
そういう事情もあり、この街には専属の武器職人はいなかった。
「教会、意外と遠いな……」
教会はメッサー通りから見て街の中央にある広場を挟んだ反対側。もともと一度に行こうというのが現実的ではない。
しかし、何しろ明朝出発という強行軍に教会は日が暮れれば閉まってしまう施設。何が何でも行っておかなければならなかった。たとえ、めぼしい成果が得られなかったとしても。
「ふう……」
教会の尖塔は遠目にもよく見える。だから、道に迷う事はない。しかし、荷物が重たかった。毒消し草や薬草は大した重さではないからいいのだが、回復薬は瓶詰めの飲み薬であり、数を買ったため瓶の重さだけでも結構なものになっていた。もちろん、薬自体の重さも結構ある。
袋の中でガチャガチャと音を立ててこすれる様は、あまり歓迎できなかった。早く教会に着いて、一旦荷物を置きたい。
「くっそー、ツァイネは今頃エルちゃんと! 俺のばかやろー!」
自分の不運と押しの弱さを嘆きつつ、少しずつ傾き始めた太陽に向かって一人叫び声を上げた。
周囲の人間が不審そうに視線を送るのも気にしないで。
ー王都 中央教会ー
「いらっしゃいませ。敬虔な祈りはいつでも受け入れていますよ」
教会に入るなり、若い神父が出迎えてくれた。王都の教会という事で、その規模はかなり大きく、神父も何人かが所属しているような場所だ。司祭や司教と言った、格が上の人間も在籍している。
「今日はどのようなご用ですか? 礼拝、懺悔、寄付、いずれも受け入れております」
「突然で悪いんだけど、銀製の武器なんて、ある?」
よっこらしょと言いながら長椅子に荷物を置き、少し申し訳なさそうに尋ねてみる。銀製品と言って、今の教会がメインで扱っているのは、主にお守り代わりのアクセサリーや、ごく小さな銀の固まりを浸した聖水などである。以前はもっと色々な、本格的な武器も売っていたらしいが、果たしてどうか。ゲートムント自身、教会には何度も足を運んでいるが、それは冒険の前の必勝祈願や安全祈願が目的であり、ここで何かを買う事はまずなかった。
詳しく調べた事はないため、一般的に言われているような商品の取り扱いしか知らなかった。
「銀製の武器、でございますか?」
さすがに、神父も戸惑いを隠せない。このようなリクエストは初めてだったのだろう。あるいは、品揃えを全て把握していないのかもしれない。
「悪い、あったらでいいんだ。分かんなきゃ訊いて来てくれてもいいし。できるだけ実用的なのがいいな」
「は……い。かしこまりました、少々お待ちください」
駆け足で奥へと消える神父。立って待つのも疲れる、椅子に座って待つ事にした。
「いやー、相変わらず綺麗だなここは」
西日の降り注ぐ教会は、ステンドグラスによってその光を鮮やかに染められ、七色に照らされていた。考えてみれば、物心ついてからは、この時間に来るのは初めてかもしれない。
「銀製の武器、か……」
思えば、ハインヒュッテの武器屋には銀製の槍も売っていた。悪魔の存在が遠い存在なのは変わらないのに、その品揃えの良さは、やはり王都と違い個人個人が身を守らなければならないという、地方特有の事情があったのだろう。もっとも、あそこでそれを選んでいたら、今使っている「竜に特効のある槍」は持っていないため、その後の事情が変わっていた可能性もある。
あのドラゴンにも、あの時以上に苦戦していた可能性があった。
「売ってたとしても、高いかもしれないしな」
などと呟いていると、
「お客様」
先ほどの神父が戻って来たらしく、声をかけられた。自分は参拝客の一種である以上、「客」とは違うような気もしたが、あまり気にしていては仕方ない。
椅子から立ち上がると、話を進めた。
「そんで、銀製の武器なんてのは、あった?」
「今からご案内致します。こちらへどうぞ」
この態度はもしかして、何か秘蔵の武器でも売っているのか。期待に胸膨らませながら、神父の後を付いて行く。
「こちらでございます」
「こちらって……」
そこは、この教会を利用したこのある人間なら誰もが知っている、教会内の売店だった。まさかここにそんないいものが売っているとは思えず、かと言って品揃えにも期待できず、結局はアクセサリーなどが限界だった、という事なのだろうか。
「それではシスター、お願いします」
「はい、お任せあれな」
売り子をしていたのは、自分の親よりも年上に見える修道女。半人前のうちは男子禁制の修道院で学ぶが、一人前になれば各地の教会に勤める。このシスターも、そういう経緯なのだろう。
王都の中央教会に勤めている以上、あるいは成績優秀者だったのかもしれない。
「銀の武器をお求めという事ですが」
「そうなんだよ。何かいいのがあるの?」
まずは確認だ。軽い興味と共に訊いてみる。すると、カウンターの中から一振りのナイフを取り出した。鞘は思いのほか作りが丁寧だ。果たして、刀身はどうだろうか。
「どれどれ?」
鞘から抜いてみると、ナイフだから短いものの太く丈夫そうで、いざという時の護身用として懐に携帯するのには良さそうだった。
「これは、純銀でできた刀身を聖水に浸し、七日七晩月光と祈りによって清めた、聖なる力に優れたナイフです」
「うんうん、なるほど。他には?」
メインの武器として使うには心もとないが、いざという時の護身用にはぴったりのナイフ。はじめからそのような物が出てくるというのは、嬉しい誤算だった。これなら、もっとよい武器も期待できそうだ。
「これだけです」
「へ?」
確認のため、もう一度訊いてみる。
「他に武器はないの?」
「これだけです」
淡々と答えられても困る。これが回答では困るのだ。もっといい武器を用意してくれないと、来た意味がない。
拍子抜けしつつも、話を続ける。
「えぇっ? なんかさ、銀の槍とか銀の剣とか、そういうの、ないの?」
「ございません。昔はそのような商品も扱っていたようなのですが、平和になって随分経ちますので、今は扱っておりません」
なんという事だろうか。これではこのナイフ一本しか手に入らないという事ではないか。
なんとかならない物か。しかし、このシスターに迷惑をかけるわけにもいかない。ないものはないのだろうし、あるとしてもそれを知る手段はない。
「あの、そもそも、銀製の武器が欲しいという御用向きはなんなのでしょうか」
「それは……」
王からは、固く口止めされていた。気心の知れたフォルクローレになら、ツァイネたちが話しているかもしれないが、ここで悪魔の名を口にする事は断じて避けねばならない。どうしたものか。
「言えない御用、という事でしょうか」
「ちょっと、事情があってな」
そういえばと思い、ちらり、と王の蝋印の入った書状を見せる。あえて何も言わず、少し見せるだけにとどめておく。
するとどうだろう。シスターの顔が変わった。効果はばっちりだ。
「なるほど、そういう事でしたか。それでは、こちらへ」
「あ、あるの?」
王の用事、という事が伝わればそれでいい。シスターも、王の用事を詳しく追求する事はできなかった。しかし、これくらいの用事でなければ紹介できないものがあるのだろう。さすがに心強かった。
シスターは教会の奥、細い道をどんどん進んで行った。ゲートムントはもちろん、他の誰も通った事のないような通路だ。
「ここです」
「ここは……?」
案内されたそこは、教会の地下に位置する細い通路。その一番奥に、大きな扉があった。
シスターは、何も言わずにその扉を開けていった。自然と、ゲートムントに期待と緊張の汗が走る。
〜つづく〜