チャプター20
ーサウゼン街道 終着地点ー
出発からおよそ一週間、一行はサウゼン街道の終点を示すマイルストーンまで辿り着いていた。小さな石碑にそれを伝える文言が刻んであるだけだが、始点である王都から旅を続けて来た者には何者にも代え難い達成感を与えてくれた。
ここまでの旅は、初日に盗賊団に襲われた一件以外は至って順調で、アクシデントもなければ、誰かが体調を崩す事もなかった。よく言えば安全な、悪く言えば暇な旅だった。いや、三人で過ごしている分には、会話には事欠かなかったのだが。
惜しむらくは、今回は急ぐ旅であり、立ち寄った町に長逗留したり、脇道に逸れて観光名所に寄ったり、という事が出来なかった事である。こればかりは仕方ないが、特にエルリッヒの不満の訴えようはすごかった。
男三人は、新たな一面を見て、少しだけ嬉しさと寂しさを味わった。
とにもかくにも、一行はサウゼン街道の南下を終え、無事にリュージュブルクの町付近まで辿り着いた。
「ん〜〜〜っっ!! 長かった〜〜っっ!!!」
石碑を前に一休み。馬車から出て来たエルリッヒが外の空気を吸いながら大きく伸びをした。
王都より南の土地だけあって、いくらか暖かい。季節は冬、一週間もあればそれだけ気温は下がって行くのだが、それに伴って南下していたため、気温は出発時の王都の気温とさほど変わらなかった。
嬉しい誤算である。
「なんだかんだ言って、一週間の旅は疲れるよねー。今日は町でのんびり休みたいよね」
「だな。俺たちも疲れたぜ。騎士隊への挨拶は明日にしてもいいだろ。急ぐっつったって、俺たちも休まねーとまともに戦えねーし」
「みんな、疲れているね。まあ、いくらこの高級馬車でも、一週間は長いからね。私も、馬たちを休ませてあげたいし」
御者も含め、みんな疲れていた。まずはぐっすり休まないと、である。と言っても、御者の仕事は馬の手入れや馬車の手入れをしながら、三人の無事を祈って帰還を待つだけなのだが。
見つめた先に小さくかすんで見えるのは、リュージュブルクの町。王からの話によると、騎士団の面々は町から少し離れた砦にキャンプを設営しており、より戦場に近い位置にいるらしい。という事は、この町には騎士はいないのだろうか。
全ては、行ってみての話である。
「んじゃま、いっちょ町まで入りますか。おっちゃん、頼むな」
「任せてくれ」
三人は再び馬車に乗り込むと、御者は馬車を発進させる。もう、町までは数分だ。
ーリュージュブルクの町 宿屋「南の古城亭」ー
国境に最も近い町という事もあり、田舎町というには規模の大きなリュージュブルクの町は、ピリピリとした空気に包まれていた。外には誰も歩いておらず、窓も鎧戸が閉まっている。
宿屋は辛うじて泊めてくれたが、店員には生気がなかった。悪魔が出現した、という話が町中に伝わっているのだろう。もしかしたら、すでに被害者が出ているのかもしれない。
騎士団が討伐に動き、すでに活動しているというのにこの暗い雰囲気はなんなのだろう。普通であれば、せめてもう少し明るい雰囲気に包まれているのではないか。それとも、騎士団の苦戦までもが伝わっているのか。となれば、これは王立騎士団の沽券にすら関わる。OBのツァイネとしては、気が気でないところだった。
宿で荷物整理をした後、エントランスのサロンで落ち合った四人は、早速話し合いを始めた。もちろん、御者はいてもいなくてもいいのだが、今後の行動方針は、全員で共有せねばならない。
「どうする? 情報収集、するか?」
「しなくてもいいとも言えるし、しなきゃとも言えるし。見ればすぐ分かるし、それが悪魔の存在なのか、騎士団のふがいなさなのかも、関係ないと言えば関係ないし」
「ツァイネ、以外とあっさり言うんだね。じゃ、「悪魔討伐に来ましたー!」とかなんとか言っちゃったら? 町の雰囲気は一気に解決するんじゃない?」
「エルちゃん、それは私の素人目にもまずいって分かるよ。下手に期待感を煽っても、結果どうなるか分からないんだ。失望されるかも知れない」
そうだった。まだ勝って帰れるかは分からないのだ。下手に期待させたら、その方がたちが悪い。こちらとしても、プレッシャーになって上手く戦えなくなるかもしれない。それでは、本末転倒である。
「うーん、難しいね」
「いや、この際そういう事を気にするより、さっさと行って倒した方が早いだろ。そういえば、この食堂、ちゃんと飯は出してくれるんだよな。さっきのフロントの暗い雰囲気、やばいんだけど」
「あはは、さすがにそれはないんじゃない? 宿泊客相手にそこまでひどい事は……ねぇ」
ふいに、心配になった。
「ちょ、ちょっと私聞いてくるから。ちゃんとご飯が出るか聞いてくるから」
まさか、こんな心配をしようとは。そういえば、他には宿泊がいないような事も聞かされた。であれば、今のこの状況、非常にまずい。
「すみませーん!」
ー食堂ー
食堂はすぐそばにある。宿の規模は比較的大きかったが、どこも大体はフロントの近くにあるものだ。
中に入ってすぐ、誰もいないがらんとした様が目に飛び込んで来た。幸いほこりが積もっているような事はなかったが、閉じられた鎧戸から入るかすかな光だけが明るさをもたらしており、雰囲気だけでなく、非常に暗い。
「あのー……」
薄暗いのをこらえ、厨房を目指す。こういう時、人間以上の夜目を持っていてよかったと思う。些細な事でも、自分が人間でない事が細々とプラスに働く。
しかし、やはりと言うべきか残念ながらと言うべきか、厨房も無人だった。食堂がこのような状況なのだ、仕方ないとも言える。しかし、それでは困るのだ。
「じゃあ、フロントに行くしかないか」
幸い、ここだけは人がいた。身なりはちゃんとしているが、表情は暗く落ち込んでいたため、前向きな回答は期待できないかもしれない。が、それでも飛び込まなくては結果は得られない。
「あのー」
「はい……なんでしょう……」
フロントにいたボーイは、一応はちゃんと答えてくれる。こんな状況だ、それでも十分ありがたい。
「ここの食堂、ちゃんとご飯出してくれますよね?」
「あー……えっと……週末……コックが悪魔を恐れて故郷に帰ってしまいまして……」
淡々と、そして暗く低い声で、とんでもない事を言う。なんという事だろうか。
「えーーっっっ!!!」
「はい……そういう事でして……」
少しも悪そうに見えないのは、総合的な雰囲気の暗さからか、この状態を不可抗力と諦めているからか。だが、今は怒っても仕方がない。ここまでひどいのは予想外だったが、少なくとも、話を先に進める事が今は先決だ。どこかやっている食堂があれば、その話を聞き出さなければ。
あまり期待は出来ない。そう思ってしまうのも、無理はないのだが。
「じゃ、じゃあ、私たちのご飯はどうするんですか! 宿泊客に飢えろって言うんですか?」
「そうですね……じゃあ……あの……厨房には食材が残っていますから……それは勝手に使って構いませんので……ご自分で作って頂いて……」
一従業員に過ぎないであろう彼は、なんの権限でそんな大事な事を決めているのか。それも、こんな思いつきで。オーナーに許可を取る、という当たり前の連絡が出来ないほどに、気が沈んでいるというのか。
「ね、ねえ、それはそれとして、いいの? 勝手に決めたらご主人に怒られない?」
「あー……いいんです……どうせこの宿も悪魔に滅ぼされる運命ですから。それに、ここの主人は私の妻ですから……」
もう、どこからコメントを入れればいいか、分からなくなって来た。彼はオーナーの夫だと言う。であれば、確かにある程度の裁量権は持たされているのもうなずける。だが、悪魔に滅ぼされるとは、いささか以上に穏やかではない。
「ちょ、ちょっと! 何言ってんの! そんな弱気で! しゃきっとしなさいしゃきっと! 食堂の話は後でいいから、マダム呼んで来て! 今すぐ!」
「えー……あー……分かりました……」
おびえる気配もなく、驚く気配もなく、ただ淡々と、異論を唱える事すらなく、男は奥へと消えた。
「っとに、こりゃまずいわ。多分、町の人間みんながこんな臆病風に吹かれちゃってんのね」
腕組みをして、足をぱたぱたと踏みならしながら、女主人が出て来るのを待った。
〜つづく〜




