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チャプター6

「こんにちはー。フォルちゃん、いるー?」

 入り口に立って、声をかけるツァイネ。アトリエには大邸宅にあるようなノッカーはない。直接声をかけるしかない。が、しかし、返事がない。

「留守かな」

「そうかもね。なんなら私入ってみようか? 女の子同士なら、多少は許されるでしょ。どうする?」

 もうもうと上がる黒煙は、主の在宅を伝えているようなのだが、呼びかけに反応がないというのはどういう事なのか。

「そうだね、心配は心配だよね」

「もし着替え中だったらツァイネは入れないし、調合の真っ最中で倒れてるかもしれないしね。というわけで、ちょっと失礼してー」

 ドアに手をかけ、開けようとする。ちょっと気が引けるものの、一大事に間に合わなかった、などという事になっては、遣り切れない。……という気持ちはあるものの、それ以上に好奇心が勝っていた。その表情は、どことなく楽しそうだ。

「エ、エルちゃん……?」

 戸惑うツァイネを余所に、ドアを開けようとする。

「おじゃましまーす。フォルちゃーん……」

「はーい」

 ドアを開け、中を伺おうとしたその瞬間、フォルクローレの元気のよい返事が返って来た。外から。

「え?」

 なんと、フォルクローレ本人がこちらに向かい歩いていた。手には、大きな紙袋を持っている。中にいたのではないのか。とたんに気まずくなる。

「エルちゃーん? 人の家に勝手に上がり込もうだなんて、一体何するつもりかしらー?」

 にこやかな表情と明るい声の裏に、「なんで勝手に人の家に入ろうとしているのかな?」という、常識の欠如を問うささやかな意思が見て取れた。友人でなければ、確実に警邏隊に突き出されている行為である。

「いやー、ほら、鍵がかかってなかったから……」

 というエルリッヒの言い訳は、非常に苦しかった。




「ーーというわけ。ね、許して? ううん、許してなんて言わないから、事情は汲んでください!」

 アトリエに入り、紅茶を出してもらったところで、恐怖の尋問タイムが始まっていた。なぜエルリッヒは勝手に入ろうとしたのか、なぜツァイネはそれを止めなかったのか。フォルクローレはリアリストである。友達と会えた事を喜ぶよりも先に、友人であっても非常識な態度には厳しい意見を言わねばならない。

「うむぅ、まあ、よく調合中は来客に気付かなかったり、疲れて倒れちゃったりするし、その事については何も言えないけど……」

「そう! そう! 私たちだって、非常識なのは分かってるんだから! でも、もし中で倒れてるんじゃないかと思ったら! 気が気じゃなくて! 男のツァイネに見てもらうわけにもいかないし! ね?」

 手を合わせ、必死に許しを請う。その様子はいかにもみじめで、ツァイネは苦笑いを禁じ得ない。

「ちょっと! そこのツァイネ! 自分は蚊帳の外って顔だけど、例外ないからね。なんでエルちゃんを止めなかったのか、きっちり問いつめて行くから」

「ええっ? 俺も? 俺がエルちゃんの行動を止められないの知ってて……」

 困ったような顔には、様々な思いが含まれていた。エルリッヒの行動を止められなかった自分へのふがいなさ、フォルクローレの厳しさにやられている気持ち、そして、何よりくるくる変わるエルリッヒの表情を見られる幸せ。だが、この場ではその幸せをかみしめている余裕はない。

「言い訳無用! こういう事は大事なんだから、友達といえどもきっちりするのがあたしのやり方なの!」

「「ご、ごめんなさい……」」

 その強い姿勢に、二人はあっさりと折れた。ただひたすらに頭を下げ、平謝りをした。

「それでよろしい。で、用件は?」

 二人が顔を上げた時には、いつものあっけらかんとした面差しに戻っていた。この二面性こそが、フォルクローレの特徴なのだ。

「そうそう、それだよそれ。そっちが本題なんだから」

「急に大きな態度になっちゃって。はぁ。ま、今回は水に流してあげるからいいけど」

 ちょっとした事で気まずくなってしまう空気に必死に耐え、話を進める。先日のドラゴン退治の功績が買われ、国王直々に悪魔退治の任務を仰せつかった事、出発が明朝に決まったために今慌てて準備している事、そしてそのために罠や爆弾を買いに来た事。

 普段から素材集めのためと称して自作の爆弾片手に国内をあちこち歩き回っているフォルクローレは、その話を興味深そうに聞いていた。内心では自分も参加したいと思っているのかもしれない。

「なるほどね。ちゃんとお金を出すって言うんなら、あたしが断る理由はないよ。そんなに数はないけど、今使いたい用事もないし、持ってっちゃっていいから。悪魔なんてあたしも戦った事ないけどさ、効くといいよね。そうだ、ちょっと値段張るけど、銀の粉火薬に混ぜてみようか。どうする?」

「そんな事、すぐにできるの? できるんだったらやってみてよ。特製爆弾!」

 ツァイネの戦士としての好奇心と、フォルクローレの錬金術士としての向上心が同じ方向を向いた。このアイディアは、思いのほかに有効かもしれない。

 尤も、古来よりの伝承通りに悪魔が銀に弱いのが真実なら、という話ではあるが。

「んじゃ、今から銀のインゴットを砕いて粉末にして、爆弾を軽く解体してそこに混ぜ込む、という手順で行います。二人はする事ないと思うから、その辺でじっとしてて。邪魔しなきゃ見ててもいいし」

「うん、分かった。じゃ、俺はその辺で待ってるよ。エルちゃんは?」

「私は面白そうだから見させてもらうよ。料理の参考になるかもしれないしね。手伝える事があったら言ってね」

 どん欲な姿勢というべきか、むやみな姿勢というべきか。とにかくも、何が参考になるか分からないのが料理という分野なのだ。

 二人は楽しそうな雰囲気で作業を始めた。



〜一時間後〜



「よしっ、できたっ!」

「全部で四つか。まずまずだね!」

 手持ちの爆弾の数と銀のインゴットの数を加味し、一時間で四つ。それが今の限界だった。しかし、効くかどうかも分からない改良プラン、これくらいが妥当だろう。

 女二人は満足そうに額の汗を拭った。

「いやー、さすがエルちゃんは料理人だね! 乳鉢で砕いて行く作業のなんと手際のいい事か。火薬と銀粉を混ぜる時だって、むしろあたしより上手いんじゃないの?」

「わははー、伊達に毎日料理してませんぜ? だけど、配合比なんてさっぱり分かんないんだし、その辺はフォルちゃんの指導あっての事だよ。ほめる事なんて、なーんにもないよー」

 二人は互いをほめ合いつつ、完成した爆弾を眺めていた。以前もらったような、樽に火薬を詰めた物が三つと、それよりも小さい、手に持てるタイプの爆弾が一つ。こちらは導火線に火打石で火をつけてやらねばならない。

 いずれも高純度の銀粉を混ぜたため、伝承通りに銀に弱ければ、絶大な効果を発揮するだろう。それでなくとも、爆弾としてはフォルクローレ謹製のとても強力な物なのだ。並の相手ならその爆発だけで大ダメージを被るであろう。

「後は、これを使う機会がちゃんと作れるかどうか。使わなくても勝てればいいんだろうけど、お城の精鋭部隊が苦戦してるんじゃ、使う場面は来そうだからね。それに、ちゃんと効くかどうか、だね」

 汗だくのまま、腕を腰に当てて我が子のような作品たち、すなわち爆弾を見る。自信に満ちた瞳と、慎重な発言。自身も外で戦う事があるからこそのものだ。

 そして、それを受けたツァイネも、優しい表情に、慎重な発言を口にする。戦いを生業とする者ならではの姿勢だ。

「うん。それは俺も心配なんだ。まず、悪魔っていうのは魔法の力を使うっていう言い伝えがあるからね。おとぎ話の世界の力で爆発を防がれたら、意味がないし、銀もそうだよ。不思議な力で遮られたら意味がないし、不思議な力が作用してなくても、効くかどうか分からないし。だけど、相対した事もない相手だから、万全を期して臨みたい。ゲートムントも、今頃教会で銀製の武器を物色してる頃だろうし、ありがとね、フォルちゃん」

「いやいや、お安い御用だってば。それにしても、ゲートムントは教会で探してるのかー。そうだよね。銀のナイフやフォークなら武器になりそうだけど、高級食器だから、護身用の武器として買うのはあんまり高いもんね。教会ならまだ安い、かな? んー、そうは言っても、護身用のお守りしか売ってなさそうだけど……」

 悪魔という存在は、もはやおとぎ話と信仰の中にしかいないとされていた。魔法の力も失われ、モンスターと言われる生物と違い、姿を見た事もないその存在は、人の心の中に存在する悪意の総称としての出番が多くなっていた。そのため、教会ですら、売っているのは本当に悪魔に通用するようなものではなく、護身用のナイフを象った銀製のネックレスや、銀の鎖でできたブレスレットなど、記念品のような物ばかりだった。だからこそ、本当に悪魔に有効だと分かった時に心配なのである。銀の剣なら致命傷を与えられても、ネックレスを投げつける程度では、大したダメージは与えられまい。

「詳しい話は明日聞いてみるけどね。ゲートムントも、あんまり期待してないんじゃないかな」

「そっか。じゃ、尚更この爆弾の存在意義が高まるね」

「うんうん」

 床の上に無造作に置かれた爆弾たちが、妙に誇らしく見えた。

「さてと、爆弾の代金は工賃も含めて銀貨五百枚ってところでいい? 罠は二個あるから、合わせて銀貨二百枚、合計七百枚だね」

「了解!」

 交渉は一瞬で成立した。もともとフォルクローレは儲けにあまり興味がなく、良心的な価格設定をしてくれる。ツァイネはツァイネで、ゲートムントと分け合った銀貨は千五百枚、とても心強い金額である。惜しむ事なく銀貨を支払って行く。そして、それを受け取ったフォルクローレは、分銅と秤で枚数を計算する。ずるをしようとか値切ろうとか、そういう意図でなく、枚数はきっちりとしなくては、と思っていた。

「……どう?」

「よし、大丈夫そう。じゃ、銀貨七百枚、きっちり頂きました! あ、持ち運び用の荷車は勝手に持って行っていいよ。すぐに作れるし」

 これは友人へのサービス。なんとありがたい事か。こういう気っ風の良さも、フォルクローレの魅力の一つだった。

「さて、商談は終わったし、これからどうする?」

「俺はこの爆弾をちゃんと明日の荷物として保管させておきたいから、もう帰るよ。エルちゃんは? ……その、一緒に……来る?」

 それは、精一杯の誘い。やる事は色気のかけらもないが、それでも、少しでも長く一緒の時間を過ごしたい。そんな気持ちの現れだった。

「ううん、私は残って話をしてくよ。どうせお店はお休みだし、荷造りは大した事ないし」

「……そっか」

 明らかに肩を落としたツァイネの様子は、面白くもあり、気の毒でもあり。だが、これが楽しい人付き合いという物なのである。お互いの感情の入り乱れる中で立ち回ってこその人間社会なのだ。

「じゃあ、まだ話してられるんだ。あたし、ちょっと訊きたい事があったから」

「え、何?」

 フォルクローレから質問というのは、珍しい。これには、これから質問を受けるエルリッヒの瞳が輝いてしまった。

「うん、小さな事なんだけどさ、エルちゃんも行くんでしょ? 南方。で、エルちゃんは何をしに行くの?」

「え!」

 これには、ティーカップに手を添えたばかりのエルリッヒも、爆弾を転がしながらアトリエを後にしようとしていたツァイネも、思わず凍り付いてしまった。

「そ、それは……」

「それは?」




〜つづく〜

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