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チャプター7

「聞くも涙、語るも涙の話があったんです。うぅ!」

 エルリッヒの顔を凍り付かせ、今まさにアトリエを出ようとしたツァイネの動きを止めた話題。まさに「痛いところを突く」といった質問であった。

「な、何があったの? ね、ねえ、話せたら話してよ」

「ちょ、ちょっと、フォルちゃん? お、俺はこれで失礼するけど、あんまりエルちゃんを困らせないでよね?」

 困ったように、しかし助け舟の小さな櫂だけでもと差し出し、ツァイネはアトリエを出る。女同士の方が落ち着く事もあるだろうと判断しての事だ。本当なら、残って話を聞いていたい気持ちもある。

「ありがとね、ツァイネ。うん、そうだね。聞いてくれるって言うなら、じゃあ、聞いてくれる?」

 エルリッヒは語って聞かせた。なぜ自分までが呼ばれたのか、なぜ、悪魔退治に同行する事になったのか。王はなんと言ったのか、自分はどう話に加わっていたのか。

「ふぅん。じゃあ、エルちゃんはわざわざ国境近くの遠い町まで、危険な悪魔がいるのに、飯炊きお姉さんをしに行くんだ。はぁ、さすがのあたしも同情するわ。王様の命令じゃ、断れないしねー」

「うんうん、そうなんだよー」

 王の話を聞いて、悪魔の存在に興味を持ったのは事実だが、わざわざ危険を冒してまで会いに行くものではない。本来の姿に戻れば、雑作もなく倒す事ができるかもしれないが、それはそれで正体がばれる危険も十分に孕んでいる。以前のような、都合良く周りに人のいない、わずかな人間も気絶していた、という局面は、むしろ滅多にない幸運なのだ。であれば、この娘の姿で悪魔と相対するという事がどれだけ危険かは、自らが一番よく分かっている。

 まして、自分が同行すると言っても、直接戦闘に参加する予定はない。同行する事でツァイネたちが喜んでくれるとか、二人の士気が上がるとか、二人が美味しい食事を食べて戦いに行けるとか、そういう効果はあるものの、別にエルリッヒは悪魔について何かを知っているわけではないし、まして有効な攻撃手段を心得ているわけでもない。本当に、今回の同行に関しては、興味よりも危険が勝るものだった。

「でも、エルちゃんちょっとわくわくしてる」

「えっ?」

 フォルクローレの瞳がキラリと光った。何かを見抜いた、という事だろうか。紅茶のお替わりを入れながら、さらりと言った。

「話を聞いてても、その時の顔を見ても、不安は見えないし、嫌そうじゃないし、心からの恨み節もないし。確かエルちゃん、よその国から来たんだよね?」

「う、うん、そうだけど……」

 出された二杯目の紅茶に口をつけながら、遠慮がちに答える。この国に来る事になった直接の経緯は話しても構わないが、そもそもが竜王族の住処を後にして、旅人として人間社会に入って、それから旅をしながら人間社会の色んな常識や機微を学んで、料理を覚え、色んな国や人を見て、触れ合って、という段階を経て過ごして来た。約三百年に渡るこの経験は、人に話すにはあまりにも人間の物ではない。どう噛み砕いて説明するか、考えるだけでめんどくさい。

「よその国から旅をして、色んな経験をしてこの国に来たんだったら、そういうの好きそうだなー、って思ったんだ。そしたら案の定そんな顔してた。そもそも、大人しく食堂の主をしてるのが不思議なくらいだし」

「えー、そうかな。そりゃあまぁ、好奇心旺盛な方ではあるし、それは自分でも認めるけど、悪魔だよ? おとぎ話の中でしか見た事ないような相手と戦いに行くんだよ? 危ないじゃん。怪我したくないし、二人にも怪我してほしくないし……」

 あれこれ話すが、洞察力に優れたフォルクローレ相手では、何を話しても墓穴を掘ってしまいそうで恐ろしい。かといって、だんまりを決め込むような場面でもない。結局は、エルリッヒにとって、とても不利なやり取りになっていた。

 これが、人間としてですら三百年以上も生きた竜の王女と、二十年も生きていない人間の小娘との会話というのだから、やはり人間の「心」というのは恐ろしく、そして魅力的だ。

「口ではそうやって言ってるけど、悪魔、見てみたいんじゃないの? あたしだったら見てみたいけどなー。悪魔の角や翼なんて、どんな調合素材になるか分からないじゃん? 興味津々だよ!」

「え、じゃあフォルちゃん代わりに行く?」

 なんとなく言ってみる。本気ではないし、フォルクローレも本気にはしていないのか、

「んー、だって、あたし料理苦手だし」

 などと言っている。確かに、表向きの名目として「飯炊き娘」として呼ばれているのだから、料理の腕が問われるのは事実だろう。

「それに、あたしじゃあの二人の士気を上げるなんて無理だし、実力発揮しようと思ったら何日も前からアイテムを調合して準備しないとだし、現地調合ならこの大釜がないと無理だし……」

 つらつらと、よくもまあと思うほど同行しない理由が出てくる。しかも、言っている事が逐一もっともらしい。本当に、頭のいい娘だ。

「でもさー、フォルちゃんくらい美人だったら、あの二人も喜ぶと思うんだけど。違うの?」

「そこなんだよそこ! いくら顔がよくてスタイルがよくても、この性格がいけないのかねぇ。言い寄って来る男のいない事いない事。こっちもあんまりそっち方面に興味ないからいいようなものの。はぁ〜」

 小さくため息をつきながら、長く伸びた金髪を指にくるくると絡ませている。確かに、じっとしているととても美しいのだが、ひとたび口を開くと男をやり込めてしまう力を発揮し、手強い。さらには、爆発を伴うような調合を繰り返し、幾日にも渡る調合では、寝食を惜しんで作業に当たる。ましてや素材集めのためには、自ら爆弾を手に森や草原に繰り出し魔物と戦うというのだから、およそ世間の男性が求める「理想の女性像」とはかけ離れていた。

「いつ見ても綺麗な金髪。男の人って、そういうのが好きなんじゃないの? 私なんかはほら、赤毛だし、そういうところでもフォルちゃんの方が有利なように思うんだけど……」

「んー、それもあるはずなんだけどね〜。やっぱり、性格かなぁ。後、日頃の振る舞いとかとか。ま、あたしの事はいいのよ。それに、エルちゃんの赤毛だって、燃えるみたいですごく綺麗だと思うんだけどね」

 ほめられた。今まで、小さなコンプレックスだったのに、ほめられた。もともとこの髪の色は竜としての力の顕現だったり能力の現れだったりするのだが、人間社会で暮らして、金髪の方が人気が高いという事を知った。そうでない人間にはコンプレックスを抱いている者がいる事も知った。だから、ついついその波に飲まれてしまっていた。

 だが、フォルクローレはほめてくれた。彼女が常識にとらわれない性格だから、というのは大きいのかもしれないが、それでも、ほめられれば嬉しい。思えば、この三百年でも十回あるかないかの経験だった。

「あ、ありがとう。へ、変じゃない?」

「何言ってるの? 自分の髪、コンプレックスなの? ちょっと触らせてよ。どれどれ? 別にごわごわしてるわけじゃないし、細すぎるわけでも太すぎるわけでもないし。これだけ綺麗な赤毛って、なかなかいないと思うけどな〜」

 全く照れる話である。しかし、こういう考えの人もいるのか、という事を改めて思い知らされた。現に、「憧れの金髪」を持つフォルクローレはみんなに慕われているが、決して恋愛面では憧れの対象にはなっていない。髪色など、所詮は小さかったという事に、もしかしたら初めて気付かされたのかもしれない。

「そ、そっか……と、ところでさ!」

「なあに?」

 恥ずかしさをごまかすように、別の話題を切り出した。

「フォルちゃん、さっきなんで鍵もかけずに出歩いてたの?」

 さあ、今度はエルリッヒが反撃する番だ。




〜つづく〜

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