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錯綜する想い Ⅰ

「「おはよう」」


 あたしたちが教室のドアを開けるとクラス全員が揃っていた。他の教室はガラガラだってのに。

 ふふ、不思議だよね。まとまりなんてゼロだと思ってたのに、いざって時にはいつの間にかまとまってる。

 こないだの学園祭の時も思ったけど、このクラスはそんなとこがめちゃくちゃ面白い。

 今朝、クラス中が雁首揃えてるのは、昨日のニュースを見たか聞いたかして、友香のことが心配でたまらなくなったからに違いない。母親に『今日は学校を休みなさい!』って言われたろうに。


「もう参っちゃう。昨日の夜、みんなからじゃんじゃんメールが来てさ。

 うちのお父さんなんか感激して泣いちゃったよ~」と、友香。


 友香が言うには、友香親子もあのインタビューの時、警察署にいたらしい。

 ふたりは入り口で茫然としてたんだけど、『父子家庭じゃもっといじめられるかも』と考え、裏口からこっそり抜け出したという。

 そんな世間の冷たさをひしひしと感じてた友香親子のところへ、クラスメートからばんばんメールが届き始めた。

 どのメールも『大丈夫?』とか『俺はおまえの味方だ』とか『明日は俺もお前の妹を探すぞ』とか書かれていて、友香のお父さんは『友ちゃん、世間ってめちゃくちゃ優しいじゃないか』と、男泣きに泣いたらしい。

 そりゃ事件は解決していないし、友香親子は昨晩も寝れなかったと思う。

 でも、ひとりじゃないとわかっただけで人は強くなれる。

 人を救うのは結局、人でしかないんだよね。


「みんな、座れ。SHRショートホームルームやるぞ!」


 担任の山田さんが前扉を開けて入ってきた。みんながバタバタと自分の席に着く。

 全員が座ったのを見届けた山田さんはクラス中を見まわした後、さも嬉しそうにやりと笑った。


「このクラスは大バカ者の集まりだな!」


「「ひっどーい」」


 何人かがそう返したけど、それでもみんな笑ってる。山田さんの大バカ者が褒め言葉だと知っているから。


「だが、今日から当分の間、学校は休みになる。お揃いのとこスマンがな。

 そして、これから言うことは大切だから耳の穴、かっぽじって聞けよ。

 いいか、絶対に一人で出かけるな、特に女子はな。下校時のグループ分けは、委員長に頼めるな」


 山田さんはお気に入りの冴子委員長に顔を向けると、パチンとウインクした。

 何人かの女子が「「山田さんってば、キモーい」」と囃したてる。

 山田さんはわざとらしく咳をしてから、


「いいか、SHRが終わったらすぐに帰るんだぞ。すぐにだぞ!」と、大きな声で言った。


「はーい!」と、みんなが小学生みたいに返事をする。

 そうして、週番が号令をかけ、SHRは終わったのだけど、いったん教室を出た山田さんはすぐ戻ってきた。


「いいか、お前ら、本当に帰れよ。

 お前たちに何かあると、俺が嫁さんに怒られんだかんな」と、頭をぽりぽりと掻いて。


 あたしたち2-AHRの生徒のほとんどが山田さんを好きだ。このうだつのあがらない中年教師が。

 なんでかと言うと、人間として日本人として大切なことを教えてくれたからだ。

 あれはまだあたしたちが入学したての頃。

 ひとりの男子が「古文や漢文なんて大人になって役立つと思えねえのにさ、マジうぜえよな」と、うそぶいた。

 確かに、古文や漢文だけじゃなく、微分積分も三次関数も、その道に進まなきゃ必要になると思えない。

 ちょっと嫌な気分がクラス中に漂った。

 すると、ちょうどそこに入ってきた山田さんが、


「原田、お前が今してる勉強はな、土台なんだよ。新聞を読むにも政治経済の知識がなきゃ少しも面白くないだろ。

 お前らが、将来、勉強したいものが出来たとき、基礎知識ってヤツがどうしても必要なんだよ。

 それを今、習ってるんじゃないのか?

 それにな、俺はこう思ってる。

 学校は勉強するだけのとこじゃなく、勉強の仕方を習うとこじゃないかってな」


 と、言ったのだ。

 そして、山田さんはこうも続けた。


「俺が今、言ったことはすぐにはわかんないだろうよ。

 でもな、お前らは大体、理屈を考えすぎんだよ。

 何も考えないで無心にやってりゃ、後で理屈がついてくる時もあんだろうが!」


 教室中がシーンとした。

 そりゃ山田さんの言った通り本当のとこはよくわからない。

 でも、いい大学や会社に行くために勉強しろ、と言わなかった教師は、初めてだった。

 もしかしたらあたし達は、それがうれしかったのかもしれない。

 それに、山田さんは日本史の教師だけど、教科書をほとんど使わない。


「こんなん読んでると、日本人をやめたくなっちゃうからな」と言って。


 あたしが今、自分を日本人と誇れるのは山田さんのおかげだ。

 たぶん、みんながそうだと思う。

 彼は人間としての、日本人としての土台を、決して子供扱いせず教えてくれた、一人の大人として。 

 だから、心の中で謝っていた、彼の言いつけに背くことを

 でもね、あたしたちはあなたの生徒だから仲間が苦しんでいるときに見捨てたりできないんだよ。


「みんな、集まって!」


 冴子がひと声かけると、みんなが教壇のまわりに集まってきた。

 副委員長の島田くんが集まってきた順にプリントを渡している。


「プリントには、グループ分けとそのグループの担当する地区が大まかに書かれています。

 ☆印がついてるのがそのグループのリーダーです。

 リーダーは、何もなくても三〇分ごとに島田くんにメールすること。

 終了時間は、一六時厳守。集合場所は、山手中央図書館です。何かわからないことありますか?」と、冴子が声を張り上げた。


 冴子ってば、こんなもんいつの間に作ったんだろ?

 友香と島田くんを除く三十六人が九つのグループにきちんと分けられている。

 あたしの名前には☆印。メンバーは、優奈とお隣の榊原くんとイギリスからの留学生ジャンくんだった。


「それでは、捜索を開始します」


 あたしたちは、冴子の言葉を合図にそれぞれの場所へ三々五々散っていったのだった。 

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