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第9話 エミリーヒル1 【命名】



 作戦会議を終え、みんなの夕食がひと段落した後、ティータイムの時。

 俺は戦車に何故か積んであったお菓子を子供たちに配った。


 その後、労いの言葉をかける。


「みんな、ちゃんと食べれたか?」


 子供たちは皆、俺の方を向いて、笑顔でうなずいた。


「本当に頑張ったな、お疲れ様。もう心配はいらない。ここは安全だ。困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」


 それだけ俺が言うと、みんな沈黙してしまった。


 うーん、どうしちゃったんだろう……

 弱ったな。


 育ての親や、姉妹をなくしたかもしれない子供たちに、かける適切な言葉っていうと、なかなか思いつかない。


 そこでフェンリエッタが手をあげた。

 不思議に思ったが、少し助かった気分になった。


「はいはい、質問でーす!」

「何だい、フェンリエッタ?」

「この場所の名前って決まってるんですか?」


 場所の名前?


 予想していなかった質問なので、俺は少し呆けてしまった。


「そうだよね。名前あった方が便利だよね」


 ラティーナが何かに気付いたように、元気な声で皆に呼びかける。


「モトム、ひとつ、カッコイイやつをお願いしていいかなー?」

「え? 俺が決めるのか?」

「モトムに決めて欲しいなー」


 ラティーナは手をすりあわせて、上目遣いをした。

 なんか、そんな風にされると断りづらい。 


 名前、名前か……


 いつの間にか、みんなのまっすぐな視線が俺に集中しているのに気付いた。

 ちょいと緊張するが、実は、みんなが納得する名前、一つだけ案があった。


「……それなら、一つ、考えていた名前があるんだ。俺たち全員の恩人の名前だ。俺にとっても、君たちに引き合わせてくれた人だからな」


 俺はそういうと、みんなの顔を見回した。

 期待と不安が同居しているような視線が、俺に集中している。


 咳払いを一つしてから、俺は告げる。


「この丘の名前は……エミリー。エミリーヒルだ」


 俺がそう言うと、子供たちの顔に、少しの驚きと、その後何かに、とても大切な何かに気付いたような表情が浮かんだ。


 この名前、俺以上に子供たちの方に思い入れがあるだろう。


「エミリーヒル……村長の名前の丘」


 作戦会議の時泣いていたエチカが、また目元を潤せながらつぶやく。

 ラティーナも目を擦っている。

 みれば子供たちは皆、涙ぐんでいた。


 ステファニーも、フェンリエッタも。

 猫耳のナスリン、狐耳のユンファ。

 人類種のアマティ。

 ミームのパセナとメテルダ。

 エルフのサテラとチェチーリカ。

 最年少のロッティまで。


 既に大粒の涙を漏らしている子もいる。


「モトム様、本当にありがとうございます。私たちをここに連れてきて……いただいて」


 エチカが深々と頭を下げる。

 続けて、ラティーナや他の子たちも頭を下げだした。


 俺はあまりに感謝されて、居心地が悪くなったので、話を逸らすことにした。


「ドラゴン退治の前に、まずは生活基盤と……いざというときの防衛線……工事が必要だな。明日から忙しくなるぞ」


 俺は今のキャンプ地を見回してそう言った。


 この丘は見晴らしがよくて良いのだが、南側の森以外は何も遮るものがない。

 どこにいようが防御のしようがないドラゴンはともかく、周辺にうろついているらしいモルガナ族にとっても恰好の的の状態だろう。


「賛成!」


 ラティーナが俺の提案に返答した。


「……私も。ここを私たちの新しい村にしたいです」


 エチカが小さく頷く。


「ロッティも手伝う!」


 そこで最年少のロッティが、手に持った木の杓を大きく上げて叫んだ。


 その姿があまりに愛らしかったので、みんな笑い声をあげた。







 その日は丘の中腹に立てたテントと、幌馬車の中に別れて寝ることになった。


 おれは一つのテントをもらって仰向けになっていた。

 結構大きなウォールテントに俺一人だけど、子供たちは子供たち同士で寝た方がいいだろうしな。


 すこし落ち着いた気分になったせいか、俺は重大なことを思い出した。


(そういや俺、整備ピットからいきなり消えたことになっているのか?)


 90式戦車と整備員がいきなり駐屯地から消えたら、どう思われるだろうか?

 まあ俺が持ち逃げしたと思われるのが筋だろうけど、それだと、俺の上長だったおやっさんは、責任問題になっちまう。

 整備員の仲間たちだって、事情聴取で大変なことになる。


――俺の今の状況、異世界転移だとするなら、なにか帰還の方法があるのだろうか?


(いや……そもそもいきなり転移とか物理的におかしいから、あるいは情報コピーとか?)


 異世界転移って色んなパターンがあるけど。

 何にしろ考えても答え出ないな。


 天啓を与えてくれたり、説明してくれる女神様……は今のところ、出てきそうにないし。


 俺は、(とにかく今生き延びることを考えて、色々情報収集していくしかないか――)とそう結論付けた。


 その時だった。


 夜半にテントの前掛けが開けられて、大きな月明かりが差し込んできた。

 目の前に立っている小さな猫耳頭のシルエット、誰だかすぐに判別ついた。


「ナスリン、どうしたんだ?」

「眠れない」


 それだけ言うと、ナスリンは近づいてきて、また俺の毛布の中に入ろうとしてくる。


「お、おい」

「ハーイ、頭撫でて撫でて」


 うん?

 昨日も俺の寝床に潜り込んできたけど、今日は何かちょっと……昨日とは様子が違うなあ?


 ちょっと躊躇してしまう。

 ちっちゃい子供ではあるんだが、よその子だし。

 同衾するには少し大きいんじゃないかなあ、と……。


 他の人に見られて、自衛隊というのはロリコン集団だ、みたいな噂がこの世界で立つと、風評被害になっちまうし。


 そんな俺の悩みを無視して、ナスリンはその辺にあった藁クッションに頭をうずめると、既にすやすやと寝息を立て始めていた。


「ん? エチカ! 何してるの?」


 テントの外から声がした。

 聞き覚えのあるよく通る声。

 これはラティーナだ。


「ラティーナこそ。こんな時間にどうしてモトム様のテントの前に?」

「私は正妻として、モトムのお相手をしなきゃいけないと思って。まず私が始めないとみんな困るでしょ? エチカこそ、何でいるのさ?」

「わ、わたしはナスリンがいなくなったので探しに。それより、今、聞き捨てならないこと言いましたね? 正妻がどちらかはまだ決まっていませんよ!」

「順番で行ったら私が……待って? ナスリンがいない? まさか?」

「順番ってなんですか! ……え、まさか?」


 言い合いの後、ふぁさっとテントの入り口がまくられる音がした。


 俺は(まずい)とちょっと思った。

 いや、後ろめたいことはしていないはずなんだが……なんだか


炬火ルメン


 言葉と共に、淡い暖色の光が灯って、ラティーナの白い顔が暗闇の中にぬぼっと現れた。


 おお、これがこの世界の魔法か。

 ちょっと感動するけど、同時に冷や汗が出てくる。


 何か、暗闇の中淡い光に照らされた顔って、怪談みたいで怖い。


「や、やあ」


 俺が間の抜けた返事をしていると、エチカがすぐに側まで来て、がばっと毛布を剥ぎ取った。

 そして同時にラティーナの悲鳴みたいな声。


「ああ~!」

「ナスリン! 何してるんですか!」


 エチカが寝ているナスリンを睨みつけて詰問する。


「ラティーナ、エチカ。夜にうるさいナァ。モトム様と一緒におやすみしてるだけでしょー!」


 憤慨してわなわなしている様子のエチカとラティーナをしり目に、ナスリンは寝ころんだまま、眠そうに目元をこすっている。


「ま、まあ、子供だしいいんじゃないかな?」


 俺は何となく弁解しなきゃいけないと思って、そう弱弱しく言った。


「何言ってるんですか?! ナスリンはもう成人してます!」

「えっ?! だってどう見ても……」


 エチカの言葉を聞いて、俺ははっとなった。


 そうか、異世界だし亜人種だから……

 見た目と年齢が一緒とは限らないということか。


「そうだよー! ナスリンはもう大人のお姉さんだから、立派にモトム様のお嫁さん務められますよ?」


 呑気な声でナスリンがしなを作りながら言った。


 俺は一瞬で青くなった。


 ただのちっちゃい子供なら、不安をなぐさめるために同衾しても問題ない? が、相手にその気があるっていうんなら話は別だ。


 俺は毛布から出て、ナスリンから離れた。

 そして、背中を向けて咳払いをすると、


「ナスリン、夜中に忍び込んでくるのは禁止ね」


 そう言った。


「そんナァ? なんで?」

「さあ、こっちに来なさい!」

「ふにゃあー!! いやだー! モトム様とご一緒するぅー!」


 踏まれた猫みたいな悲鳴を上げた後、ナスリンはエチカとラティーナに引っ張られていった。


 三人がテントからいなくなると、おれは、「やれやれ」とひとりごちた。





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