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チャプター2

「陛下が直々に……なんだろう」

 驚く二人を余所に、ツァイネだけは一人冷静だった。生来の性格だろうか、それともさすが元親衛隊所属の城内勤務というべきだろうか。

「それでは、玉座の間まで来てもらおう」

 国務大臣は驚く二人の様子を意に介する事もなく、淡々と話を進めて行く。こうした反応には慣れているのか、職務熱心なのか。

 ツァイネも慣れた物で、国務大臣の後を緊張の一つも見せずに付いて行く。その様子に、二人もようやく平静を取り戻す。

「お、俺たちも付いて行かなきゃだな」

「そ、そうだね」

 優秀な戦士と言えど一庶民に過ぎないゲートムントと、竜族の姫と言えど人間としては同じく庶民の、それも流れ者のエルリッヒ。二人には場違いな空間、そして状況なのだった。



〜王城 玉座の間へと続く控えの回廊〜


「この扉の向こうは玉座の間、陛下がおわす場所になる。くれぐれも粗相のないようにな。何かあれば、親衛隊の剣が即刻貴公らを貫くであろう。それを肝に銘じるように」

 脅しとも本気とも取れるこの国務大臣の忠告に、二人は否が上でも心身が引き締まる。気にする様子が見られないのは、相変わらずのツァイネだけ。普段の戦闘能力以上に、彼の経歴が心強く感じられる瞬間だった。

「大臣、分かってますよ。二人はともかく、俺はこの先が職場だったんですから」

「おお、そうだったか。では、この者たちが何か粗相をせぬよう、貴殿が抑えるようにな」

 王の御前というのはこんなにもめんどくさいものなのか。二人は小さくため息をついた。


ギィィィィィ……


 金属のしなる音を立て、重く巨大な扉が開いて行く。さあ、この先に王がいる。

「……」

 王の前ともなれば、さすがにツァイネも緊張が高まる。三人は、中に入った。

(これはすごいわ……)

 玉座の間、遠くにいてよく分からないが正面に王が座しており、その側面を支えるように、青い鎧に身を包んだ親衛隊が控えていた。数は左右合わせて十人ほどだろうか。

「我が求めに応じ、よう参った」

 玉座の前まで進み、膝をつき頭を垂れた三人に、王が言葉をかける。これが王の声かと、なんとなく感慨に耽るエルリッヒ。その論点のずれ方は、彼女もまた王族に属する娘だからだろうか。人間社会ではないとはいえ、こんな立派な城ではないとはいえ、王は王、その住居は城だったのだから。

「城下東地区フィルケン通り出身、ギルド登録騎士、ゲートムント」

「は、はい!」

 王がその名を呼んだ。

「面を上げよ」

「は、はい!」

 王の許しによって、ゲートムントは初めて王の顔をちゃんと見る事ができた。

「そなた、優れた槍の使い手であるそうだな」

「は、はい! い、いえ、も、もったいなきお言葉!」

 どうしてそんな事を知っているのか。考えるまでもなく、返事をする。まさか、戦士稼業をしていて、王自らから言葉をかけてもらえようとは。

「コッペパン通り、竜の紅玉亭経営、流れ者の娘、エルリッヒ」

「は、はい!」

 次に声をかけられたのは、エルリッヒ。順番から言っても最後だと思っていたのに、まさか二番目だとは。

「面を上げよ」

「は、はい」

 ゆっくりと、顔を上げる。初めて目にする王の姿は、思い描いていた通りの王だった。赤いビロードのマントに、大きな王冠、年の頃は70前と言ったところか、国務大臣にも負けず、白い髪と豊かなひげが印象的だ。

「噂通りに美しい娘だ」

「え、ええっ? あ、あの、ありがとうございます……」

 何を言われるかと思えば、まさか容姿についてほめられようとは。相手は王とはいえ、純粋な年齢で言えば年下である。それも、エルリッヒの方が何倍も長く生きているのだ。なんとなく、複雑な気分になる。

 いや、それ以上に、ゲートムントが槍の腕を褒められたのだから、ここは料理の腕やお店の客足を褒められるべきではないのか。

「そなたは外の国から来たというが、この国はどうじゃ?」

「はい、とても、住みやすい国です! みんな活気に満ちていて、経済は安定していて、近所のみんなは優しくて……」

 この国、この街が好きなあまり、ついつい言葉が多くなる。しかし、王はその様子に嫌そうな顔一つせず、ただ穏やかに「そうか、それはよかった」とだけ呟いた。

「はっ、すみません、ベラベラと」

「いや、よい。余の政が間違っていないかどうかを知るには、そなたら庶民の言葉を聞くのが一番なのでな。尤も、呼び出した理由はそれではないのだが」

 王の言葉が、歯切れ悪く聴こえる。一体なんだと言うのか。こちらから伺ってはならないだろう場面、気になって仕方なかった。

「さて、最後に、ツァイネよ」

「はい」

 ようやく名前を呼ばれたツァイネは、王の許しが下りる前に、その顔を上げた。これはマナー違反ではないのか。二人は気になってしまったが、親衛隊の誰一人として直立不動を崩さなかった事から、何かしら許される事情があるのだろう。

「久しいな。城を離れてもういくらになるか。元気にしておったか?」

「ご覧の通りにございます。それで陛下、恐れながら我ら三人をここに呼んだのはなぜでしょうか」

さすがに城勤めだったツァイネは臆する事なく王に話しかける。不敬である、と目くじらを立てる人間もいそうなものだが、誰もそのような態度を取る者はいなかった。やはり、これが宮廷勤め故の度胸だろうか。それとも、特権が認められているのか。それは、庶民組の二人には分からない事だった。

「いきなり本題を切り出してくるとは、相変わらずであるな。余はこの国の王であるぞ?」

「で、あればこそ。陛下の御意思を確認する必要があるでしょう。さあ、お話しください」

 言葉遣いこそ普段聞かれないような堅さだったが、このやり取りの軽妙さは、エルリッヒたちにはもはや付いて行けなかった。きっと、王とツァイネの二人の間には窺い知れぬ信頼関係があるのだろう。ここは黙って話の流れに従うしかない。

「話が早いのはよい事じゃ。議会も、こうであればよいのだが。さて、では、そなたらよ、これを見るがよい」

 王は自ら玉座から立ち上がると、その後ろに向かった。玉座の後ろは大きな深紅の緞帳が下りており、その前面に、国の紋章を象った大きな盾が立ててあった。

「盾……ですか?」

 つい、エルリッヒが口を挟んでしまう。

「ツァイネは知っておるが、これを見よ」

 王はひな壇の隅にカツカツと歩いて行くと、天上からぶら下がっていた謎の鎖を引いた。すると……


ガラガラガラ!!


「うわっ!」

「な、なんだ? びっくりしたー」

 突如として紋章の盾が上に跳ね上がった。すると、背後の緞帳に刺繍された地図が現れた。どうやら、普段はこの地図は隠されているらしい。

「これは、ここで作戦会議などを開く時に使う物だ。ここで軍議をする事など、滅多にはないがな。さて、この地図を見てほしい。ここが今いる王都だ」

 王は錫杖を指し棒代わりに使い、地図上の場所を指し示して行く。ほぼ円形をした国土は、北側は海に面し、西側と南側は隣国と接し、東側は平地と山脈で隣国と隔たれている。王都は、そのほぼ中央に位置していた。

 地図には、以前三人で旅をしたハインヒュッテの村も描かれている。

「そして、今回の目的は、ここだ」

 すすっと音を立て、錫杖を動かして行く。それを見ていた男二人が、思わず声を上げた。

「南方か……」

「ここって、南国境線そばの町、リュージュブルク、ですよね」

 町の名前まで言い当てたのはツァイネ。さすがに彼はこの国の地理をよく心得ている。尤も、そうでなければ親衛隊どころか城の門番に採用される事もないのだが。

「そうじゃ。まさしくリュージュブルク、かつてこの国の南部防衛の最終拠点だった町じゃ」

「ここに、何があるんですか?」

 相変わらず遠慮なく、王に話しかけているツァイネ。この部屋に入る前は、若干緊張していた様子だったが、それもどこへやら。王との再会で、緊張が消し飛んだと言ったところだろうか。

 しかし、ツァイネもツァイネで、王が自ら呼び出し、直接要求を突きつけてくるというのだから、相応の理由がなければ釣り合わない、と考えていた。

「実はな、今、この町に城の精鋭部隊が駐留しておるのじゃ」

「えっ?」

「えっと、あの、王様、つまり、南の国と、戦をしてるって、事ですか?」

「っ!」

 ゲートムントの控えめな、だが明らかに強い言葉に、エルリッヒの心臓が早鐘のように打ち始めた。

(人間同士の戦争は、近隣諸国じゃとうに終わってるはず。なのに、私の知らないところで、そんな芽が?)

 もしそうだとすれば、エルリッヒにとってはとても悲しい事だった。おそらくは、他の誰よりも。

 だが、王の表情は若干曇った程度で、威厳のある穏やかさを失ってはいなかった。

「いいや、そうではないのじゃ」

「そうでは……ない?」

「それって、どういう意味ですか?」

「じゃあ、誰と、いえ、何と、戦ってるんでしょうか……」

 エルリッヒの言葉に、今度は王の表情が曇った。ゲートムントの言葉には、あまり大きな反応を示さなかったというのに。

「実は……いや、その前に、そなたらに問いたい。そなたらが、ドラゴンを討伐したというのは、本当か?」

 王の目は、真剣そのものだった。




〜つづく〜

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