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チャプター1

ー王都 竜の紅玉亭ー



 冬も近付く昼下がり、エルリッヒは一人片付けをしていた。昼の混む時間帯が過ぎ、客足も引くため、ようやくの落ち着ける時間だ。片付け自体は大変だが、二、三人のお客を相手にすればよいため、気楽そのものであった。

「エルちゃーん、お会計〜!」

「はーい。ヴィーナーシュニッツェルとブロイラインの小瓶が一本だから、銀貨30枚です」

 角のテーブルに座っていた男性が会計を求める。当然、その金額はすぐに計算可能で、相手も顔見知りのためか、支払いは非常にスムーズだった。

「毎度ありがとうございましたー!」

 店を出て行く男性を見送ると、再び片付けに戻る。現在、店内のお客は一人きり。

「さて、と」

「ん? ヴォーレンさんもお会計ですか?」

 タイミングを見計らったかのように、こんどはこちらの男性、ヴォーレンが立ち上がった。

「おう。あんまりのんびりしてても、弟子たちに怒られちまうからね」

 とは、時計職人である彼ならではのジョーク。この街の徒弟制度においては、よほどの事がなければ弟子が師匠を叱るような事はない。それに、まるで食事の途中で立ち上がったような口ぶりだが、出された皿の上の料理も、グラスに注がれた白ワインも、すっかり平らげられており、同じようなタイミングで食事が済んだだけだ、という事を雄弁に物語っていた。

「えっと、酢漬けソーセージの炒め物にヴァイセンカッツェのグラス一杯ですから、銀貨25枚になりますね」

「はいよ」

 麻袋から取り出された銀貨を受け取ると、今度も出入り口からヴォーレンを見送る。こういう小さな気配りは忘れないようにしよう、と常々心がけていた。



「ふー」

 最後の一人が帰ったのに合わせて、ドアに掛けられた札を「営業中」から「準備中」に架け替え、一段落する。

 なんだかんだ言っても、お客のいる間はそれだけ気を遣う。夕飯時のラッシュタイムまでの、ささやかなひとときだ。さあ、仕込みの時間になる前に、片付けを終わらせてしまわなければ。

 カウンターからトレイを持ち出し、食器類を下げて行く。

「残り少し、洗っちゃいますか!」

 気合いを入れ、腕まくりをしたその瞬間だった。


キィ……


 閉じていたはずのドアが開いた。誰だろう、「準備中」の札を見ていないのだろうか。

「あ、すみませーん。今準備中なんですけどー」

 くるりと振り向き、一言伝える。が、次の瞬間、明るくはにかんでいた表情が凍り付いた。

「ファミリーネーム不詳エルリッヒが経営する竜の紅玉亭というのはこちらか」

 鎧を着た兵士が四人、がちゃがちゃと無愛想で無遠慮な足音をさせ、入ってきた。

「そう……ですけど……」

 怪訝そうな瞳を作り、慎重に答える。おそらく相手はお城から遣わされた人間だろう。であれば、身元は十分。だが、その目的はさっぱり分からず、まして鎧を着込んで槍を手に、剣を腰に提げた兵士が四人。しかも、言葉尻を拾うなら、とても横柄な態度、どんな乱暴を働くかも分からない。

 大事なお店を荒らされないように、怪我をしたりされたりしないように、態度や振る舞いには気をつけなければ。

「突然で悪いが、今すぐ城まで出頭してもらう」

「これが礼状だ」

 兵士の一人が、羊皮紙でできた礼状をびっと広げた。そこには小難しい文字で「食堂、竜の紅玉亭経営、ファミリーネーム不詳エルリッヒを城まで連行する」と書いてあり、最後には、わざわざ大げさにも国王の署名がしてあった。王の署名という物は、所詮無機質に書かれた事務的な物だろうが、それでも、いい知れぬ威圧感を放っていた。

「あの、何の件でしょうか。私税金はちゃんと納めてますし、不当な価格付けもしてませんし、このお店と土地も、正規の手続きを経て購入した物です。お城に呼び出されるような事はしていないはずですが」

 一応、言う事は言わねば。やましい事は何一つない。自分が人間でないという事実を隠している事以外は。しかし、兜に隠された兵士の表情は一切分からない。時折、光の反射かバイザーの奥の瞳がキラリと冷たく光るのが確認できるだけだ。

「出頭理由までは聞いていない。城で直接聞くんだな。国務大臣直々の招集だ」

「国務大臣? ……分かりました。支度をするから、少しだけ待ってください」

「逃げるなよ?」

 兵士の言葉に少しカチンと来たが、ここでそれを露にしても仕方ない。一旦兵士に外で待ってもらうよう告げると、食器を水に浸け、二階の自宅に戻った。さすがに、今まで料理をしていた格好でお城に入るのは、ちょっと気が引けた。

 どのみちさほどよい服は持っていない。手短に着替え軽く身だしなみを整えると、その足で店を出た。もちろん、いつ帰宅許可が出るかも分からない。鍵を掛けるのを忘れずに。

「お待たせしました」

「遅かったな」

 一人の兵士が不満げに言う。

「まあ待て。女の子の支度にしちゃ早い方だろ」

 もう一人がフォローする。残りの二人は無言のまま。

「さあ、行くぞ」

 兵士四人に連行され、城まで向かい歩き始める。捕縛されているわけではないが、やはりいい物ではない。近所の人たちも、何事かと見ている。幸いだったのは、好奇の目と言うより、同情の目が向けられていた事だろう。みんな、エルリッヒが善良な市民である事を知っていた。

「エルちゃん……」

「大丈夫かい?」

「一体何があったんだ?」

「なんだか知らないけど、早く帰ってきてね!」

 みんながみんな、一様に心配そうな表情で優しい声をかけてくれる。なんとありがたい事だろうか。やましい事がないとはいえ、涙が出そうになる。

「みんな、ありがとう!」

 そう答えるので精一杯だった。




ー王城 正門前ー



「ほら、到着だ」

 衆人環視の興味に晒されながら、城まで歩く事20分、エルリッヒは正門まで到着した。お堀の上に架けられた橋を渡り、中に入る。思えば、この王都を住居に定めてしばらく、いつも遠目に見るだけで、中に入ったのはこれが初めての事だった。だからと言って、今は興味津々と言った態度で中を見学する事はできないのだが。

「このまま、二階の控えの間まで来てもらう」

「……分かりました」

 控えの間とは、来客が所定の面会相手と会うために一時的に待つための部屋だ。どうやら、一応は罪人扱いではないらしい。それが分かると、ほっと胸を撫で下ろした。

 赤い絨毯の敷かれた通路を通り、大きな正面の階段を上り、すぐ右手脇にあるのが控えの間だった。他の部屋もそうだったが、ドアは大きく立派で、高さは身の丈の何倍もあるようなものだった。

「はぁ〜、大きい!」

「ほら、無駄口を叩いてないで入れ」

「待っていれば、そのうち国務大臣がいらっしゃる」

 兵士はドアを開け、エルリッヒに中に入るよう促した。自分で開けろと言わない程度には、紳士的な態度を心得ているらしい。ここへ案内してくれた事といい、やはりその対応はさほど悪くはない。

「はぁ〜い」

 どうこうしようという気がないのなら、多少は緊張の糸を解いても平気だろう。少しばかり気の抜けた返事を返し、ドアの向こう、控えの間へと入って行った。

「うわー、広いな〜!」

「「えっ?」」

 突然の闖入者に、驚きの声が上がった。

「えっ?」

 そして、それに驚きの声を上げるエルリッヒ。まさか、先客がいようとは。同じ要件なのか別件なのか。それにしても、耳に覚えがある。

「「エルちゃん!」」

 先客はゲートムントとツァイネ。顔見知りどころか、大事な友人だ。鎧を身に着けていないところからも、二人も同じように突然呼ばれたのかもしれない。それにしても、なぜ。

「二人はどうしてこんなトコに?」

「いや、それはこっちの台詞だよ。お城になんて縁のないエルちゃんが?」

「俺たちは、急に兵士に呼ばれたんだよ。わざわざ俺たち三人を呼ぶなんて、何事だろうね」

 要件も分からないというのに、二人はくつろぎ切っている。これが冒険者の余裕か、それとも何かを諦めているのか。

「とりあえず、せっかくこんな立派な部屋に通されたんだし、くつろぐのがいいかなって思ったよ。お城勤めの頃だって、ここにはあんまり入ってなかったからね。だから、エルちゃんもほら、そこに座って!」

「そうそう、このソファふかふかだぜー?」

「二人とも、余裕だねぇ」

 呆れ半分にため息をつくも、言われてみればその通りなのだ。いまさらじたばたしたって何も変わりはしない。ならば、この豪華な部屋を楽しもうではないか。

「あはっ、確かにこれはいいソファだわ! ふっかふか! あ、あれ!」

 テーブルの上に目を向けると、そこにはお菓子が置いてあった。来客用のお茶菓子、といった所だろうか。お茶はないので少し寂しいが、お菓子を見つけては黙っている事などできない。真っ先に口をつける。

「ん〜! 美味しいマカロン!」

「女の子だねぇ」

「ほんと。でも、そういうところがいいんだよな」

 美味しそうにほおばる姿を、温かい目で見ている二人。よく見るやりとりだ。

「ゲートムント、俺たちも食べる?」

「いや、俺はいいよ」

 すっかりのどかな雰囲気になっている。普段入る事のできない場所にいるのだから、当然と言えば当然だ。ここへ呼ばれた理由に対する緊張も、顔見知りが三人そろえばどこへやら。

「甘いもの、そんなに好きじゃなかったっけ」

「そういう事」

 ツァイネはマカロンを一つ口に含むと、満足げな笑顔を浮かべた。ゲートムントとは違い、甘い物は大好きだ。ゲートムントはというと、そんな二人の笑顔を見ている方が幸せなのだ。

 すっかりくつろいでいると、ドアが開いた。

「あ」

 そうなのだ、今は呼ばれている真っ最中だった。緊張の糸が緩みすぎていた事にはたと気付いた。

「国務大臣のお成りである!」

 やってきたのは同じ兵士でも、いくらか軽装の兵士二人だった。そして、その後に現れたのは、立派な身なりをした壮年の男性。白く染まり切った髪とひげが年齢を伝えている。

 三人は部屋の奥で、恐縮しながらも直立していた。その前に立った大臣は、偉そうな態度を見せる事なく語り始めた。

「私がこの国の国務大臣じゃ。突然の呼び出し、さぞ驚いた事であろう。だが、この度の呼び出し、実は陛下直々の呼び出しでな。済まぬが、三人にはこれから陛下と謁見してもらう」

 大臣の言葉に、しばしの沈黙が流れる。そして、




「「ええええーーーーーーーーーーーっっっっっっっっっっっ!!!!!」」

 エルリッヒとゲートムントは、まるで耳をつんざくような叫び声を上げた。




〜つづく〜

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